第21話 切望の言葉
「……る――。ね――る……。ネル!」
誰かが呼んでいる。
深い眠りを妨げられたかのように、重い瞼を開いた。
いつかと同じ――いや似ている光景があった。月のような蒼い眼が、ネルを見下ろしている。陶器のような綺麗な肌にはところどころ傷ができていた。
「アンリ……」
「私もいるぞ」
目を動かし、ノノリルの姿を捉えた。
「やあ、先輩」
「よう、後輩くん。頑張ったな。お疲れさま」
一瞬なんのことか理解できなかったが、すぐに思い出した。さっきまでマリナヴァルと戦っていたことを。最期のその顔を。
「僕は勝ったの?」
「マリナヴァルを倒したのはたしかよ。よくやったわね」
核もない状態で。
アンリはそう告げた。
しかしネルは驚かなかった。そのことを知っていたからだ。マリナヴァルに胸を貫かれたときに抱いた違和感。決定的だったのは、アンリを解放したのに力が戻らなかったこと。そのときに『死』を受け入れた。
存外、怖さはない。むしろ懐かしささえあった。この感覚を――消えていく感覚をネルは以前にも経験している。
「どうにもならないの?」とノノリル。「失った左半身を戻せば、まだ一緒にいられるんじゃないの?」
「……無理ね」
アンリが空けた少しの間が、ネルの心中を察したことを物語っていた。やはり蒼い瞳はすべてを見透かしているかのようだ。
また左半身を失ったことが、なにより終わりを告げている。本当ならばあのとき、あの場所でアンリに出会わなければ始まってもいなかったのだ。あるべき姿に、結果に戻ってきたとも言える。
元の世界で、できなかったことをできた。
本気で喜び、本気で怒り、本気で哀しみ、本気で――楽しんだ。
これでもかと自分を曝け出し、同じような人と対峙した。
生きることに全力を尽くせた。
いい夢を見ることができた。
ネルは蒼い瞳にすっと視線を向ける。
その名前を堪え、息の絡んだ声で言う。
「アンリは幸せ?」
「……わたしは、幸せなんかじゃないわ」
思ったとおりの答え。
これ以上ない答え。
しかしそのあとに続いた言葉は予想外で、思いがけないもので、それを聞いてネルは微笑んだ。笑った。声もなく、ほとんど意識もなかったが、でもたしかに笑えたのだ。そう言い切ることができるほどに心が満たされたのだった。
「でもね、あなたに会えたことは幸せだったのよ」
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