第19話 王都殺人事件 後編

 

 体の動きが鈍い。

 毒が体に回り、力が入らなくなる。


「死ね」


 そんな俺の喉元に突き出される短剣。

 これに刺されれば俺は死ぬだろう。


「させないよ!」


 だが、敵の攻撃は俺に届くことなくアンジェリカによって阻まれる。

 刺突剣により腕を刺された敵は手から武器を落とす。

 それを俺が剣で斬り伏せて殺す。

 続く攻撃もアンジェリカが弾き、俺が間合いを詰める。

 続く奴は両手に細剣を持って突撃してくる。


「アンジェリカ!」

「合わせな!」


 名前を呼んだだけで何をするのか伝わったようだ。

 俺の肩を踏み台にしてアンジェリカが上空から攻撃を仕掛ける。

 高さ分の重みも加わった攻撃を受け止めるのに必死になった相手の足元を剣で斬り捨てる。

 両足を失った敵は苦悶の表情で地面に転がった。


 この辺りで体は限界を迎えるが、心は折れちゃいない。

 続く一人も倒すと、残るは一歩後ろで指示を出していたリーダー格の男だけだ。


「後はテメェだけだ」

「……これほどとはな」


 脂汗を流しながら男を睨む。

 正直体が言う事を聞いてくれない。

 アンジェリカの方も肩で息をしているし、俺よりも血を失っているからやべぇ。

 仲間が死んで驚いてはいるようだが、取り乱してもいない。

 あくまで冷静さを保っている正面の相手が不気味だった。


「……最低限の任務は完了している。戦力の再編を仰ぐ」

「逃がさないさね!」


 歯を食いしばって突っ込もうとするアンジェリカの肩を俺は掴んで引き留めた。


「なんだいマリウス!」

「……相手の力量見間違えんな」


 次の瞬間、アンジェリカが踏み出そうとした場所にナイフが突き刺さる。


「ーーーっ!?」


 息を飲むアンジェリカ。

 俺には敵の袖の内側で何かが光ったのが見えたが、彼女にはそれが見えなかったようだ。

 まぁ、まさかそれがナイフであと少し引き留めるのが遅ければアンジェリカの急所に刺さって死んでいた。


「腕を上げたようだな今代の騎士団長は」

「俺の事知ってんのか?」


 というのに俺は引っかかりを覚えた。

 俺が騎士団長になったのは戦争で功績を残して現国王に採用されたから。

 その時は先代が戦争で死んで空白になっていたのだ。

 それから十数年は俺が務めている。わざわざ今代と言ったのは先代を知っているからなのだろう。


「忘れもしない。あの塔での決戦を」

「まさかテメェはーーー」


 深く被ったローブの奥。

 その中にある鈍い輝きを放つ瞳に俺は恐怖を感じた。

 今までの何よりも殺気が濃い。

 俺はこの目を知っている。忘れられない因縁の相手。


「おい!こっちだ!」

「……いずれその首を貰い受ける」


 敵の正体を思い出す寸前で、ガチャガチャと鎧の音が聞こえた。

 リーダー格の男はまだ息のある仲間にナイフを投げてトドメを刺すと、曲芸師のように壁を駆け上がり、屋根から屋根へと飛び移って姿を消した。

 それに少し遅れて衛兵と騎士団の部下達が集団で駆け込んで来た。


「団長!大丈夫ですか!」

「生きてるよ」


