31.嬉しい再会
翌朝アークサンドの皇太子であるアルジャーノは後事を側近に任せ、騎士ジャンに戻った。
そして、アーティア達の待つ高級宿に急いだ。
ジャンが宿に着いたのはまだ早朝で、この事からもいかに早く合流したかったのか伺える。
そんな気持ちを隠すかの様に堂々と落ち着いた態度で宿に入るも、宿の責任者からアーティアが日の出前に起きてきて教会の場所を訪ね、宿から出ていったと報告を受けるとジャンは宿を飛び出していった。
ジャンが教会に着くとそこには一人祈りを捧げるアーティアの姿があった。
声をかけようとして、しかしジャンは声を掛ける事が出来なかった。
アーティアの祈る姿があまりに一枚の絵画のように美しかったからだ。
そしてジャンは気がついた。
アーティアがうっすらと光っていることに。
その事にアーティア自身は気づいていないようだった。
ジャンはアーティアの資質に確信を持ちつつも、彼女が何を祈っているのか気になるのだった。
しかし、その温かい光を見ていると力が湧いてくるのを感じ、ジャンそのこと嬉しく思った。
(その祈りは俺の為と思っていいよな)
アーティアの祈りを見つめていたジャンだが、不意にアーティアがジャンの気配に気づいたのか顔を上げた。
「ジャン……様?」
振り返らずに声を発するアーティア。
その問にジャンは優しく応える。
「ああ、ただいま。 アーティアが祈ってくれたお陰で上手くいった」
立ち上がり振り駆るアーティア。
アーティアが笑顔になった様にジャンには見えた。
うっすら光るアーティアの顔に火傷の爛れは無い。
それはとても美しい笑顔で、ジャンは一瞬我を忘れた。
しかしそれは本当に一瞬の事で、すぐにアーティアは俯いた。
俯く彼女は光っておらず、目深にフードをかぶり直す彼女の顔には火傷の爛れがあった。
「ありがとうございます。私にはジャン様の無事を祈るくらいしか出来なくて。実際は何の役にも立てていません」
「俺は……その、アーティアのその気持ちや祈りが俺を、成功させてくれたと思ってる」
「……ジャン様」
ジャンは、少し困った様なアーティアの口調にアーティアを褒めれなくなってしまった。
これ以上は却って恐縮させるだけだ。
「えーと、さぁ、ジジ殿やカロンが心配するといけない。宿に戻ろう」
「え、はい」
二人はややぎこちない会話を交わし宿に戻った。
ジャンの側近が聞いていたら後で反省会が開かれただろう。
◇◆◇
「ジャンさんて実は偉い人なの?」
そうジャンに質問したのはカロンだ。
今は、ジジの部屋にて皆で朝食を取っていた。
朝から非常に高級な食事に上機嫌のカロンは、ジャンや周囲に配慮せず思った疑問を素直に口にした。
アーティアも気になっていたが口にすることが出来なかった。
聞きたい気持ちと、聞くのが怖い気持ちがせめぎ合って結局聞けずにいたのだった。
そういう点からすると、カロンはアーティアの替わりに聞いてあげたとも言えるが、実際のところカロンのみが知るところである。
「そう思うかい、やっぱり」
「そりゃ、これだけの宿をジャンさん支払いで手配できるとなればね」
ジャンの回答は”あ、わかっちゃう?やっぱり”的な実に軽いものだった。
「うん、隠すのは良くないな。では正体をバラすとしよう。アーティアよく聞いて欲しい」
ジャンの言葉にドキリとするアーティア。
ジャンの言い方ではアーティアに特に理解して欲しい様に聞こえる。
「はい」
アーティアはそう応えるのが精一杯だった。
そんなアーティアの様子をジジは微笑ましく見つめている。
「俺の本当の名はアルジャーノ・ヴィ・レイラント・アークサンド、 ジャン・レイランは身分を隠す時の偽名なんだ」
ある程度高位の貴族であることは予想していたが、流石にアークサンドの名が出るとは思わなかったアーティアは驚きのあまり、思わず口に手を当てしまった。
「皇太子殿下でしたのね」
「肩書はそうなる」
「し、知らぬ事はいえ、数々のご無礼、申し訳御座いませんでした」
本来なら対等に話す等許されない身分の相手だった事を知り、顔を青くして、謝罪するアーティア。
公爵令嬢だった頃でさえ、こちらから話しかけたり見たりすることが許されない身分の相手だ。
しかし、カロンは呑気にパンをかじりながら、ジジもスープを飲みながらのんびりしている。
