第26話 連れ去られた者達。

 

「う、うぅ……」


 暗い闇から意識が浮上する。

 私が目を開くと、そこには倒れている叔母様やアラン君がいた。


「みんな大丈夫!?」


 今すぐにでも駆け寄って起こしたかったが、身体が言う事を聞かない。

 代わりにズキズキとした痛みが腹部からする。

 私は意識を失う前に何があったのかを思い出した。











 アラン君が闘技場に興味があると言っていたのでジーク達と別れて行動をした。


 トップリーグの試合が開催されている闘技場は満員御礼で闘剣士達のグッズも販売されている。

 その中に私の名前が刺繍されたタオルが無許可で販売されており、完売しているのは何の冗談か。

 後で売店のオーナーを締め上げて利用料を払わせようと考えながら特等席に立つ。


 当日の急な話なため普通の座席や貴族用の場所は取れなかったが、長年活躍している叔母様と私の顔を見ると闘技場を管理している職員が特別にバックヤードからの立ち見を許可してくれた。


「うわぁぁぁぁぁ……」


 目をキラキラさせて闘技場を覗き込んでいる姿を見ていると微笑ましくなる。

 叔母様も子供好きな所があるからにまにまと笑顔でその様子を見ていた。


「子供って純粋ですね」


 一緒についてきたトトリカさんが複雑そうな顔ではしゃぐアラン君を眺める。


「苦手なんですか?」

「……なんというか、生きるのに必死で周りに興味を持っていませんでしたから」


 彼女の大まかな出生は聞いている。

 物心ついた頃には奴隷になっていて、暗殺者になるべく育てあげられた。

 トトリカという名前も偽名で本来は番号で呼ばれていたとか。


「ディル様は公爵家の当主ですし、いずれは子供を作らないといけないんでしょうけど……愛せるのかどうか」


 困ったように笑う彼女の顔に影が差す。

 闘技場の観客席には子連れが大勢いるし、お気に入りの選手を応援する小さな声も聞こえる。


「愛せなくてもいいんじゃないかしら?」

「でも、それじゃあ……」

「私の周りには両親が揃って現在なんて少ないわよ。私もジークも片親で育てられたし」


 幼い頃の母との記憶はある。でも、一緒にいなかった期間の方が長い。

 ジークは母の顔を写真や絵でしか知らない。


「貴族なんだから乳母を雇ったりすれば勝手に育つわよ。そんな深く考えなくていいわ」

「人として不合格では無いのですか?」

「そんなものは子供が大きくなって聞けばいいんですよ」

「ドライですね」

「貴族なんてそんなものよ。でも、私が思うに」


 ディルから甘い言葉をかけられて顔を赤くしながらも満更でもないような表情を浮かべていたトトリカ。

 冷たい心を持った暗殺者にはもう春が訪れたのだ。


「愛した人の半分を持つ我が子ならいずれ好きになるんじゃないかしら?」

「ですか……」


 最初は苦手でもいつか愛おしくなる。

 そうでなければ自分達はここまで成長していないだろうから。


「いいかい。あの選手はーーー」

「なるほど。勉強になります!」


 あちこちを指差しながら説明する叔母様の言葉を純粋に受け止め、感心しながら相槌を打つアラン君。

 その反応が嬉しくて更に饒舌になる叔母様ならそう遠くない未来で騎士団長との間に子供が出来そうだ。


 私とジークよりは早くないと困るわね。

 叔母様の子ならレッドクリムゾンの血筋になるから私がいなくなった後の後継者にでもなれるわ。

 ただ、その場合は一子相伝の技を誰が継ぐかで悩むわね。


「来たさね。あれが今代のチャンピオンさ」


 観客からの割れんばかりの歓声を浴びながら一人の男が中心に立つ。


 この国では珍しい黒い髪に細い糸目。

 ある日外国からフラっとやって来てチャンピオンの座を勝ち取った男性だ。

 獲物は両手に持った短めの剣。


「〈双剣鬼〉なんて呼ばれてる変人だよ」


 試合の相手は同じトップリーグの選手。

 今シーズンからトップリーグ入りをし、今最も成長が期待されている若手だ。

 叔母様と戦っている試合を観戦した時に思わず唸ってしまうような槍捌きを見せていた。


『それでは、デュエルスタート!!』


 審判の合図と共にカーン!!と試合開始の鐘が鳴る。

 最初に動いたのは槍使い。

 長い獲物のリーチを活かして初手から一撃必殺を狙う。


「うーん。遅いなぁ」


 チャンピオンはその一撃を身を逸らすだけでヒラリと躱す。

 確実に当てに行った攻撃を避けられて槍使いは動揺したけど、そこはトップリーグ選手。

 素早く伸ばした腕を引いて再度攻撃をしかける。


 シュ、シュ、シュ、シュ!!


