第30話 最終決戦 その2

 

 その場にいたブリテニア暗部の面々はあまりの出来事に手が止まった。

 突如として現れたのは水色の髪にメイド服を着た小柄な少女。

 しかも両腕を組んで何故か自信満々な……キメ顔で立っている。


 何故にメイドがここに?


 例えその少女がとても可愛らしく胸部は豊満であり一部の男達の視線を釘付けにしようとも彼等は暗部。

 おさであるアグラヴィン・ドラゴンによって余計なものを削ぎ落とされて研磨された殺しのための道具。

 すぐにそのメイドが侵入者である事に気づき、排除しようと動く。


 しかしながら、メイドに目が奪われて全員の手が止まったのは事実。

 それを彼等が見逃すはずが無い。


「シャイナァアアアア!!」


 風のような速さで駆け抜ける影が三つ。

 倒れている女性達の元へ走るついでに何人かを巻き込んで吹き飛ばす。


「大丈夫か!?しっかりしろ!」

「……うぅ…ジーク?」


 苦悶の声を上げながら目を開くシャイナ。

 自分を抱き抱えて心配そうな顔をしている眩い金髪の少年がそこに居た。


「ごめんなさい……私、負けちゃった」

「負けなんかいない。全力で最善のコンディションじゃ無かったのだ。負けに入るかこんなもの」


 ジークが傷の具合を確認すると、切り傷こそあれど生死に関わるようなものは無かった。

 ただ傷の数や場所から察するに痛めつけて嬲られたと推測された。

 シャイナを抱き締める腕に力が入る。


「援軍か。だが処刑対象が首を揃えてやって来たのは僥倖だな」


 吹き飛ばされていた者達も起き上がって武器を構える。

 侵入者の男達の後ろから騎士達もやってくるが、その数はせいぜい十名程度しかいない。

 念のために他にも放置されている砦やガメッツと関わりのある場所に人員を割いたための少人数だが、騎士達は誰一人として力不足とは思っていなかった。


 若い騎士達はアグラヴィン・ドラゴンの事をよく知らない。

 チャンピオンであるランスロットが普段の戦いでどれだけ手を抜いていたのかも知り得ない。

 だけど彼等は知っている。


「またボロボロになってんじゃねーかよ」

「うるさいさね。……あのチビは?」

「エルロンド伯爵なら保護した。彼が出て来たタイミングで突撃して来たからな。今はメイドちゃんが守ってらぁ」


 自分達を率いている騎士団長が何かを守る戦いにおいて本来のスペックを大きく上回る力を発揮する事を。


「危ない真似はしないって約束したじゃないか。傷が癒えたらお仕置きだよ?」

「ディル様、気をつけてください。おさの実力はわたしなんかと比べものになりません…」

「うん、知っているよ。君が辛い思いをしてきたのは私達が過去に奴を取り逃してしまったせいだからね。そのケリは今晩着けるよ」


 その男の武勇伝は数知れず。

 町を歩く市民や腕に覚えのある武人達も必ず最強といえば彼の名前を口に出す。

 貴族達がまとまりを持って王族に仕えているのは彼の人徳や戦闘力あってのもの。

 背中に背負っているのはあまりの威力に封印していた巨大な剣バスターソード


 騎士団長と将軍の並びはかつての戦争を思い出させる。


「へぇ、お手合わせしたい連中が集まってくれたのは嬉しいねぇ」

「此奴らの首を刈り、玉座に座る王を消せば悲願は達成される」


 かつての戦争中、ブリテニアの首都へ攻め込んだ部隊はアグラヴィン率いる暗部と交戦した。

 この場にいる暗部は当時と変わらない、それ以上の腕を磨いた者が多い。

 対してガルベルト騎士団は実力こそあれど殺し合いに慣れてはいない。

 戦いは闘技場によって身近なものであるが、濃密な死の気配にはどうしても疎い。

 平和ボケと言われてはそれまでだが、一歩劣っているのは間違いないだろう。


 だが、それは彼が居なければの話。


「そこの二刀使い。貴様がシャイナを傷つけたのか?」

「そうですよ王子様。もうちょっと粘ってくれるかと思ったんだけど、期待外れだったかもしれねぇなぁ」

「……そうか。ならば俺は、」


 まだ騎士育成学校の学生でありながら並みの騎士を遥かに上回る実力者。

 剣の師をマリウスとディルが務め、ガルベルトのあらゆる武術の英才教育を受けた武の申し子。

 ビッグネームな関係者達に名が埋もれ、人気に関しては婚約者に劣る。

 何かと規格外な父親と比べられて、公務に追われる苦労人気質な所もある少年。


 この国のガルベルトという名前は彼の背中にある。

 彼こそがブリテニアの悪夢の残り香に終止符を打つ切り札。


「貴様を殺す!!」


 新たなる伝説の一ページを刻む戦いが始まった。
















「ご主人様はそこでじっとしてるんだぞ!」

「なんでメイドがここに居るんだよ!?」


 シャイナ達の手助けのおかげで砦の外に逃げる事が出来たアランはジーク達に合流する事が出来た。

 大まかな事情を説明し、彼女達がピンチである事を伝えた。

 非戦闘員であるアランは安全な場所に逃げるべきだが、想定よりも敵が多いので逆に騎士団のすぐ側にいる方が安全だと判断された。

 護衛を任された新人騎士の隣で怯えるアランだったが、騎士団の中に強烈な個性を放つ家族がいた。


 鎧姿が多い中に場違いなメイド服を着たアホそうな少女。

