最終話。 史上最恐の悪役令嬢に婚約破棄を申し込んだ王子がいる!!そんな国の話。
ここはガルベルト王国の王都で二番目に巨大な建物。
闘剣文化の栄えたこの国で、一番格式の高い
国内の闘剣士達の中で戦い抜いて勝利を納めた十二人の精鋭達が凌ぎを削るトップリーグの試合が普段は行われている闘技場のスタンドには大勢の観客が集まっていた。
あまりの人気で立ち見席のチケットまで発売されたが、即完売。
国中の闘技場にモニターが設置されてライブビューイングを行なっているが、そちらも人が押しかけてスタッフが対応に追われている有様だった。
普段のトップリーグの試合でもこんな賑わいは無い。
闘技場の年間チャンピオンを決める試合でも闘技場を運営するスタッフの対応出来る範囲を超えないのだ。
『お集まりの皆さん、お待たせしました』
つまりそれは、この一試合がガルベルトで最も人気な戦いであるという事。
『忘れられない去年の出来事です。ガルベルトの全闘剣士の中で最も強いチャンピオンの称号を手にした男が、不慮の事故でこの世を去りました』
会場内に流れるアナウンスを聞いて涙ぐむファンもいる。
ランスロットという選手は
そういうシナリオになっていた。
全てを正直にしても国民の不安を煽るだけであり、長い歴史のある闘技場を汚す事にもなるので国の上層部と騎士団の間で内々に処理された。
『チャンピオン不在のまま始まった今年のリーグ戦ではいくつかのスペシャルマッチが開催されました』
シャイナ達の誘拐事件や王都内で起きた連続殺人事件などのガルベルト王国とブリテニア公国間のゴタゴタから意識を逸らすために特別興行があった。
例えば普段は闘技場の試合に参加しない騎士団長とトップリーグの
一般応募の中で選ばれた人間とトップリーグ選手がハンデ付きの戦いをした試合では、貴族の屋敷で働いている小柄な水色髪のメイドが参加して会場がハラハラしたが、逆にトップリーグ選手が地面に埋まった衝撃の事件があった。
王国最強と呼ばれていた将軍が登場した試合では当時を知る者や普段の彼と付き合いのある者が大いに喜んだ。
闘神の血を受け継ぎ、数々の武勲を立てたガルベルトを代表する武人が地に倒れて敗北したのには全国民が度肝を抜かれた。
『中でも、王国最強のディル・マックイーン様が負けたのは長年実況をしていた私も驚きました。あの日の試合は一生忘れないでしょう』
ディルの試合を思い出した観客達のボルテージはどんどん高まっていき、熱気が渦巻く。
司会の男はそんな様子を観察しながら選手控え口に目をやると、スタッフから準備完了のサインが出る。
『それでは本日のメインイベント。まずはこの方に登場して頂きましょう』
ひと呼吸挟んで会場に設置されたパネルの名前を呼び上げる。
『青コーナー!最強の将軍を打ち破った新世代の豪傑!ジーク・ガルベルトォオオオオ!!』
わぁああああああああああっ!!という地鳴りのような歓声が会場のみならずガルベルトという国を揺らす。
かつてのような女性陣からの黄色い歓声だけではなく、男女世代問わずの大きな声援だ。
たった一年。いや、たった一試合でそれまでの全てを塗り替えた少年は、騎士育成学校の制服を着て会場の中に入って来た。
間も無く卒業式を迎える彼がどうしても制服に袖を通したいと言って実現した。
それは一つの区切りだった。何がなんでも在学中に勝利するという彼なりの決意表明だ。
手にする武器は最も汎用性があり、学校や騎士団で多く目にする普通の剣だった。
長い
王子であるジークが愛剣にしているものなので、その辺の量産品ではなくオーダーメイドで名匠が鍛え上げた剣だが、それが理解出来る者は少ない。
少年は緊張を解すように軽く剣を振り鞘に納める。
それだけで会場内は大盛り上がりだった。
『続いては赤コーナー!最恐にして最強と名高い
ジークが立つ向かい側からゆっくりと優雅に歩いて来たのは全てが鮮やかな紅色の少女。
こちらはジークとは違って学生服を着用せずに伝統あるレッドクリムゾン家のドレスのような戦闘服姿だった。
腰の剣帯にあるのは彼女を象徴する刺突剣。
この試合だけに集中するのでは無く、あくまでいつも通りに勝利をしようと恒例の格好をしている。
