婚約破棄された令嬢はエロジジイとコンビを組む

丁太郎。

1.不幸な事故

 ここ、ストロンシア王国は同盟関係にある大小15からなる連合国家郡の中で、5本の指に入る軍事力と経済力をもつ。

 連合の盟主国で南方の隣国のアークサンド帝国には頭が上がらないもの他国より侮りを受けることもない、そんな国だ。


 その王国のフェリス公爵家令嬢リリアーシアは13歳の時、同じ歳のストロンシア王国、第一王子アルドリヒの許嫁となった。

 以降、彼女は后となるべく、特別な教育を受けた。

 貴族の子女が通う学院での生活で、通常の授業後にお后教育の時間があり、ほぼ休みの無い日々を過ごしていた。

 同じ学院に通う第一王子もやはり忙しく、一緒に過ごせる時間は昼食時に限られた。

 その僅かな時間だけだったが、優しく、丹精な顔だちのアルドリヒに、彼女は直ぐ恋に落ちた。

 だから、自身の意思では無い婚約でも不満を持たず厳しい后教育を頑張れた。


 リリアーシアはもともとおっとりしており、学業にしろ礼法にしろ平均より少し低い位だった。

 妃となるなら、それでは済まない。

 従って、リリアーシアは教育のみならず、通常の学業においてもトップレベルの成績を要求された。


〝アルドリヒ様の隣に立つのに相応しい女性になって生涯が支えていこう〟


 強い決意でリリアーシアは臨みひたすら努力した。

 その努力は実を結び、15歳になるまでには学業はトップレベルに、お后教育においても文句の出ないレベルに達していた。


 さて国の貴族籍を持つ婦女は満15歳になると、その年最初の王国主催舞踏会でデビュタントする習わしになっている。

王国主催の舞踏会は国内全ての貴族家が出席し、国外からも多くの来賓を呼ぶ豪華で盛大な催しである。

 リリアーシアも15歳になった年、社交界デビューを果たした。

 通常、デビュタントのエスコートは父親や兄妹、親族がする事になっている。

 しかし、リリアーシアのエスコートは国の思惑も在り第一王子アルドリヒになった。

 純白のドレスに花飾りというデビュタント伝統のドレスを纏いファーストダンスをアルドリヒと踊った。

 緊張しているリリアーシアをアルドリヒは上手にリードしてくれ、踊り終わった時には拍手が鳴り止まなかった。

 リリアーシアが社交界デビューをした事を受け、正式に王太子と公爵令嬢リリアーシアの婚約が発表された。

 多くの人々に祝福され、リリアーシアにとって最も輝ける日であった。


 それから月日は流れ、現在リリアーシアは17歳。

 金色の髪は艷やかでストレートロング。

 蒼い瞳は澄んだ湖を連想させ、シミ一つ無い白い肌はまるで天使を思わせた。

 誰もが見惚れる美しい少女に育ったリリアーシア。

 誰も彼も、本人さえも后になる事を信じて疑わなった。

 相変わらず忙しいが、充実し、幸せな学園生活も残すところ1年。

 6年制の学院もついに来年で卒業となる。

 卒業と同時に国を挙げて盛大な結婚式を挙げる事が決まっている。


 アルドリヒは数ヶ月前に正式に王太子になっていた。

 このまま行けばリリアーシアは王太子妃になり、やがては王妃になる未来が待っている。



 そんなある日の事。

 その日は魔法の実習だったが、そこで不幸な事故が起きた。

 その事がリリアーシアの運命を大きく変えることになる。


 その日の魔法の実習は、魔法で作った火球を的に当てるという内容だった。


 貴族は魔力を持つものが多い。

 それはこの国の成り立ちに関わる話だが、兎も角この国の貴族で魔法を使えない者は、ほぼ居ない。


 魔法は主に6つの属性があり、個人により適正属性が異なる。

気性がおっとりしている事に関係有るのかは不明だが、リリアーシアは光属性魔法が得意だ。

 尚、光属性は治療、回復、浄化、能力強化などが主体の魔法である。

 とは言え、リリアーシアにも難易度の低い《火球》くらいは扱えた。

 《火球》は言うまでもなく炎属性魔法である。

 不幸な事故は彼女が《火球》を放った時に起こったのだった。


 リリアーシアが作った《火球》は、的に向かって飛び出さずにその場で暴発した。

 そしてリリアーシアは酷い火傷を負った。

 火は衣服に燃え移ったが、直ぐに消し止められ、リリアーシアは医務室に運ばれた。


 貴族の子女が通う学園ともなれば医者の腕もよい。

 回復の魔術が直ぐに施され火傷の痕も無くなった。

 たった一箇所を除いては。

 ただ、そのたった一箇所が大問題だった。

 顔だったからだ。

 顔の右半分が火傷で爛れ、どんなに回復の魔法をかけても治ることが無かった。

 

 事故が起こった時、教員、生徒達は慌てたが、その中にあって唯一、真っ先にリリアーシアの元に駆けつけ、火を消したのは、親友である侯爵令嬢ナルシリスだった。


 リリアーシアは自身が置かれた立場と、持ち前の雰囲気、人当たりも良さで人気があった。

 友人の多いリリアーシアだが、一番の親友の名を問われて挙げる名前はナルシリスだった。


 ナルシリスは真っ先にリリアーシアの元に駆けつけた。

 真っ先に駆けつけたからこそ、彼女が悪意ある笑みを浮かべていた事に気づく者は誰一人としていなかった。



◇◆◇



「……………ん………んん……ここは……」


「お嬢様、お気づきになられましたか」


 リリアーシアが気がついた時、ベッドに寝かされていた。

 彼女が最初に見たのは、リリアーシア専属の侍女メリスの顔だ。

 リリアーシアは不思議だった。

 魔法の実習中だった自分が何故寝かされているのか、メリスが何故泣いているのか。


「メリス、なぜ泣いているの?それに私は一体……」


「リリアーシア様、今は何も考えずにお休み下さい」


「そうね。そうさせて貰うわ。何故かとても眠いの。貴女の心配事が無くなるように……祈る……わ……」


 そう言ってリリアーシアはまた眠りについた。

 眠ってしまったのはメリスが風属性の魔法の一つ、《誘眠》をこっそり使ったからだったが、リリアーシアは気づかなかった。

 メリスはリリアーシアの優しい言葉に更に心を痛めた。


 こんなにも心優しいお嬢様になぜ神はこんな仕打ちをなさるのか、メリスはそう思うと、あふれる涙を堪える事が出来なかった。

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