第28話 ヒロインズの脱出大作戦開始!

 

「さて、どうしましょうか」


 闘技場のチャンピオンであるランスロットと、その上司であり私達を誘拐するように指示したであろう暗部の頭目の姿が消えたのを確認し、口を開く。

 峰打ちで気絶させられたおかげで全員大した怪我はしていなかったが、まだ少しお腹が痛むわね。


「アイツ、生きてやがったのかい」

「チャンピオンの横にいた人を知っているの?」

「アイツは……アンタのお爺様の仇さね」


 私の知らないお爺様。

 戦争で勇敢に戦って戦死したと聞いていたけど、あの頭目に殺されたのね。


「アグラヴィン・ドラゴン。一度戦った事はあるけど、十分に化け物さね。現国王を重傷まで追い込んだのは後にも先にもアイツだけだ」

「アグラヴィン……それがおさの名前なんですね」


 トトリカさんがその名を口にする。

 暗部によって幼少期から育てられた彼女でも自分達のリーダーの名前は知らなかったらしいわ。

 お互いを呼ぶ時は与えられた番号同士。頭目はただ長と呼ばれていた。


「アンタ、奴らの仲間だったらココが何処かわからないのかい?」


 叔母様の質問にトトリカさんは首を横に振った。


「暗部は各地に拠点を持っています。わたしが居たのはブリテニア内部にある支部でした。ここはどうやら違う場所みたいです」

「そりゃあ……参ったね」


 牢屋の中には窓はなく、薄暗い。

 現在地が把握出来なければ今後の行動について計画が立てられないわ。


「あの〜」


 私達が悩んでいると、同じ場所に居たせいで巻き込んでしまった最年少のアラン君が恐る恐る声を出した。


「参考になるかどうか分からないんですけど、ここってそんなに遠くないですよ」

「どうしてそんな事が分かるの?」

「眠らされた後、ちょっとしたら目が覚めて寝たフリをしてたんです。外の会話が聞こえて、王都を出発してからの時間を数えてました」


 彼の数えた時間と頭の中にあるガルベルトの地図を照らし合わせると、まだ国内だ。

 外にさえ出られれば助けを呼べる。


「小さいのによくやるじゃないか」

「そうね。おかげで脱出の算段が立てられるわ」


 あれだけの手練れ達に拐われながら寝たフリを続けるなんて凄い度胸だ。

 彼は自分自身が強くないから精一杯出来る事をやっただけなのだろうが、そう簡単な事じゃない。

 小さくても立派なガルベルトの男の子ね。


「でもどうやって逃げ出すんですか?相手はプロの殺し屋なんですよね」

「そうさね。武器さえあればどうにかなるんじゃないかい?」


 そうだろ?と言わんばりの視線を叔母様がこちらへ向けてくる。

 全く、私をなんだと思っているのかしら。


「逃げるだけならなんとかしましょう」

「「えぇっ!?」」


 アラン君と一緒にトトリカさんも大きく口を開けて驚いた。

 何かしらその反応は。


「相手がプロだろうと狭い通路なら一対一になるわ。多少数が多いくらいじゃ負けないわよ」


 学校ではジーク以外に私の鍛練に付き合える生徒がいないからといって私対その他大勢の生徒で模擬戦をさせられた事もある。

 最大限に警戒すべきはチャンピオンであるランスロットと国王の片腕を奪ったアグラヴィン。

 この二人には勝てないかもしれない。


「最悪の敵が出たら時間を稼ぐわ。なるべく強い人を連れて来て頂戴」

「なら決まりさね。アタシとシャイナが戦って残り二人で、」

「ダメよ叔母様。まだ前の傷が癒えてないでしょ?それに外に出て応援を呼ぶなら叔母様の方が話が早いわ」


 外を出歩いたり軽い運動なら可能になったけど、この人は王都で襲撃されて病院のお世話になっていた。

 剣を握って腕利きの暗殺者相手に勝てるわけが無い。

 それに、長年トップリーグで戦ってきたから知名度が高い。

 アラン君やトトリカさんだと身分の照会にも時間がかかる。

 その点叔母様なら顔パスで通れる。


「それはそうだけど、いくらアンタでも」

「わたしが残って戦います」

「トトリカさん?」


 決心したような目で私を見るトトリカさん。


「相手が元同業なら手の内は分かっていますし、投擲の類いには自身があります。シャイナさんの足手まといにはなりません」


