第32話 最終決戦 その4

 

 ディル・マックイーンとアグラヴィン・ドラゴンが死闘を繰り広げているのと同時刻。

 誰も立ち入れないもう一つの戦いがあった。


「ちぃ!!」


 肩から血をポタポタと流しながら回避行動を取る。

 何度攻撃を受けただろうか。

 致命傷とまではいかないが、少なくないダメージを受けている。

 じわじわと追い詰められているようで気分が悪い。


「……中々どうして」


 相手の事を侮っていたわけではないが、戦いは互角かこちらの有利になると考えていた。

 実際は徐々に不利にされているのだが、見通しが甘かった。


「強いんだなぁ、は!!」


 ランスロットは痛む肩を気にしながら目の前に立つジークを睨みつけた。


「何を当たり前の事を言っている?」


 闘技場のチャンピオンだった男の闘志を正面から受け止めながらジークは平坦な声で言った。


「貴様の構えを見れば得意技が居合いの類いだと推測出来る。ならば距離を詰め、溜めをさせない戦法を取るに決まっているだろ」


 ランスロットの武器は二本の刀。

 そしてそこから放たれる最速の剣筋はシャイナですら対処するのがギリギリだ。

 闘技場ではランスロットが刀を鞘に納めた瞬間に勝ちを確信するものまでいた。

 それが目の前にいるジークには通用しない。技を使わせてもらえない。


「普通はそんな事出来ないんだけどなぁ!」


 相手の間合いの内側へ。

 口に出すのは簡単だが、実行に移すのは極めて困難だ。

 それを顔色一つ変えずに平然と行うジークの胆力は異常である。


「俺が何度貴様の試合を見たと思う。日頃は上手く手を抜いていたようだが、チャンピオン決定戦では流石に本気を出したよな」


 ジークが話すのはまだランスロットが挑戦者だった頃の話。

 同じトップリーグ選手相手でもつまらないと感じていたランスロットが珍しく楽しめた試合だ。


「へぇ。一国の王子から注目されていたってわけだ」

「違うな。


 さも当然のように言い切ったジークにランスロットは絶句する。

 ガルベルト王国は闘剣文化が盛んな国であり、王都や各地方には闘技場がありランク別に分かれた闘剣士達がいる。

 ジークはその闘剣士全てを把握していると言ってのけた。


「過去の経歴までは知らんが、戦績や流派については事細くな。トップリーグ選手ともなれば知らん情報の方が少ない……貴様がブリテニアの暗部だった事のようにな」

「きもっ」


 心の中で思っていた事がつい口に出てしまう。

 だが、それくらいにジークの発言は信じ難かった。


「何も不思議な事ではあるまい。俺は弱くてな。シャイナに中々勝てないものだから使えそうなものは片っ端から調べている」


 ジークの最初の師はマリウスである。

 騎士団長である彼から直々に手ほどきを受けたジークは同年代では間違いなく突出していた。

 しかし、婚約者となったシャイナにあっさりと負けてしまった。


 裏話としてシャイナにレッドクリムゾン流を叩き込んだアンジェリカが仮想敵に選んだのがマリウスであり、シャイナはマリウスと全く同じ動きをするジークと抜群に相性が良かったのだ。


