第27話 精鋭部隊出撃!

 

「まだ見つからないのか!」

「はっ。現在騎士団と衛兵の総出で調査しております!!」


 場所は王城内にある騎士団の本部。

 先程から慌ただしく騎士達が入れ替わり立ち替わりで設置された紙に情報を記入していく。

 他にもあちこちからかき集められた書類やビンゴブックと呼ばれる指名手配書も広げられ、厳戒態勢が敷かれていた。


「落ち着こうぜ殿下」

「マリウスの言う通りです。今は知らせがあるまで待機すべきですよ」


 本部内の中心には騎士団の幹部達とジーク達が集まっている。

 若い騎士はその中心から発せられる殺気で足が震えそうだった。

 いつもはふざけたり世間話で笑い合ったりする人達が揃いも揃って重苦しい顔をしているのだ。


「……ふむ。そうだな」

「おーい、誰か飲み物持って来てくれ」


 臨時の給仕として駆り出された城のメイド達がマリウスの指示を受けて素早くコーヒーを用意する。

 長丁場になる事を予想して味は濃い目にしてある。そのついでにいくつかの軽食も騎士達に配給する。


「で、改めて今ある情報を整理しよう」


 全員の視線が中央にある大きな紙に集中する。

 そこに書いてある内容はこうだ。


 シャイナ達と後で合流する筈だったが、時間を過ぎても彼女達は来なかった。

 最後に目撃証言があったのは闘技場。

 闘技場から王城までの道のりでシャイナがいるのに迷子になる理由は無く、周辺を捜索しても見つからなかった。


 そして城に届いた一通の手紙。


『我々が愚かなガルベルトに正義を執行する。これは聖戦の始まりだ』


 赤い血で書かれたものは通常ならタチの悪い悪戯だと

 放置されるが、まるで狙いすましたかのようなタイミングだった。


「なんらかの事件に巻き込まれたってのが妥当だよね」

「うん。だとしても巻き込まれた面子がヤバいな」


 公爵家令嬢、シャイナ・レッドクリムゾン。

 将軍の妻、トトリカ・マックイーン。

 騎士団長の恋人、アンジェリカ。

 伯爵家の当主、アラン・エルロンド。


「この国の上層部の関係者って言えばそうなんだが」

「それと同時に猛者達でもある。エルロンド伯爵は非戦闘だけどトトリカは元暗部、アンジェリカは闘剣士、シャイナ嬢は騎士見習いだ」

「並の連中相手なら負けねぇぞ」


 この場にいるメンバーが一番驚いたのはそこだった。

 行方が分からない彼女達に手を出せば潰されるのは明白。

 そして、彼女らの関係者はもっとエゲツない。


「だからこその手紙だろう。俺達に宣戦布告するための。……心当たりはあるか?」

「殿下の仰る手紙が本物だとすれば、この事件に関わっているのはこの前の奴らだな」

「ブリテニアの暗部……その残党か」

「俺は確かにこの目で見ましたからね。死んだと思っていた野郎を」


 かつてブリテニアとの戦争中にガルベルト軍の有力者を次々と奇襲し、戦争を泥沼化させた暗殺集団。

 その中でもリーダー格の男は実力が突出していた。

 現国王やマリウス達が戦争に終止符を打つために挑んだ作戦でブリテニアの中枢部を叩いた時に最後まで立ちはだかった敵。最強の化け物と言われる国王の片腕を奪い、塔の上から落下した男。


