王子様のお話

とざきとおる

姫を助ける王子様

 ある剣士の話をしよう。


 その者の名はそう。生まれながらに青の瞳を宿し、蒼い炎を用いた呪術を最も得意としたその者に相応しい名をしている。


 伝統ある武門の一族として、その者は異端だった。


 誰よりも才能を持り、長男が代の継承を行う中では異例に将来の長を継ぐのではないかと周りから評されたその者は、何故か家を出て一国の姫の表向きの護衛となり剣を振るう道を選んだのだった。


 剣士曰く、

「やはり拙者せっしゃが伝を汚すわけにはいかないでしょう。才能だけで一族は守っていけません。長を継ぐに必要なのは才覚ではなく地位と人望です。その点において拙者は絶望的ですから」

 自身には長になれるような才能はないとのこと。


 そうしてその剣士は、決して一族の要職には就くことなく、遠い地で、一国の姫を守る護衛を務めてきた。




 燃える城を目の前に、剣士は最後はいつも呆気ないものであるという父の言葉を思い出す。


 一日の暇をもらい、街へ繰り出していた矢先に起こった事件。謎の組織により襲撃を受け、この区域を治める華族


 未だ全焼には遥かに遠いが、やがてところどころに点火した火種は広がり、城のすべてを焼き尽くすだろう。


 猶予はあって15分。その間に囚われた姫を救わなければならない。


「本当に鎧はよろしいのですか? 剣士殿」


 剣士の部下である2人が剣士に尋ねるのは当然のこと。突然の襲撃ならばともかく、今はこちらから戦いへと赴くのだ。それなりの武装を整えるのは当然の準備だろう。


 しかし腰に一本の日本刀を携えるのみで、蒼はそれを断る。


「肺が苦しくなる感じがするし、動きが鈍くなるのは致命的ですから」


「鎧にも様々ございます。安全のため、あった方がよろしいかと。貴方に何かあれば、私たちが悔やみきれません……」


「その時はちゃんとせつが説明します。貴方たち達はここで待機してください。決して中に人を入れないように」


「承りました」


 年上の方の返事を耳にして剣士は翻る。もうすぐ最後を迎えようとしている城へ赴いた。


 剣士の部下の2人、蒼に魅入られ、行動を共にしているきょうだいはその背中を見送る。


 その最中。


「本当に一人で行かせてしまってよかったのですか」


「さてね。でも、いいんじゃない。あの方はその方が性に合っている」


「全くお前は。性に合うと合わないとかの話じゃないと思うのですがね」


 言いつけを守りきょうだいは隠してある己の武器の存在を手で確かめその場で待機した。


 蒼は鞘から剣を抜いたのはちょうどその頃。城に入ってすぐ敵の存在を警戒する。


 すでに城が燃え始め、多くの者が避難を終えている中で取り残された姫を救うことが今回の蒼の任務。


 ここに至るまで、街の多くの人々が城を見ていた。その胸中に渦巻くのは不安。それが顔の表情から見て取れる。


 近衛である蒼がなぜ姫を助けなければいけない事態になってしまったのかはこの先に行けば分かる。


 なぜなら一応警戒はしているが、もはや残っても何の利もないこの地に残っているのは、この場所に蒼を読んだただ一人だ。


 向かうのは天守に近い部屋ではなく、城の大広間。


 畳が広がる空間は、恐らく100人以上が会食をしても余裕があるだろう。


 ここに至るまでに既に所々で火は広がり、もうすぐこの部屋にも炎が訪れようとしている。


 ふすま障子を開けて、奥にいる1人の男と、その近くで意識を失っている姫を一刀の剣士は視認した。


 男を見て、怒りよりも悲しみが強く出た表情となる。


「兄上……なぜ」


「来たな」


 姫を命を狙ったのはあろうことか、兄であった。


「姫はここだ。もう少し火が広がれば殺してやっても良かったんだが。お前が来ることを心待ちにしていたぞ」


 剣士の兄は、一門の長となったとは思えないような邪悪なる笑みを浮かべる。


 腰に吊った刀を抜き、その切っ先を目の前の近衛に向ける。


「何故、兄上が、みんなが……」


 ここに至るまでに蒼が見たのは数々の死体。この城で働く者に差別なく死をもたらす死神が通ったが如く、虐殺が行われていた。


 それを行った者は殺しの手際から見て、己の一門で会ったことを蒼は理解している。


「それを俺に問うか。この姫と戯れを続けているうちに頭が馬鹿になったのか?」


「それはこちらの台詞。この城ならいざ知らず、姫を城の中で封じ込め生かしておけば私が来るとは思わなかったのか」


「可愛いお前との果し合いは余興。だが、余興はやる価値があるからこそ余興という」


 蒼は己の剣を構える。その刀身を包むように清廉な蒼火が生まれるのは炎の呪術を使えるこの剣士の奥義だ。本来剣聖と呼ばれるにいたる達人のみが可能とする斬鉄を軽々と可能にする力を己の刀身に宿す。


「兄上。拙を可愛いなどと。それは侮辱ですか。そのいわれを受けるほど衰えたつもりはありません」


「確かに。剣でお前の剣を止める状況になった時点で俺に勝ち目はなくなるな。だが、そのようなことをさせなければいいだろう。どのみち城は燃える。お前達が炎によって焼かれるまで、俺は享楽に浸りながら、ここで時間を稼げばいい」