緊張を解すために剣を握る事などせずに、シャイナは見に来てくれた観客や中継用の機械に向けてスカートを軽く摘んで一礼した。
その余裕がある姿と妖しくも美しい所作に目を奪われて気絶しそうになる者がチラホラ。
『私が盛り上げるわけでもなく、試合の期待度は最高潮に達しています!これが最後の試合とまで呼ばれている大一番!貴方はどちらを応援するか!?』
事前に行われたアンケートで票は完全に分かれていた。
これまでと同様にシャイナの揺るぎない勝利を願う者と将軍に勝利したジークに期待をする者と変動があったせいだ。
闘技場の外で販売されているグッズも全て完売してチャンピオンが不在だった分の利益なんてとっくに回収が終わってしまった。
どちらが勝つか観客席で国民達が話し合っている。
特別席に座る貴族達や会場を運営しているスタッフまでどちらが勝つか激しい討論をしていた。
「よくこれだけ集まったわね。みんな暇人なのかしら?」
「まぁ、そう言うな。この試合は御前試合も兼ねているんだ。父上も見ているしな」
両者の視線が特別席の更に上に向く。
たった一席の最上級の椅子には髭を蓄えてジークとシャイナを値踏みするように笑う隻腕の男が座っている。
その隣にはレッドクリムゾン公爵や将軍夫妻、騎士団長夫妻もいる。さらにその横で場違いな所に呼ばれてガクガク震えているのは幼い伯爵だろうか。メイドは口一般に売店のお菓子を含んだ通常運転だ。
「あの気まぐれな父上がいるのは珍しいが、俺は全力を出し切るだけだ」
「あら。私は気にするわよ。……だって自慢の息子が負ける姿をお見せするんですもの」
シャイナの上から目線な言葉にカチンと来るジーク。
いつものように乗せられては堪らないと思いながら、無視できなかった。
『では改めて、この試合のルールについて確認するぜ!』
ガルベルト人の血が滾ってきた司会が荒い口調でパネルに出された文字を読み上げる。
『ルールは単純。相手を気絶させるか降参させれば試合終了。ただし殺しは厳禁で、もし相手を殺してしまえば反則負けだ』
パネルが次の画面に変わる。
『そして勝利報酬だが、ジーク王子が勝てば婚約破棄。シャイナ様が勝てば婚約者を続行って、今までと変わらないな。今回はお相手の姿が見えないが、凄い試合が観れるから気にすんな!』
ガルベルト王国絶対のルール。
それは決闘による恋愛の公認。
身分が違えども相手に勝利すれば恋の成就は法的に認められる。
欲しい者は己の力で手に入れろ。嫌ならば強くなって断れ!
この国はそうやって戦いを積み重ねて今まで繁栄して来た。
国王は敵国ブリテニアから王妃を力尽くで奪取。
ディルとマリウスはそれぞれ妻と決闘をした。
先人達と同じようにジークとシャイナも戦いで生涯の伴侶を選ぶ。
「今更思うんだけど、わざわざ婚約破棄する意味ってあるのかしら?」
「その話は何度もしただろ!親同士が決めた婚約なんて俺の男としてのプライドが許さない」
「私はそんなチンケなプライドにずっと振り回されて来たんだから迷惑な話よ」
これが学生である内に行われる最後の試合だ。
お互いの胸の内を知ってしまった今ではどちらが勝とうと結果的な未来は同じだ。
それなのに国中を巻き込むなんてアホな事をやっていいのか?というのがシャイナの素直な意見だ。
二人の関係性はこの一年で大きく変わった。休日にはデートはするし、知り合いの家に遊びに行っては楽しく談笑している。
自動的に始まる城での生活や結婚式についてもお互いの家族と相談をしながら準備をしている段階だ。
結婚式といえば身近な関係者が二組も式を挙げたので大いに参考になった。
「例えお前にとって迷惑な話だろうと俺は譲らないぞ。俺からシャイナにプロポーズするため、ーーー俺がお前に勝利するために決闘を申し込む!!」
随分と逞しく凛々しくなった表情で、自信あり気な声で、真っ直ぐに青い瞳がシャイナを射抜く。
「ジーク。私はね、この決闘が大っ嫌いだったの」
思い出すのは一年前の同じ舞台。
毎年のように新しい女を連れては婚約破棄を申し込む我儘な王子。
人の人生が掛かっているのに風習だの慣例だのといって勝手に盛り上げる外野に呆れていた。
「そうは見えんぞ?」
「嫌い
たった一年でシャイナの視点は変わった。
