10.栄光への道1

 リリアーシアを陥没湖に突き落とした当日の夜更け。

 公爵家の私兵騎士団長の息子の騎士ビニートスは、主である公爵にリリアーシアの自殺について報告するために公爵邸に駆け込んだ。

 勿論これは演技である。

 慌てたふりをして、あたかも予想外の展開であったかの如く報告する為だ。 

 本来なら明日にさせるべきだったが、慌てた様子のビニートスに緊急事態を察した執事は公爵の執務室に向かった。

 公爵は夕食後であったが、執務室で書類に目を通していた。

 執事より報告を受けた公爵はビニートスを呼び、彼を落ち着かせた後、その報告を聞いたのだった。



 ビニートスの報告を纏めると以下の通り。

 修道院に向かう道中、リリアーシアに頼まれ馬車を止めた。

 リリアーシアは馬車を降りると歩きだしたが、用足しだと思ったので流石に付いては行けず待機していた。

 しかし、10分経っても戻って来ないため、慌てて捜索を開始。

 陥没湖が近くに有るのを思い出し、もしやと思って陥没湖に向かい、そこでリリアーシアが火傷隠しに使っていたマスクを発見した。

 その後も捜索を続けたが、他に手がかりも痕跡も見当たらなかった。

 遺書は無かったが、人生に絶望して陥没湖に飛び込んだのだろうという結論に至った。


 ビニートスは泣きながら報告をした。(当然嘘泣きである)

 そして自殺を止めれなかった責任を取り、公爵家の騎士を辞めさせて欲しいと願い出たのだった。

 形見となってしまったマスクを是非に譲って欲しいとも。


 公爵にしてみれば、マスクは娘の火傷を思い出させる象徴でもあるので許可を出した。

 形見ということであれば、リリアーシアからプレゼントされた品など公爵はいろいろ持っていた。



◇◆◇



 翌日、公爵領と王都を結ぶ街道上には、王都へ向けて馬を進めるビニートスの姿があった。

 ビニートスは昨夜のうちに公爵家私兵騎士団長である父にも事の顛末を伝えた。

 そして自室に戻ると前もって用意してあった荷物を持ち、家を抜け出した。

 旅に出る旨の書き置きを残す事も忘れない。

 こうして、ビニートスは公爵家の騎士団から意気揚々と飛び出したのだった。

 

 

 道中、公爵に報告したときの様子を思い出し、笑いが溢れる。

それは嘲りの笑いだった。 


(くくく。娘の死を知った時の公爵あいつのあの顔、ほんと笑えるぜ。散々邪魔者扱いしておいて娘の死が信じられないってか。あれが演技だとしたら役者顔負けだな)


 ビニートスが報告した瞬間、公爵は無表情になった。

それまで不機嫌そうにしていたのに。

 ビニートスは暗にリリアーシアが自殺するまでに追い詰めたのは貴方方公爵家ですよ、という報告をしたのである。

 理由もなく自殺をする者などいない。

 死んだら楽になれると思うからこそ、この世に未練は在れども自らの命を断つのである。

 ではリリアーシアの自殺の原因はなんだろうか。

 それは当然、顔の火傷から始まった婚約破棄であろう。

 しかし傷心のリリアーシアに自殺を決意させたのは公爵の対応である。

 リリアーシアを居ないものとして扱い、離れの別宅に押し込め、専属の侍女と引き離した。

 彼女に周りには味方が一人も居なかった。

 リリアーシアが自殺を考えたとしても無理はない。


(自ら俺の希望通りの道を選んでくれてほんと助かったぜ。まぁしかし、こんな余計な手間をかけさせてくれたのもあの馬鹿リリアーシアのせいか。ほんと忌々しいぜ)


 ビニートスの計画はリリアーシア陥没湖に落とすことであった為、そこまで連れ出す必要があった。

 もし彼女が一生を公爵邸で過ごす選択をした場合、連れ出す口実を考えなければならなかったし、誰にも見つからずに連れ出すのも、自身のアリバイを用意するのも骨が折れただろう。


 ビニートスはほんの少しだけリリアーシアに感謝した。

 自ら進んで踏み台になってくれたのである。

 しかし、そもそも余計な事をさせた原因はリリアーシアにあるので忌々しさの方が強かった。


(まぁ、ナルシリスが新たな主人になってくれるからな。これで俺とあの女は共犯関係で一蓮托生。これは大将軍も夢ではないかもな)


