第22話 デートの裏側ですわ。
「シャイナ。アンタ今度、ジーク王子とデートしてきな」
剣の師であり、叔母でもあるアンジェリカの急な一言にシャイナは固まった。
学校が休みの週末。シャイナはアンジェリカの元を訪ねて剣の稽古をしてもらおうと思っていた。
現在、アンジェリカは王都内で襲撃を受けて怪我をしたため闘剣士としての仕事を休んでいる。
直接戦う事は出来なくても一流である師匠に動きを見てもらい指導を受けようと考えていたのだが、アンジェリカは紅茶を用意してシャイナを椅子に座らせた。
そして開口一番に変な事を言い出した。
「私とジークがデート?」
ジーク王子はシャイナの婚約者であり、この国の次期国王だ。
しかし、彼はシャイナが婚約者である事を嫌っており、何かと理由を付けて決闘を挑んで婚約破棄を望んでいる。
最初は父親に命じられて婚約者の座を狙っていたのだが、王子と話したり遊ぶうちにすっかり彼に惚れてしまったシャイナはなんとしてでも彼と添い遂げようと必死特訓をして勝利してきた。
そんなこんなでお互いをライバルとして見てきた二人にデートしてこいとはどういう意味なのか?
シャイナは頭を悩ませた。
「実はアタシも最近思う事があってさね」
気恥ずかしそうに頬を掻くアンジェリカ。
今までに見た事の無い叔母の表情にシャイナは驚いた。
「その……自分の思いには正直になった方が得なんじゃないか……ってね」
顔を赤くしてそう呟くアンジェリカの顔は恋する乙女のようだった。
それもそのはず。
少し前にアンジェリカは病室でマリウスからのプロポーズのような話を聞いてしまった。
そして正式に恋人として交際を開始する事になったのだ。
お互いが両思いだと知ったアンジェリカとマリウスはそれはそれは初々しいカップルのように過ごしていたのだ。
叔母が誰かにずっと思いを寄せている事は知っていたし、その人のケツを叩いたのはシャイナだったので、話が繋がった。
「アタシがいうのもなんだけど、似てんだよアタシとアンタは。素直にジーク王子に好意を伝えたらどうだい?」
アンジェリカはジーク側の気持ちを一切知らない。
しかし、この時彼女はジークが婚約破棄をしたいのはシャイナ側にも問題があるからではないのか?と思っていたのだ。
今まではこんなよく出来た姪っ子を悲しませようなんてなんて男だ!!しかもあのマリウスが師匠なら余計に気に食わない!という考えがあった。
だが、実際は些細な行き違いで素直になれなかったマリウスとアンジェリカがお互いに嫌われていると思い込んでいたのだ。
それと同じようにシャイナが貴族としてではなく、一人の女としてジークに惚れていると伝えるのはどうか?と考えた。
「もしかしたら王子の気が変わって婚約破棄なんて馬鹿な事をしなくなるんじゃないかい?」
「そんな事はしなくても大丈夫ですわ。このままいけば私とジークは自動的に結婚しますから」
シャイナの口からはすぐに返事が出た。
「あと一年。時期的にあと一度勝てば私の勝ち逃げですわ」
何がなんでもジークを諦めない。
それはシャイナが今まで胸に掲げてきた目標だった。
この前の決闘も他所のメイドの力を借りて辛勝した。
今更自分の思いを伝えた所でなんになるのだろうか?とシャイナは思ったのだ。
「そうかもしれないけどね。アンタだって理解してるだろ?王子はアタシらとは違う生き物さね」
アンジェリカの脳内にはマリウスとディルですら勝てない玉座の怪物の姿が浮かぶ。
アレの息子が弱いわけがないし、実際のところアンジェリカではもうジークに勝てない。
全盛期を過ぎたのもあるが、あの年で数多の流派を使いこなすのは凄まじい天賦の才だった。
シャイナがジークに勝ったのは成長期の早さが理由であり、伸び代はジークが上である。
この姪っ子が地面に膝をつくのも時間の問題だとアンジェリカは気づいているし、姪も察している。
シャイナが決闘で負けた先は婚約破棄だ。
そうなれば二人は顔を合わせる事も減り、シャイナは適当な男と結婚してレッドクリムゾン家を守らなくてはならない。
幼い頃から秘めていた思いを伝えられずに長い時が過ぎ去るのは苦しい。
だからアンジェリカは、その前に素直な気持ちを伝えて欲しいと思った。
「でも……」
叔母の言いたい事もわかる。
