11.栄光への道2

 ビニートスが王都に戻り1週間後、ようやくナルシリスに面会出来た。

 ビニートスは王都に着いた日、直ぐに面会を申し込んだがナルシリスが多忙だった為、会えずに居たのだった。

 場所は前回と同じく侯爵邸の応接室。

 応接室に通され待つこと1時間、ナルシリスはようやく応接室にやってきた。

 待っていた1時間、ビニートスは特に怒るでもなくじっと待っていた。

 待たされている事に怒りはあるものの、大事の前の小事である。

 ナルシリスはビニートスに席を勧めると、挨拶もそこそこに本題に入ったのだった。


「お久しぶりかしらね。忙しくてなかなか時間を取れませんの。それでお土産とやらを持ってきて頂けたのかしら」 


「必ず気に入って頂けるかと」


 ビニートスはそう言いながら、リリアーシアのマスクをテーブルに置いた。


「それは一体なんですの?」


 ナルシリスは不審げに尋ねた。

 マスクを手に取るでも無く、ただ一瞥しただけだ。

 このマスクは何なのか、なんでコレが土産なのか?という不満感が声に滲み出ていた。

 ビニートスはナルシリスの無礼な態度に怒るでもなく、冷静に対応する。


「これは、私めが頂いたリリアーシア様の形見の品でございます」


「リリアーシア様の形見?」


 驚いた表情をするナルシリス。


(まったく、臭い演技だぜ)


 思った事を表情に出すこと無くビニートスはこのマスクを手に入れた経緯を説明する。


「リリアーシア様お可哀そうに。そこまで思いつめて……」


(追い詰めた一番の張本人がよく言ったものだ)


 ビニートスはハンカチを目元にあてている目の前の悪女の演技を冷めたい目で見ていた。

 あくまでリリアーシアは自殺で有ることを強調し、ビニートス自身に罪が無いようにした。

 それはビニートスの保険であったが、それが裏目に出た。


「それで……どうしてリリアーシア様の形見が土産になるんですの?それは貴方の物でしょう。私には必要の無いものですわ」


 突然の冷たい一言だった。

 その言葉は流石にビニートスを慌てさせた。


「もうリリアーシア様はこの世におりません。それが私の土産です。マスクはその事を示しているに過ぎません」


「リリアーシア様の死が私への土産……貴方は何を言っているの?百歩譲って彼女の死が土産だとして、ソレに関して貴方は何をされたのかしら。彼女を死を只利用しようとしているだけではありませんこと?」

 

「……それは」


「彼女の死を利用し彼女を侮辱するなど彼女の親友として到底許せる事では有りませんわ。ですがリリアーシア様はお優しい方。護衛騎士だった貴方を処罰することは望まないでしょう。ですからお話はこれまで。もうお引き取り下さらないかしら」


 言うなり、席を立ち扉に向かって歩き出すナルシリス。

 ビニートスも立ち上がり、部屋を出ていこうとするナルシリスを留めようと必死になった。

 そして必死なあまり、思わず叫んでしまった。


「俺が、俺だからこそ、このマスクを手に入れることが出来たんだ」


 その叫びに、ナルシリスの動きが止まる。

ビニートスに背に向けたまま必死な哀れな男に質問を投げる。


「つまり、貴方はリリアーシア様の自殺に関係があると」


「ああ、そうだ」


「私にとってリリアーシア様がが邪魔な存在なので貴方が私の為に彼女を自殺に追い込んだ、そう言いたいのかしら」


「そういう話だっただろう。お察しの通り俺があの女を陥没湖に突き落とした。落ちたものを全て沈めてしまう魔の陥没湖にな」


 ビニートスの運命はこの瞬間に決まった。

 ビニートスは気付かない、今背を向けている女が声のない冷たい笑いを浮かべていることに。

 他人に見せることのないその笑みはビニートスへの嘲笑。

 極めて邪悪な笑みだった。


「………そう」


「判って頂けたか」


「貴方の処遇については王宮に裁可をいただきますわ。では御機嫌よう」


 そう言うとナルシリスは部屋を出ていった。

 去り際、控えていた執事に後を任せると伝えていった。

 その様子に安堵するビニートス。


(脅かしやがって。忘れるなよ、あんたと俺は共犯関係なんだ。貴族殺しは死罪。俺の破滅は同時にあんたの破滅だ)


