第9話 ちびっ子伯爵様とぶっ飛びメイド 4 (メイドのターンだぞ!)

 

 メイドは生まれた時からメイドなのか?

 否。

 今はメイドである彼女も、元は普通の少女だった。


 ただし、かなり不幸な。


 少女が誕生したのはガルベルト王国とブリテニア公国の国境近くの村だった。

 戦争の影響で森は焼かれ、その辺を掘り返せば人骨が出てくるような場所だった。


 そんな状況でも人間というのは故郷を捨てれないもので、村の人間はその日暮らしの生活を送っていた。

 骨や死体から売れそうな物を剥ぎ取り、時には両国の情報を売り買いしていた。

 勿論、そんな暮らしは長く続かずに村は敵国に機密を漏らした売国奴の村として焼かれた。

 死人からありとあらゆる物を奪って来たのだ。当然、全てを奪われた。


 少女の家族はこの時に死んだが、少女はまた死体が一つ増えたと思っただけだった。

 一桁の年齢の、子供の心が死ぬには村の環境は十分だったのだ。


 幸いだったのは少女が痩せ細っているだけで五体満足だった事、磨けば光りそうなくらいの美形だった事である。

 不幸なのは、そのせいで奴隷として公国に連れて行かれた事である。


 首輪をつけられて店先に立たされた。

 同情を誘う為に媚を売る事を覚えた。

 食事は日に一度。堅いパンが一つ。


 売れ残るにつれて扱いはどんどん酷くなる。

 少女は薄暗い奴隷小屋の中で、売人から鞭で叩かれて死んだ奴隷がいた。

 少女はその奴隷とが食べ損ねたパンを食べて飢えを凌いだ。


 ある日、物好きな金持ちがやって来た。

 金持ちはガルベルト王国の闘技場にとても関心を持っていて、自分が支援する戦士を育てて戦わせたいと言った。

 売人はすぐ喜んで強そうな男衆を並べた。

 しかし、華が欲しいと言った金持ちは強い女子を求めた。闘技場の戦士達の技量が異常なガルベルトで通用する力を。


 そんな会話がされている横で、少女はまた死んだ奴隷のパンを食べていた。

 小屋の中は狭いし、死体があると邪魔なので少女は死体を持ち上げて運んで埋めた。


 痩せ細ったとはいえ、成人済みの男性二人の死体を持ち上げる少女。


 金持ちはすぐに食いついた。

 お金で買われた少女を医者が診ると、どうやら常人の何倍もの筋肉の密度があるらしい。見た目は華奢でも中はゴリラだと。

 試しにと、少女は他の奴隷の男と戦わされた。

 お互いに刃こぼれしたナイフを持ってだ。


 男は借金をして奴隷落ちしたようで、少女に対して謝りながら襲いかかって来た。

 躊躇して動きが遅かったので、少女はナイフを心臓に突き刺した。抵抗しないように首を掴んで窒息させた。

 また一つ死体が増えるだけ。村にいた頃と変わらない。


 小さいながら愛嬌ある顔、常人離れの筋力。そして戦いや殺しへの躊躇の無さ。


 金持ちは気分を良くした。


 その甲斐あってか、少女の生活の質はグレードアップした。毎日地獄のようなトレーニングの日々だったが、食事はあるし、寝床も寒くない。

 なにより死臭がしないのが一番良い。


 あれよあれよと言う間に少女は闘技場の舞台に立った。

 得意武器は巨大な棍棒。自分の背丈と同じ獲物を振り回して戦う。武器が手元からなくなれば近接戦闘で相手を殴り付ける。

 無造作に伸びた青い髪をなびかせ、愛嬌も振り撒かずに修羅のように戦う姿から、いつしか『青鬼』と呼ばれるようになった。


『ただ同然で買った奴隷が金のなる木になるとはな!このまま勝ち続けろ!わしを満足させろ!』


 命じられるままに戦う。

 食事を与えられ、体調を整えて戦う。

 戦い続ければ、勝ち続ければ飢えることなく、死の恐怖を感じることも無い。

 そして迎えたトップリーグへの昇格戦。


 ガルベルト王国の闘技場。その戦士達の最高位にいる十二人の戦士。

 その中でも最弱の男との決闘。




 少女は一撃も入れれずに敗北した。





 ーー触れる事さえ出来なかった。





 闘技場の真ん中で血塗れで倒れた少女に勝った男はつまらなさそうに言った。


『まぁまぁ強いけどさ。覚悟っていうか、必死さが足りねぇな。なんとなくで戦って、元から持ってる才能だけでとりあえず勝ちますよーって感じ?舐めてんの?』

『………覚悟?』

『やる気ないだろ?目的も目標も無くて怠慢に身を委ねて何も考えずに修行しても時間の浪費。今日の試合でお前から学ぶ事なんてなかったな。これならまだお忍びのガキンチョ達と遊ぶ方がマシだ』


