9.真実

 握手を求めてくるジジ。

 またも怪しく光る眼鏡。

 それに気付かずアーティアが握手に応じようとした、正にその時、大声と共にバンと扉が開く。


「待った!」


 急な大声に驚き、動作を止めるアーティア。

 大声と共に部屋に入って来たのは、先程お茶を運んでくれた10歳の位の女の子だった。

 女の子はアーティアがまだ握手をしていないのを見て安堵する。

 

「ふう、よかった」


「なんじゃカロン、急に大声をだして」


 怪訝そうな表情を浮かべるジジ。


「黙れエロジジイ。年頃の娘の手の感触を楽しもうとしているのは明白。握ったが最後、ナデナデしてスリスリしてペロンペロンするに違いないです」


 カロンと呼ばれた女の子の言い分に、アーティアは固まってしまう。

 そして鳥肌も立った。


「急に何を言い出すかと思えば、そんな不埒なことは考えておらんわ」


 そう言いながらも、どこかジジの表情は引きつっていた。


「お姉ちゃん騙されちゃダメ。このジジイはエロイことを考えると眼鏡が無駄に光るですよ。眼鏡が光る時、眼鏡の下では目がデレンデレンになっているのです」


「な!」


 絶句するジジ、いやジジィ。

 あまりの展開についてこれないアーティア。


「え、えーーーと、結局どうすれば?」


 戸惑いながら女の子に聞いてみる。


「エロジジィの代わりにカロンと握手しよ」


 そう言うなりカロンはアーティアにダイブしてきた。

 思わず受け止めてしまったアーティア。

 すると、カロンはアーティアの胸に顔を埋めてスリスリする。

 ぜんぜん握手ではないし拒否権すら無かった。


「なな!」


「きゃ」

 

 同時に声を上げるジジィとアーティア。


「はぁ、至福ですねぃ。それにしても用意したブラがキツイなんて予想外のラッキー」


「ぐぬぬぬ……なんと羨ましい………」


 ジジイの小さな呟きは、幸いにもテンパっているアーティアには聞こえなかったがカロンには聞こえた。 

 そして、「ふっ」というカロンの鼻で笑う声はテンパり中のアーティアには聞こえていないが、ジジィにはしっかり聞こえていた。

 

 アーティアは最初恥ずかしかったものの、結局のところ子供が甘えているだけの状況。

 母性本能もくすぐられたのか、女の子の頭を撫で出した。

 暫くし、満足したのかアーティアから離れたカロンは期待に満ちた目でアーティアを見た。


「お姉ちゃんと呼んでもいいよね」


「え、ええ」


 改めて見るとカロンは可愛らしい女の子だった。

 初対面なのに、アーティアには何故か本当の妹の様に思えてしまった。

 人懐こい笑みにアーティアの心が癒やされたからかも知れない。

 気がつけば了承の返事をしていた。


「やったー! 私はカロンよろしくね」


わたくしはアーティア。よろしくねカロンちゃん」


「ティア様 カロンの冗談を真に受けないでくだされ」


 アーティアが冷静になったのを確認したのかジジイいや、ジジがフォローしてきた。

 カロンの先程の毒舌の内容に思わず鳥肌がたったが、かといってジジは命の恩人で憶測で判断するのは大変失礼だと思い、アーティアはジジを信じ頷く。


「さて詳しい仕事の話の前に2つ話があるのじゃが」


「なんでしょうか?」


「一つ目は話し方ですわい。ティア様の言葉使いでは馬鹿でも何処ぞの御令嬢と分かってしまいますぞ」


「たっ、確かに」


 ジジの言うことは尤もだ。

 ひっそりとバレない様に市井に紛れて生きていこうと言うのに、余りに言葉使いが丁寧では自分で素性を明かしているのも同然だ。

 折角、ナルシリスやビニートスには死んだと思われているのだから気付かれる愚は避けたい。


「ワシも貴方様の事を敢えてティアと呼び捨てにさせてもらいますわい」


「はい、では私はカロンちゃんと同じくジジ様の孫という事にして下さい」


「そう言う事にしましょうかの。改めてよろしくティア」


「ジジ様も宜しくお願いしますね」


「お姉ちゃん言葉使い」


「あ、ごめんなさい。気をつけます……」


「言葉使いの矯正はカロンにまかせてねー」


「ほっほ、ではカロンにまかせようかの。当面はカロンと一緒に家事の手伝いをお願いしますぞ」


「はい。精一杯がんばりますね」


「ふうーこりゃ前途多難だ。こういう時は『おっけージジイ』でいいよ」


「よく無いわ!」


 ジジはこめかみを抑えながらカロンに突っ込みを入れた。

 そんな2人の様子についついアーティアも笑顔になる。

 今までの、悲しみや不安、恐怖がゼロになりはしないが、一時忘れられるくらいには心が軽くなっていた。

 そんなアーティアの様子を見たジジも穏やかな表情を浮かべたのだった。


「あ、そうそう。取り敢えずご飯にしよーよ。準備出来てるからさ」


 思い出したかの様にカロンが食事の提案をした。

 家事は全般はカロンの仕事。


「ご苦労様じゃカロン。続きは食べ終わってからかの」


 アーティアには遠慮があったが、暖かなスープの美味しそうな匂いと空腹に勝てなかった。

 暖かな食事を食べれる事の有り難さに思わず涙がこぼれた。

 そんなアーティアをカロンとジジは暖かく見守っていた。



◇◆◇


 