でもそれは二人が両思いだったからだ。
あんなにも必死に策を練って毎度のように婚約破棄をすると告げられている自分には万が一の勝ち目も無い。
もしも思いを伝えてそのままジークの口から否定するような意見が出れば二度とシャイナは立ち上がれない。
「そのためのデートさね。その中で王子に脈があるのか調べるのさ。ダメだったら何もしない。もしその気があれば思いを伝える。……どうだい?」
シャイナは真剣に悩んだ。
怖くはあるが面白くもある提案だ。
何も必ず好意を伝えなくてもいい。ジークが自分をどう思っているのかを探るいい機会でもある。
「まぁ、そもそも交際期間も無しに結婚っていうのも味気ないだろうし、思い出作りも必要さね」
ぴくっ!っとシャイナの眉が動く。
「アタシやマリウスは学生デートなんてしなかったからね。……似たようなのはあったけどデートって自覚するのとそうじゃないのは違うんだよ」
ふーん、そうなんだ……と言いたげな顔になるシャイナ。
「学生服でデートなんて憧れるさね」
「まぁ、お試しくらいはいいかもしれませんね」
シャイナは年頃の少女であり、公爵令嬢という箱入り娘のため、普通の子よりも高い理想を持っていた。
つまりは何か青春したいお年頃だった。
その後、ちょうどいい所にマリウスがやって来たのでアンジェリカがシャイナの弱味を教えてあげるフリをするのを条件にデートにこじつけさせた。
惚れた女の頼みとあってマリウスは申し訳なさそうにジークに話すのだが、シャイナ側の事情を知らない彼はあっさり引き受けてしまったのだった。
「……というわけで当日は将軍をお借りしますわね」
「それならば仕方ないですね。どうぞ」
場所は変わってマックイーン家の屋敷。
シャイナの対面に座るのはこの屋敷を任されているマックイーン夫人。
かつて公国の暗部に所属していたトトリカという女性
である。
「ごめんなさいね。折角の夫婦の時間を邪魔するような事になってしまって」
「構いませんよ。お友達からの頼みなんですから」
トトリカによるディルの暗殺未遂。そして決闘。
それらを経てトトリカ・ファームオルは将軍ディルの正式な妻となった。
しかし、公国の人間である彼女の味方は少なく、シャイナはディルからトトリカを気にかけて欲しいとお願いされた。
その経歴は暗いものだが、決闘以降の彼女とディルの仲は仲睦まじく、旦那様のために懸命に努力する姿も好ましいと感じた。
結果としてシャイナはディルとは関係無しにトトリカという女性を気に入って友達になったのだ。
王子であるジークが抱える仕事は多く、空いた時間を作るためにディルに協力してもらおうという事になった。
話自体はディルに通してあるのでシャイナはその事後承諾をトトリカにしていた。
「でも本当に申し訳ないわ」
「全然気にしないでください。むしろこちらとしても助かりますので」
「どういう意味かしら?」
「実はですね……ディル様ったら最近お仕事をサボっているようなんです」
新婚であり妻にベタ惚れなディルはトトリカと過ごす時間を長く確保するために帰りが早い。
今まで仕事人間でもあった彼が急に方針転換したため文官達は仕事に忙殺されてしまった。
トトリカは新しく雇っている使用人からそんな話を聞いた。
「それにわたしもちょっと一人の時間が長めに欲しいので……」
恥ずかしそうに付け加えたトトリカ。
ディルが早く帰って来るというのは彼にずっと見られているという事であり、内緒で色々と勉強して驚かせようというサプライズがしにくかった。
どうせピアノを聞かせてあげるなら完璧に演奏出来るようになってからがいいのだ。
「ありがとう。助かるわ」
「シャイナ様にはお世話なっていますし。デート頑張ってください!」
ディルの手を借りるという用件は片付いた。
シャイナは本題について話し出す。
「それなんだけど……デートって何をしたらいいのかしら?」
シャイナ・レッドクリムゾンは大貴族のご令嬢。
恵まれた環境で常に期待以上の成果を叩き出してきた。
大人からも一目置かれる彼女の悩みは一般的な恋愛経験の無さだった。
「シャイナ様は王子と二人きりになる機会は無かったのですか?」
知り合って十年以上になる婚約者なのだから少しくらいはそういう経験があるのではないか?