 まぁ、あれだけ派手にやりあっていたら騒ぎにでもなるなと思いながら部下に返事をする。

 安堵感したせいで緊張が解けて地面に座り込む。


「敵から毒を受けてな。俺とそこの女を医者の所へ運んでくれ。連中の死体や持ち物は回収。一人逃げた奴がいるから警戒は解くな。後は副団長に指示を仰げよ」


 瞼がひどく重たくなっている中で今後の動きについて伝えておく。

 普段はおちゃらけて俺を馬鹿にしたりふざけあったりする部下達だが、有事の際にには真面目に働いてくれるので後を任せられる。

 まぁ、俺がいなくても副団長か殿下がどうにかしてくれるだろう。

 部下の騎士が指示を受けて動き出したのを見届けて、俺は眠るように意識を失った。











「……いてぇ」


 目が覚めると見慣れない天井があった。

 騎士団の詰所でもなければ、俺の自宅でもない。

 鼻にくる薬品の匂いからして病院だろうか。


「やっと目が覚めたかい?マリウス」

「よぉ、ディル」


 俺が寝かされているカーテンで仕切られた病室のベッドの横には親友が立っていた。

 どうやら俺の見舞いに来てくれていたらしい。


「傷は浅いけど解毒に時間がかかるらしいよ」

「だからか。手足の感覚が薄いのは」


 包帯で巻かれている箇所は少ないが、思うように身体が動かない。

 ディルが話すには後遺症も残らずに一か月もすれば元と同じように動けるらしい。

 副団長は片腕さえ動けばサインが出来るから半月で仕事に復帰しろと言っているらしいが、勘弁してくれ。

 お前らの目的は暴れ出す国王を止める係を俺に押し付けることだろうよ。


「大変だよ。騎士団の子達が私を呼びに来るからね」

「テメェがいれば百人力だ。今後も頼む」

「嫌だね。私は早く家に帰って妻に会いたいんだ」


 男と男の友情よりも嫁さんの方が大事ってか?

 そりゃねぇぜ相棒。


「死んだ犯人と逃げた相手はどうなった」

「君らが倒した相手だけど、所属が分かるような持ち物は無かった。人種も性別もバラバラだったよ。年齢は若者が多かったけどね」


 怪我したり毒で弱った状態の俺達でも勝てたのはそのおかげか。

 プロの殺し屋ではあったが、戦争中に戦った連中に比べると経験が少なかった。

 それにリーダー格らしきあの男は積極的には参加していなかったからな。


「逃げた一人は行方知れずだ。そもそもどうやって王都に侵入したのやら」

「入る方法はいくつかあるだろうな。闘剣士を騙ったり商人の荷物に紛れたり。門番の連中に検査を厳しくするように連絡しないとな」

「それが最善手だね。うちの妻にも思い当たる節が無いか聞いてみるよ」


 ディルも協力してくれると助かる。

 あれで諦めて大人しくしてくれる相手とは思えないからな。

 あれこれについて話をする中で、俺は気になっている事をディルに聞いた。


「なぁ、アンジェリカは無事か?」


 俺が駆けつけた時にはボロボロになっていたし、毒だって受けていた。

 間違いなく俺より重傷だった筈だ。


「あぁ、彼女なら大丈夫だよ。君より意識が戻るのは早かったしね。ただ、傷と毒によるダメージが思ったより深くてね」


 まさか何か後遺症が発生したのか!?

