その12


 パレードの喧騒が遠ざかっていく。

 人垣を抜けて数分ほど歩いた。

 ジャック・オー・ランタンが二人。オレンジ色の甘い残り香に満ちた河川敷の道を辿っている。


 地に足を付けて歩く自分を、一段上から眺めるような。妙にふわふわ頼りない収まりの悪さがあった。肩にかかる確かな重みのおかげで、かろうじて現実感を保っている。そんな感じ。

 みいと二人っきりという状況が、そう感じさせるのかもしれない。

 あの頃に当たり前だった時間はとっくに失われて、今では遠い昔のように思っていたから。


「わがまま言って連れてきちゃって、ごめんね。迷惑だったら……」


「今更何言ってんの。らしくないって、気が付いてる?」


「そーだね。迷惑でも謝るつもりないしね」


「はぁ……。やっぱり可愛くない」


 みいに対する感情を明確に意識したのは、今年のクラス替えの後だった。

 最初にあったのは心配。私と離れてもちゃんとやっていけるのか、寂しがって泣いてるんじゃないか。今考えるとばかばかしくなるほど、——それこそ姉か何かのように、三クラス分離れた親友を案じていた。

 でもそんな私をよそに、みいは順調に友達を作っていった。もう大丈夫。そう呟いてみても、気持ちは安心とは程遠くて。

 たぶん、それがきっかけだったのだ。距離を置かなきゃと思った。


 その頃から部活を優先するようになった。みいと一緒だった時間を埋め尽くしていく、胸を押しつぶすようなもやもや。それを忘れるために、ひたすらコートを駆け回った。部活を理由にしてみいの誘いをはぐらかすうち、何となく会うことも無くなった。

 いっそ伝えてしまったら、もしかしたら。そんな淡い期待は何度も頭をよぎった。だけど、伝えたらこの関係は確実に壊れてしまうことは分かっていて。伝えた後に待っている何かと対面する勇気はどうしても持てなかった。

 それに、これまでみいに友達があんまりできなかったのは、保護者面をした自分がくっついていたせいかもしれない。そう考えてしまうのも、嫌だった。


「初めて会ったときのこと覚えてる?」


「覚えてるよ」




 その日、私は商店街にいた。初めて開催されたパレードを母と見物していたのだ。

 今よりもハロウィンの認知度が低かった当時、一般の仮装参加者は少なかった。商店会の人達もそれは承知の上で、地元の劇団なんかにも声をかけて、結構本格的に盛り上げていたそうだ。

 幼かった私は、目の前を過ぎていく百鬼夜行のような行進に目を奪われていた。

 その間に、母の手は離れてしまう。遠ざかる後ろ姿に気付いた私は追いかけたけど、すぐに人混みに紛れて見えなくなる。茨道を歩くように、身体中が痛くなって、足が絡めとられて、そのうち自分がどこにいるのか分からなくなった。ただ、どれだけ捜し回っても、母はもう帰ってこないような気がした。

 そんなときだった。泣きじゃくる私の前に、みいが現れたのは。




 絡み合う茨の奧にしまいこんだ、出会いの思い出。


「ホントかなぁ……。じゃあそのとき、わたしとした約束は何でしょうかー?」


「約束?」


「やっぱり忘れてる。ちゃんと言ったのにぃ」


「えーと……ごめん。何て言ったっけ」


「一緒にパレードしようね、って」


「もしかして、それがワケってやつ?」


「そーだよぉ。きょーちゃんと行けるの、今年が最後だと思ったから」


 みいがさらっと口にした、『最後』という言葉が引っかかる。

 ——卒業したらどうなるか分からないんだから。

 赤城の一言がリフレインする。




   ***続く***

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