その10
パレード会場の商店街は駅のすぐ目の前である。さっき通学鞄を持って歩いた道のりを、今度は逆に辿っていく。
行く手に伸びる影は長くなり、もうすぐ闇に沈もうという時間だ。パレードもじきに始まる。会場の賑やかな音楽は、ここからでも風に乗って響いていた。
とはいえ、歩いて五分くらいの距離。のんびり行っても余裕で間に合う。
「おばさんいつもキレイだよねー」
「そう見える? こないだ化粧品変えたらしいから、そのせいかも」
「もっと内から出る感じだと思うけどなぁ。こう——、大人の魅力って感じで」
「大人ねぇ……。家の中じゃ子どもみたいな人よ?」
ママは翻訳の仕事をしている。最近特に順調らしく、むしろどんどん若返っている気さえする。見た目も、中身も。
「きょーちゃんって、おばさんに似てるよね。目元とか鼻の形とか」
そう言ってすぐに私の瞳を覗き込もうとするみいから逃れるように、抱えていたカボチャを被る。
私が物心ついた頃には、我が家に父親と呼べる存在はいなかった。
別に悲劇の前振りじゃない。そう呼ばれるはずだった人は健全すぎるほどに健在だし、今頃は私の家のオーブンの前でグラタンを焼いている。
社会的にも、生物的にも、私は正真正銘ママと母の娘なのだ。
「きっとすっごく美人になるんだろうなぁ」
被り物の奧で、みいは何を見ているんだろう。
「どーかしら。まぁでも、みいはそのままかもね」
「えー、わたしだってこれから成長するんだい!」
「いや、内から出るちんちくりんっぽさのことよ」
「なにおー!」
「ちょ——っ、寄り掛かるな。危ないわよ!」
すぐに行動に表れるところが、やっぱり子どもっぽいと思う。
だから安心する——という感覚は変かもしれないけど、私はそうあり続けて欲しいと願っている。
未来を夢見るようなカボチャの横顔に、ちょっとだけ真剣に祈ってみることにした。
親権は女親のほうが取りやすいと聞いたことがある。
経済的にはどちらも自立していたはずだ。母は舞台作家として、それなりに有名な劇団に専属で付いていた。
裁判にするという手もある。離婚に関する非がどちらにあるかを世間的に問えば、おそらく母に軍配が上がるだろう。
つまりその気になれば、私の親権は母が取っていた可能性の方が高いのだ。
しかし、実際に親権者になったのはママで、私はママが好きで、何不自由なく暮らしている。
ママに何も言わず、私を連れて家を出た母の心境はどんなものだったのか。高校生になった今でさえ、想像できない。
折しもその数日前。ママが正式に戸籍を変えていた。
もしかしたら母は、どんどん——下手したら自分よりも綺麗になっていくママを見守るのが、辛くなったのかもしれない。
みいの言う通り、私の顔はママに似ている。
女同士はやっぱり少し複雑で、面倒くさい。
***続く***
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