26.ミンティリスの困惑

 魔術学院に通う男爵家令嬢ミンティリスは困惑していた。

 何でこんな展開にと、頭を抱えたくる事態に直面していたのだ。


 ここ暫くの間、借りてきた猫の様にミンティリスは大人しく、それはもう空気になる様に徹底して大人しくしていたのだ。

 ミンティリスには秘密が有る、前世と思われる記憶を持っているのである。

 いやむしろ、前世での意識のほうが強い。

 前世での名前は 神埼愛衣。

 今生きる世界とは、全くの異世界に生きていた。


 今のミンティリスは、神埼愛衣の意識がミンティリスに乗り移った感覚なのだが、ミンティリスとして物心ついてから生きてきた記憶もあるので、彼女としては不思議な感覚ではあった。


 そして、神埼愛衣の記憶によれば、今居るこの世界は神埼愛衣が遊んでいでいたゲームの世界に酷似していた。

 そのゲームは所謂 主人公の男爵令嬢が魔法学院を舞台として複数の攻略対象から1人と恋愛成就を目指すものだった。

 問題なのは、そのゲームは極めて残念なゲームだった事。

 タイトルの名は『令嬢様 Dead or Love』

 主人公を初めてする登場人物の死亡ルートが極めて満載のゲームだったのである。


 だから、今ミンティリスは攻略対象と出会わない様、必死に空気と化していた。

 チキンハートのミンティリスの選択は、恋愛よりも命だったのである。


 そして、ミンティリスは先日15才になってしまった。

 ゲームはスタートされたと考えていい。

 1人を除き、攻略対象は高等部の校舎に居るので、現在中等部の彼女の方から出向かなければそうそう出会いはしない。

 現時点では、同じ学年にいる唯一の攻略対象者である第ニ王子と出会わないようにする事が重要だった。


 ミンティリスは最近、攻略対象者の内、既に2名が学院から去った事を学院での友人から知らされ、愕然とした。

 スタート前から対象者が3人になってしまったのだ。

 攻略対象者の内、最も悪役令嬢との接点が少ない(=死亡トラップが少ない)、"王太子の婚約者の護衛騎士"が居なくなってしまったのが、本当に痛い。


 神埼愛衣は途中でゲームを投げてしまった。

 だから、知識は途中までのゲーム体験とネットで調べた範囲だけ。

 それでも、スタート以前に攻略対象が2人居なくなったのは異常事態であることは流石にわかる。


 ゲームと同じに考えるのは危険かもしれない。

 兎も角、ゲームと状況が変わっているなら、そもそも出会いを回避出来るかも知れないと、先日考えた作戦を絶賛実行中だった。


 昼食時、食堂に来たミンティリス。

 王都に実家がありながら、わざわざ寮生活を選んだ為、学院の食堂を利用しなければならなかった。

 もし実家からの通いを選んでいれば、お弁当を持参して人目につかない所でひっそりと食事できただろう。

 朝ギリギリまで寝ていたいと考えたが為に毎日人目が多い食堂で昼食を取らなければならないのだ。

 

 ミンティリスはなるべく人目を避けるべく窓側を避け、出入り口から一番遠い食堂の隅近くの席を選んだ。

 

「ミンティ最近、目立たない所ばかり選ぶから探してしまったじゃない」


 そう言って隣に腰掛けたのは友人のリスハーヌ子爵令嬢だった。


「ごめんリス。最近はそういう気分なのよね」


 本当の理由を言える訳もなく、適当に返した。

 そんな他愛のない会話を2,3交わし、2人は黙々と食べ始めた。

 学院では貴族子女が多く通うため、礼儀作法の授業もあり、黙って食べていればミンティリスは綺麗なご令嬢に見えた。

 そう、黙って大人しくしていれば。


 2人は長テーブルに隣の席で並んで食事をしていたが、2人の前の席は空いていた。

 その席に誰かが立った。

 ミンティリスの視線はトレーに向けられ、また食事に集中していたので、前に立った人物に意識が行かなかった。

 

「すまない。前に座ってもいいかな?」


 話かけられ、初めて前の人物に意識がいって視線を上げた。

 そして、「どうぞ」と言おうとしてミンティリスは絶句してしまう。


 かくして冒頭につながったのであるが、ミンティリスの目の前に立った人物、それは彼女が今一番出会いたく無かった人物だった。


 第ニ王子ウィリアムがミンティリスのテーブル越し向かいに立っている。

 少し頬が赤い。

 中身が残念なミンティリスだが、黙っていれば実に綺麗なご令嬢に見えてしまう。

 そう、ミンティリスの男子からの人気は割と高い。

 逆に女子からは低かった。

 爵位は低く、中身も伴っていないが、見た目だけで男子に人気が有ればそうなるだろう。

 なので彼女の友人は少ないが、あけすけな性格で無邪気に笑うミンティリスを気に入り、保護者の心境に陥った者達が揃っていた。



 「・・・殿下、どうぞお心のままに」


 暫くの間の後、ようやくミンティリスは声を出すことが出来た。

 丁度今日、王族に対する礼儀のついて授業でやったばかりで、丸暗記した言葉が出た。


(なんで?なんで?なんでーーーー? わざわざ目立たないところを選んだのにー!)