 繰り広げられる連続の突きは私でもなんとか追えるくらいだ。

 あれを封じるには初手で最速の一撃を叩き込むしかない。


「頃合いかなぁ?


 挑戦者側の槍使いへの声援を送る客席が最高潮に盛り上がった所でチャンピオンは動いた。

 両腕を振り下ろすと槍の柄の部分が叩き折られる。

 闘技場で使用される以上、死者をなるべく出さないように刃引きされているのだが、そんなものお構い無しだと言わんばかりの技だった。


「君じゃあ物足りないなぁ」


 獲物を失った槍使いは退くタイミングを逃し、続いて放たれた鋭い蹴りで意識を刈り取られた。

 顎の先端を正確に捉えた蹴りだった。


『試合終了!勝者はチャンピオンのランスロット!圧勝でした!!』


 実況の放送と共に場内から拍手喝采が巻き起こる。

 気絶した対戦相手はスタッフに担架で運ばれていき、残されたチャンピオンは客席に軽いファンサービスを行うと控え室のあるこちらへ向かって来た。


「おやおや、アンジェリカさん。もう傷の方は大丈夫なんですかなぁ?」

「見ての通り動き回れるくらいには回復したさね。まだ試合には戻れそうに無いけどね」

「そりゃあ残念だなぁ。あんたならちょっと楽しめたのになぁ」

「その減らず口、次に戦う時に叩き直してやるさね」


 さも当然のように叔母様に勝てると言ったチャンピオンは帰ってきた啖呵に笑みを浮かべる。

 いつでもかかってこいと言いたげだった。


「それでこのチビさんは誰かなぁ?」

「アタシの知り合いの貴族さね。闘剣に興味があるから見せに来てやったのさ」

「なるほどなぁ」


 チャンピオンは叔母様から差し出された色紙に用意よく懐からペンを取り出してサインをする。

 こうやって闘剣で収入を得ている人がファンへのサービスとしてサインするならわかるけど、私みたいなただの学生に求められても困るのよね。

 学校では生徒を始め教師陣からも強請られた記憶が蘇る。


「それと……おやぁ?」


 チャンピオンは私の方を見ると薄い糸目をくわっと開いた。


「シャイナ・レッドクリムゾンさんだぁ」

「ど、どうも……」


 あからさまにテンションが高くなるチャンピオン。

 その目は好奇心と闘志に満ちていた。


「ちょっと手合わせを」

「するわけないだろう。アタシらはただの観客だよ。それに獲物も無いしね」

「それは残念だなぁ」


 好戦的な目が再び閉じられ、子供みたいに口を尖らせて落ち込むチャンピオン。

 私やジークと戦いたいって言ってたのは本当みたいね。

 これ程の凄まじい剣士がまだいるなんて思いもしなかった。今度、腰に剣をしっかり差して手合わせを願おうかしら?ジーク対策にもなるかもしれないし。


 そうやって軽い会話をする中でトトリカさんだけ口を閉じていた。

 単に知らない人と会話するのが苦手なのか、そもそも興味が無いから話さないのか。

 だけど私はトトリカさんの顔を見て驚いた。


 チャンピオンを間近で見た彼女の顔は真っ青になっていたから。


「………壱番…」


 何かの番号だけがはっきりと聞こえ、チャンピオンの口角が下がり、無の顔になる。


「ここまでか。残念だったなぁ」


 それまであった感情が冷えて消え去る。

 今までの気怠そうな感じも、闘剣士としてのパフォーマンスも最初から無かったかのような虚な表情。


「っ!?」


 真っ先に反応出来たのは偶然だった。

 鞘から刀を抜き出す瞬間は見えず、地面に崩れ去る叔母様とトトリカさん。

 何も理解出来ていないアラン君を守る為に、私は自分の腰に手を伸ばすが、本来あるべき剣が無かった。


「………本当に残念だぁ」


 素手では抵抗する事も出来ずに、私は腹部を刀の柄で強打されて意識が途絶した。












「目覚めたか」


 牢屋と思われる場所に私達は入れられていた。

 手枷が嵌められ、鉄格子の扉には鍵がかけられている。


「貴方達は誰なの……」


 扉の向こうに立つ黒いローブの男。

 そしてその横には二本の刀を腰に差したチャンピオンがいた。


「我々は正義の代行者。この愚かな国を終わらせに来た」

「十三番さえいなければもうちょっと楽しめたんだけどなぁ」


 トトリカさんを番号で呼ぶ。

 そして彼女が口にした壱番という数字。


「貴方達、ブリテニア公国の暗部ね」


 戦争で名を轟かせ、国王やディル将軍を相手に最後まで戦い、そして負けた筈の亡霊がいた。


「これより聖戦の準備を行う」



 ……こんな事になるならデート中に告白すれば良かったわ。





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