 しかもジーク達よりも一足先に砦内に突撃するって馬鹿なの?……馬鹿だったわこいつ。


 でも、彼女を見てアランがホッとしたのも事実。

 父親を失った彼の側にはいつでもこのメイドがいてくれたんだ。


「ふざけてるのか。殺せ!」


 ごもっともな感想を言う黒づくめの暗部。

 一人の騎士で数人を相手にしないといけない戦場の中で、まずは一番弱そうな者から始末しようとしたのだ。


「うーん。強そうだけど、メイドは今怒っているんだぞ?」


 暗部は知らなかった。ノーマークだった。

 このメイドがかつてはガルベルトのトップリーグ選手に近い実力を持っていた事を。

 八百長試合のせいで記録からも抹消さていたのが仕方ないといえばそれまでだが、近頃はとある公爵令嬢のスパーリング相手をしていた事を。


「お仕置きなんだぞ!!」


 メイドは近くに生えていた若木を手で掴む。

 若木とはいえ成人男性の胸囲くらいの太さのあるそれを両手で掴むと、ズボッと引き抜いた。


「は?」


 殺意増し増しだった暗部の口から間抜けな声が出てしまう。

 目の前のコレは何だ?自分は夢でも見ているのか?


 何をどうしたらロリ巨乳メイドが木をブンブン振り回しているんだ!?


「いっけー!《メイド流必殺技【ホームラン】》」


 そんな流派は無いし、技名なんて今咄嗟に思いついたデタラメなのだが、圧倒的な質量を前に暗殺に特化した黒づくめはなす術もなく、



「ぶべらっ!?」



 カッキーーーン!という心地よい打撃音と共に砦の壁に突き刺さった。

 壁には間抜けなポーズの人型がくっきりついてしまった。


「よーし、今日は久々に大暴れしちまうぜ!」

「お前の心配した僕が馬鹿だったよ」


 誰も注目していなかった戦場の端っこでメイドさんの大掃除が開始されました。















「お前ら、一人も逃すんじゃねぇぞ!こいつはガルベルト騎士団への戦線布告なんだからよ!」


 騎士団員達へ指示を出しながら自らも最前線で戦う男がいた。

 万全の体制で頭には兜も被っている。

 背中のマントにはガルベルトの紋章が刺繍され、その立場を明確に表している。


「救護係はシャイナの嬢ちゃん達の手当てだ。他の奴らも怪我したら無理せず下がってあのメイドの所に行けよ」


 自分が鍛え上げた騎士達よりも今日出会ったばかりのメイドの方がデタラメに強い事に釈然としないが、頼りになるのは間違いない。


「ちっ。俺は雑魚狩りに専念するぜ」


 この戦場で一番激しい戦いが繰り広げられているのは周囲に誰も近づけないくらいの闘気を振り撒いているランスロット対ジークとアグラヴィン対ディルの二箇所だろう。

 それ以外も騎士達が数の優位に押されながらも善戦している。

 ならばマリウスの役目は部下達に加勢して確実に敵の戦力を削ぐ事だ。

 ここで誰かを取り逃せばまた第二、第三の残党が結成されてしまうかもしれない。


 戦争の時にマリウスはまだ一兵卒だった。

 持ち前の根性で現国王やディルに付いて行き決戦の場にこそ参加したが、最後は見ているだけだった。

 塔の上でアグラヴィンに挑み、負けて殺される寸前を国王に助けられたのだ。


 あの時と今では立場も役目も違う。

 今度は自分が仲間を助けて国を守る番だ。


「その首貰った!」

「甘いんだよぉ!!」


 飛びかかってくる敵を剣で一閃。

 胴から上と下がバラバラになる。

 マリウスは王都の中でアグラヴィン率いる小隊に襲われて深傷を負った。

 だがそれは狭い路地裏であったし、鎧も着ていなかった。

 何よりアンジェリカの身が心配で思うように動けなかった。


「俺を誰だと思っている。俺はガルベルト王国騎士団の団長、マリウス・シルファーだぞ!!俺の首は安くねぇんだよ!」


 今は暗い月明かりの下とはいえ、開けた場所にいる。

 敵の攻撃も鎧の関節部分や顔面だけは出ている頭部に集中しているため対処しやすい。

 それに、心配の種だったアンジェリカは信頼出来る部下達が隅に運び込んで手当てしている。

 傷口が開いたせいで動けないが、命に別状は無い。


 自分の恋人を誘拐してボロボロにしてくれた事には腹の底から怒りが溢れ出るが、冷静さは欠かない。


「テメェら全員、死ぬかお縄につきやがれ!」


 剣を握って振り回す。

 一人、また一人と確実に戦闘不能にしていく。

 マリウスの剣術はガルベルトの中でもポピュラーなもので、それゆえに決まった流派の名前がついていない。

 気がついたらガルベルトの誰もが使えているようなチャンバラごっこの延長みたいな剣だ。

 シルファー家には一子相伝の剣術なんて伝わっていなかったので、これは名無しの剣。


 もしも名前を付けるとするなら、ガルベルトに住む誰もが使える可能性がある流派としての名が相応しいだろう。


 《ガルベルト流剣術【気合い斬りきあいぎり】》


 誰よりも一般人として平凡な場所から鍛え上げた男だからこそ、その剣は決して鈍らない。


「こちとら陛下の相手をいつもさせられてんだ。雑魚なんかに負けるかよ」


 早くディルとジークの助太刀に入らなくてはならないと思いながらマリウスは戦場で剣を振るうのだった。




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