第20話 優秀な王子は悩んでいる。
「おいマリウス。この後手が空いているなら鍛練に付き合ってくれないか?」
国の重役達が集まって月一での会議を終えた後、騎士
団の代表として参加していたマリウスに声をかける。
マリウス・シルファーは俺にとってかなり年の離れた兄のような存在だった。
父親がアレなせいで振り回されていた俺を不憫だと思い救いの手を伸ばしてくれたり、闘技場にこっそり連れて行ったりしてくれた。
最初に学んだ剣術も騎士団で採用されている堅実で強い流派だった。
マリウスはその使い手で、俺の師のような男だった。
まぁ、今では俺の方が強いが。
「あー。残念なんですけど殿下、今日は予定がありまして」
「そうか。なら明日はどうだ?休日とはいえ暇だろう」
「いえ、明日も予定が……」
「ではいつなら空いている?」
「その……えっと…」
気まずそうな顔のまま固まるマリウス。
父上の無茶振りとは違い、俺からの頼みなら予定を合わせてくれる男なのに珍しい反応だった。
新婚になり、嫁の話しかしなくなった将軍とは違ってマリウスは剣の鍛練に付き合ってくれていたのに、何かあったのか?
「まだ体が痛むのか?医者はもう完治していると言ってはいたが、鈍った感を取り戻すのは時間がかかるか」
先月起きた王都での連続殺人事件。
当初の調べでは犯人の正体などは不明だったが、マリウスとシャイナの叔母であるアンジェリカが犯人と思われる集団と戦闘。
その死体を調べ、将軍の妻で元公国暗部のトトリカに確認してもらった所、間違いなくブリテニア公国の暗部だと判明した。
ブリテニア側に使者を送って事情の説明を求めているが、何も知らないの一点張り。
暗部自体は敗戦時に散り散りになって解散したという。
再度動きがあるまで警戒体制は継続して待機しているのが現状だ。
マリウスも怪我が治り、通常の業務には戻っているが、異常があるなら休ませるべきか?
父上の発作(癇癪)を止めるのに疲れたとはいえ、無理をさせるわけにはいかない。
「ジーク王子、マリウスはデートの約束があるんですよ」
「おい!ディル!!」
会話に参加して来たのは将軍であるディル。
こちらも幼少の頃から世話になっている人物であり、未だに超える子供の出来ない壁でもある。
シャイナはこの男に勝ったというのだから凄い。流石だと思う。
「デート……だと?」
「ちゃうんですよ殿下!ただアンジェリカの野郎と酒場で酒飲んで、次の日に闘技場を観戦しに行くだけなんですって」
「マリウス、それはデートだよ」
慌てて予定の内容をボロボロと溢すマリウス。
だが、ディルの言う通りにそれはデートだと思う。
「なら仕方ないな。だが、あまりハメを外し過ぎるなよ」
「えぇ……素直に許してくれるんですか……」
この男、一体俺を何だと思っているのだ?
「いちいち部下のプライベートにまで口は出さない。マリウスもいい年だし身を固めた方が良いだろう。結婚して子供が産まれればそれは国として喜ばしい事だ」
「でも、そしたら稽古が……」
「稽古なぞ最悪自分一人でも出来る。俺の事は気にせず楽しんでこい」
「殿下ぁ…!!」
いきなり男泣きをしだしたマリウス。
大の大人が泣くと絵面が汚いのだが、この場には親しい者しか残っていないし許そう。
途中で、どうしてアレからこんなよく出来た子が……などと聞こえたが聞かなかった事にする。
父上のせいで俺が普通の対応をするとこうして感激される事があるのはどうにかならないか?
もういっそ、父上には王を退いてもらうというのもアリなのではないか?
