第10話 ちびっ子伯爵様とぶっ飛びメイド 最終話
朝。日の出と共にアランは目を覚ました。
メイドとの仲が深まったのは良かったが、そのせいで悶々とした気持ちになってしまった自分が憎い。
「……メイドだぞ?ありえない」
あろうことかアランが昨晩見た夢は父や母に囲まれてメイドがアランに似た子を抱えるという何とも都合のいい夢だったのだ。
「これも全部メイドのせいだ。とっとと起こさなきゃ」
朝に弱い使用人を叩き起こしに部屋に入る。
ノックしようがしまいがメイドは起きないので、そのままドアを開けた。
いつもならいびきと寝言が聞こえるはずなのにやけに静かだった。
更に、いつもメイドが寝ているベッドは布団が綺麗に折り畳まれていた。
「メイド?」
近づくと、ベッドの側に置いてある机に手紙が一通置いてあった。
そこには下手くそな字で『坊ちゃんへ』と宛名が書いてあった。
メイドはアランより年上なのに字が書けなかったし読めなかった。
貴族に仕えるなら最低限の教養は必要なのだが、父イヤソンはメイドを何処からか連れてきた。
父が仕事をしている間にアランがメイドに字を覚えさせた。
おかげで字を読む事は出来ても書くのは未だに苦手だったはず。しかし、手紙にはぎっしりと字が詰めて書いてあった。
『坊ちゃんへ。これを読んでいるならメイドはもうメイドじゃありません。メイドは昔闘技場の戦士だったので、その時の特技を使って伯爵家の借金をチャラにしてもらえるように交渉してきます。心配しなくてもメイドを殺したいなら闘技場の化け物達でも引っ張り出してこないと無理なので安心するんだぞ。逆にメイドがやり過ぎちゃって怒られたりすると坊ちゃんに迷惑がかかるからメイド辞めます。何か聞かれても関係ないから知りませんって答えるんだぞ?賢い坊ちゃんなら出来るって信じてる。メイドは馬鹿だからこんな手段しか取れないけど伯爵様に託された坊ちゃんとお屋敷を必ず守るんだぞ。だから坊ちゃんはメイドを捜さずにじっと屋敷でいつも通りに過ごしてください。メイドは坊ちゃんと一緒にいられて幸せだったから。ありがとう。そしてごめんだぞ』
改行も無しで、所々に書き間違えた文字が書かれていてその上からまた書き直してある。
アランが教えた事を実践できていないなんてメイド失格だ。
「……こんなの。間違いだらけで受け取れるわけないじゃないか」
封筒に手紙を入れ直して玄関へ向かう。
やり直せとメイドに叩きつけるために。
「昨晩からだとしたらゴルドマネー銀行には辿り着いている。早くしないと」
パジャマの上からコートを羽織り、護身用にと父から預けられていた短剣を手にする。
今まで一度も鞘から抜いた事が無いし、使う為の鍛練すらしていないが、持っているだけでも気休めにはなるだろう。
メイドが元戦士というのは驚きだが、ガメッツの部下には闘技場の戦士崩れや元騎士団員なんて連中が数多く在籍しているので不安だ。正直、そんな場所に弱いアランが行っても何か状況が好転する訳でも無い。
しかし、それでもだ。
ーーもう、家族を失いたくない。
メイドは馬鹿だから、アランの未来が幸せならそれで良いと思っているだろう。
でも、朝から変な夢を見て意識してしまうくらいにはメイドはアランに深く関わり過ぎた。
もう彼女が居ない日常なんてアランからすれば考えたくないのだ。
誰かがいなくなるのは、死んでしまうのは耐えられない。
それならいっそ、二人一緒に。
銀行のある都市部への足を確保しに屋敷を飛び出した。
その瞬間だった。
「あら。お目覚めですかエルロンド伯爵様?」
「シャイナ様!?……それにメイド!?」
涼しい顔で挨拶するのは城での舞踏会で知り合った公爵家のご令嬢。
気になるのはあの時みた赤いドレスではなくて、騎士団が着るような鎧を身に纏っていた事。
そしてなによりアランが驚いたのは、今から捜しに行こうと思っていたメイドが意識を失った状態でシャイナに肩を支えられている事だった。
「一体何が……じゃなくて、こちらへ!屋敷の中へどうぞ」
「失礼するわね」
意識が戻らないボロボロになっているメイドをシャイナの手を借りて傷の手当てと着替えをさせてアランのベッドに寝かせた。
メイドの部屋でも良かったが、シャイナと会話をするには狭かったので当主の部屋に運んだというわけだ。
「見た目は酷いですが、命に別状はありませんよ」
「ありがとうございました。僕だけだったら何をすれば良いかわかりませんでした」
病弱だったアランは父イヤソンの看病もした経験があるので病への知識や理解はあったが、大怪我や出血となるとまた勝手が変わる。
その点、騎士育成学校に通うシャイナはその手の経験が豊富なので非常に役に立った。