「ビニートス様、客室にご案内致します。本日は当家にお泊りくださいませ」


 執事にそう言われ、ビニートスは素直に従った。

 早いうちにこの屋敷に慣れた方がいいと思ったからだ。



◇◆◇



 ビニートスは最高級の軍服を着ていた。

 近衛騎士隊所属を示す青地に白のラインが入った軍服。

 その軍服を身にまとったビニートスは高揚感に包まれていた。

 隣に居るのはナルシリス。

 王妃の座る椅子に腰を掛けている。

 王妃の隣、王の椅子に座るのはアレクシス。

 ここは王宮の謁見の間で、ビニートスは王妃の護衛騎士として王妃の隣に控えているのだ。

 今、王に謁見を許されているのは、かつての主だったフェリス公爵だ。

 フェリス公爵は跪き頭を垂れている。

 勿論、王に対してそうしているのであって、ビニートスに頭を下げている訳ではないが、それでもビニートスは優越感に浸っていた。

 理由は判らないが公爵は王から厳しい叱責を受けていた。


(なんだか判らんが、いい気味だぜ) 


「陛下、ご慈悲を……」


 そう言おうとする王妃ナルシリスに急ぎ耳打ちする。

 

「我が主、公爵の肩をもってはなりませぬ」


 自身の意見を受け、発言を止めたナリシリス。


(そうだ、これだ、この瞬間を待っていたんだ。なんて最高なんだ)


 


 そこで、ビニートスの意識が覚醒してきた。

 

(あれ?夢か……そうか夢か………)


 最高の夢から現実に引き戻されていく。

 意識がハッキリしていくにつれ、違和感を覚えた。


 昨日は豪華な夕食を客室で堪能し、酒も上等なものをガブガブ飲んだ。

 そしてふかふかなベッドにダイブして……

 

 そこまで考えて、違和感の正体に気付いた。

 床が固い、そして冷たい。

 どうしたことか、ベッドから滑り落ちてしまったのだろうか。

 

「あたた」


 体のあちらこちらが痛む。

 痛む体を起こし、辺りを見回してみた。

 暗かった、そしてとても臭い。

  

「ここは?」


 ビニートスの問いに返事は無い。

 石の床、石の壁、ベッドや家具は何も無い。

 有るのは布切れ一枚と便器、そして鉄格子だ。


(俺は、あの女の屋敷に泊まったはずだ。何故こんな所に?)


 冷静になり、此処が牢屋の中だという事に思い至った。 

 そしてその結論に至った時、パニックになった。

 

(なんだ? どういうことだ? 何故こんな場所に入れられているんだ)


「おい、誰か! 誰かいないか!」


「煩いぞ静かにしろ。罪人が」


 牢番らしき男がやってきて、鉄格子の向こうに立った。


「罪人だと、ふざけた事を抜かすな!」


 ビニートスは右手を振りあげようとしたが出来なかった。

 両の手首には互いに短い鎖で繋がれた鉄のバンドが装着されていた。

 よく見れば両の足首にも鉄のバンドが付けられていて、それぞれのバンドは鎖を介して鉄球が繋がっている。


「ぐ、」


「おとなしくしていろよ」


 ここに至り、ビニートスは自分が嵌められたことを悟った。

 しかし、もし自分が戻らなければ、王太子の元に届け物が行くように手配してある。

 その事をネタにナルシリスと交渉するしか活路はない。

 先ずは性格な情報が必要だった。

 

「おい!おまえ、ここはどこの牢だ?」


 目の前の男は、憮然としていた。


「ずいぶんと偉そうだな、罪人。先ずは口の聞き方を覚えてもらおうか」


 そう言うと、牢番は何かを呟いた。

 その瞬間、ビニートスの両手両足に嵌められたバンドが重くなった。

 とても持ち上げられる重さでは無く、強制的に肘と膝を床についた状態で四つ這いの状態にさせられた。

 

「な、なにをする!」


「生意気な罪人には躾が必要だろう?」


 そう言うと牢番は壁に掛けてあった身の丈程の棒を手に取り、牢の中に入ってきた。


「ぐあ!」


 入るなり、棒でビニートスを打ち据えた。


「貴様!こんな事をして許されると」


「やかましい、罪人が」


 牢番はビニートスを滅多打ちにする。

 痛みに悲鳴を上げるが、牢番による躾は終わらない。

 何度も打ち据えられた背中は黒くなり、ところどころ血も滲んでいく。

 やがて、ビニートスは静かになった。


「そうやって最初からおとなしくしていればいいんだよ」


 牢番は満足して牢を出でる。 


「まあ、ここがどこか位は答えてやろう。ここは王宮の牢だ。判ったか罪人」


 それだけ告げて牢番は去っていった。


(王宮の牢……だと……、酒に睡眠薬でも入って………)


 ビニートスは痛みのあまり、そこで意識を失ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る