27.パワーゲームの始まり

 名前を教えて欲しいと言われたミンティリスは現実逃避した。

殿下は一体誰の名前を欲しているのかと。

 辺りを見渡し、護衛に目が行った。

 そういえば、なんで護衛がいるんだろう? などと思考的にも現実逃避した。

 因みに、ミンティリスの思った通り、確かに学院内に護衛は連れて入れない。

 この学院のセキュリティーは高く、貴族の身分差の問題や、教育上大人の介入をさせない為でもあるが、もちろん例外はある。

 それは王族に対してであった。

 王族の護衛はボディーガードの役だけでなく、王宮との情報伝達を含むサポート役でもあるのだ。


「……」


「……」


 しばしの沈黙。

 ミンティリスの友人リスハーヌは隣に座るミンティリスが一向に返事をしないので、軽く肘で突いた。

 ミンティリスは肘でちょいちょいと突かれ、現実に帰ってくろと同時に失礼を働いた事に気付いた。

 途端に血の気が失せた。

 ゲームでは失礼=死刑なのである。

 

「は!……も、申し訳ございません殿下。まさか私だとは思ってみませんでした。リクシフォン男爵のミンティリスと申します。」

 

「ははは……こちらこそ突然話かけて申し訳なかった」


 ミンティリスの恐れは実現されずに済んだ。

さもありなんという感じで第ニ王子ウィリアムは笑いながら謝罪した。

 美少女が放心して、ハッとなる様が面白かったらしい。

 しかし、ウィリアムの問に即座に答えなかったミンティリスに取り巻きの令嬢達のヘイトが高まる。

 彼女たちの敵視を感じながら、ミンティリスは内心愕然としていた。


(あちゃー。出会っちゃったよ。こ、こうなったら…)


 王子からその後いくつか質問されたミンティリス。

 それに対し、失礼がない様にかつ、一定の距離感を保つように返事をしていく。

 距離を詰めたいウィリアムと逃げるミンティリス。

 

 出会わない作戦が失敗したミンティリスは、仕方無く次善の作戦に切り替えたのだった。

 即ち、『もし出会っちゃったら、私達お友達よね』作戦である。

 出会ってしまった以上、無視は出来ない。

 攻略対象者達はミンティリスより身分が高いか、身分の高い者に仕えている者だ。

 男爵家の令嬢ごときが、無視できるはずもない。

 だから敵対したり冷たく接するなど愚の骨頂。


 ミンティリスこと神埼愛衣はゲームの中で攻略に行き詰まり冷たい態度をとる選択を選んだことがあった。

 冷たくすることで、逆に気を引けるんじゃないかと思っての選択だった。

 ゲームは順調に進み、ハッピーエンドになるかと思われた。

 しかし最後に冷たく接した時の事を不敬罪に問われ。処刑されるという無茶苦茶なバッドエンドになったことがあった。

 

(気を抜くな 頑張れ私)