 ビニートスはナルシリスに接触した日の事を思い出す。

 リリアーシアが婚約破棄を言い渡された事をビニートスが知ったのはその日の午後。

 リリアーシアが午後の授業を欠席し、王都の公爵邸に戻った後の事である。

 その日、馬車と共に待機していたビニートスの元に怒り心頭の侍女メリスとリリアーシアがやってきた。

 何かが起きたことは直ぐに判った。

 リリアーシアの顔の火傷がらみだろう事も予想がついた。

 リリアーシアが自室に閉じこもった後、怒り狂うメリスから事情を聞いたのだった。


 目の前が真っ暗になった。

 自身に約束されていた、王妃の護衛騎士という輝かしい未来が突如消えたのである。

 王妃の護衛騎士は近衛騎士というだけではなく、直接王妃に話をできるという点で側近の一人として国政に関与できる立場である。

 王妃ともなれば、時に王の代理として政治決断をしなければならない。


 ビニートスはリリーシアの婚約破棄を知ったのと同時に、ナルシリスが王太子の婚約者になる事を知った。

 だから、目の前が真っ暗になったのも一瞬で直ぐにナルシリスに取り入る事を決意したのだった。


 ビニートスはリリアーシアの護衛騎士だが流石に校舎の中に入ることは許されていない。

 だから、婚約破棄騒動の翌日ナルシリスの護衛騎士に話しかけ、会う機会を作ってもらったのだ。

 リリアーシアとナルシリスは茶会に呼び合う仲でもあり、護衛騎士同士、顔知り合いでもある。 

 学園で馬車の待機中によく話もした。


 ちなみに帰宅時の迎えの馬車は、帰りの時間を決めて行っているのは下位の爵位家で、高位の爵位家では学園の駐車場でそのまま待機している。

 急に帰宅する場合の待ち時間を無くす為だが、その為だけに御者や護衛騎士を待機させているのは裕福な故である。


 ビニートスはナルシリスの護衛騎士と共にナルシリスが来るのを待ち、護衛騎士を介して面会を申し込む。

 数日待たされるかと思ったが、翌日の公爵邸にての面会を許されたのだった。

 翌日、侯爵邸の応接室にビニートスはいた。


『ナルシリス様、本日はお会い下さり誠に有難うございます』

 

 騎士の礼を持って、ナルシリスに挨拶をするビニートス。

 勧められて席につくと早速ナルシリスが問うてきた。


『連日の王妃教育で疲れているので短めにして頂きたいですわ。貴方、確かリリアーシア様の護衛騎士でしたか。本日はどの様なご用件かしら』

 

『仰られる通り、リリアーシア様の護衛騎士をしております。 実は未来の国母様になられるナルシリスの元で働きたくお願いに参った次第です』


『あら、機を見るに敏なのは好感が持てますわね。それでお土産はあるのかしら。お土産次第では考えてもよろしくてよ』


『どの様なお土産がお望みでしょうか?』


わたくしに言わせるのは興ざめですわ。わたくしの元で働きたいのでしたら、それくらい察して頂きたいものね。でも、そうですわね……最近将来が不安で安心して眠れませんの。何とかならないものかしら』


『判りました。それでしたら、素敵なお土産を用意できるかと思います。ただ……その土産を手に入れるのにはリスクがありますのでそれなりの地位をご用意頂きたく』


『そうですのね。どのようなリスクかはわたくしには判りかねますが、それ次第では私の護衛騎士の役を用意しますわ』


『有難うございます。必ずやご期待に応えてみせます』


 ビニートスはこの約束をした時、自身の夢の為にリリアーシアを生贄にすることを決意した。

 その瞬間、ビニートスが思い浮かべたのは、あの陥没湖での誓いだった。

 ビニートスにとってもうあの誓いは無意味なものになったが、陥没湖の不気味な性質は使えると思った。

 ビニートスの手を回すまでもなく、リリアーシアは公爵に呼び戻され、自ら修道院での人生を選んだ。

 ビニートスにとってはまさにお膳立てされた状況だった。

 だから迷うこと無くリリアーシアを陥没湖に突き落とし、約束通り、ナルシリスが望む物を手に入れた。




 こうして土産を手に入れたビニートスは、今王都へ向かう道中、新しく主になるナルシリスについても考える。

 陰謀が得意な油断ならない女である。


(自らの手を汚さず始末させようとするとはな。とんだ悪女だ。 もしこの事を俺だけの罪に被せようものなら道連れにしてやるからな)


 ビニートスも馬鹿ではない。

 ナルシリスとの会話は魔道具で記録していた。

 高価な物ではあるが録音と再生が出来る便利な物だ。

 当然ビニーの給金で買える物ではなく、リリアーシアの物だったがドサクサに紛れて拝借したものである。


 リリアーシアを陥れた悪女。

 メリスから婚約破棄の話を聞いた時、リリアーシアはナルシリスに陥れられたとビニートスは思った。

 実際に面会してみてそれは確信に変わった

 そんな悪女が相手なのだ、完全に信用するのは危険だった。


 (俺に何かあればコレを王太子に届ける手はずを取ればいい。あの会話を聞いたなら、あの馬鹿リリアーシアの殺害をナルシリスが暗に依頼したように聞こえる)


 別にはっきりした指示でなくても良かった。

 王太子がナルシリスはグレーだと思ってくれるだけでやがてナルシリスの未来は絶たれる事になる。

 王太子はナルシリスを信用しなくなるだろう。

 場合によっては直ぐに側室を設け、飾りの王太子妃にしてしまうかも知れない。


 (まぁ、俺が有能なのはこれで判るだろうからな。下手なことにはなるまい)


 ビニートスは自分の輝かしい未来を信じて疑わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る