最終戦

かなやわたる

第1話

「さてと。じゃあ裏大杉杯最終戦、始めますか」


 藤田は机の上に緑色のマットを敷くと,その上に石のようなものをバラまいた。机を囲むように4人が集まり、それぞれ石をジャラジャラと転がすと自分の前に積み上げていく。


「俺らって大学入ってから何回くらい麻雀してきたんだろうな」

「さあなー、メンツもこの組み合わせだけじゃなかったし。けど合計したら結構な数いってるのは間違いない」


 藤井が放ったサイコロの目を皆でのぞきこむ。俺最初の親あんま好きじゃないんだけどなあ、と言いながら高橋がサイコロを手に取り再度放った。出た目を見たあと、四人は積み上げた山から石を4つずつ順番に取り、それぞれの手前に持ってくる。それらを立てたかと思うと、一斉にそれらを並べ変え始めた。音が止むと、部屋には沈黙が流れていた。


「ん、高橋?親お前だけど」

「んー、ちょい待ち。悩みんぐ」

「早すぎだろ」


 後藤は呆れた顔になった。高橋はしばらく唸ったかあと、これでいっかとひとつの石を自分の前に出した。


「考えた割には普通の牌切るのな」

「まあまあまあ」


 それを皮切りに、4人は順番に石を自分の前に並べ始める。


「今回が最後になるわけだし、なんか思い出話でもしますか」

「いいんでない。じゃあ藤田からどうぞ」

「俺からかい。まあ言い出しっぺですしいいですけど。そうだなあ、俺の印象に残ってる思い出はあれだな、2年の夏に行った高知旅行」

「また序盤だな。でも印象には残るか。あれだよな、ルーレットで行ったやつ」

「そうそう、47都道府県でルーレット回して出た県に行こうってやつ。高知が出たときの賛否両論がやばかった」

「出た県行こうって言ってたのにな」

「それな。でなんやかんやあって最後に出た県にするぞっつってルーレット回した結果高知が出たんよな。あれは今考えても運命だった」

「え、そうだったんだ。知らんかった」

「高橋は行き先決まってから誘ったからな。あ、それロン」


 藤田は、2000点だなという言葉とともに自分の前に立てていた石たちを前に倒した。まじかーと口を尖らせながら高橋は2本の棒を藤田に渡した。そして4人は再び石をジャラジャラと転がし始める。これの繰り返しである。この時間と学食で並んでいる時間ほど無駄なものはない、というのは藤田の口癖であったが、後者はともかくとして、頭を空っぽにできるこの時間を、俺はそんなに嫌いだと思わなかった。