 ミンティリスは心の中で絶叫をあげた。

 しかし、いくら絶叫しようとも仕方がない。

 もう出会ってしまったのだ。


「ありがとう」


 ウィリアム殿下は礼儀正しく礼を述べると、席についた。

 こうなると、食事どころではない。

 ミンティリスの友人も突然目の前に現れた 殿下に固まってしまっている。

 普段、ウィリアム殿下は中等部の成績上位者の特別クラスにいて、護衛や取り巻きに囲まれている。

 昼食時も窓側の席に行くことが多い。

 だから今日の殿下の行動はあまりに異例だった。


(殿下によく似た他人でありますように)


 ミンティリスは0.1%の可能性も無い願いをしてみたが、遅れて護衛がやって来たことで現実を思い知らされる結果に終わった。


「殿下、突然居なくなられては困ります」


「今日は趣向を変えてみるものいいかと思ってね。それに居なくなってから気付くのでは護衛失格だが」


「そ、それは・・・申し訳ございません」


 護衛の1人が発した苦情に、ウィリアムがやんわりと切り返す。

 その言葉は正にその通りで、護衛はそれ以上言葉を告げる事が出来なかった。


「咎めはしない。君らを出しぬいたのは僕が意図しての事だからね」


「殿下、せめて魔法は勘弁していただきたく。殿下に魔法を使われては我々では殿下を認識できなくなります」


「はは。次からは気をつけるよ」


 ウィリアムの得意な魔法は闇系の魔法で特に精神系が得意だった。

 と言っても相手の洗脳や意識を誘導出来るものなどでは無く、魔法を掛けた対象への認識を変える事が出来る程度の魔法だ。

 しかし、自分にかけて一時的に誰からも認識されなくなる事ができた。

 ウィリアムは気をつけると言いながらも、またきっと使うに違いない。



「ああ、僕に遠慮なく食事をしてくれ」


「は、はい。有難うございます」

(悠長に食事なんてできるかー!)


 ウィリアムに話しかけられて、返事を返したものの今まで通りに食事出来る筈もなかった。

 ミンティリスはウィリアムからの熱視線をひしひしと感じているのだ。

 

 そして先程のウィリアムと護衛の会話から、ウィリアムは此処を目指してやって来たのだと、ミンティリスにも分かった。

 目指したのは場所か、人か。

 今、ミンティリスに熱い視線を送っている事実を考えれば、ミンティリスに会いに来たという事になる。


 ウィリアムと出会わない事がミンティリスの勝利とするなら、今回ミンティリスは敗北した。

 敗因はミンティリスが目立たない場所、人気の無い場所を選んだ事にあった。

 ウィリアムは人気のないエリアにわざわざ座る令嬢2人にふと視線がいった時、好奇心を覚えてしまった。

 そして気分転換に一緒に食事してみようかと思ってしまったのだ。

 『木を隠すなら森の中』という諺があるが、人の多い明るいエリアに紛れ込んでいれば結果は変わったかも知れない。

 しかし"歴史にたられば無し"で、もう出会ってしまった以上、意味のない考察ではある。


 そして、何度も述べたが黙っていればミンティリスは美少女だった。

 ウィリアムが2人の顔を確認できる距離まで近づいてミンティリスを改めて見た時、彼は全身に電撃が走った気がした。

 食事に集中しトレーに視線が行っているだけのミンティリスが、ウィリアム側から見れば、伏し目がちの美少女が憂いを帯びた表情で食事をしている様に見えてしまったのだった。



 本来一番目立たない筈だった場所は、かつて無い程に満席状態だ。

 護衛の存在がそのまま、殿下の居場所を知らせる事になり、取り巻き達が押し寄せたのだ。

 皆の視線は殿下の向かいに座るミンティリスに集まった。


(ほんとになんで、こうなった!?)


 ミンティリスは周囲からの敵意を感じ取って胃がキリキリと痛み出していた。

 もはや、針のむしろに座らされたような状況でチキンハートのミンティリスが食事など出来る筈もない。

 引き吊り気味の笑顔を浮かべるのが精一杯だった。

 隣の友人も同じ様な感じで笑顔を浮かべている。

 そんな最中、第ニ王子ウィリアムがミンティリスに問いかけた。


「ところで、一緒に食事をする事になったのも何かの縁、良かったら名前を教えて貰えないだろうか?」

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