「いえいえ。伯爵様のお手伝いも素早く適切でしたから早く終わりました。学校だと指示通りにも動けない人だっていますわ」
シャイナは着ていた鎧を一部脱いでいる。
男性の目の前だと少し薄着で肌の露出が気になるところだが、残念ながらアランの年齢だと異性として意識されていないようだ。
アランも今はメイドに何があったか気になるのでそこは指摘しなかった。
「さて、メイドさんについてお話ししますね」
「よろしくお願いします」
シャイナが口にした話はこうだ。
ガメッツ・ゴルドマネーは国を跨いで銀行を経営している商人だ。
そして荒くれ者達を多く雇う事から、裏では色々と非合法な事に手を染めていたらしい。
エルロンド家以外の貴族からも被害届が出ていたが、ガメッツは持ち前の財力でそれらを掻き消していたらしい。
しかし、つい最近になって公国側の経済が破綻しかけ、ガメッツはその煽りを受けて経営難に陥った。
おかげで騎士団が邪魔を受けずにやっと捜査出来る様になった。
ところが今度は新たな問題が発生した。
ガメッツ達が犯罪を犯している現場や証拠を掴むためにはゴルドマネー銀行に潜入捜査をしなくてはならない。下手に動き回って騎士団だとバレたら口封じに殺されかねないからだ。
騎士団員はその動きや立派から身元が割れやすく、実力者揃いのゴルドマネー銀行でバレずに動き回れる強者なんてアテが無かった。
そして、その話を聞いたシャイナが自ら志願したのだ。
公爵家の令嬢とはいえ、今は騎士の見習い。国の為に剣を構えるのは当然だと言った。
自らを悪役だと自覚しているシャイナの振る舞いとその実力は折り紙付きで、素顔を隠したままでも潜入出来たんだそう。
もしくは、シャイナでも雇わないといけないレベルまでガメッツが追い込まれていたのかもしれない。
そんなこんなでシャイナが潜入捜査をしていると、ガメッツの屋敷が慌ただしくなった。
なんでも丸太を抱えた水色髪の女が暴れ回っているとか。
そしてその侵入者はボロボロになりながらも荒くれ者達を倒し、ガメッツを殺そうとした。
流石に黒幕が死ぬと問題なので、シャイナは仕方なくメイドと戦う事になり、その結果勝利した。
闘技場のトップリーグクラスの死闘を目の前にしたゴルドマネー銀行の残党は逃げ出し、ガメッツは失禁しながら気絶したらしい。
最終的にシャイナはガメッツの不正の証拠や改竄された借金の手形を回収。
ついでに倒したメイドも回収してエルロンド伯爵家へ送り届けてくれたのだ。
「騎士団への報告は私から上手く伝えておきます。被害者であるガメッツ・ゴルドマネー自体が身柄を拘束されて投獄されるのでメイドさんが捕まる事は無いと思います。でも、私がいなかったらゴルドマネー銀行の残党と騎士団の両方から恨まれていますから、きちんと注意してあげてください」
「何から何までご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。それと、ありがとうございました」
メイドへのアレコレが胸の中に渦巻くが、今はただシャイナに頭を下げるだけだ。
本当にこの少女がいなかったらメイドも自分も死んでいたかもしれない。
「ガメッツの自室を捜査すると、借金をしていた貴族達の借用書の原本がありました。どうも、先日の舞踏会の時に各屋敷に空き巣が入っていたと報告があったのでガメッツの指示なんでしょう」
伯爵家の膨れ上がった巨額の借金と、その取り立てはガメッツの罠だった。
此処に来て他の貴族と繋がりの薄いエルロンド伯爵家は彼にとって格好のカモだったのだ。
それが、メイドの暴走とシャイナの活躍で消滅した。
伯爵家の全ての借金が消えたわけではないが、一番割合を占めていたゴルドマネー銀行が消えたので、残りはゆっくりと確実に完済できるだろう。
アランを悩ませていた重荷が軽くなった気がした。
「それで差し出がましいかもしれないけれど、国王陛下に、国に支援を求めませんか?」
「国にですか?」
シャイナの申し出にアランは首を傾げた。
「伯爵様が行っている取り組みは本来なら国が主導で支援を行うべき案件ですわ」
「それはそうなんですが……僕みたいな子どもの、爵位の低い者の意見を真面目に聞いてくださる方なんていませんよ……」
貴族とは繋がりや実績が第一。
ずっと領地に引きこもっているような弱小貴族なんて相手にされない。
当主になってすぐに、アランは城に手紙を出したが、未だに返事がない。国内外から毎日大量の手紙が届くので後回しにされているのが現状である。
もし、一度だけでも国王陛下、もしくは国の首脳陣と話し合いの場が設けられたらアランはその全てを賭けて理解を勝ち取るつもりである。
でも、そんな都合の良い機会なんて……。
