第31話 最終決戦 その3
「どうした。平和というぬるま湯に浸かって腕が鈍ったかマックイーン将軍よ」
ブリテニア暗部の残党とガルベルト騎士団との大乱戦の中、誰も近づけない場所がある。
一人は家紋の入った鎧姿の男。手にする武器は
並みの人間ならば持ち上げるだけで一苦労する獲物を自在に操っている。
対峙するのは真っ黒なローブに身を包んだ初老の男。
髪は白髪混じりであり、深い皺がある。
手にする武器は二本の
「今度こそケリをつける!」
かつてディルとアグラヴィンは戦った事がある。
その時のディルは逃げるだけで精一杯だった。
ガルベルト最強と言われた剣はブリテニアの死神に届かなかった。
「笑わせるな。汝では吾輩には勝てん」
《マックイーン流剣術【
アグラヴィンに向かって繰り出されるのはディルの使う必殺の一撃。
人一人分の長さのある大剣から放たれる圧倒的な破壊力は絶大。受けた相手をミンチ状に出来る。
「ほれ見ろ。
「ちぃ」
完璧なタイミングで捉えた筈の攻撃は躱され、カウンターが決まる。
鎧と鎧の関節部分を的確に抉り、血が流れる。
「もういい年した老人だろう。何故動ける」
年を取れば技術は向上するといわれている。
だが、いくらなんでもアグラヴィン・ドラゴンという男は異常だ。
ディルの目から見ても、相手は全盛期と同等の実力を維持……いや、超えている。
当時のアグラヴィンが今のディルやマリウスと同じくらいの年だったのだ。
いくらなんでもデタラメ過ぎる。
「冥土の土産に昔話をしてやろう」
両手で短剣を休む事無く動かし、ディルの命を狙うアグラヴィン。
一瞬の油断が命取りになる中でブリテニア暗部の長は語る。
「吾輩は貴様らの王に敗れた。そして塔の上から落ちて地面に叩きつけられた」
ブリテニアの姫を幽閉しつづけた塔。
ブリテニアという国の闇を象徴するその塔は国で一番高い建造物である。
あの高さから落ちれば死んだだろう。
ガルベルトの誰もがそう思っていた。
「腕も、足も動かずに吾輩は死を覚悟した。頭も強く打ち、元の顔に戻るまで何度も手術を受けた」
最早かつての栄光は戻らず、生きる苦しみだけを与えられた屍だった。
いずれ来る死に怯え続けるだけの余生になるはずだった。
「そんな中である事が起きた。損傷した吾輩の脳が異常な反応をしたのだ」
怪我のせいか、それともガルベルトへの復讐を望んだアグラヴィンに与えられた神からの天啓か。
異常に発達した脳は驚異的な回復力を生み出し、老いるだけの肉体に劇的な成長を促した。
「最早、吾輩は人にあらず。ブリテニアに栄光をもたらす使徒なり!!」
「がはっ!?」
アグラヴィンの繰り出した蹴りがディルの腹部に命中し、鎧を纏っているにも関わらず、ディルの体は後方へと飛ばされる。
咄嗟に受け身を取ったのだがどうにも内臓の調子が悪く、ズキズキと痛む。骨の二、三本は折れてしまったかもしれない。
「ほれ、どうした。ガルベルト最強の名はその程度か!!」
「ぐっ……ぐっ……」
関節の動きも人間の可動域を超えた変幻自在の斬撃が嵐のように攻め立てる。
その攻撃を大剣で捌きながら決定打を打ち込ませないのはディルの天性の才があってからこそ。
しかし、いつまでも受け身のままではいずれ斬り殺される。
「先に死んだ者達と同じ地獄に堕ちるがいい!」
十数年という時が経ったのにも関わらず、二人の間には明確な差があった。
自分の地位に甘んじた者とひたすらに牙を研ぎ続けた者は違う。
平和になったからこそ剣を握る機会は減り、いつしか毎日ペンを握っていた。
血が多く流れる戦場ではなく、自宅の執務室の方が落ち着くようになってどのくらい時が経ったか。
認めよう。
人間の中で最強と呼ばれた男、ディル・マックイーンは弱くなった。
そして、アグラヴィン・ドラゴンは国王の怪物の領域に登った。
だから負けてしまうのは仕方ない。
人間では勝てない生き物だっているのだ。
弱肉強食は自然の摂理であって、それに従うのは当然の事だから。
ディルの首を狙う短剣がゆっくりと動く。
自分を殺す刃をしっかりと認識するが、体がついていかない。
あぁ……私は死ぬのか。
幼少期、学生時代、公爵になってからの日々が次々と泡のように浮かんでは消える。
とうとう走馬灯まで見えてきた。
こちら見て焦るマリウスの姿があった。
多くの雑兵を蹴散らしながらディルの元へ駆け寄ろうとするが間に合わない。