 彼女は戦いが嫌いだった。

 暗殺の技を磨いてきたのはそれ以外に生きる術が無かったから。

 与えられた任務を果たすための使い捨ての駒だと分かっていて、それでも戦うしかなかった。


 私とは違う感性の彼女はディル将軍の付き添いで闘技場にこそ来るが、そこで行われる勝負には興味が無い。

 戦わないならその方がいい。殺さなくてすむなら暗殺の技なんて錆びてしまえばいい。

 そういう人だった筈だ。


「ですが、危険は高いし最悪の可能性だってあるわよ?」

「……お友達を見捨て逃げる方が何倍も怖いです!」


 ハッキリと言い切ったトトリカさんに私はそれ以上何も言えなかった。

 叔母様が私達を見て満足気に笑っていてた。


「良かったじゃないかシャイナ。友達だってさ」

「そうよ。私達は友人なのよ」


 憧れの人として尊敬されたり、公爵令嬢として線を引かれて対応されたりもした。

 中には私が強い事が気に入らなくて決闘を挑む人もいたけれど、こうやって正面から友達だと言われたのは初めてかもしれない。

 その事が面白くて口角が少しだけあがった。


「作戦を考えるのはいいんですけど、僕らのこの手枷をどうやって外すんですか?牢の扉だって……」

「それはわたしの得意分野です」


 トトリカさんはそう言うと私に彼女の耳についた耳飾りを取るように指示した。

 ディル将軍からプレゼントされたというそれを取り外して手渡すと、彼女は拘束された手で器用に分解して細長い針金を用意した。

 後はそれを口で噛みながら自分の手枷の鍵穴に挿入した。


「ターゲットを暗殺するには屋敷なんかへの侵入も必要ですから」


 ガチャガチャと針金を動かすとあっという間に手枷が外れた。


「なるほどねぇ。その手先の器用さでディルの胸の扉をこじ開けたってわけだ」

「アンジェリカさん!からかわないで下さい!!」


 叔母様の冗談に顔を真っ赤にしながらトトリカさんは残る三つの手枷も外した。

 国中の令嬢から求婚されても顔色一つ変えなかった将軍を相手に偽装結婚から本物の恋に変えてしまったのは凄いと思うけれど、口にしたら怒られてしまいそうだわ。


「牢の扉も同じ方法で開けます」


 現在、私達の牢を監視している者はいない。

 それでも遠くの方で金属音などが聞こえるのは聖戦とやらの準備の為か。

 ガキン!という音がして牢の扉が開く。


 前に私とトトリカさん。後からアラン君と手を繋いだ叔母様が続いて牢を出る。

 逃げる人数が多いほど脱走は困難になるので、他の牢屋には私達以外は捕らえられていなくて安心した。


 物音を出さないようにこっそりと牢屋のある地点から逃げ出すと、狭い通路には白骨化している死体が転がっていた。


「かなり時が経ってるさね。壁には傷もあるから戦争中のものかもしれない」


 叔母様の言う通り、誰かが戦っていた古い跡がある。

 この建物の構造は騎士育成学校の授業で学んだような記憶がある。

 恐らくは戦争後に放棄された砦だろうか。

 行き場のないブリテニアの暗部が逃げ込むにはお似合いの場所だ。


 アラン君が数えていた時間と戦争後に破棄された軍事砦の場所を考えると候補はいくつかに絞られる。


「ん?何か物音が……」


 誰にも出会わずに脱走とは行かず、通路を少し進むと一人で見回り中の男がいた。

 私は男の腰に剣帯があるのを確認してトトリカさんに合図する。


「こっちの方かーーーイデッ!?」


 松明を持っていた男の顔にトトリカさんが投げた投擲武器が命中する。

 履いていたストッキングの中に石ころや手枷の鎖を詰め込んだブラックジャックはクリーンヒットしたようで男がその場で顔を押さえて怯んだ。


「せいっ!」


 暗い影から勢いよく飛び出した私は怯んでる男との距離を縮めると、全力の鋭い蹴りを男の股下へとお見舞いする。


「いぎっ!?」


 決闘や授業では禁止されている急所への攻撃だけど、命には変えられない。

 加減なく勢いをつけていたおかげか、男は白目を剥いて泡を吹きながら倒れてしまった。




 とりあえず、これで明かりと武器はゲットね!











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る