周りだって二人の仲を縮めるために色々と策を張り巡らせないのか?
「最初はあったのよ。二人でお茶しながら闘剣について話したり、闘剣について……話したり?」
「あー」
シャイナは自分の記憶にある幼い頃のジークを思い出す。
趣味が同じ二人の子供は闘剣士について熱く語り合っていたが、それ以外の話題はあっただろうか?
「ま、まぁ、話題の内容は兎も角、それなりに仲は良かったわ」
「でしたら、どうしてそれが今みたいに?」
「私とジークが手合わせをしてからかしら」
婚約者同士で剣を交えるなんて前代未聞だし、お互いに高い身分の者だ。
だというのに国王のひと声で模擬戦をする事になった。
そこでシャイナは圧倒的な差を見せつけてジークに勝利した。
「それからね。ジークが私に敵意をぶつけて来るようになったのは」
あの時の呆然としていた彼の顔は覚えている。
周囲も驚き、中にはジークを笑う者もいた。
小さな少女に負ける男子。
あの国王の息子でありながら無様な姿を見せた温室育ちのお坊ちゃん。
「きっと彼は傷ついたのよ。持っていたプライドもズタズタになった。だから私との婚約を破棄したいと考えているんだわ」
「なるほど。そういう過去があったのですね」
シャイナは罪悪感を感じていた。
トトリカもそれを察して難しそうな顔をして頷いた。
まぁ、実はそんな事なんてないのだが。
負けたのは悔しいが、ジークは強いシャイナに惚れているし、越えるべきライバルが出来て嬉しがっていた。
当時彼を笑った者はジーク本人からボコボコにされて既に謝っている。
というより、城で働く人間なら暴れまわる国王を止めるために王子と騎士団が奮戦している姿はよく目にする。
いつ爆発するか不明な怪物に日夜揉まれているので温室なんて程遠い。
だが、それを多くの者は知らない。
だっていつも父親に負けているなんてバレたらかっこ悪いじゃん!というジークのお願いで口外を禁じられているから。
ジークのシャイナに対する思いをしるのは彼に近しい同性のごく一部だけだ。
「これはわたしの勝手な意見なのですが、シャイナ様はごく自然体で良いと思いますよ?」
「自然体ですか?」
「えぇ。前にお二人でいらっしゃった時にそんなに険悪な雰囲気でも無かった……むしろ気の知れた友達のようでしたよ」
トトリカが言っているのはディルの暗殺に失敗した日。
そこまで二人の仲は悪くないように見えたし、トトリカは知っている。
……この二人はお互いが好きなんじゃないか?と。
さっきから悩んでいるが、告白すれば万事解決するのではないかと思っている。
だが、それを外野である自分から言うのはどうなんだろうか?と思いとどまった。
シャイナの周りにはアンジェリカがいるし、ジーク側にはマリウスとディルがいる。そこに新参者の自分が立ち入って掻き乱すのは得策ではない。
だから友達として背中を押しつつ静観しようと決めた。
多分結婚したら否が応でも相手の気持ちに気づくだろう。
彼女達は自分のような闇に所属していた者とは違って自分の芯を持っているのだから大丈夫。
「あの時のように意識せずに普段と同じように接してください」
「……ですか」
「はい。シャイナ様は魅力的な方ですからきっと大丈夫ですよ」
「ありがとう。トトリカに相談して本当に良かったわ」
笑顔でそう言ってくれるシャイナにマックイーン夫人は胸を撫で下ろした。
後は他愛も無い雑談をして今日のお茶会は解散となった。
その日の夜、仕事が遅くなってしまい疲れた様子で帰って来たディルにトトリカは告げた。
「ディル様。わたし、今度の週末にちょっと王都に遊びに行って来ますね」
「うん。気をつけてね」
夫にそう告げるとトトリカは自室のクローゼットからあるものを取り出す。
「……腕が鈍っていなければいいのですが」
彼女の手には双眼鏡が握られていた。
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