証言

さいとし

証言

 病室に二人の女性が入ってくる。堅そうな生地の青い制服。一人はタブレットを手にしてスツールに腰を下ろし、もう一人は表紙に折り目の入ったメモ帳を開いて窓枠に腰掛けた。看護士が開いていった窓から微風が流れこむ。シダーの香りがした。


「辛いとは思うけれど、協力してくれないかしら」


 促されるまま、私は話す。あの穏やかな夜、ダウンタウンから公園に続く地下道の中で何があったのか。思えば、夫と共にオイスターバーを出た時から気配はあった。ニットを被った男が地下道の入口を塞ぎ、嫌な予感がして振り返ると、後ろからは皮のコートを着た別の男が近づいてくるところだった。肩をいからせ、拳を握り締めて。


 一旦言葉を紡ぐのをやめた。大丈夫、ゆっくりでいい。タブレットの女性が言う。私は息を整えつつ、窓際の彼女を見やった。生木のような、青白い肌。私の視線を感じたのか、メモ帳を見据えていた瞳がこちらへと向いた。青銅の緑。

 落ち着きを取り戻し、私は証言を再開する。


「夫は後ろから来た男と言い争っていました。お酒で気が大きくなっていたのかもしれません。私はバッグから携帯電話を取り出そうとしましたが、ニット帽の男が手首を掴んできて、携帯は取り上げられました」


 湿ったトンネルの壁に押しつけられた。側溝に落ちた足首が変な方向に曲がり、苦痛の悲鳴を上げた。もがき、爪で相手をひっかこうとしたが、手首をしっかりと握られていて叶わなかった。男は、私の後頭部を掴んで、何度も壁に叩きつけ、それから地面に引き倒した。血と涙で視界が塞がり、耳鳴りで周りの音もよく聞こえず、夫の様子はまるでわからなかった。立ち上がろうとすると、また後頭部を抑えられた。耳元で、ナイフの刃が飛び出すパチンという音がした。そして。


「いいよ、そこからは」

 不意に、窓際の彼女が言った。視線をかわし、タブレットの女性もうなづく。私は両腕を体に巻き付けたまま、ここまで話した内容を反芻する。何か間違えていないか、確認する。


 全部が終わり、男たちは駆け足で立ち去った。なんとか首だけを動かすと、夫が仰向けに倒れて口をぽっかり開いているのが見えた。通行人が私たちを発見して警察と救急車を呼んでくれるまで、私は夫の脇腹から黒いシミがじわじわと地面に広がっていくのを、眺めていることしかできなかった。


 語り終わると、タブレットの女性が優しい声でいくつか事務的なことを聞いてきた。色々と喋らせてしまって、すまないと謝ってくれた。ナースを呼ぶか、と聞かれて、私は首を横に振った。しばらく一人になりたいと。わかった、と言って女性はスツールから立ち上がった。窓際の彼女も促されて腰を上げる。二人が並んで病室から出ていく途中、急に窓際の彼女が立ち止まり、私の目を見ずに言った。


「証言、ありがとう。大丈夫、またすぐに、街を自分で歩けるようになるから」

 私はうなづいた。もし叶うなら、そのときはあなたと一緒に歩きたい。別れ話の腹いせに暴行するような夫ではなく。

 顔に浮かんだ感情をタブレットの女性に悟られまいと下を向いた。


 不意に吐息が耳にかかった。

「また来る」

 うつむいた私の耳元で彼女が囁いた。シダーが香る。あの夜、ナイフを握っていた指が一瞬だけ私の包帯だらけの指に絡み、そして離れていった。

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証言 さいとし @Cythocy

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