 男が言っている事が分からなかった。

 戦う理由は生きる為だ。

 死体漁りも、同じ小屋にいた奴隷を殺したのも、ただ生きる為だ。

 だって、死んだらお腹は膨れない。何も喋らなくなるし冷たい。


 ……つまらないじゃないか。


 圧倒的大差による敗北は少女の人気に影を差し、対戦に慣れて来た同業者に負け越し始めた。

 その事実と自分に勝った男の捨て吐いた言葉が少女の頭をぐるぐる周り、集中力が切れてスランプになった。


『もう貴様なんて知らん!次を用意したから用済みだ!せいぜい踏み台として負けろ!』


 人気が落ちた少女を金持ちは切り捨てた。

 新しく選ばれたのは少女より弱いが、愛想の良い自信に満ち溢れた少女だった。

 とはいえ、飼い主の言葉は絶対。


 少女は手を抜き、新しく玩具に負けた。

 数字上は今までと同じ黒星が一つ増えただけ。


 そしてまた不幸な目に遭う。


 試合を見ていたあの男が、少女を打ち負かした男が乱入してきた。

 新しく選ばれた少女を床に沈め、話しかけてくる。


『それがお前の覚悟かよ……』

『覚悟……違う。仕事』

『八百長か。そこまで誇りも無いのかお前は……。その根性を叩き直してやる』


 怒り心頭な男が襲い掛かる。


 その攻撃は早く、

 その攻撃は重く、

 その眼光は鋭く、


 八百長で勝った新人なんて何が起きたかを理解する前に潰された。


『ーーー見えた』


 相打ちのカウンター。

 自滅覚悟の一撃は男の顔面を捉えた。


『………当たった?』

『なんだよ。やれば出来んじゃねぇか。ーーなのにお前はそれを捨てた』


 男に負け、自問自答しながら、自分で勝利を意識しながら修行をしていた。

 戦闘スタイルの変化が完了して、改良を続けながら戦えばいつか届いていた。

 負けたくない。絶対に勝ってやる。


 ーーだって私は戦士だから。


 人生で初めて生への執着以外を手にする寸前で、少女は居場所と闘技場への参加資格を失った。

 残念にも、少女が男と良い勝負をしたのが八百長の決定的な証拠になった。

 負けた新人も、金持ちも家も金も名声も失った。


 ガルベルト王国には奴隷商はいない。

 もう少女を縛る枷は無かった。


 それでも少女には主体性が無いに等しい。

 生まれた村はもう無い。

 公国への足も無いし、場所も覚えてない。


 ーーこのまま野垂れ死ぬ?


 学も無く、字も書けず、戦う事しか出来ない。

 その戦いの場も失ったのだ。

 もう何も残されていない。


『えっと、お嬢さんは闘技場で戦士をしていた子だね。……一つ話があるんだが』


 雨に濡れて、道の端で丸くなっていると声をかけられた。

 顔色が優れない、お金持ちにも見えない、幸が薄そうな男性だった。


『衣食住付きで雇われる気は無いか?内容は息子の護衛……あとメイドかな?』


 名をイヤソン・エルロンド。伯爵家の当主だった。









「そしてメイドはメイドになった」


 夜の街中を歩く。

 時刻は丑三つ時。街灯の灯りしか無い静かな街中にスリットの入ったチャイナ服姿のメイドがいる。

 メイド……では無いかもしれない。


「メイドを辞めたメイドとは?んー、哲学なんだぞ?」


 置き手紙と制服を置いて来た。

 明日の朝にはアランが気付くだろうが手遅れ。

 もう、メイドは伯爵家と縁を切ったから。


 伯爵様に拾われ、やっと人並みの暮らしを経験した。

 自分より遥かに弱い子供の世話は大変。何もしなくても死ぬからハラハラした。

 無愛想でツンツンしているが、寂しがり屋なのでからかってご機嫌取りをしなくちゃならない。


 伯爵から託された、少女の、メイドの生きる目的。

 覚悟はとうに決めてある。

 必ず坊ちゃんを守ると。


「約束は大事だって私は知ってるんだぞ。だからその約束を果たす」


 目指す場所はガメッツ・ゴルドマネーの屋敷。

 きっと次からは実力行使に出る。

 頼る相手も、仲間もいないエルロンド家は間違いなく終わる。

 少女は頭が悪いのでコレしか思いつかない。


「貸した相手が消えれば借金はチャラなんだぞ!」





 チャイナ服に丸太を抱えた元メイドが夜襲するまでもうすぐ。




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