ジークが自分の事をどう思っているのかもやっと理解出来たし、それまで重荷に感じていた剣の鍛練も子供の頃のように楽しめた。
ジークがあれだけ決闘に執着していたのが自分を愛していたからだと知って悪くない気分がしたのは事実だ。
「闘剣が楽しくなったのよ。これだけ大勢の観客の前で勝つって最高の気分になれそうだわ」
「もう勝った気でいるのか」
「勝つわよ。だって私は貴方に勝ち越しているんだもの。このまま勝ち逃げさせてもらうわよ」
自信たっぷりな笑みを浮かべるシャイナに観客は盛り上がる。
シャイナとしては悪役っぽくしていたつもりは無いが、これはこれでちょっと楽しいかもしれない。
新しい扉を開きそうになりながら闘技場の真ん中に立って刺突剣を抜く。
「シャイナ・レッドクリムゾン」
「ジーク・ガルベルト」
ジークもまた剣を構え、二人は自分の名を名乗る。
「「いざ、尋常に」」
『デュエルスタート!!』
決闘の開始を知らせるゴングが鳴った。
先に踏み込んだのはジーク。
それに対してシャイナは刺突剣を構えたままひらりと攻撃を回避する。
いくら彼女が強くても男女ではパワーの差が出てしまう。
一度でも重い攻撃を受ければ戦闘不能になるが、いくら攻撃しても彼女には当たらない。
「相変わらずちょこまかと」
「もっと私と踊りましょう」
ここが彼女の舞踏会と言わんばかりに華麗なステップを踏むシャイナ。
微笑みながら舞う姿は見る者全てを魅了する美の化身。
「だが俺はそれを崩す」
ジークの剣はこの国で一番有名であり、手堅く強いとされる流派。
特に名前は無かったが、マリウスを中心にガルベルト流剣術と呼ばれるようになってきた。
傲慢で派手好きの彼からは考えられない堅実な戦いで相手を純粋な技量とパワーで押し込む……と見せかけて、
《ガイア流剣術【
剣の先では無く、腹の部分で殴りつけるような重厚な一撃。
「くっ!」
咄嗟に剣を突き出して技を受け止めるが後方に吹き飛ばされる。
やはり力勝負となればシャイナは押されて不利になってしまう。
「まだだ」
《マックイーン流剣術【
「次だ」
《イエローライト流剣術【
立て続けに打ち出された剣技。
どちらも重く、叩きつけるような攻撃で力づくの技だった。
素直に受けてしまえば一発でノックアウトされるので必死に刺突剣で受け流しを試みる。
「はぁ…はぁ……」
なんとかシャイナは耐えきって二本の足で立つが、剣を握る腕がビリビリと痺れている。
あと数年もすれば抜かれてしまうと思っていた実力はたったの一年で逆転してしまった。
オマケにジークの成長は未だに続いている。
「ほんと……最高だわ」
去年までなら抜かれてしまった事に嘆いて絶望してしまったかもしれないが、今は違う。
ジークの方が上という事は遠慮も我慢もする必要が無くなったという事だ。
《レッドクリムゾン流剣術【
予備動作も無しに不意打ち気味に放たれた突き技。
自分を貫こうとする殺気をジークは全身で感じ取り、身を逸らす。
《レッドクリムゾン流剣術【
続けて先程の一撃より更に速い剣技がジークの目を射抜かんとする。
闘神の血に覚醒し、コントロール出来るようになったジークは人間離れした反応速度で二撃目をズラした。
結果として肩を斬り裂かれてしまったが、常人なら今ので死んでいた。
「危なかったぞ……死ぬかと思った」
「ジークなら私の技を受け止めてくれると信じていたわ。今日はとっておきよ。私の全てを受け止めて頂戴」
そこからは観客の一部がドン引きするような技の数々がシャイナから飛び出した。
敵の急所を狙い、的確に人体を破壊しようとする技のオンパレードだ。
それもそのはず。レッドクリムゾン流というのは元々、戦争で敵を殺すために生まれた流派である。
多くの敵を葬り、手柄を立てたからこそ公爵という地位にいるのだ。
シャイナはレッドクリムゾン流の申し子だった。
彼女が得意とするフィールドはルール無用の殺し合いだった。手段を選ばない戦法で相手を揺さぶり、蹴落とす事に長けていた。
ランスロットはシャイナに勝ったが、それは抜刀術の素早さが上回っていただけ。
仲間の事を気にせず、万全の状態で得意な獲物があれば決して遅れを取らなかっただろう。
決闘のルールでは相手を殺すのは禁止されている。
それ故にシャイナは手段を選んで戦っていた。
だが、今はどうだ?
