30.アークサンドの夜
ジジが真っ白に燃えてきていた頃、ジャンは王城のある一室にいた。
部屋には、ジャンと彼の側近である男がいるだけ。
ジャンは側近からの報告を受け、「わかった」とだけ答えた。
その表情は暗く、疲労が見て取れた。
報告は、ジャンを亡きものにしようとした者達の処罰についてだった。
当初ジャンと共にストロンシア王国に同行した部下達は既にこの世にいない。
帝都に戻る前に黒幕によって処理されていた。
それらの証拠は見事に消されており証拠は無い。
実は黒幕の正体は判っている。
ジャンの死によって得をする者か、それに連なる者だ。
今回の場合は二人だけ理解りやすいのがいる。
だがしかし黒幕は知らない、ジャンを殺したところで思い通りになりはしない事を。
はっきり言って無駄な努力なのだ。
ジャンは先触れ無く、突如帰還することで黒幕を焦らせた。
ジャン自ら黒幕の内、攻めやすい側を攻める。
即ち弟だ。異母兄弟である弟は昔からジャンに異常な対抗心を影で燃やしている事をジャンは知っていた。
弟は自らの対抗心を隠して大人しい兄思いの弟を演じているが、それがバレていないと思っている愚か者だった。
ジャンは帰還を喜ぶふりをする弟に、今回の件はジャンに同行する4人の独断では無いと明言し、黒幕を必ず突き止める事を宣言した。
証拠も掴んだと嘘を言った。
今からそれを陛下に申し上げに行くところだと告げる。
焦った弟はジャンを労る為と偽り、飲み物を勧めた。
急ぎ毒を入れたワインを。
高貴なる者はいざという時、自害用に短時間で死に至る毒を隠し持つ。
死人に口無し、他に類が及ばないようにする為でもある。
粉状の毒をそのまま飲む事もできるし、今回みたくワイン等に入れてもいい。
だが同時に毒の種類でその出所から誰の所持する毒か調べることもできる。
ワインを受け取ったジャンはワインを……
飲まなかった。
そのまま側近のを呼ぶ。
同時に弟を拘束せよと、衛兵に指示を出す。
拘束され抗議の声を上げる弟に、側近から受け取った何枚かの紙を見せた。
紙は全て白紙だがジャンはその全ての紙に弟から受け取ったワインを掛けた。
果たして1枚の紙だけワインの色でなく緑色に染まった。
言うまでも無くこの紙は毒の種類を調べる為のもの。
結果を見た弟の顔が青くなる。
そんな愚かな弟を、弟が飼っているらしい黒猫が不思議そうに見ていた。
弟の顔色を見てジャンはため息をついた。
弟が愚かなのは知っていた。
だから弟に仕掛けてみた。
そして弟は簡単に引っ掛かり、短慮にもその場で毒殺を狙った。
もし、毒殺が成功したとして弟が逃げきれるのか考えるまでもない。
当然ワインを差し出した弟が一番に疑われ徹底的に調べられる。
愚かな弟の短慮のお陰で黒幕は一網打尽にされた。
今回ジャンは、魔法で生み出した鳥により側近や皇帝と連絡をとっていた。
そして帝都に向かいつつ、側近と光の鳥の連絡魔術を使って連絡を取り合い、指示を出していたのだ。
弟や母の持っている毒の種類を割り出し、解毒剤も用意した。
光魔術の中でも解毒に精通した者も側近と共に待機させ万全の体制で弟に仕掛けたのだ。
それらを悟られる事無く手配した側近の男は極めて優秀と言えるだろう。
しかも弟と母を分断するよう事前工作を行い、母にはジャンの帰還が伝わらないようにもしていた。
ジャンは自ら母に会い、弟を拘束したしたと伝える。
その時彼女はサロンで茶を楽しんでいた。
突如現れたジャンに驚き、そしてジャンに告げられた言葉を聞いて、手に持ったカップを落とした。
事が露見した彼女が何をか言う事はなかった。
だが、彼女が実家の侯爵家を庇ったのは見え見えで、調べれば侯爵家と繋がっている事もすぐに判るだろう。
実際後日、侯爵家も今回の計画に加担していた事実をジャンの側近に突き止められ、侯爵家は取り潰しになる。
今、ジャンは側近から母と弟の処断内容が決まった報告を受けた。
後日2人には陛下より毒杯が下賜される。
期を見て公式に病死が発表されるだろうが、今はしばらくは
「殿下もう無茶は勘弁して下さいよ」
ジャンの側近はジャンを殿下と呼んだ。
そう、ジャンはこの国の皇太子だった。
帝国騎士 ジャン・レイランとは外で使う偽りの身分と名前だった。
本当の名は アルジャーノ・ヴィ・レイラント・アークサンド。
今回のジャンの件は権力争いによる皇子の暗殺計画に他ならない。
しかし、この国の皇帝になるにはある資質が必要で、ジャンにはそれが有り弟には無かった。
だからもしジャンが死んだり廃嫡されたとしても、弟がその立場に替われはしない。
資質を持つ者を探し出し、養子にするだけだ。
尤もその際、皇族の血筋で適齢の娘を皇太子妃にし、皇室の血は絶やさない様にはするだろうが。
「悪いが、この後約束があってな」
「陛下は?」
「知っているさ。俺がどうやってここまで戻ったのか報告してあるからな」
「賢者殿の力を借りたでしたっけ?」
「それと聖女様も」
「お?、では見つけたってことで。対になる者を」
「恐らく間違いない。まだ覚醒していないが」
「それは目出度い。ストロンシア王国のフェリス公爵令嬢がそうかと踏んでいましたが自殺したって報告が入りましたからねえ」
「その自殺もいろいろ陰謀絡みでな。じつは賢者殿が彼女を保護している」
「あちらもこちらも権力争いは変わらないか。でそのフェリス家の聖女様が今この帝都にいらっしゃる訳だ」
「ああ、お前に手配させた宿にな」
「では早速今夜にでも既成事実を作るって事で」
「おい」
「だってこのまま賢者殿ごと囲うんでしょ?」
「いや、話が戻るが賢者殿との密約があって、今度はこちらが力を貸す番だ」
「具体的には何を」
「恐らく、我が一族の得意分野さ。そうすれば聖女様に掛けられた呪いを解くことができる」
「それって、賢者殿に力を貸すというより、殿下の為じゃ」
「そうでもあるな」
ジャンは力なく笑う。
「ま、でもその様子では聖女様はまだ靡いていなさそうですね。図星です?」
「う、うるさいな。これからだ」
側近はジャンより3つ年上で、ジャンにとって兄の様な存在だった。
「ところで一つ気になったんだが、弟はいつから猫を飼い始めたんだ?動物嫌いだと思ったが」
「ああ、そういえば黒猫がいた……ん? いたっけか?」
「どうした、いただろ?……あれ?どうだったかな」
二人の記憶から黒猫の事だけが急速に曖昧になっていく。
その事を二人は不思議にも感じない。
「何か居たような居なかったような。まあ、どっちでもいいんじゃ?」
「そうだな、何かいたような気もするが、たぶん気のせいだな」
「そんな事より聖女様を決して逃がすなよ」
「ああ、わかってる。必ず捕まえるさ」
「皇室の血の使命じゃなく、惚れた女の為ってものたまにはいいだろ」
「な、何を」
「ホント分かりやすい。顔が赤い」
基本冷静なジャンこと皇太子アルジャーノもこの兄の様な側近にはタジタジなのだった。
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