「チャンスならありますわよ」
「え?それは本当ですか!?」
シャイナの言葉にアランは食いついた。
「その為には一つ条件があります」
シャイナが差し出した条件。それはーー。
「勝ちましたねあのお嬢様」
「良かったぁ……。これで研究の成果が認められる……」
国内最大規模の闘技場。
つい先程まで行われていたのはシャイナ対ジーク王子の決闘。
危ういがなんとかシャイナが勝利をもぎ取った。
「いや〜、メイドが鍛えた甲斐があったんだぞ」
「シャイナ様が望んだのはその馬鹿力だけどね」
シャイナの出した条件は訓練相手としてメイドを貸し出す事。
どうもシャイナは技量では最高クラスだが、筋力ではジーク王子に負けてしまうので同じようなパワーファイターの相手を探していたとか。
メイドはそのお眼鏡に適った。
「おかげでメイドはズタボロなんだぞ?ガメッツに殴り込みした時より痛い」
「うん。あの強さには僕もドン引きだよ」
姫騎士なんてとんでもない。
毎日繰り広げられた模擬戦は幼い少年にトラウマを植え付けるには十分だった。
病弱ではなかったら、ああいう人と戦わないといけないかもしれなかった。
そうならなくて良かったと、ホッとするアランだった。
「だけどそのおかげで機会が巡ってきた。レッドクリムゾン公爵が後見人としてサポートもしてくれたし」
メイドがシャイナの元へ行くと、屋敷にアラン一人になってしまうと話すと、シャイナは父である公爵に相談した。
公爵は婚約破棄を阻止したいのと、エルロンド伯爵家の取り組みが金になるといち早く気付いて、諸々を手伝ってくれた。
それどころかアランが成人するまで後見人として支援するとまで申し出てくれたのだ。
最も、後見人云々についてはシャイナから強いお願いがあっての事なのだがアラン達は知らない。
「メイドのおかげなんだぞ?」
「調子に乗るな。シャイナ様がいなかったら二人まとめて消えていたかもしれないんだ」
「はーい。……でも、まさかあの頃のおチビちゃんがお嬢様なんてメイドびっくりだぞ」
シャイナとメイドのお互いへの既視感。
それはまだメイドが現役の戦士の頃だった。
シャイナは次の期待の星として。メイドはトップリーグの連中が稽古してやっているちびっ子として。
二人は何度かすれ違っていたのだ。
最も、お互いに興味が無くてつい先日まで忘れていたのだが。
「なぁ。メイドはまた闘技場で戦いたい?」
「どうしてそんな事を聞くんだぞ?」
「だって、シャイナ様と戦っていた時のメイドが一番伸び伸びしていたから。人が変わったみたいに無口だけどカッコ良かったし」
「あー……」
確かに昔の調子で鍛練に付き合っていた。
メイドの戦いはただ勝つ為の行為であって、ギャラリーにパフォーマンスするようなものではない。
戦いの時にリラックスしていたのは、メイドより戦士であった期間が長かったから。
「もしメイドが望んだら坊ちゃんは許してくれる?」
そんな事は許されないけど、と思いながらメイドは問いかける。
八百長なんて真似して戻れる程、甘くない世界だ。
だが、今の主人がそれを望むのならメイドは従おう。
「ーー嫌だ」
ハッキリとアランは口にした。
「過去に何があったか知らないけど、メイドは今僕の家族だ。メイドには悪いけど、もし戦士に戻りたくてもきっと僕は反対する。もう、君に戦って傷ついて欲しくない」
そんな事を言われたのは人生で初めてだった。
「これから僕はメイドが戦わないでいいような領地経営をしたい。屋敷に護衛の騎士を雇って僕やメイドを守ってもらうんだ」
今までは余裕が無かったから出来なかった事だ。
「もしガメッツみたいな人が来ても、暴力じゃなくて話し合いや他の貴族との助け合いで解決出来る様にしたい……いいや、必ずしてみせる」
その小さな手で、アランはメイドの手をしっかりと握る。
「だから、これからも僕とずっと一緒にいてくれ!」
まるで告白じゃないですか、とメイドは思った。
本人にその気は無いかもしれないけど、メイドにその気はあるのだ。
ここまで熱く迫られると我慢出来る自信が無い。
一緒にお風呂に入ったあの日。背中越しにメイドが顔を赤くしていたのをアランは知らない。
でも、今はそれでいい。
「仕方ないんだぞ。甘えん坊の
「なんで上から目線なんだ。僕が雇い主だぞ!」
からかい、からかわれ。
まだ恋愛とは呼べない気持ちと関係だが、きっといつか変化は来るだろう。
ーーだから、天国で見守ってください。
「屋敷に戻ったご飯にする?お風呂にする?それともメ・イ・ド?」
「ばっ!?耳元で囁くな!!」
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