 アーティアの気持ちも落ち着き、現在は食後のお茶を飲んでいる最中。


「ご馳走様でした。こんなに美味しい食事は初めてです」


 公爵令嬢だったリリアーシアはもっと豪華で凝った美味の食事は散々してきた。

 しかし今日、アーティアとしてカロンとジジの3人で食べた食事は今までの人生で一番暖かく、楽しく感動した。

 

「お姉ちゃん『ご馳走様。美味しかった』でしょ」


「ごめんなさい。いきなりは難しくて」


「ほっほっほ。追々慣れていけば良いじゃろうて」


「はい」


 アーティアは顔を赤らめながら応えた。

 庶民の気楽な言葉遣いをするのがどうにも恥ずかしいのだった。


「さて、2つ目じゃが……ティアの顔の火傷」


「ん、火傷?」


 ジジの言葉をカロンは不思議そうに聞き返す。


「カロンには見えておらんか」


「見えてないとは?」


 アーティアはジジの意図が見えず聞き返してしまった。

 顔半分が爛れている。

 それが判らないとはどういうことか?


「ティアのその顔の火傷は実は火傷では無いんじゃよ」


「え?」


 アーティアにはジジの発言の意味が判らなかった。

 判らなかったが同時に納得もできた。

 何度も何度も魔法で治療しようとし、治せなかったのだから。


「カロンは特殊でのう、真実を見る目を持っていてまやかしは通じんのじゃよ」


「つまり、この火傷は実体ではない……と」


「うむ、光属性魔法火傷治療で治らんかったじゃろう?」


「はい。 ジジ様は魔法に詳しいのですね」


「まぁのう、長く生きておるからな。ティアの事情から大体の事は予想できる。今ここではソレを消す事は出来ぬが、消す方法は知っておるよ」


「ほ、本当ですか」


 アーティアは顔の火傷を触りながら、その感触を確かめている。

 ジジの言葉の意味を噛み締めて、そして涙が出てきた。

 本当は顔に火傷など負っていなかったのだ。

 


「むーなんだか知らないけど怒ったぞ。お姉ちゃんを虐めた奴がいるってことでしょ。しかも乙女の顔にいたずらだなんて許せない」


「カロンちゃん。ありがとう」


 感極まったアーティアは心から怒ってくれるカロンの気持ちが嬉しくて思わず席を離れカロンを抱きしめに行ってしまった。


「いやーん。お姉ちゃーん」


 といいつつも、抱きしめられてカロンは嬉しそうだ。


「ぐぐぐ。羨ましいの……」


 エロジジイの呟きは幸いにもアーティアに聞かれることは無かった。

 抱擁も終わり冷静になると、アーティアは羞恥で顔を真っ赤にして席に戻り、恥ずかしさを誤魔化すかの様に話を戻した。

 有無を言わせぬ力技だった。


「つまり、魔法の幻覚なんですね」


「そ、そうなるのう。よ、よく出来た魔法じゃな。視覚と触覚に干渉してあたかも本当に火傷が有るように見せておる」


 ジジも何事も無かったかの様には流石にいかず、噛んでしまったが兎も角本題に戻った 


「これが……魔法で……」


 あらためて火傷部分を触るが。到底幻覚の類には思えない。


「アーティアが知らんのも無理はないのぅ。学院では教えてない邪法じゃよ。何者かがアーティアに邪法を使った事になるが想像に難くないのう」


(ナルシリスが……)


 状況を整理するともう犯人は一人しか居ない。

 リリアーシアが魔法を暴発させたとき、一番最初にリリアーシアに近づいたのはナルシリスだ。

 それからの展開は全てナルシリスに都合がいい展開になっている。

 ナルシリスがどうやって邪法を習得したのかは判らない。

 でもそれをリリアーシアに使った事はまず間違いないと思われた。 


「その邪法は質が悪くてのう。ただ見た目を謀るだけでなく、見た者に憎悪を起こさせるのじゃよ。マスクで隠したとしても無駄じゃ」


「だから皆急に冷たく……でも私の顔を見ても態度を変えない者もいました」


 アーティアはメリスの顔を思い浮かべた。

 彼女は元気でやっているだろうか


「ほほう。おそらくそのお方はアーティアのソウルメイト。魂が惹かれ合い邪法の干渉をうけなんだのじゃろう」


「そうなのですね。 邪法といえど魔法なら無属性魔法消去で打ち消せませんか?」


「いや無理じゃよ。なにせ邪法じゃ。あとワシにもその邪法は効かんよ。鍛え方がちがうでな」


「そう……ですか」


 わかりやすく気落ちするアーティア。

 またジジの邪法耐性が高いのは何となく自然な感じがして納得してしまった。

 理由は分からないがすんなり受け入れてしまった。

 

「お姉ちゃんの為に何とかするのがジジイの仕事でしょ」


 落ち込ませたジジイに切れるカロン。

 大変お冠である。

 今にもジジに殴りかかりそうな勢いだ。

 その様子にジジが慌てた。


「まてまて、消す方法は知っておるとさっきも言ったじゃろう。力の源さえ判れば何とかなる」


「なーんだ、ジジイびっくりさせないでよ」


 カロンの機嫌が治り、あからさまにジジがホッとした表情を見せた。


(カロンちゃんってジジ様のお孫さん……だわよね?)