「享楽……?」


「お前と殺しあえる。この時をどれほど楽しみにしていたことか。お前に断る理由はない。なぜなら、お前は姫を救わなければならない」


「なぜ、兄上と拙者が」


「お前は才能がありながら剣に生きた身。俺は才能を持ち合わせていないながらすべを極めた身。武門に生きる男ならば、強者の命を取ることを楽しむことに自然だろう?」


 蒼は理解できない。その心が。


 なぜそのような理由で武器を取り戦うのか。


 しかし、いつの時代も人の心を覗くことはできても、完全に理解した者はいない。兄の乱心を理解できない自分が未熟だっただけと蒼は断じる。


「もう一つ問いたい。兄上。なぜこの城の者たちを殺した! 姫を狙った。この域を治めているこの方々を殺したお前たちは」


「……何か勘違いしているようだ」


「なに?」


「悪はお前達だ」


 蒼は兄の言っていることに理解ができなかった。滅ぼされた者たちが悪などと認められなかった。


 蒼が見聞きしたこの城のすべての者たちは、誰もが善き人々だった。


「何を……言って?」


「民はお前達を拒否した。ぜいを尽くすことが唯一許された楽園に嫉妬を抱いていた。あれは悪だと。ならば、滅びねばなるまい? なぜなら、この可愛い姫たちが守るはずの民が悪だと言ったのだから」


「そんな……」


 蒼は首を振る。確かに衝撃を受けたがそれはそれだ。今まで統率者となるべく必死に勉強をしてきた姫は悲嘆にくれ涙を流すだろうが、それも命があってこそのもの。


「……だとしても、拙者は」


「分かっている。あの時、長を拒んだお前と、俺の道は分かたれていた。一門は姫が生きている限り命を狙う。殺し合いの始まりを告げようじゃないか。今、ここで」


「姫を救います。覚悟!」


 蒼は蒼く輝く刀身を構え、兄を殺し、姫を救うために駆け出す。




「うーん……」


 姫が目を開けて最初に見えたのは己の住処が燃え崩れ落ちる瞬間だった。


 しかしそれは覚悟を決めていたことでそれほどのショックは受けなかった。


 それよりもきっと自分を助けてくれて、今も自分を抱きかかえてくれている剣士の顔を見て嬉しかった。


「王子様……」


「やめてください、姫。部下の前です。恥ずかしいですから」


 部下のきょうだいが後ろからにやけた顔でそのやり取りを見ている。


 蒼は勝利した。激闘だったわけではないが、城が焼け落ちる寸前までまで時間を稼がれたところ、弱いわけではなかった。


 現に蒼の肩には傷があったが、致命傷ではない。

 

「うれしいわ。助けてくれたのね。その……あなたのおにい」


「もう終わったことです。帰りましょう。……失礼。行きましょう」


「これからどこへいくの?」


「とりあえずは我々の隠れ家へと。そこで、お体をお清めになってください」


「蒼も一緒に入ってくれる? 私、蒼と一緒がいいわ」


 笑顔で尋ねる姫に、蒼は何も返事ができなかった。


 後ろからにやけた顔できょうだいが冷やかしを行う。


「ラブラブですね。妹よ、あれどう思います?」


「まあまあ、ラブラブなのはいいことじゃない、アニキ」


「それもそうですねー。妹よ。お前もあれくらい素直でもいいんですよ」


 妹と話すときも丁寧表現で話す兄と、フランクな口調の妹、このきょうだいはそんなちょっかいをかけながらも、実は仲の良い2人を肴に晩酌お茶ができる恋愛大好きな性格だったのが、蒼の部下であった理由だったりする。


 かくして、姫は救われたのだ。




 **********************




「という話なの」


 そんな話を大浴場で湯船につかりながらしている姫。


 何を隠そう、今までのやや粗い話はすべて、姫が創りあげた、自分の大好きな人が救世の王子様になるという夢物語なのだ。


 もちろん出てくる人物自体には何の改変をされていない。蒼もきょうだいも姫も、そしてそのた登場人物も、性別も見た目もそのままであり、最初の方で行った蒼やきょうだいの話も事実である。


 しかし、残念ながら近衛の蒼は優秀過ぎるあまり、姫がこのようなピンチになることはめったにないし、そもそも現実ではこのようなことはなかなか起こらない。


「どうだった?」


 姫が嬉しそうに、一緒に湯船に入っている2人に訊く。


「姫、大変面白いお話でしたよー?」


 1人はきょうだいのうち妹。そして、


「姫……光栄ではございますが……そのような危機を想像するのは近衛としては複雑な心境です」


 もう一人は、蒼だった。


「ええ、いいじゃないの。貴方が大好きなんですから、蒼?」


 何の迷いもなく宣言する姫の純粋な輝く笑顔に強く言い返せない蒼。実は姫の好意が案外悪くないもので、つい表情が緩んでしまうのだ。


「王子様……ねえ」


 一緒に女湯に入っている蒼を見て、きょうだいの妹はニヤニヤ笑う。

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