7.闇の中で

 陥没湖に飲まれ意識を失ったリリアーシア。

 彼女が意識を取り戻した時、重力を感じず自らが浮かび漂っているような感覚だった。

 辺りを見回そうとも真っ暗で何も見えない。

 自らの姿も確認出来ないほどだ。

 ただ意識だけが存在し、他は何も無い。

 


 ここは……


 暗い……何も見えないわ。

 

 何も聞こえない。


 苦しくもない。


 でも寒いわ。


 とても寒い。


 私は……


 そうだ……そうだったわ………


 あぁ私は死んだのね。


 愛していたアルドリヒ様に……親友だと思っていたナルシリス様に……兄の様に思っていたビニーに……信じていた人たちに裏切られて……私は殺された……


 ここは、死後の世界………

 だから……暗くて寒い………



 でも、もういいわ………


 ここはとても静か。


 それにここでは私は顔を見ないで済むわ。


 苦しくもない。


 だから……心を閉ざして………


 何も思わず……

 

 何も感じず……


 静かに………ずっと眠ればいいのだわ………


 おやすみ……なさい…………


 

 何もない闇の世界で意識を取り戻したリリアーシア。

 しかし、初めハッキリとしていた意識も自ら閉ざし、闇に溶け込んでいった。

 

 どれほどの時間が経過したのかはわからない。

 時間の流れすら意識できない場所だ。

 突如リリアーシアを呼ぶ声が響いた。


『リリアーシア……』



 ………………………………………………………誰?



『リリアーシア……』



 ………誰なの?……………何故…………私を呼ぶの? 



『悔しくないのか?……リリアーシアよ……』



 私は……もう眠りたい………それだけ……………



『憎め………恨め………そうすれば………』



 ………そうすれば?



『……力を………力を与えよう……………復讐を……………』



 ………復讐……………



『……そうだ……………復讐だ……生き返り………お前を裏切った者たちに……罰を…………』



 ……私は…………もう…………



『契約しろ…………誓え……………………そうすれば……お前は……』


 ………私……リリアーシア……………は………


『そうだ………契約しろ………恨め………憎め…………復讐しろ…………』




 ………私は…………復讐…………



『そうだ………憎いだろう?…………………お前を貶めた者共に復讐したいだろう?…………』



 ………………いらない………………………



『なん…だと…………』


 要らないわ………そんなもの………………私は………望まない…………

 

 ………私が欲しいのは………身を焦がす炎じゃない…………………


 ……私が欲しいのは暖かな…………



『光』


 

 あ、何? 温かい…………… 私の言葉が光る……

 とても優しい…………温かい光に包まれているわ…………………


 温かい……今度こそ眠れそう……………

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 突如リリアーシアの視界に光が飛び込んで来た。


(ここは?)


 リリアーシアは気がつけば目を開いていた。

 目を覚ました様だった。


 リリアーシアの目には、どこかの部屋の天井が映っている。

 彼女は記憶を探ってみたが無駄だった。

 何故見知らぬ部屋で寝ているのか?

 ビニートスに裏切られ、あの『奈落湖』に落とされたはずだった。


(私はあの湖に落とされて……助かったの?)


 リリアーシアは不思議に思うが、湖に落とされて以降の記憶は定かでは無かった。


(陥没湖に落とされて……沈んでいって……もがいて、苦しくて、意識を失った後、なにか夢……を見ていた気がするのだけど、思い出せないわ)


 夢の中で何かと会話していた気がするものの、どうしても思い出せ無かった。

 

 取り敢えず状況を確認するべく、リリアーシアは身を起こして自身を確認してみた。

 今までベッドに寝かされていた様だ。

 そして服は修道衣では無く、貫頭衣のような服を着せられていた。

 下着も自分の物ではなかった。

 胸もお尻も少しきつい。

 状況は不明だが、兎も角生きているのは判った。

 ただし、この部屋に一切見覚えも無く、ここにいる事情も判らない。


(全て……夢だった……のかな?)


 わからないが、なにか手がかりは無いだろうかとリリアーシアは部屋を見回した。


 部屋はさしたる広さも無く質素な感じだった。

 1人用のベッドとさほど大きくないテーブル、椅子は2脚、そして壁に鏡が掛けてある。

 それぞれ高級感は無いので貴族所有の物ではなさそうだ。

 また、ベッドの脇にカゴが置いてあり、中には何か衣服が入っている。 

 窓を見れば、見える景色は森だった。

 とはいえ、特徴が有る景色でも無く、場所の特定には至らない。

 森などいくらでも有る。

 リリアーシアはその事はさして気にならなかった。

 むしろ鏡が気になった。 

 

 リリアーシアはゆっくりと立ち上がってみる。

 少しふらつくものの、なんとか歩けた。

 そして鏡の前まで行く。

 彼女は視線を床に落とし、鏡を覗き込まないようにしていた。

 もう少しで鏡の前というところで立ち止まった。

 そして暫く躊躇した後、恐る恐る鏡の前に立った。


 リリアーシアには もしかしたら今までの事は全て夢では無いか、という淡い期待があった。

 鏡の前立ったものの、目はきつく瞑られている。

 1分位そうしていたが、意を決したのかゆっくり目を開く。

 鏡に映る自身の顔。

 その顔をじっとリリアーシアは見つめて、そして、リリアーシアはため息をついた。

 鏡に写った顔は火傷を負ったままだった。


(やはり夢ではないわよね……でも命が助かったのだから、それ以上は高望みかしら)

 

 リリアーシアはベッドに腰を掛け今後のことを思案する。

 ふと、カゴに目をやると中に入っているのは、リリアーシアの修道衣だった。

 修道院に向かっていたのも、陥没湖に落とされたのも事実なのだとリリアーシアはあらためて思い知らされたのだった。


(私は陥没湖に落とされた。でもこうして生きている。きっと誰かが助けてくれたのね。

 助けてくれた方になんてお礼をすればいいのかしら。でもお礼になる様な物は何一つ持っていないし。

 今は感謝を伝えることしか出来ないけど、恩義には必ず応えなければならないわ)


 失われたはずの命が、こうして有る。

 助けてくれた方への恩を返したいという想いが、彼女に生きる意味を与えた様だ。

 リリアーシアの瞳には『生きよう』という意志が宿っていた。


(その為にも先ずは一人で生きて行ける様にならなくてはね。

 リリアーシア・ティアリ・フェリスはもう死んだのよ。それに、もしまだ生きていると知られたら、きっとまた命を狙われてしまう。だから修道院に助けを求める訳にはいかないわ。

 隣国に出るにしても身分を証明出来ないし、顔を隠しながらひっそりとこの国で生きていくしかないわね。

 出来ることを探してコツコツとでもお金を貯めて、助けてもらったお礼にしましょう)


 そうリリアーシアの考えが纏まった時、扉が開いた。

 

 入って来たのは老人だった。

 腰が曲がってはいないもの、杖を突いている。

 身長はリリアーシアよりも低く小柄だ。

 頭髪が無い代わりでは無いだろうが、長く見事なアゴ髭を蓄えている。

 そのアゴ髭は真っ白で高齢だろうと伺わせた。 

 あまり透明度の高くない瓶底眼鏡をしていて目は確認しづらい。

 正直この眼鏡で前が見えるのかは疑問が残る。


「おや、目覚めなさったか。これは失礼した」


 老人は、リリアーシアが起きてるのを見て、そう穏やかに言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る