 むしろ暴君と怯える家来の様に見えるが、怖くて聞けないアーティアだった。


「まぁ、やはり手がかりはやはり王都かのう」


「おお、王都行くの? やったー。 もうこの腐れ陥没湖見なくて済むんだねー。お姉ちゃんさまさまだ」


 カノンの言葉から此処が陥没湖の近くで有ることが判った。

 どうしてこんな何も無いとこで生活していたのかは判らないが何か事情が有るのだろうと思い、アーティアは聞きはしなかった。

 聞いてはいけない気もしたのだった。


「カロン、すぐにとは行かぬよ。アーティアにとっては敵地に飛び込む様なものじゃからな」


「そっかー。じゃ、どうするのさ」


「作戦はこれからじゃが、まずティアには、庶民になりきって貰わんと。貴族を騙るのは難しいからのう」


 貴族を騙り、バレて捕まった場合、死罪である。

 国内の貴族の場合は貴族籍を調べれば直ぐに判ってしまう。

 他家の付き合いや親族の全く無い貴族などいないので適当な家をでっち上げることも出来ない。

 

「庶民としてじゃ貴族様に接点を持つのも難しいじゃないの?」


 カロンの言うことも尤もである。

 

「まぁ、必要があればの話じゃて。重要なのは先ずは庶民として周囲に怪しまれないことじゃよ」


「ま、そだね」


「はい、がんばります」


「今日のこれくらいにしておこうかの。ティアも疲れておるじゃろう」


 アーティアは肉体的には疲れていなかったが、状況や心の整理をしたかったので素直に従うことにした。


「お姉ちゃん一緒に寝ていい?」


 カロンの一言にジジイが切れた。


「こりゃ、カロン。アーティアにゆっくりできる時間をあげなさい」


「ジジ様。お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですわ。カロンちゃん一緒に寝ましょう」


「やったーお姉ちゃん大好き」


 状況の整理するにしてもカロンと一緒なら一人で思い悩まなくても済むかも知れない。

 急に妹が出来た事に戸惑いはある。

 しかし喜びは戸惑いより大きかった。


「ティアが構わんのなら言うことはないがの」


「お姉ちゃんこういう時は『うるせージジイ』って言うんだよ」


「カロン、口が悪すぎじゃ」


 しかしジジの話をカロンは既に聞いてはいなかった。


「お姉ちゃんまずは一緒にお風呂に入ろうよ」


「え、お風呂があるの?」


「うん。お姉ちゃんの体はカロンが洗って、替えもしたんだよー。エロジジイがやったんじゃないから安心してね」


「え、ええ」


 そうでなければ困る。

 カロンの存在に心からアーティアは感謝した。


「だから恥ずかしがらなくても大丈夫だからね」


「そうね。一緒にはいりましょう」


「やったー。さっそく行こ」


 そう言うとカロンはアーティアの手を取り部屋を出て行った。

 一人残されたジジ。


「ぐふふ。アーティアのお風呂……堪能じゃ」


 ジジの眼鏡が怪しく光っていた。

 

◇◆◇


 数分後。

 自室で水晶を覗き込むジジ。

 

「ぐむむ……おかしいのぅ?」

 

 水晶はお風呂場の様子を映す筈だった。

 今水晶が移しているのは一面の木の板のようにしか見えない。

 ジジ、いやエロジジイはお風呂場を見渡せるベストポジションに可愛らしい猫の像をおいた。

 そしてその猫の目には魔法をかけたガラス玉を仕込んであった。

 その猫の像の目が映すものを水晶は映しているのである。

 音声は聞くことが出来ないがそこは想像力、いや妄想力でカバー。

 ジジイは何度も試行錯誤しベストポジションを探り出した。


 それは凄まじいまでのエロへの愛?であった。

 因みにジジはアーティアに掛けられた邪法の影響を受けていない訳ではない。

 もしアーティアが男性だったなら通常の3倍の効果で影響を受けただろう。

 しかし、幸いにもアーティアは女性だ。

 しかも若く、スタイルも良い

 その点でジジイのエロパワーが邪法を上回ったのだった。

 エロそれは即ち『愛』なのである。


 恐るべきエロパワーによって絶妙なポジションに配置された猫像。

 しかし、実際には猫像の瞳に映っているのは木の板っぽい物。

 ピントが合ってないので読めないが木の板には何か字が書いてある様だ。


「ふむ、何じゃ?」


 ジジイはピントを調整する。

 そして見た。

 木の板には『エロジジイごくろーさま』とカロンのものであろう汚い字が書いてあったのだった。

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