 シャイナに負けてしまったジークはマリウスから更なる教えを請わずに別の流派へと乗り換えた。

 そしてまた新しい技を覚えてはシャイナに負ける事を繰り返し続けた。

 そうやって貪欲に多くの流派を吸収していった。


「まぁ、最終的には基本の型に戻ったが、学んだ事は無駄ではない。こうやって貴様への対策が取れるくらいにはな!!」


 《マックイーン流剣術【豪剣ごうけん】》


 上段から力強く振り下ろされる剣をランスロットは二本の刀で受け止める。

 当然、ジークの腕力と体重の乗った一撃は重く、ランスロットは片膝を地面に着く。


「まだ耐えろよ」


 《オーシャン流剣術【津波返しつなみがえし】》


 歯を食いしばりながら受け流した剣が、今度は下から上へと振り上げられる。

 まるで波のようにうねりを伴う剣はランスロットも戦った事のあるトップリーグ選手の技。


「それ、オマケだ」


 《ウィンド流剣術【竜巻斬ハリケーンスラッシュ】》


 高速回転する姿は竜巻を連想させる。

 回転により勢いを乗せた連撃に耐えきれず、ランスロットは地面を転がされた。


「コロコロと流派を変えやがって!!」

「柔軟な発想だろう?」


 全く流派の違う技を次々と繰り出すジーク。

 その変化の緩急は凄まじく、稀にランスロットも聞いた事の無い技だ出てくる。

 更にジークの優れている点は、それらバラバラの必殺技が研ぎ澄まされている事だ。


 手当たり次第に技を学んだといえば聞こえは悪いが、ジークは各流派の技を免許皆伝者クラスの精度で使って来るのだ。

 そのせいでランスロットは一人では無く、複数人の武人を相手にしているような錯覚を感じてしまい、精神を擦り切らせてしまう。


「これでも最強じゃないんだからガルベルトは面白いねぇ。殺し甲斐がある」

「俺の国で好き勝手は許さんぞ」

「その国も今日で終わりだよぉ!」


 ランスロットとジークの間に距離が出来た。

 これを逃す理由は無い。


「(戦い方は上手いが、反応速度や瞬発力はシャイナ・レッドクリムゾンほどじゃない。勝負は一撃で決める!)」


 鞘に刀を納め、深く呼吸をする。

 シィイイイイ……ハァアアアアアアッ……という呼吸音はまるで地獄の底からやって来た死神の唸り声。

 暗部で手を血に染め、ガルベルト王国に死を与えるランスロットに相応しい役目だ。


 これまでの全てを二本の刀に宿して、狙うはジーク・ガルベルトの心臓。

 暗殺という一点においてランスロットは育ての親であり、師でもあるアグラヴィンに敵わない。

 ブリテニアのために彼が殺して来た人間の数や多くの武勲はそう簡単に塗り替えれない。

 年を取り、肉体の最盛期を超えても衰え知らずの怪物は伊達ではない。


 では、ランスロットは何故アグラヴィンの右腕として、後継者として暗部の中で壱番という番号を与えられているのか。


「……楽しいなぁ……殺し合いはよぉ」


 ランスロットから溢れ出る血の量が急激に増えたのをジークは見逃さなかった。

 おまけに見開かれた瞳が充血して真っ赤に染まり、血涙を流している。


「……死ぬ気だ。死ぬ気でお前をコロスゥ…」


 これまでのランスロットとは何かが違う事を感じたジークは腰を低くし、警戒する。

 闘気、剣圧、それら全てがドロドロとした執念へと変換され、殺気として放たれる。

 遠巻きに戦っていた騎士と残党の暗殺者の手すら止まるほどだ。


「やべぇ、壱番が


 誰の口から出た言葉だろうか。

 その意味をジークが考えた一瞬の隙。



 ザンッ!!



「……む?」


 ボトッ……と音がしてジークの足元に血溜まりが出来上がる。

 何が起きたか理解の出来ないまま、ジークはその場に片膝を着く。


「見えなかった」


 唇を噛んで息を整える。

 切り裂かれた腹の傷は食いしばれば圧迫と止血が出来るが、長時間放置すれば血が流れ過ぎて死ぬだろう。

 そうでなくとも同じ攻撃が次に来れば首が飛ぶ。


「……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!!」

「ひぃい!?逃げろ!巻き込まれて死ぬぞ!!」


 ジークに大ダメージを与えたのはランスロットで間違いない。

 だが、あれは誰だ?


