38.没落男爵の依頼

 アーティア達が王都にて何でも屋を始めて2ヶ月が経ち、学園潜入まで残り1ヶ月となっていた。

 王都内で徐々に認知され、依頼もジャンのコネ(帝国諜報部のコネ)無しでも入る様になっていた。

 依頼をこなすのはアーティア、ジジ、カロンの3人、事務所で留守番をするのはメリスというシフトだ。

 勿論メリスが留守番をしているのは依頼者に失礼のない対応が出来る者ということでの人選だ。

 それにもう一つ重要な役目があった。


 今日もアーティアとジジ、カロンは依頼者に会う為に王都のある場所に来ていた。


『あ、ここじゃない?』

 

 アーティアの頭に直接カロンの声が響く。

 アーティアから見ればそう感じるだろうが、事実は少し異なる。

 アーティアの意識がカロンに憑依していると言ったほうが正しいだろうか。

 憑依と言っても、カロンの意識もそのまま起きている。

 要はカロンがアーティアに体を貸している状態なのだ。

 ただし、現在のカロンの姿は年にして15才の少女だ。

 カロンは実は様々な生物に姿を変えることが出来る。

 基本10歳の女の子の姿で活動しているが、それも本体ではない。

 実はカロンの本体は黒猫である。

 カロンは他にも鳥や犬、狼、鹿などにも変化することができた。

 カロンが姿を変えることができるモノにはある共通点があるが、それは語られる事はないのだろう。


 カロンが15才の少女の姿になり、アーティアに体の操縦権を渡すことでアーティアは呪いを気にすること無く活動が出来るのである。

 アーティアに掛けられた邪法、即ち魔神の呪いが、魂にではなく肉体に掛けられているからこそ出来る事だった。

 そしてアーティアの本体は、なんで者屋の事務所兼住居で眠っている。

 メリスはアーティアの体を守るという重要な役割も担っているのだ。


『そうみたいね、カロンちゃん』


 アーティアから見れば頭の中にカロンの意識が同居している感じだ。

 それには流石に慣れたけど姿を変化できるのには未だ慣れない。

 

 依頼をこなす為、鳥になって空を飛んだ事もあるし黒猫になって家に忍び込んだこともある。

 カロンの能力とアーティアの知識や魔法で幾つかの危機を乗り越えてきたのだ。

 

 今日の待ち合わせの場所は貴族墓地、その外れにある男爵家令嬢の墓石の前だった。

 指定時間通りに指定場所についたが依頼者らしき人の姿は無い。

 指定時間より遅れること10分。

 依頼者がやって来た。

 ここで眠る男爵令嬢の父である男爵だった。


 この依頼が偶然か必然だったのかはアーティアには判らない。

 ただ、余りに利害が一致した依頼だった。

 この依頼を受ける為に何でも屋を始めたと言ってもいい位だった。


 男爵には愛する娘がいた。

 娘の魔術の才能は高いと思われたが男爵家は貧しく、学校に通わせる事が出来なかった。

 そこで娘は侍女として高位貴族の家に奉公に上がることにした。

 しかし、つい先月突如娘は物言わぬ姿で男爵家に帰ってきた。

 病死との事だった。

 だが男爵は信じなかった。

 娘が死ぬ前日に手紙を受け取っていて、その手紙には健康なので安心して欲しい、近日中に纏まった休暇を貰えそうだと記されていたのだ。


 だが、それは表向きの内容で、その手紙には男爵家に伝わる暗号が使われていた。

 今でこそ男爵家にまで没落したが建国当時は伯爵家であった由緒正しい血統だった男爵家には一族に伝わる暗号があったのだ。

 娘の死を受け入れられず、最後の手紙を読み返していた時にその暗号に気付いた。


 手紙の真の内容に男爵は驚いた。


『もし近日中に私に何かあれば、お嬢様に殺されたと思って下さい』


 男爵は復讐を決意した。

 しかし下手に動いて侯爵家に知られたら、弱小男爵家など願いを叶えるどころかひと捻りで終わり。

 とある酒場で失意のやけ酒の最中、失敗しないなんでも屋の話を聞いた。

 そして男爵は全財産を差し出すつもりで娘の仇を取りたいとの依頼を出したのである。

 ジジは報酬を取らない代わりに交換条件を出した。


 「実はディアス侯爵家ご令嬢へのその手のご依頼はさるお方からも受けておりましてな。報酬を取らない代わりにお名前をお借りしたいのですが如何ですかな」

 

 ジジの交換条件はこうだ。

 カロンの姿を借りたアーティアを男爵家の養女として迎え、学園に送り出すというものだ。

 学園の行くための費用は”さるお方”の方で用立てるので男爵の負担は無い。

 男爵はその条件を受けて、ディアス侯爵令嬢に死より苦しい目に合わせる依頼を成立させた。



「アーティア浮かぬ顔じゃのう」


 依頼を受けた後の夕食時、アーティアはジジに心配された。

 カロンへの憑依は既に解除して貰っている。

 

「ジジ様、親友だと思っていたナルシリスがそこまで堕ちてしまっていたと思うと悲しくて」


「魔神と契約した時に良心を無くしてしまったんじゃよ」


「ジジ様、ナルシリスが魔神と契約したのは」


 リリアーシアがアルドリヒと婚約したせいなのかと続けようとしてジジに遮られた。


「魔神に魂を売ったのは誰のせいでも無く本人の責任じゃよ」


「そう……です……ね」


「そうだよ。お姉ちゃんが気に病むことじゃないよ。お姉ちゃんはむしろ被害者だし」


 2人の優しさがアーティアは嬉しかった。

 そしてその通りだった。

 リリアーシアにはリリアーシアの、ナルシリスはナルシリスの人生があり、その行動の責任は全て本人のもの。


 でも、それでもアーティアは思ってしまう。

 アーティアがまだリリアーシアだった時に、ナルシリスの思いに気付いていれば、婚約の打診が合った時に断っていたら皆が幸せになれた道もあったのではないかと。

 そんな、考えても仕方がない事を思わずにはいられなかったのだった。

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