 机の上が数分前と同じ状態になると、今度は藤田がサイコロを放った。それぞれの前に石たちが立てられると、先ほどの高橋とは違い、藤田はすぐにひとつの石を前に出した。


「えーっと、なんの話だっけ」

「高知旅行の話だろ」

「そうそう。でもなんだかんだ楽しかったよな。川下りできたし、おいしいもの食べれたし」

「まあ確かに。行く気のなかった場所に行くってのも新たな発見ができていいかもしれないってことだけは学べたわ。あと高知は電車での移動がかなり疲れるってこともか」

「「それな」」


 藤田と高橋の声がそろった。


「じゃあ俺は話したから次は後藤な」

「えー俺かよ。えーっと、あーあれ、3年の夏の富士登山」

「また旅行かい」

「うるせーなー高橋。だって4年間での思い出だぜ?旅行なんて出がちなもんだろ」

「まあそれもそうだなー。続けてどうぞ」

「あれは全部やばかったな。現地集合現地解散に行きは鈍行だっけか。で集合したら富士登山か。あストップ。それポンだった」

 後藤は藤田の前に置かれた石と自分の石を横に置き、少し悩むそぶりを見せると、ひとつの石を自分の前に並べた。

「えーっとなんだったけ。あそうだ。富士登山な。あれはただおもしろいだけだったな」

「なんなら富士山登れてないしな」

「そういやそうだったな。台風だっけか」

「そうそう。思えば俺あの時期台風に予定崩されまくったんだよなあ。富士山は登れないし、実家には帰れないしで」

「俺は富士山登った気でいるけどな」

「藤田は前の日に伏見稲荷行ってたからだろ。前日からよくやるなって思ってた記憶あるわ」

「あれは意外にきつかったとです。と言いつつポン」


 藤田は楽し気に自分の石を2つ倒す。文字の書かれた石だった。他の人間は対照的に嫌そうな顔を浮かべた。


「まったく調子よさそうだな。どうしたもんか」

「そういう後藤も張ってるように見えるけど?」

「どうだかな」


 後藤は自分の石をしばらく眺めて小さくため息をつくと、高橋のほうに目を向けた。


「ん?なんだい後藤。欲しい牌でもあるのかい?」

「ちげーよ。俺の話は終わったから次高橋、お前の番だ。旅行以外でな」

「俺だけ縛りありかよー」


 高橋はこちらに目を向けた。後藤もつられたのか、一瞬だけこちらに視線を向けたが、すぐに高橋のほうに戻した。


「旅行ばかりじゃつまらんだろう」

「まあねー。んーとじゃああれ。パズル」

「あーあのジグソーパズルか」

 藤田は壁にかけられているものを指さした。

「それそれ。あれは作るのに苦労したよね」

「それは店行ったときお前がこの店で一番ピースが多いのくれって言ったのが悪い」

「簡単に終わってもつまんないじゃん。3000ピースって意外と多かったけど。ろくに調べず買っちゃったからね」

「まあそれでなくてもあれははいろいろ大変だったなあ」


 後藤と高橋はチラチラこちらを気にするような視線を向ける。思い当たることがないではなかったため、俺は少し下を向いて顔を隠した。


「ペットショップに行ったとき近くにパズル屋があったんだっけ」

「そうそう、やりたいとは思ってたけどまさかあんなところで出会えるとはね」

「ツモ。2000と4000」

「おい後藤まじか。俺親なんだけど」

「すまんな」


 小さな舌打ちも聞こえてきた。今のは痛手だったらしい。棒のやり取りを終え、ジャラジャラという音が部屋中に響く。


「親被りはだりーなー。まあいいけども。あと俺の思い出は終わり。はい次藤井。・・・藤井?」

「・・・よくお前らそんな楽し気に麻雀が打てるな」

「藤井?どうしたんだ一体」

 3人は困惑した表情を浮かべる。

「どうしたんだ一体、じゃねえよ。何が思い出だ。今の俺の頭の中にはひとつのことしかねえよ」


 皆の視線が一斉に俺を突き刺す。途端、空気が変わったような気がした。急に喉が渇き、思わず水を口に含んだ。


「お前らは能天気だから何も感じなかったかもしれないがな。俺は頭がおかしくなりそうだったんだ」

「そんなこと言われたって・・・」

「元はといえば高橋、お前が酒に酔ってあんなことをしたのが悪いんだ。しかもあろうことか、俺の家に持ってきやがって。ケガをして血が出ているって言われて家を空けた俺もバカだったけど、それでもやっぱりお前が悪い」

「お前の家が一番近かったんだからしょうがないだろ。そうだろ高橋」


 高橋は頷いた。


「自分の家に持って帰っていたら俺はこんな思いしなくて済んだんだ。それに藤田。俺は警察に連絡しようっていったはずだ。なのにお前は高橋の肩を持った。俺の言い分に従っていたらこんなことにはならなかっただろ」

「だ、だってさ」

「だってもくそもあるか。しかもこれを部屋に置くとか言い出すし。挙句の果てにはその人間を麻雀で決めるなんて・・・。俺だって最初はお前たちに協力しようと思ってやってたさ。一人に押し付けるのも酷な話だと思ったからな。けどすぐに後悔した。日に日に匂いが気になってくるし、家を少し空けるだけでも気が気じゃなかった。家のインターホンや電話が鳴るだけで心臓が止まりそうになる始末だ。最初に気づくべきだった。こんなことするべきじゃないって」


 藤田、高橋、後藤の3人はどうしていいのかわからないといった様子で顔を見合わせた。通常、大杉杯と呼ばれているこの集まりであるが、その前に、という一文字がつくのはこの面子のときだけだった。その意味するところは言わずもがなである。これを言い出したのが誰だったかのは記憶にないが、どうせ高橋あたりだろう。俺は再び水を舐めた。


「だから俺は絶対今日勝つからな。こんな生活もうこりごりだ」


 藤田と高橋は変わらず困った顔を浮かべていたが、後藤は何かに気づいたのかそういうことか・・・と小さな声で呟いた。


「なんだよ後藤。何か言いたいことでもあるのか」

「そうだな。お前が友達思いのいいやつだと言うことは改めて理解したよ。悪かったな。今まで気づいてやれなくて」

「何を今さら」

「様子がおかしいとは思っていたけど今の今まで俺らは本当に気づいてなかったんだよ。お前がだったってこと」


 藤田と高橋は目を見開いた。藤井は先程とは打って変わって唖然とした表情になっている。俺は藤井から何度も聞いていたのでもちろん知っていたし、気を使ってできるだけお互い見えない位置で応援をしていたまである。それを主張したところでこいつらにはニャーという鳴き声にしか聞こえないだろう。麻雀とかいう石遊びもしばらくは再開しそうにないし、寝るかな。俺は高橋の膝の上に登り、ゆっくり目を閉じた。








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