2.婚約破棄
リリアーシアは怪我をしたその日から、王都の公爵邸で静養を取っていた。
リリアーシアの父母は基本領地にいて、登城の際だけ王都の邸宅を利用する。
従って、現在王都の学院に通うリリアーシアのみが住んでいた。
怪我により学院を休み、既に5日。
リリアーシアは今、化粧台の椅子に座り、鏡に映る自分を見つめている。
写っているのは右半分が火傷で爛れた顔。
リリアーシアの手が白く優しい光を放つ。
それは
治療系魔法といっても色々系統がある。
大まかには、体力回復系、解毒系、外傷治療系、内疾患治療系、病気治療系、精神治療系、麻酔系などがあり、更に系統ごとに目的別の細かい魔法がある。
今、リリアーシアが使用している《火傷治療》は外傷治療系の魔法である。
リリアーシアは努力の甲斐あって、光属性の魔法に関して学院一の才と認められるまでになっている。
光る手を顔にあてる。
しかし、何度試しても結果は変わらなかった。
「どうして……」
何故治らないのか?
火傷の痕など、《火傷治療》の魔法で綺麗に無くなるはずだった。
リリアーシアは不安になった。
火傷をした当日と翌日、王太子アルドリヒは見舞いに来てくれた。
しかしそれ以降、ぱったり来なくなったのだ。
「私の愛は変わらない。だから安心してくれ」
アルドリヒは、顔の火傷を見てもそう言ってリリアーシアを励ました。
リリアーシアは申し訳ない気持ちでいっぱいなった。
自身の不注意で王太子、ひいては王国に迷惑をかけているのだから。
しかし、彼女は魔力が暴走した原因が今でも判らなかった。
完全にコントロール出来ていた筈だった。
(お忙しい方だから……当日は眠っていて失礼したのに、翌日励ましても下さった。いつまでも甘えられないわ)
親友のナルシリスが見舞いに来てくれない事もリリアーシアは不安だった。
(私の魔法が暴発した時、真っ先に駆けつけてくれたのはナルシリス様と聞いたわ。どうして会いに来てくれないのかしら)
◇◆◇
顔半分を隠すマスクが完成し、リリアーシアは数日ぶりに登校した。
貴族子女の通う学院の中でも名門中の名門、王立魔法学院。
高位貴族の子女が多く、侍従や侍女を伴って通学する者も多い。
リリアーシアもその一人で今日も専属侍女のメリスを連れている。
因みに、侍従や侍女は授業中は控室で待機している。
リリアーシアが火傷を負った時、メリスが直ぐに駆けつけられなかったのは控室にいたからだった。
教室内に入ったリリアーシアは、直ぐに違和感を覚えた。
それは彼女の勘違いでは無かった。
皆の態度があからさまに、よそよそしくなっていた。
リリアーシアから挨拶をしても、返事のみで直ぐに去ってしまう。
大親友のナルシリスならと、リリアーシアは教室を見渡すが姿は見えない。
ナルシリスは欠席の様だった。
(皆、あんなに仲良くしてくれたのに、どうしてそんなによそよそしいの? どうして視線だけで声を掛けてくれないの? ヒソヒソ話はなんの話をしているの?)
午前の講義が終わると、リリアーシアは全員が教室から出るのを待ってみた。
しかし、彼女に話しかける者は誰も居ない。
皆がそそくさと教室を出ていく。
リリアーシアは涙が出そうになるのをなんとか堪えた。
王妃になる者は例え己一人で敵に囲まれたとしても毅然とした態度で臨まなければならない。
そう教えられているから。
皆の態度の変化は顔の怪我と関係在るのか、リリアーシアは判らない。
漠然とした不安を感じながらもリリアーシアは、侍女のメリスを伴って食堂に向かった。
そこには、アルドリヒがいるはず。
いつもそこで一緒に談笑しながら食事を摂るのが二人の決まり事であり、リリアーシアにとって尤も掛け替えのない時間だった。
王太子アルドリヒの元に向かうその途中で彼女は最も見たくない光景を目の当たりにしてしまった。
午前の講義には居なかったナルシルスがアルドリヒの向かいの席に座ったその光景を。
その席は今までリリアーシアの場所だった。
ナルシリスは休みではなかったのか?
どうして、王太子の向かいの席に座ったのか?
状況を理解できないリリアーシアは言葉を発する事が出来ず、2人の前で立ち止まってしまった。
「ナルシリス様これはどういう事でしょう?」
見かねたのか、そう切り出したのはメリス。
「まぁ 侍女に聞かせるなんて。リリアーシア様こそどういう おつもりかしら」
食堂中に聞こえるように声を上げるナルシリス。
「そんな、
「リリアーシア様、貴女様はその醜いバケモノの様なお顔同様、お心もさぞ醜いのでしょうね」
「ナルシリス様 貴女は気でも違ったのですか」
強い口調で批難するメリス。
ナルシリスの発した言葉をリリアーシアは一瞬理解できなかった。
ナルシリスは一番の親友で、彼女がそんな事を言うはずがない。
メリスがナルシリスに向けた批難の声もリリアーシアには聞こえていなかった。
しかし次の王太子の一言が、リリアーシアを容赦なくどん底に突き落とした。
「無礼者め。侍女の分際で将来后になるナルシリスに向かって言っていい発言ではない。リリアーシア、お前の差し金か」
「ア、アルドリヒ様?」
耳を疑った。
アルドリヒは将来の妃はナルシリスと言った。
リリアーシアは理解を拒否し思考が止まる。
そんな抵抗もアルドリヒの容赦のない罵声に砕かれてしまう。
「醜い顔で私の名を呼ぶなバケモノ。お前との婚約など破棄に決まっているだろう。顔だけでなく頭も悪いな、馬鹿女めが」
リリアーシアは目の前で激しく、罵り声を上げる人物が王太子だと信じられなかった。
リリアーソアが知るアルドリヒは優しく思慮深く、思いやりのある人物の筈だ。
「お許し下さいませ」
恐ろしく豹変した王太子に、そう言うのがリリアーシアの精一杯だった。
「ふん、まあいい。お前との婚約は破棄してナルシリスと婚約する事になった。私は忙しいのだ。二度とその顔を私に見せるな」
「私も急遽、特別授業を受ける事になりましたのよ。ですからバケモノに構っている暇は在りませんの。バケモノはバケモノらしく人の居ない所に行ってくれませんこと」
ナルシリスは扇子で口元を隠しているが、その口元は嘲りの笑みを浮かべているのは明らかだった。
リリアーシアは親友と思っていた者の言葉に耐えきれなくなり、食堂を飛び出してしまった。
無作法にも走ってしまった彼女の背後から、大勢の笑い声が上がったのもリリアーシアの心を深く傷つけた。
リリアーシアは午後の講義を欠席した。
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