その11


 先に会場に着いていた赤城達と合流して、パレードの出発地点に向かうことにした。

 途中にあるスーパーで適当にチョコとキャンディーの詰め合わせを買って、ポーチに詰める。

 パレード参加者に限らず、沿道の観客にも仮装している人がちらほら紛れていた。アリスや赤ずきんといった童話や、ヒーローもののコスプレなんてのもいる。

 赤城とコンちゃんは率先して、百人以上は居そうな仮装集団の中に飛び込んでいく。ガッちゃんもそれに付いていく。私はみいに引っ張られるようにして輪に入り、『トリック・オア・トリート』をする。もちろんねだり返されて、こちらからもお菓子を渡すのだけど。ジャック・オー・ランタンと魔女がお菓子を配って回る姿は、想像したら何だか可笑しかった。

 そうこうしているうちに、パレードが始まる。DJのデスメタルっぽい音楽に、集まったお祭り男女の夢を乗せて。


「すごいすごーい! 見て、きょーちゃん!」


 隣りで観客に手を振りながらはしゃぐみいの高い声は、騒がしいパレードの中でも耳に響いてくる。

 そのお祭り女が指差す先——。パレードの先頭にはカボチャの馬車があって、犬の被り物をした三人の男性が引っ張っていた。

 不意にカボチャ馬車のてっぺんが開く。跳ね上げ扉になっていたみたいだ。そこから赤い一枚布のドレスを着た女の子が飛び出してきた。この寒空をものともせず、縫い傷だらけの手足を露出している。


「いっえーい! みなさーん、楽しんでますかー!?」


 夏の太陽のような熱量を孕んだ声が、マイクに乗って——音楽、人の声、行進の音——喧騒という喧騒の上から降り注ぐ。周囲から熱に浮かされたように掛け声が返る。みいも跳び上がって「おー!」とやっていたので、私も控えめに「おー」と答えておいた。


「今日の公式カメラマン、ちー坊です! よろしくでーっす! みんなでバッチリ決めて、この商店街を楽しいでいっぱいにしましょうね!!」


 カボチャの上で飛び跳ねて、ちー坊さんが煽る。それに応えるように、会場もさっきよりも大きく沸き上がる。

 彼女はカボチャの馬車の上でカメラを構えると、仮装の行列に向かってシャッターを切り始めた。

 すごいなぁ。ぱっと見、私たちと年齢は同じくらいに見えるのに、数百人という人の前で物怖じ一つしていないようだ。ここにもお祭り女がいた。ふとそんなことを思った。この人もみいと同じく、真剣に遊んでいるのだ。


 私は周囲の音に飲まれないように、でも赤城達には聞こえないように、みいに話しかける。


「去年も来てたんでしょ? その前もずっと」


「へ、どうして知ってるの?」


「って、赤城っちしかいないよね。言っちゃったんだぁ……」


「そもそも内緒にする必要ないと思うんだけど?」


「きょーちゃんがハロウィンに行きたくないって、分かってたもん。わたしだけ楽しい思いしてるって勘違いされたら、嫌われちゃいそうでやだったの」


 ——現に楽しんでたんじゃないの? ガッちゃんやコンちゃんと一緒に。

 うっかりまた顔を出しそうになった嫉妬心を、何とか飲み込む。

 みいの言葉をちゃんと聞こう。左胸の内ポケットがある辺りに手を置いて、心を落ち着ける。


「勘違いって——?」


「うんとね、パレードは出てないよ」


「……どういうこと?」


「ずっと見てただけ。だって、きょーちゃんがいなきゃ楽しくないんだもん」


「一人で?」


「うん」


「ふーん……」


 じゃあ、あの二人は一緒じゃなかったのか。そのことに少なからず安堵している自分を意識して、お腹の底がちくりと痛む。


「だから今年はすっごく楽しいよ! きょーちゃんがいて、赤城っちも、コンちゃんとガッちゃんもいて」


 赤城は部活でもなかなか見せないような、良い笑顔だった。ガッちゃんとコンちゃんもその被り物の下では、幸せそうな顔をしているのだろう。


「もしかして、ヤキモチやいてる?」


「はぁ!? 何で私が……っ」


「心配しなくてもだいじょーぶ。去年からきょーちゃんの分も用意してあったんだから。今年は被ってくれてよかったよ」


 否定しようと色々と言葉が浮かんでくるが、声には出なかった。今日はペースを乱されてばかりだ。みいにも、赤城にも。


「もうちょっと欲張るなら、二人っきりの方が良かったかも——なんて、ね」


「え?」


「一緒に抜け出しちゃおっか」


「は、はい?」


 まさかみいからそんなことを言われるなんて思っていなくて、理解するのに時間がかかった。

 その間に、みいは行列の合間をすいすい縫って先に行ってしまう。あのでかいカボチャを被っているくせに、どうしてそんなに機敏な動きができるのか謎である。


「早くー。みんなにばれちゃう」


「ちょっと待ってよ! カボチャ重いんだから……」


 不意に、人混みに置いていかれた記憶が頭をかすめて、反射的に伸ばした手が何もない宙を掴む。


「お願い、待って……っ!」


 喉が渇いて声が掠れる。力なく下ろしかけたその手を——、




「ほら、行こー?」


 一回り小さい手が、力強く握りしめた。




   ***続く***

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