第21話 まるでデートみたいなんだが!?

 

 どうしてこうなってしまったのか、時は前日に遡る。


「殿下……ちょっと頼みがあるんですが」


 アンジェリカとのデートを楽しんできたであろうマリウスが気まずそうに話しかけて来た。

 日間である素振りは終わったし、タイミングとしては丁度良かった。

 侍女から手渡されたタオルで汗を拭きつつ、マリウスと二人で話したいので下がるように指示を出す。

 人払いが済んだのを確認してマリウスは口を開いた。


「この前の件で、アンジェリカが殿下に話があるそうなんですよ」


 この前の件というのはマリウスにシャイナの師であるアンジェリカから弱点等の情報を聞き出せというものか。


「うむ。分かった。それで日時はどうなっている?俺もそんなに暇ではないぞ」


 騎士育成学校の生徒として授業を受けながら、俺はガルベルトの王子として公務を行なっている。

 内容としては父上の代わりに貴族達の夜会に顔を出したり他国の重鎮のもてなし、更には王都内の治安維持や行政にも手を出している。

 いずれは国王として国のあらゆる事に関わるのだ。その準備に経験を積むのは大切だ。

 自分から公務を手伝うと言った時はマリウスや財務卿を始め、国の運営に関わる者から泣きながら感謝された。


 父上も最低限の仕事はしているのだが、その全てが期日ギリギリにならないと終わらないそうだ。

 ただし、仕事の内容自体に不備などは無いので余計に困っているとか。

 俺としてはごく普通の事をしているのだが、どうしてなのか?


 そんな訳で俺のスケジュールは大半が埋まっている。

 余分に時間を取っているものもあるので、スムーズに行けば空き時間も出来るだろう。


「殿下さえ良ければ明日の昼頃で」

「随分と急だな……」

「そういう奴なんですよ」


 明日か。

 週末なので学校自体は休みだが、王子としての仕事がいくつかあったような気がする。

 国の今後に関わる重要な案件ではないが、サボるわけにもいかない内容だ。


「残念だが明日は公務の予定が、」

「私で良ければ代わりましょうか?」


 第三者の声がした。

 振り向くと、将軍であるディルが立っていた。


「私ならばジーク王子の代理が務まりますよ」


 公爵家の当主であるディルは、血筋的には王族の分家である。

 役職は将軍であるし、最高爵位の貴族として他の貴族達をまとめ上げている。


「内容としてはエルロンド伯爵と会食をしながら新種の作物による食糧難の改善についてだ。任せてもいいか?」

「その程度であれば簡単ですね。喜んでお引き受けしましょう」


 ジークは将軍としての腕は立つし、仕事も真面目にこなす男だ。

 マリウスとディルがいるからこそ父上なんかでも国を回せている。

 上がダメだと優秀な部下が集まるというのは本当なのだろうか。


「しかし珍しいな。休日は妻と一緒に過ごすのではなかったのか?」

「そのつもりだったんですけど、こちらにも色々な事情がありまして」


 頭に手をやって、アハハハと笑うディル。

 何か隠し事をしている気配を感じたが、気のせいか?


「では頼んだ。それでマリウス、明日の昼にどこで話をするんだ?アンジェリカがこちらに来るのか?」

「それについてなんですが、殿下さえ良ければ王都内にある喫茶店に来てもらえませんか?」


 これも申し訳なさそうに言うマリウス。

 本来ならば身分が高い王子である俺の元を訪ねるのが常識だ。

 王子を平民のいる下町に呼びつけるのは不敬にあたる。

 ……とまぁ、普通の貴族なら言いそうだが俺は気にしない。

 それは俺が偶に城を出て王都内をぶらついているからだ。

 闘技場に試合を観に行ったり、学校の同級生と鍛冶屋を巡って武具を物色したりしている。

 王子ともなれば護衛をつけて仰々しい振る舞いをしなくてはならないが、その辺りは誰も心配していない。


『団長より強い殿下に護衛っていりますか?』

『下町の常識も知っておられるますし、陛下に比べればトラブルも少ないですから』

『殿下って婚約者のシャイナ様に比べたらこうなんか地味……いいえ!なんでもありません!!』


 以上のような理由で心配されていない。

 俺は出来る男だからな。


「わかった。ならば俺が出向こう」


 そこからマリウスに店の名前と場所を聞く。

 行った事のない店だが、王都の地図は頭に叩き込んである。

 しかし大まかな場所までしか分からないのが困ったな。


「それでなんですが、殿下が道に迷わないように案内人を一人用意してます」

「マリウスがついてくるのでは無いのか?」

「俺も別件で野暮用がありまして……。案内人はそりゃあもう信用できる人物ですから、殿下は安心してお待ちくださいよ!」


 何度も「大丈夫大丈夫」と念を押すマリウス。

 まぁ、マリウスがそこまで信頼を寄せる人物が誰なのかは分からないが、任せておいていいだろう。

 その後にマリウスから必ず制服を着て変装をするようにと言われた。

 先月の連続殺人事件の一件もあるので、目立たないようにするためらしい。

 こうして俺は何の疑いもせずにマリウスの指示に従った。

 これも全てアンジェリカからシャイナの弱味を聞き出すためと思えばなんともない。











 ……その案内人がシャイナなんて聞いていないぞ!!