 アグラヴィン・ドラゴン。


「……厄介な奴だ」

「もしも奴が敵にいる場合、どう動く?」

「流石に陛下を戦わせるわけにはいかない。私が相手をしよう」


 確かに国王は誰よりも一番強いが、国のトップが最前線で戦うのは危険だ。

 万が一の事があればそれこそ戦争が始まりかねない。

 周辺国だって国王の強さに畏怖して友好的な関係を保っているのだ。

 そうなると、国王に次ぐ実力者のディルが挑むのが妥当だった。


「敵の居場所が判明次第、騎士団とディルで救出作戦を実行する」

「待てマリウス。俺も連れて行け」

「何言ってんですか殿下。アンタはこの国の未来の王だ。何かあれば責任取れませんよ」


 マリウスの言葉にその場にいる騎士達が頷く。

 しかしジークは譲らなかった。


「父上が戦争で活躍したのは俺とそう変わらない歳だ。王子でありながら決死隊を率いたのだろう?」

「あの時と今じゃ状況が違う。騎士の層も厚いし、敵も大した数はいない筈だ。殿下が無茶する理由がねぇ!」


 それにあの戦争で現国王は第二王子だった。

 万が一があったとしても問題は無く、それが最善の判断だとされた。

 ジークは第一王子だ。国王は亡くなったブリテニアの姫以外に側室も選ばず、正式な王位継承権を持つのはジークのみ。

 そのジークに何かあれば次に起きるのは王位継承争い、その隙を見逃さずにどこかの国が攻め入る可能性もある。


 それはジークも理解していた。

 優秀な王子である彼は自分の立場や状況を理解して行動する。

 父親を反面教師にし、真面目に頑張って来た。

 彼が次の国王になれば国は安泰だし、城は壊されなくて済むと胃痛持ちの財務卿は安心していた。


「二度言わせるな。


 その場にいた全員が息を呑んだ。

 ジークの口から出た声はとても低く、冷たい声だ。

 だというのに全身から発せられたのは凄まじい怒気と殺気。

 何人かのメイド達がそれに当てられて意識を失った。


「シャイナが誘拐された。理由はそれだけで十分だ」


 ジークの怒りの全てはそこに集中していた。

 国も立場も関係ない。

 己が婚約者を誰かに奪われた。脅かされそうになっている。

 獅子の子を目覚めさせるにはそれだけで事足りる。


「……けっ。やっぱ親子だな」

「思い出すよ。あの頃を」


 マリウスとディルはその凄まじい気迫を間近で受けながら苦笑いした。

 かつて目の前の少年と同じような奴がいた。

 我儘で、敵に挑む理由なんて自分勝手。惚れた女のために周りを巻き込んで戦争を終わらせた男。

 今頃はベッドの上でいびきをかきながら眠っている我儘な王様にして、忠誠を誓った主人。


「それじゃあ、準備が出来次第俺ら騎士団とディル、そしてジーク王子で敵を叩く」











「で、どうしてコレがいる」

「メイドをコレ呼ばわりとは失礼だぞ?」

「……おい。俺が悪いのか?」


 ジークに首根っこを掴まれて不機嫌そうな顔をしているのはエルロンド伯爵家のメイド。

 城のメイド達が忙しく動いていた時に姿が見えないと思っていたら騎士団の馬車に潜んでいた。


「駄目じゃないかついて来たら」

「うちのご主人様だって連れて行かれてるのに黙ってられねーんだぞ!」


 たいがいふざけているメイドさんだが、その言葉には有無を言わせない重みがあった。

 彼女にとってはアランこそが世界の中心であり、自分の身内である。

 彼の父から与えられた恩は何がなんでも返したいのがメイド道。

 怒られようが何しようが、置いて行かれる選択肢は無かった。

 最も、それが大きく利益になるとは誰も予想していなかったが。


「彼女達が最後に目撃されたのは闘技場。丁度、チャンピオンの試合の時だね」

「その後、行方不明になっている。当然騎士団が調べに行ったらチャンピオンの姿も消え、コイツの屋敷の中ももぬけの殻。地下室らしき場所には最近まで複数人が潜伏していた形跡とブリテニア産の武器がいくつか発見された」


 ガルベルトの闘剣文化は有名である。

 賞金と名声を求めて各地から腕に自信のある者たちが集まる。

 闘剣士になるのに必要なのは実力のみ。よって身元が怪しい奴でも試験さえ突破すれば誰でもなれる。


「それでも有名な選手になれば経歴や出身が自ずと明らかになるんだけど」

「チャンピオンのランスロットはスピード昇格だ。調べが完全についてはいなかったし、人なりや普段の性格も良くファンも多かったぞ」


 マリウスやディルは趣味で闘技場に足を運ぶからその姿は目撃していた。

 だからこそ彼がブリテニアの刺客で、潜入していたと気付けなかった。


「それと出発前に財務卿達が調べていたゴルドマネー銀行についての報告書についてだが、ガメッツ・ゴルドマネーは戦争で一山儲けようとしていたらしい」


 運悪くエルロンド伯爵家に手を出してメイドとシャイナに潰された悪徳金貸し。

 叩けば叩くだけ余罪が出て来て取り調べが長引いていた。


「ガメッツは戦争を起こすために多額の資金をとある組織に流していた」

「それが暗部の残党か。……思ったより敵は手強そうだな」


 残党と言えば大した事が無さそうだが、トトリカという女性やランスロットとという実力者から察するに再編成された手練れと見るべきだろう。

 マリウスが対峙した黒づくめの連中も毒や暗器を装備していた。


「そいつらが潜伏しているのは国境近くの砦。今は人も住んでいない無人の場所だ」


 かつて戦争中に多くの血が流れた場所。

 気味が悪かったり、地面を掘れば人骨などが出ると縁起も悪いので放置されている地域だった。

 近くの村も無くなり、現在の情報が分からない場所。

 地図からも消えかけて誰も近づかないとなれば拠点にするにはうってつけだった。


「もうちょいしたら左の道ね。そっちが近道なんだぞ!」

「……まさかその村出身の子が偶然いるとはな」

「メイドは地元じゃ負け知らず!砦なんて遊び場だった〜」


 御者をする騎士に方向を指差すメイドのおかげで目的地までの道のりが短くなっている。

 メイドさまさまな状態だった。


「待っていろよシャイナ。今助けに行くぞ」


 ジークの腰には二つの剣がある。

 一つは持ち主に渡すべく急いで取ってきたものだ。彼女が自分以外に負けたとは思いたく無かったが、剣が無ければただの貴族令嬢である。

 今朝、彼女は言ったのだ。


『だって何かあればジークが守ってくれるでしょ?』


 その約束を果たしに行こうじゃないか。

 だからそれまで無事にいてくれ……シャイナ!!






















「あ、やっぱさっきの右だったかも?」

「「「おいっ!!」」」

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