「ほえー、すごく偉い人だったんだね」
「ま、一応は。 アーティア頭を上げて欲しい。身分を明かしはしたが、今は帝国騎士のジャンなんでね」
「は、はい」
指示に従わないのも不敬に当たると思い、頭を上げるアーティア。
態度が固くなったアーティアに 一気に身分を明かしすぎたと失敗を悟るジャンだった。
ジャンとしてはアーティアとの距離を離したくなくて、そんなに大したもんじゃないから気楽に聞いて欲しいと殊更軽くいったのだが、その試みは失敗した事になる。
しかし彼女が即座に皇太子と理解してみせたので、高位の貴族令嬢であるとの確信を持てたのだった。
◇◆◇
一行は今度は堂々と関所を通ってストロンシア王国に入った。
勿論、皇太子一行ではなく、帝国騎士ジャンとその従者として。
旅は順調そのもので王都にもすんなり到着した。
アーティアは王都に入るのが怖かった。
そんな心情を察し、宥め、勇気付けたのはジャンだった。
勿論、ジジやカロンもアーティアの緊張に気づきながらもその役をジャンに譲ったのである。
因みにジャンが合流して以降ジジの覗きチャンスはやってこなかった。
アーティアは既に公爵令嬢リリアーシアでは無い。
だから命を狙われはしないと理解はしている。
しかし親友や幼馴染に裏切られた記憶が無くなりはしない。
それでもジジ、カロンそしてジャンが側に居てくれる。
何も持たないアーティアに力を貸してくれる皆の為にも呪いを解こうとアーティアは決心したのだった。
王都に着いた当日は宿屋に泊まり、翌日ジャンと2人で出かけた。
ジャンは万が一を考えての護衛役を買って出たのだ。
アーティアは王都に入ったら会いたいと思う人が1人だけいる。
今日はその人物に会うために出かけた。
「ジャン様 私などの為に付き合わせてしまって申し訳ありません」
「勝手にやっている事だし気にしないでくれ」
「有難うございます。あと記憶が曖昧なので迷ってしまったらごめんなさい」
「その時はアーティアと散歩したと思うさ」
「ふふふ、ジャン様は優しいですね。」
ジャンの努力により、アーティアの態度はだいぶ軟化していた。
カロンのジャンに対する態度が全く変わらなかった事にジャンが全く気にしていない事もプラスに働いた。
ジャンの気さくな様子に、ついアーティアもジャンが皇太子ということを忘れてしまう。
「ジャン様が気さくな方で良かったです。でも随分と女性の扱いに慣れているのですね」
「え、いや、慣れてなどはいないつもりなんだが」
少し慌ててジャンは否定したが、皇太子として貴族令嬢に接する機会は数多く設けられたし、こっそり騎士ジャンとして市井にも出かけているので女性と話す経験が全く無いわけではない。
「慌てないで下さいね。お陰で助かっていますから褒めたつもりなんです。ジャン様のお選びになる女性は幸せですね」
「そうか……ありがとう」
アーティアにとってジャンは、今は近くても遠い存在だ。
ジャンが許してくれるから気安く話しているが、そう遠くないうちに去ってしまう男性だと理解している。
だから好きになってはいけない。
心を律しなければ直ぐにでも堕ちてしまいそうだった。
記憶を頼りにその人物が済む屋敷に辿りついた。
こじんまりした屋敷は記憶の通りに温かい感じがする。
ドアをノックして扉が開くのを待った。
さして待つまでも無く扉が開いた。
「お待たせしました。どちら様でしょうか?」
扉を開けたのは一人の女性。
アーティアが会いた人だ。
しかしアーティアはフードを目深に被っているので、彼女からは判らないはずだった。
しかし、彼女は目の前に立つフードを被った人物が何者かひと目で判ってしまった。
果たして直ぐにアーティアを抱きしめた。
体は震え、目からは涙が溢れる。
アーティアもまた泣いていた。
暫く無言でそうしていた二人だったが、震える声でアーティアに呼びかける。
「よく……ほんとうによくご無事で……お嬢様……」
「ええ、心配かけてごめんなさい……メリス」
こうしてアーティアいや、元公爵令嬢リリアーシアは元侍女のメリスに再会できたのだった。
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