 こうして俺は嬉しさ半分、混乱半分な気分で王都を歩いている。

 案内人という事はシャイナも店まで同伴するという事であり、そんな彼女の目の前で弱点なんて聞き出せるわけがない!

 そんな事をしたら俺がみみっちい奴に思われてしまうではないか。


「本当に体調は大丈夫ですかジーク?」


 ぶつくさと独り言を言っていると、再びシャイナが顔を近づけてきた。

 か、顔が近い!それに石鹸のような良い匂いが!


「心配無用だ。それよりも、どうしてこんなに人が多いのだ?」


 動揺しているのがバレないように話を切り替える。

 王都の大通りには普段の倍近い人間がいて渋滞している。


「知らないんですか?もうすぐ終戦記念日ですよ」

「あぁ……祭りがあるのか」


 シャイナの言葉に俺は納得した。

 父上達がブリテニア公国との戦いを終わらせた日。

 長年の戦争を終わらせた記念すべき日として祝日になっている。

 国のあちこちではそれを祝う祭りが行われ、闘技場では記念試合も行われる。


「いつも式典に出席していたからな」

「私達は公務ですものね」


 平民達にとっては楽しい祭りなのだろうが、王族としてブリテニア公国との共同で行われる式典に挑むのは疲れる。

 シャイナも俺の婚約者として現場に参加している。

 なるほど、俺がこの混雑の原因を知らなかったのも当然か。


「祭り前だが出店もあるようだな」

「さっきから美味しそうな匂いがするのはそのせいですか」


 串に肉を刺して焼いたものやクレープなんかも売ってあるな。

 焼きパスタなんてメニューもあるが、美味しいのだろうか?


「ふむ。シャイナ、朝食は食べたか?」

「少しだけ食べましたわ」

「昼までまだ時間がある。ちょっと食べていくぞ。店主、串焼きを二本くれ!」

「ちょ、ジーク!」


 興味が湧いたのと、緊張して考え事をしていたせいで小腹が減った。

 騎士見習いとして運動量も多いシャイナならば代謝も良くてこれくらいペロリと食べられるだろう。

 財布から小銭を取り出して店主に渡し、濃いソースのついた串焼きを二本受け取る。

 マリウスから小銭と一緒に財布を渡されたが、思わぬところで役に立ったな。


「ほら、食え」


 一本をシャイナへと突き出す。


「ジーク。仮にも王族なんだからその辺のものをポンポン食べるのは褒められないわよ。まずは毒味役にね、」

「そんな事を言っていたら折角の飯が冷めるぞ。うん、美味いな」


 肉の刺さった串を一口食べる。

 口の中で肉汁とソースの味が広がる絶品だ。

 城だと料理人が作った凝った料理が多いからな。こういった簡素な物を口にするのは珍しく、シンプルに美味い。


「全く、貴方って人は」


 ため息を吐きながらシャイナは差し出された串を手にして口に運ぶ。

 上品に口元を押さえながら食べると、目が大きく開いた。


「美味しい……」

「そうだろ?買って正解だったな」


 あまりの美味さに驚いたのか店の前で黙々と串焼きを食べるシャイナ。

 俺はマリウスや学友と一緒に買い食いなるものをしているからな。これくらいでは驚かない。

 これは珍しいものが見れたな。


「良かったらお二人さんもう一本買わねぇかい?学生さんなら沢山食べないとな」

「いいや。この後に待ち合わせもあるのでな一本で十分だ」

「連れねぇ事言うなよ。今ならカップル割りで二本目をタダにしてやんよ」

「なっ!?カップルだと!?」


 普段ならば俺とシャイナの仲が悪いのは周知の事実だが、今は変装をしているので気づかれていない。

 店主もただの学生だと思って声をかけているようだ。


「そうだよ。坊ちゃんなんて嬢ちゃんが美味しそうに食べる姿に見惚れてたじゃないか」

「え?そうなの?」

「そんな訳あるか!仕方ないから二本目を買ってやる。それで口を閉じろ店主!!」

「毎度あり!」


 追加の代金を払って串焼きを受け取ると俺はシャイナを連れて屋台から離れた。

 これ以上あの場にいたら何を言われるか溜まったものじゃない。


 今、俺はシャイナから嫌われているのだ。

 それなのにあんな事を言われてシャイナが機嫌を悪くしたらどうする。

 怒って帰ったりでもしたらこの悪くない時間が終わってしまうではないか。


 今はアンジェリカの元へ案内するために仕方なく一緒にいる。

 この機に少しでも距離を縮めて弱点を探るのだ。

 全てはシャイナに決闘で勝ち、親が決めた婚約を破棄して自分から告白するために。

 買ってしまった二本目を口にしながら作戦を考えようとすると突然シャイナが俺の顔に手を伸ばす。


「ジーク、頬にソースが付いてるわよ。そんなに慌てなくてもいいでしょ?」


 そう言うとハンカチで俺の頬を拭くシャイナ。

 その距離は先程の比ではなく、すぐ目の前にあるソースの油でほんのり湿った唇に視線が吸い寄せられる。

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「はい、綺麗になった」


 保護者のような言い方で畳んだハンカチをポケットに戻すシャイナ。


 お前、本当にそういう無自覚なとこだぞ!!


 そうは思っても口に出せない俺は、片手に残るもう一本をシャイナに押しつけたのだった。




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