誰の助けも手遅れだ。
そんな時、
「ディル様ぁああああああああ!!」
裏返りそうな、絶叫に近い声がした。
ただそれだけで
「ふんぬっ!」
首に迫る短剣を素手で掴む。
籠手があるとはいえ、刃が手に食い込んで血が流れる。
だが、そんなものはお構いなしにアグラヴィンの顔に頭突きをする。
「馬鹿な!?」
あの状態から動けるとは思っていなかったらアグラヴィンはその頭を避けきれずに怯んだ。
「私はまだ、死ぬわけにはいかない!」
お返しにと膝をつくアグラヴィンに鋭い蹴りをお見舞いする。
「彼女に広い世界を見せると約束した」
落ちた武器を拾わせない。
血が流れる拳で顔面を殴りつける。
「お前が傷つけた彼女の心に幸せが訪れるその時まで側にいると誓った!」
綺麗な花には毒がある。
毒だと理解した上で受け取った花はとても美しく咲いた。
ディル・マックイーンに生まれた初めての感情。
「トトリカを一人残して死ねるものか!!」
残像が見えるほどの素早いステップで拳の嵐を生み出す。
これだけの攻撃でも倒れないのは人外の領域に辿り着いた恩恵なのか。
「裏切り者の十三番。やはり早々に処分するべきだったか……」
「そんな事はさせん!」
渾身の力で殴り飛ばそうとした拳が受け流される。
武器が無くとも暗殺に特化した男は体術も極めていた。
先程までの剣戟はどこへ行ったのか、泥臭い殴り合いにもつれ込んだ。
「有り得ない。吾輩と汝の間には力の差があった。たかが女一人のためだけにその差が埋まるなど有り得ない!!」
何もかもを失い、捨てた。
ブリテニアの暗部は既に解体され、公の組織ではない。
そもそもブリテニア公国という国が敗戦によって事実上消えてしまったのだ。
今いる権力者達が死ねば過去の栄光を覚えていた者が居なくなる。
ブリテニアという国はガルベルトに負けた敗戦国として歴史に刻まれて消える。
許せない。
国の為に全てを捧げて生きて来た。
絶対の正義として君臨し続ける。
泥を塗ったガルベルト王国を消し去る。
それがアグラヴィン・ドラゴンの願望。
誇り高きその意思がたかが男女の色恋に負ける?
ありえない!!
「がぁあああああああっ!」
野獣のような叫び声を出しながらディルの人体を破壊しようとする。
だが届かない。
人知を超えたパワーアップをしたはずのアグラヴィンがディルに勝てない。
「私もそう思う。馬鹿な話だがガルベルトにはある言い伝えがある」
ガルベルト王国は戦いに関連する神々を祀っている。
それはガルベルトで闘剣が盛んだから。
順序が逆なのだ。
戦いに関する神達へ奉納するための神前試合が闘剣文化へと昇華されたのだ。
今ではそれを知る者は僅か一握りしかいない。
ガルベルト王国の祖は戦神の血を引いている。
マックイーン家はその分家であり、ディルは神の血を受け継いでいる。
「戦神ガルベルトの血は
今がその時だ。
「私のこの命は妻を守るためにある。貴様のような外道に私は負けられないんだよぉおおおおおおおっ!」
ディルに流れる僅かな神の血が限界を超えさせる。
クロスカウンターの体勢になり、お互いに吹き飛ぶディルとアグラヴィン。
「「っ!!」」
両者が転がった先には最初に手放した武器が落ちていた。
先に動くはアグラヴィン。
二本の短剣を持ち上げてディルの首を落としに行く。
一瞬だけ動きが遅れたのは満身創痍のディル。
握り締めていた拳からは血が絶えず流れ、内臓はボロボロだ。
それでも剣を掴み取り構えを取る。
残るありったけの力を振り絞って放つは最強最大の必殺技。
これで相手を殺すという殺意を乗せて繰り出す。
「ディル・マックイーーーーーーーーンッ!!」
《ブリテニア流暗殺術【
「アグラヴィン・ドラゴン!!」
《マックイーン流剣術奥義 【
ぶつかり合うお互いの必殺技。
ディルが使ったのは大剣を使用した時のみだけ扱えるマックイーン流の奥義。
全てを乗せた上段からの一刀。
アグラヴィンの技はブリテニア暗部に代々伝わる暗技。
これまで幾人もの猛者を殺して来た実績のある得意技。国王の片腕を奪い去った一撃が牙を剥く。
「その技はもう知ってるんだよ」
決着。
黒いローブを真っ赤に染め、ブリテニアの亡霊は今度こそ永遠の眠りについた。
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