第20話 贖罪と願い
人が幸せになれる方法を常に模索していた。
考えること、悩むこと、導き出すこと、それがその『称号』を与えられた者の使命だと思っていたからだ。他の者の百倍先を考え、他の者の千倍深く悩み、他の者の万倍の答えを導き出した。
その一つが『神焔法(セイクリド)』だった。
ある日、ノワルゲートという国が異質な術を使い始めた。後にそれが『深淵術(アンチコート)』と呼ばれるものだと知った。その術は人の身を超えた力を、神のような力を行使できるものだった。末路を除けば、本当にそれに近い。
信仰の深いブランドアがその存在を許せるはずもなく、本当に神に愛されているのは自分たちであることを証明するもの、深淵術に対抗する技が必要となった。神焔法は神に与えられた自然物から力を借り受けることで行使でき、その習得の難しさも相まって受け入れられるものとなった。
それこそが間違いだったのかもしれない。
マリナヴァルはそう考えるようになっていた。
ノワルゲートの目的が争いによる技術の発展なのだとしたら、その対抗策を生み出したことは争いを激化させるものでしかない。そしてまさにそのとおりになってしまったのだから救いようもない。
多くの弟子ができ、自分の子供のように育てた。
多くの弟子が死に、自分の子供のように悲しんだ。
英雄が生まれたその足もとには多くの屍があった。
一度の歓喜の背後には無数の悲劇があった。
神焔法を生み出しても根本的な解決にならない。むしろ人々の心の中で『戦争』が当たり前になりつつあることもマリナヴァルには見過ごせなかった。生み出した力は、生み出す時期と機会を誤っていた。
考え、悩んだことで導き出した答えは『リセット』だった。神焔法はまだ早かったのだ。存在したという事実を抹消しなくてはならない。異能を持つ者は持たざる者に淘汰される。深淵術を嫌ったように、すぐに神焔法もそうなるはずだ。
そのためにまずは一番の障害であるノワルゲートを崩壊させる必要があった。マリナヴァルはノワルゲートについての知識を得始める。非道な手段も当然使った。弟子にも知られることなく、深淵術の秘密にまで辿り着いた。幸か不幸か彼らはみな、マリナヴァルを天才ともてはやす。それを利用することで、すべてを結果だけを明らかにするだけでよかった。
そのときに見つけたのが『廃獣化』という現象だ。深淵術の扱い方を誤った者が至る末路。人が獣となる、罰を具現化したような現象。これを国規模で起こすことができれば、悲願に近づける。深淵術使いさえいなくなれば、滅ぼすのは容易い。
ノワルゲートのことはすべて話した。人間を『廃獣化』させることを誰も拒絶しなかった。穢れた魂を持つ者の本来の姿だというだけで、そこに罪の意識は芽生えなかった。いや芽生えなかったのではなく、先に神を冒涜した彼らの方が罪深いと、都合良く解釈したのだろう。
計画は徐々に進行したが、しかしその時間が少数の者に怒りを覚えさせてしまうこともあった。彼は怒りを隠すことなく、マリナヴァルにぶつけた。それに対して感情を出さずに答えた。あのときはまだ『賢者』として振る舞う必要があった。
計画を進めている最中、ブランドアの英雄を見た。変わり果てたその姿に、かつての栄光はなく、ただの獣のように吠え、力を振るうだけ。深淵術の進歩の速さに、ただただ恐れを抱いた。
早くしなければ。
けれども、そう甘くない。
『探求者』、そしてその眷属と実験体。
これまでまともな実戦をしていなかったマリナヴァルにとって、彼女たちとの戦い
は厳しいものだった。これが地獄なのかと思ったほどだ。悲鳴を上げる身体。何度思考が止まりかけたか。何度意識を失いそうになったことか。
悲願成就のためにここで倒れるわけにはいかない。その一心が、マリナヴァルの実力を引き上げた。思考を繋ぎ合わせ、意識を留め続けさせた。
しかしその姿が、彼に力を与えてしまったようだ。たしかに壊したはずなのに、それでもなお向かってくる。わかっていたのだ。彼が中心であることは、姿を現したときに気付いていた。だから最初に壊した。そうすれば、他の二人もたやすく葬れると思った。
結果として、その瞳の輝きを曇らせることはできなかった。
彼の個への想いが、マリナヴァルの未来への想いを上回った。
悪夢の底の悪夢に飲まれただけ。
ただそれだけのこと。
消えゆく意識の中、思うは二つ。
謝罪と願い。
犠牲の上に成果を積めなかったこと。
そして、想いを継ぐ者が現れること。
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