ジークならばどんな攻撃でも死なないと確信を持っている。彼はそれくらい凄い人だから。
師であるアンジェリカからも観衆の前で見せない方がいいと口を酸っぱくして言われた技も遠慮なく使う。
「ーーーっ!?」
履いているブーツの爪先には鉄が仕込んであり、意識外からの鋭い蹴りもジークは躱してみせた。
「私、すっごく楽しいわ!」
そんな笑顔のシャイナとは真逆にジークは焦っていた。
今のジークの実力は最強と呼ばれていたディルを少し追い越したくらいの場所だ。
もう一度ディルと戦えと言われても勝てるかは厳しいが、一年前までとはわけが違う。
ジークもディルも闘神の血の力に覚醒して怪物の領域にいるのだ。
アグラヴィンが育て上げ、興奮状態になる事で狂気を纏ったランスロットも覚醒したジークの技に反応出来なかった。
それだけ隔絶した実力差が生まれてしまった。
なのに、どうしてシャイナはジークと打ち合えているのか?
改めてシャイナの動きに注目してみる。
彼女の攻撃はどこまでも徹底してジークの全力を妨害していた。
そして反撃の隙を与えないようか苛烈なラッシュ。
ジークと、いや、怪物相手の戦い方を熟知しているかのような戦闘スタイルだった。
この動きをジークは知っている。普段からマリウスが騎士団と共にしている戦い方である。
ジークやディルもその場にいて手伝う事もある対怪物用の戦闘術。
「シャイナ、まさか貴様父上と!?」
「そうよ。お義父様にはスパーリング相手をしていただいたわ」
不思議に思ってはいたのだ。
ジークとディルの手合わせをする機会が増えたり、マリウスやアンジェリカとも何度か剣を交える事もあった。
国政についてもブリテニアの解体以外は落ち着いていて鍛練に集中出来る一年だった。
「あのクソ親父!!」
「自分の親を悪くいうのは感心しないわよ?」
つい汚い言葉を使ってしまったが、それも仕方ない。
どうして敵に塩を送るような真似をしてくれているんだと今すぐにでも問い詰めたいが、試合中だ。
ディルかジークがガルベルト最強という話題は、論外で規格外な怪物が殿堂入りしている前提で話をされている。
ジークでさえ幼少期から父親の存在は天災か何かだと思っていたので特訓相手にしようとなんか思ってもいなかったのだ。
「安心して。一本しか取れなかったわ」
「マジか……マジか……」
好きな女の子の口から出る衝撃の事実にジークはうわ言のように同じ言葉しか言えなかった。
「私はジークにだけは負けたくないから!」
「逆転はここからだ。全身全霊の俺の愛を打ち砕いてみせろ!!」
二人の間に距離が出来る。
互いに間合いの範囲内であり、技を使用するには絶好のチャンス。
「はぁああああああああああっ!!!!」
《レッドクリムゾン流奥義【
敵の奏でる命の楽譜を終わらせるレッドクリムゾン流一子相伝の奥義。
それすなわち相手は死ぬ。
「うぉおおおおおおおおおおおっ!!!!」
《ジーク・ガルベルト我流剣技【
あの場で覚醒したジークが生み出した彼のオリジナルの剣技。
この一年で磨き上げ、洗練された技はディルの奥義すらも破ったガルベルト最強の剣。
両者が使える全ての力を込めた最高最大の奥義が正面からぶつかり合う。
そして勝負の行方は、
「俺はお前を愛している。どうか俺の妻になってはくれないか?この剣に誓って君を守る」
「勿論、喜んで。私の素敵な王子様」
数年後。誰も勝てない史上最強にして最高最善の王が誕生する事になる。
その隣にはとても綺麗な赤色が似合う王妃が幸せそうに並んでいた。
闘剣文化が栄え、闘技場に誰もが夢を持つ国ガルベルト王国。
そんな国のお話はこれにて閉幕。
《終わり》
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