「待て、俺は味方っーーーぎゃっ!?」

「くそ!長は何やってんーーーいぎぃ!?」


 獣のような唸り声を出しながら周囲にいた者を敵味方関係無く斬っている。

 そこら中で悲鳴と断末魔が聞こえ、赤い血の花が次々と地面に咲いている地獄絵図が広がっていた。


「……自分を制御出来ていないのか?」


 ジークの予想は当たっていた。

 ランスロットが壱番と呼ばれる理由はその特性にあった。




 肉体の衰えが来ないとはいえ、不老不死になったわけではないアグラヴィンは自分の死後に備えて後継者の育成を考えていた。

 そこで彼は見込みのありそうな暗部の候補生達を一つの部屋に閉じ込めた。

 部屋の中には子供が十人。与えられる食糧は一人分。

 当然、奪い合いが発生する。更にご丁寧な事に部屋の中には人数分の武器が置いてある。


 翌日には一人だけ生き残っていた。


『次、』


 新しく部屋に十人の子供。生き残っていた一人を入れて十一人。部屋には一人分の食糧。


『次、』


 そうやって何度も繰り返していく。

 トトリカのような一般の暗殺者を育てる時は一度しかしない同胞殺し、蠱毒のような方法を後継者候補には何度も何度も繰り返した。

 そのうちに腕に自信のあるチンピラやブリテニアで処刑を待っていた囚人に部屋の中にいる子供を殺せば金と自由を与えると持ちかけた。


 料理人が美味しいスープを作り上げるために手間隙をかけて調理するように毒を注いだ。

 この作業に時間をかけていたおかげでガルベルトにはひと時の平和が訪れていた。

 だがそれも終わった。


 何度繰り返し、自分の忠実な精鋭を送り込んでも最後に生き残る者が同じになった。

 仕上げとしてアグラヴィン本人が部屋に入った時、中には全身を真っ赤に染めた幼い獣がいた。


『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…………』

『中々に良い出来だ』


 部屋に入った者を素早く殺し、次の侵入者に備えて体力を温存するため。

 相手に自分の戦いを悟られないように全てが一撃必殺。

 血を流すほどに血が充血した瞳は敵のどんな些細な動きも見逃さない。

 そしてなにより敵を殺すという執念が素晴らしい。


『……狂気の獣か。鳥肌が立つのはガルベルトの王子以来だ』


 久しぶりに感じた恐怖に感極まりながらアグラヴィンは獣を捕獲した。

 まだ今は自分に劣るが、肉体が成長すれば超えるであろう逸材だ。

 まさしく憎きあの国に終焉をもたらす鬼子だ。


 その日からアグラヴィンは獣に壱番という名を与えた。




「長が負けた!!」

「もうおしまいだ。壱番に皆殺しにされる」


 ディルの手によって敵の首領であるアグラヴィンは死んだ。

 シャイナ達誘拐された者の救出も済んだ。

 これで戦いが終わる……筈なのに。


「どうせ死ぬなら一人でも多く巻き込め」

「ブリテニア公国バンザイ!」

「祖国に栄光あれ!」


 黒いローブ姿の暗殺者達が止まらない。

 統率者が死んでブレーキの存在が消えてしまったせいで収集がつかない。

 そもそも彼らの存在は戸籍上無く、コレ復讐以外の生き方を知らない。


「これも敵の思惑通り……だとは考えたくないな」


 ガルベルトを潰すために様々な策を巡らせていた男のことだから油断ならないと感じながら、ジークは剣を握る。

 布やベルトのおかげで止血は済んだ。傷も心なしが普段より塞がるのが早いような気もしたが、最優先するのは自分の体ではなく場の収拾だった。


 彼らの動きを鈍らせるには分かりやすく心を折るしかない。無駄な抵抗だと理解すれば刃も納めるだろう。

 となると、今の彼らのヤケクソになっている原因を取り除くべきだ。


「やる事はかわらないな」


 ランスロットを倒す。それだけだ。


「うっ。メイドには無理!ご主人逃げるぞ!!」

「ちぃ!怪我人は下がれ!俺が盾になる」


 水色髪のメイドは小さな少年を担ぐと後退したし、騎士団長は部下の犠牲を少なくするので精一杯。

 暗殺者達にとって絶対的な支配者であったアグラヴィンを倒した将軍は力を使い果たしてその場から動けない。


 もうジークしか止められる可能性がある者がいない。


「勝てるのか俺は……」


 暴走しているランスロットの強さはディルやアグラヴィン以上。

 となれば、父である国王に匹敵する強さ。

 稽古という名のストレス発散に付き合わされる事はままあるが、本気の父をジークは知らない。

 マリウスやディルの手も借りてやっと大人しくしてくれる父は凄まじい闘気こそあれど相手を殺すような殺気は無い。

 闘神の生まれ変わりとも呼ばれる偉大な父親。

 その息子としてジークは優秀だが、優秀止まり。

 まだまだ上はいるし、婚約者にも勝てない。


 だが、やるしかない。


「死んでも勝つ」

「死ぬなんて許さないわよ」

「シャイナ!?」


 ジークの前に現れたのは満身創痍のシャイナ。

 騎士達が安全な場所まで運んだと思っていたが、この現状ではそんなものは無い。

 アンジェリカやトトリカがその場から動く事が出来ず、騎士達に守られているだけなのにシャイナだけが動けるのは実力の差か。


「下がれ。死ぬぞ!?」

「知ってるわ。でも、その前に聞きたい事があるの」


 戦場のど真ん中で何を言っているのだ!と思ったが、シャイナの目は本気だった。

 そこまでして何を聞きたいのか身構えるジーク。

 今生の別れになるかもしれない場で彼女は何を言うのか。




「ジ、ジークって私の事をどう思っているの?」

「はぁ?」




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