6.ある少女
話はリリアーシアが公爵領に戻って数日後に遡る。
場所は学院の女子寮のある少女の部屋。
そこには、ベッドの上で唸る少女がいた。
彼女の名はミンティテリス。
リクシフォン男爵家のご令嬢だ。
にこやかに振る舞えば愛くるしく、男は庇護欲を掻き立てられる。
そんな少女が、今は眉間にシワを寄せて唸っている。
今、部屋に彼女以外いないのが救いである。
独り言を言う癖があるのか、ぶつぶつ呟いている。
貴族令嬢としてはどうかと思うが、ミンティテリスはそんな事を考える余裕はない。
極めて深刻な事態に陥っていたからだ。
「おっけー、えーと、落ち着くのよ私」
(私は明日の期末試験に備えて徹夜で勉強して気がついたら……変な世界にいる……これは夢ではないのかしら……私が私でない私になっていて……)
少女は、おもむろにベッドから降りると姿見の前に立った。
鏡に映る自身を見つめる。
「この姿……どこかで…うーん記憶があるのも不思議な感覚だけど…この私って……」
少女には2つの記憶があった。
ミンティテリス・リクシフォン男爵令嬢としての人生の記憶と、女子高生 神埼愛衣としての記憶。
現在の自我は神埼愛衣だ。
しかし、ミンティリスの人生の記憶も確かにあり、今まで歩んできた人生で嬉しかった事、悲しかった事、様々な記憶が嘘だったとは思えなかった。
かといって神埼愛衣の記憶もまた嘘とは思えない。
どちらも確かに自分の人生という確信がある。
兎も角、変な感覚なのである。
「これって、所謂、異世界転生ってやつかしら。ということは私って徹夜勉強で死んじゃったの? でも、もしかすると乗り移りで元の世界に帰れる可能性も……でも、」
(覚醒したの今って遅すぎない?)
15歳目前で意識が覚醒されても困る。
どうしていいか判らないのである。
(にしても、どこかで見た容姿なのよねー)
自らの姿を前世?神埼愛衣の時にどこかで見ている気がする。
それがとても重要な事の様に思える。
普通には考えられないピンクのふわふわした髪。
(アニメみたいな髪………もしくはゲーム………)
「あ!」
ゲーム、ゲーム、そうだゲームだ。
ひっかかっていた事に答えを得てスッキリするミンティテリス。
割と大声を上げたミンティテリスだったが、そこは貴族の子女の為の寮、防音がしっかりしている。
もっともミンティテリスは部屋の防音なんて考えたことも意識したこともない。
寮暮らしのミンティテリスだが、実家は外れの方ではあるが一応王都内にあるので通学も可能だった。
実家の経済事情も悪くはない、ミンティテリスには歳の離れた姉がいるが、姉もこの学園を卒業させてもらっている。
通えない距離では無く、馬車を出しても貰える。
実際、姉は実家から通いで登校していた。
にも関わらずミンティテリスが寮に入ったのには理由が有る。
神埼愛衣の時と同じく1秒でも長く寝ていたかったからである。
ハッキリ言って残念少女だった。
やはり同じ魂の人物と思われる。
(で、なんのゲームだったかな?)
ゲームの世界に転生とか実際に起こるとは信じられないが、鏡に映る自分を見れば見るほど、記憶にあるゲームのキャラに見えてくる。
ゲームの世界に転生したのなら、なんのゲームなのか、そしてそのゲームの攻略法を思い出せれば、これからの人生をより良いものにできる筈だ。
ミンティテリスはベッドにダイブし、寝転がって大の字になると再びベッドの上で唸りだす。
残念少女モード全開なっている。
「うーん」
喉も元まででかかっているもどかしさ。
「ろくでもないゲームだったような……」
ろくでもないゲーム、これが呼び水になり、ミンティテリスの脳内にあるゲームのタイトルが降りてきた。
「そうだ『令嬢様 Dead or Love』だよ」
そしてタイトルを思い出し愕然とした。
あまりの理不尽さに投げてしまったゲームだったから。
当然、ハッピーエンドに至る方法など判らない。
途中で本当に文字通り円盤にして投げたから。
何故そんな事になってしまったのか?
ミンティテリスはこんな世界に呼び出した
それは主人公や攻略キャラや友人キャラを含めて死亡トラップが異常に多いゲームだったからである。
例えば、どのルートでも悪役令嬢と敵対する、というか目を付けられ様々な虐めに会うのだが、その中の一つに階段から突き落とされるというものが有る。
普通のゲームならイベント一つだが、このゲームでは頭の打ちどころが悪く死んでしまうのである。死亡を回避するには条件を満たす必要があるのだがそれが判らない。
そんなデストラップが満載なのである。
神埼愛衣はどのルートでも何度やってもこのトラップを回避できず、ゲームのディスクを投げる事になった。
(因みに、攻略中の攻略対象が死んでしまうなんて事もザラである)
それに通常主人公の令嬢は聖女だったり何か特殊な力を持っているものだが、このゲームに限って言えばそんな設定は無い。
いや、一応有るといえば有るのだが、そのままでは殆ど意味はない。
主人公は貴族なので魔法を使えることは使えるが、得属性は水でしかもさして強い力では無かった。
その事実に思い至り青ざめるミンティテリス。
「よりによって なんでこのクソゲームなんかに……」
呟いてみたところでどうしようも無い。
転生しているのは現実なのだから。
仕方がない、ということで気を取り直して覚えている限りの攻略情報を記憶から引っ張り出す。
攻略キャラの中で最も主人公令嬢の死亡トラップが満載なのは確か王太子である。
次に悪役令嬢への接触も危険。
というか、このゲームは悪役令嬢がやたら強い。
無敵かと思うくらいに。
更にこのゲームの攻略対象は5人、内2人が女性で百合エンドという開発者の精神を疑いたくなる設定だった。
因みに攻略キャラは王太子、第2王子、公爵令嬢、公爵令嬢の護衛騎士、悪役令嬢である。
悪役令嬢が攻略対象なんて斬新過ぎる設定だ。
「こ、こうなったら、死亡率がともかく高い王太子と悪役令嬢との接触は絶対避けて、できれば誰とも結ばれない方向で1年を乗り切るしかないよね」
ゲームは15歳になったときからの1年間。
ともかくヘタレ令嬢の行動方針は決まった。
誰とも結ばれないのはゲームとしては最も面白くないエンディングだが、なにせ命が懸かっている。
生き残る為に最も無難だろう選択をする。
その選択で生き残れるかは判らないが、イベントを起こさなければ生存率は高くなる筈と信じたい。
しかし彼女は知らなかった。
友人に勧められて(むしろ嫌がらせ)買ったこのゲームはサバイバル恋愛シミュレーションと銘打たれ、全エンディングの内、主人公の生存パターンは1%にも満たないということを。
誰も選ばないルートなど実は存在しないということを。
そして現時点で、公爵令嬢、公爵令嬢の護衛騎士が学園から去ってしまっていることを。
更に、悪役令嬢の魔の手が第ニ王子に迫ろうとしていることを。
ヘタレ令嬢の選択がどう影響するのか、この時点で予測できる者はいない。
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