 もし、そんな結末になってしまったら……

 その恐怖がミンティリスを奮い立たせる。

 「分不相応」「恐れ多い」などやんわりと周囲のヘイトも下げつつ、王子のグイグイ詰めてくる言葉を躱していく。

 それでいながら、ニコニコして拒絶もしない。


「そんなに恐縮しなくていいよ。ここは学院でお互い生徒なんだからね。ミンティリス嬢は僕の友達と考えてもいいだろう?」


「殿下のご寛大なお心遣い誠に有難うございます。殿下のご学友の末端にお加えくださって大変光栄に存じます。直にお声をかけて下さって大変嬉しいです」


「はは、うん。宜しくミンティリス嬢」


 ミンティリスは頑張った。

 通常だったら出てこないセリフが噛む事もなく笑顔でスラスラと出たのである。

 流石に命懸けだけの事はあった。


 その後もミンティリスは礼を保ったまま、自分は身分が低いからと遠慮を笑顔で周囲にアピールしまくった。

 第ニ王子の取り巻きの令嬢達も己の分をわきまえている男爵令嬢への敵視を若干下げていた。

 見た目がいいだけで脅威にならないと考えた様だ。

 しかし、取り巻きの一人に違った目でミンティリスを見ていた者がいた。

 彼女はナルシリスが潜りこませたスパイだった。



 それとは別に第二王子の一団を遠目に見ている者達がいた。

 王太子アルドリヒとその婚約者ナルシリスだ。


「ウィリアム殿下にはご婚約者がおられないのでしたね」


「ああ、その座を巡って群がる令嬢が多いな」


「確かに…ウィリアム殿下の場合は多少縛りがゆるいですものね」


「愚かな事だ」


「殿下、夢を見るのは仕方がありませんわ。アルドリヒ殿下もウィリアム殿下も大変魅力に溢れておりますもの。私もかつては殿下に憧れ夢を見た一人でしたのよ」


「そうか。嬉しいことを言ってくれるねリズは」


「もう、殿下ったら。ここは2人きりでは無いのですよ」


「済まない気をつけるよ」


 王太子の笑みがナルシリスに向けられる。

 それに微笑みで返すナルシリス。

 仲睦まじい絵になる光景だった。


「私の義妹になるお方があの中にいるのかしら」


「はは、そうかもしれないな」


(ウィリアム殿下は目立ち過ぎるわね。将来の不安の目は取り除いたほうがいいかしら。無理心中なんていうのも面白いかもしれないわ)


 ナルシリスの美しい微笑みの中では新たな邪悪な計画が組まれようとしていた。



◇◆◇◆◇



「焦ったー」


「ええ、びっくりしたわね」


「全く、なんでわざわざ目立たない場所選んだのに来るのかな」


「あんた、顔だけはカワイイからじゃない?」


「だけって……ひどくない?」


「否定できるのなら、示してみなさいな」


「ゴメンナサイ。できません」


「素直でヨロシイ」


 昼食後、教室に戻る途中のミンティリスとリスハーヌ。

 気を許せる友人同士だから出来る会話を繰り広げていた。

 会話だけ聞けば、貴族令嬢の会話には聞こえない。

 庶民の口調そのものだった。


「しかし、あんたの猫かぶり大したものね。何枚かぶったのよ」


「覚えてないわよ。不敬罪にならない為なら何枚でも被ってやるわ。まあ今日は上手く立ち回れたと思うよ」


 ミンティリスの作戦は取り敢えずは成功の様に見えた。

 しかし実のところは大失敗である。

 ミンティリスの態度は、ウィリアムの狩猟本能を刺激してしまった。

 逃げれば追いたくなるのが男心でなのである。

 しかも、全く気がないという素振りではなく、思わせぶりな笑顔を振りまいている。

 恋愛経験が皆無なミンティリスはその辺のことが判っていなかった。

 とは言え、ミンティリスは冷たい態度が死に直結すると思っているので仕方がないことではあった。

 今後、可能な限りウィリアムと接するつもりは無いミンティリスだが、そうすればそうするほどウィリアムが執着することに気付かない。



◇◆◇◆◇


 ウィリアム王子の自室にて

 既に夜遅いがウィリアムはまだ起きていた。

 一度ベッドに入ったものの、どうしても寝付けず、本でも読もうとしたのである。

 ウィリアムは机に向かい読みかけの本を開いたが、読めども文字が頭に入って来ることはなかった。

 目は次々と読み進めていくが、それだけ。

 ページが進んでいくだけで、中身は全く記憶に残らない。

 何故なら本を読みながらも、考えているのはミンティリスの事だった 


「あんな令嬢が同じ学年にいたなんて…」


 記憶に残る、恥ずかしそうに微笑むミンティリスを思い浮かべるウィリアム。

 顔が熱くなる。

 美化フィルターが多分にかかり5割増でミンティリスの美貌に磨きが掛かってしまっていた。


(はぁ、ミンティリス嬢…あんな素敵な笑顔の令嬢を僕は見たこと無い。きっとこれを一目惚れと言うんだろうな。まさか僕が何も手につかなくなるなんて)


 はっきりとミンティリスに一目惚れしたと自覚をしてしまったウィリアム。


(男爵令嬢か……爵位は厳しいがどうにもならない訳ではないか。父上に頼んでしかるべきの養女にしてもらうとか。しかし、兄上の現婚約者は……友人であるフェリス公爵令嬢を平然と裏切った女狐。ディアス侯爵家は頼らない方がいいな)


「ミンティリス……今直ぐにでも君に会いに行きたいよ」


 ゲーム的にいうならば、今日の昼食の出会いによってフラグが立ってしまった。

 ミンティリスにとって不都合極まりない方向に。

 かくして、学院を舞台としたパワーゲームの第2ステージが始まった。

 

「僕はきっと、貴女を振り向かせてみせる……」




 因みに同時刻、気疲れして早めに寝てしまったミンティリスはイビキをかきなながら爆睡中だった。

 寝相が悪く、大の字になっているし、幸せな夢を見てるのか、口を開いて涎を垂らしただらしない笑顔になっていた。

 この姿を見たなら百年の恋も冷めたに違いない。

 猫をかぶったミンティリスしか知らないことはウィリアムにとって幸か不幸か意見が分かれる事だろう。 

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