 心配になる俺に対してディルは困った顔で言った。


「リハビリが長くかかりそうで今シーズンの試合は絶望的らしい。折角調子良かったのに残念だよね」

「よし、一発殴らせろ」


 紛らわしい態度をしやがって。ふざけんじゃねぇ。

 医者が言うにはしっかりリハビリすれば来シーズンには今まで通り体を動かして戦えるらしい。


 怪我して闘技場の試合に穴を空けたのも、理由が理由なので特に罰則は無いとか。

 代わりにスペシャルマッチをいくつか開催したいから俺やディルに要請があるとかないとか。

 仕事が山積みになりそうで体が休まらないんだが、そこはどうにかしてくれ。


「良かったね。アンジェリカが無事で」

「あぁ。本当にヒヤヒヤさせるぜあの女は」

「君が怒らせたせいで彼女は家を飛び出して狙われたって聞いたけど?」

「偶々だろ。つーか、なんで俺とアンジェリカが喧嘩した事を知ってんだよ」

「シャイナ嬢から聞いたよ」


 俺の頭の中にアンジェリカによく似た顔でお上品に笑う嬢ちゃんの顔が思い浮かぶ。

 そういえば俺、あの子に背中を押されてアンジェリカに会いに行ったんだよな。

 戦闘に集中していてすっかり忘れてたぞ。


「それで、仲直りしたのかい?」

「いいや、何も話せてねぇな。話す前に殺し合いになって……隣に並んで戦っただけだ。昔みたいにな」


 そうだ。あの頃と同じように息を合わせた。

 二人でディルに勝とうとした時。

 戦争で必ず生き延びるんだと這いずり回った時のように。


「それなら早く君の思いを伝えないとね」

「あぁ。やっと気づいたんだよ本当の気持ちに」


 年下の娘と言ってもおかしくない子に叱られて、

 目の前でアンジェリカがボロボロになっていて、

 そうまでしてやっと気づいた。


「アイツを戦場から遠ざけたりしていたのは、アイツに怪我して欲しくなかったから。安全な場所で待っていて欲しかったからなんだ」

「私とは違うんだね」

「テメェは俺の相棒だからな。死ぬなら仲良くあの世行きだぜ」


 茶化してくるディルにツッコむ。

 仲良し三人組でも二人に対する思いは違った。


「アンジェリカには俺より長生きして欲しかったんだよ。俺が帰って来た時にいつもみたいに喧嘩しながら出迎えてくれてさ」


 そうやって初めて、俺には本気で戦う理由が出来る。

 若い頃の陛下に必死にしがみついて決死隊に参加したのもこの気持ちがあったからだ。


「……俺、アイツに惚れてたんだよ」

「知ってたよ」

「なんだよつまんねーな」

「むしろ私はいつ君達が付き合うか賭けていたんだけどな」

「人の色恋沙汰で勝負すんな。相手は誰だよ」

「レッドクリムゾン公爵」


 あのおっさん、自分の妹を賭けの対象にすんなよ。

 初めて聞いたぞその話。


「それから陛下とシャイナ嬢」

「おい!」


 予想よりも相手が多かったし、よりによってシャイナの嬢ちゃんもかよ。

 わかっていて俺の背中を押したのかよあの子。

 なんでそんなに俺とアンジェリカに構うのかわからねぇな。

 陛下は……面白い事には首を突っ込む体質だからノーコメントだ。


「それで、アンジェリカにはなんて言うんだい?」

「いやまぁ、お互いにいい年だし付き合う……ってのはガキみたいだろ。実家からも色々うるさく言われているしな」


 俺の仕事は騎士団長。陛下に仕えていて、給料もかなりいい。

 貯金だってかなりあるし、老後には年金も貰える。


「プロポーズして結婚するかな。まぁ、向こうは俺の事嫌って断るかもしれねぇがな」


 本当に今更だし、俺はアイツに憎まれている。

 きっと許しては貰えないだろうけど謝りたい。

 それで、もし高望みが許されるなら夫婦になりたい。


 俺はアンジェリカが好きだ。


「なるほどなるほど。………だってさ」


 一人でニヤニヤしながら満足気に頷くディル。

 昔からコイツのこの顔は腹が立つ。

 本当に一発殴ってやろうかと思ったら、ディルは勢いよく病室を仕切っていたカーテンをめくった。


「……… よ、よぅ」

「…………はぁ?」


 俺の正面、カーテンの向こう側には包帯で体のあちこちを巻かれているアンジェリカがベッドの上で顔を真っ赤にしていた。

 こっちを向いて挨拶するが、俺と目線が合うともじもじして逸らす。


「うんうん。私は仕事があるからこれで失礼するよ。また後日お見舞いに来るからね」


 そう言い残してディルは脱兎の如く逃げ出した。

 もしも一瞬でも逃げるのが遅かったら俺の投げ飛ばしていた枕がアイツの顔面に当たり、無理矢理体を動かした俺が馬乗りになってボコボコにしていた。


 だが、それが出来なかったので、部屋に残されたのはカーテンの向こう側に相手がいるのを知らずに恥ずかしいアレコレをぶちまけたおっさんと、生娘みたいな態度で未だいつもの調子を取り戻していないババァ。


「その、なんだい。……ちょっと気になって聞き耳立ててたんだけど、さっきのって……」

「お、おぅ」

「……アタシはもう行き遅れだし、仕事は闘剣士で傷だらけだよ…」

「そ、そうだな」

「……それでもいいなら……ちょっと考えてやるよ」


 お互いの顔をロクに見れなくなって歯切れが悪くなる俺達。

 なんだよこの空気。誰か茶化してくれよ。

 テメェもだよアンジェリカ。いつも俺に食いかかっていた態度はどうしたんだよ。やり辛いんだよ。

 俺は深呼吸をして澄まし顔でアンジェリカに問う。


「つまりプロポーズはオッケーって意味か?」

「ちょっと待てって言ってんだよこの馬鹿!!」


 髪の毛よりも顔を真っ赤にしたアンジェリカの枕が俺の顔面にクリーンヒット。

 痺れのせいで防御が間に合わなかった俺は再び夢の世界へ旅立つのだった。















 翌年のシーズン、闘技場に変更が加えられる。


 闘技場に掲げられた看板。そこに記されているトップリーグの選手の名前。


『闘技場第六位。女剣士アンジェリカ・シルファー』


 のちに子持ちのチャンピオンになる女性の名前である。


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