そうすれば財務卿が壊れた城の修繕費に頭を抱える事も無くなるだろう。
しかしなぁ、王位を引き継ぐのは最低でも結婚してからだと前々から話をしていた。
つまり騎士育成学校を卒業してシャイナとの式を挙げてからだ。
残された時間は残り少ない。あと一回公式の場で戦う事があるかどうか。
そう考えると前回の負けは痛かった。シャイナのあんな表情を見てしまったとはいえ、自分の未熟さが情けなくなってしまう。
「しかし、マリウスがアンジェリカと恋人になるとはな。面白くもない」
「どういう意味ですか殿下!?」
「まさか気付いていなかったのか?」
「マリウスは鈍感ですからね」
俺に剣の稽古をする時に仮想敵に刺突剣を設定したり、レッドクリムゾン流ならばこう動くだろうと熱心に教えてくれていた。
それだけ動きや攻略法を理解しているという事は相手に詳しくなければならない。
現在のレッドクリムゾン流の使い手はシャイナとアンジェリカのみ。
つまりマリウスはアンジェリカの細かい癖や戦闘パターンをよく知っていると言う事だ。
「そんな……俺はつい最近自覚したってのに」
「まぁまぁ、結果オーライで良しとしようよ。アンジェリカは暫く休みだし、今のうちに色々と仲を深めるといいよ」
恋愛の一足先輩であるディルがマリウスの肩を叩いて励ます。
つい最近までこの男も色恋沙汰の話をすれば困った顔をしていたのだがな。
しかし、こうなってしまうと俺が一番遅れているのではないか?
シャイナと婚約をしたのは幼少期だが、俺は自分の悲願を達成する為にあまりシャイナとは馴れ合いをしていない。
それなのに同類であり、俺を応援してくれていた二人には大きな進展があった。
将軍であるディルの結婚については理解不能……自分を殺そうとした相手を愛すなんて変な奴だとは思った。
マリウスは掛け違えたボタンのようにすれ違っていたので、当然の帰結だと思う。
「そうだ殿下、アンジェリカに会うついでに何か情報を仕入れて来ましょうか?」
「情報だと?」
「えぇ。アンジェリカはシャイナの嬢ちゃんの師匠。よく稽古をしたり話をしたりするらしいですから弱点なんかを聞き出しますよ」
名案だと歯を見せて笑うマリウス。
ふむ……それもありか?
弱みにつけ込むようなやり方は好みではないが、シャイナはこの前の試合でそれをやってのけた。
勝負の場での駆け引きというのは重要で、戦う前に相手の情報を調べ上げて対策をとるのは闘技場で戦う闘剣士の間では常識だ。
なにより、俺には時間が無いのでそういう搦手に手を出すのもやぶさかではないな。
「ふっ。ならば頼むぞマリウス」
「お任せください殿下」
胸に手を当てて跪くマリウス。
よし、頼んだぞ。
「うーん。なんだか失敗しそうな気がするな」
一人で苦笑いする将軍が何か言ったようだが、俺らには聞こえなかった。
「さぁ、さっさと用事を済ませましょうか」
「そ、そうだな」
王都の大通りを俺は歩いている。
顔が割れていて目立ってしまうので、帽子を被ったりマフラーをしたりと軽い変装はしているが、服装自体は学校の制服だ。
王族が街を歩くなんてと言う奴もいるが、父上やマリウスからはお墨付きをもらっている。
曰く、俺を狙うのはディルや父上を暗殺するくらい難しいから大丈夫だと。
見えない場所からこっそりと見守っている者はいるかもしれないが、かなり自由にさせてもらっている。
だから王都内を歩くのに緊張はしないのだが、今日は違う。
「どうかされましたかジーク?」
「いや。何でもない」
隣を歩くのは俺と同じように変装をしている少女。
薄いサングラスをかけてこちらを不思議そうに見つめる。
サングラスの奥から覗くルビーのような紅色の瞳に心が乱されてしまうが、それを表に出さないように必死に耐える。
「変な人」
俺に興味を失ったのか、視線を前に戻して人混みの中をズンズンと進んでいく赤い髪の少女は俺の婚約者であるシャイナ・レッドクリムゾンだ。
そう。俺は今、シャイナと二人きりで街中を歩くデートをしている。
ど、どうしてこうなったんだ!!
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