その6


「お似合いですなー!」


 いきなり飛び込んできたダミ声の感嘆とその内容に心臓を掴まれた。思わず頭を上げて身じろぎすると、みいが離れていく。


「そうかしら? こういう格好するの初めてだから、変じゃない?」


「すごく格好いいです。それにしても本当に背高いよねー。羨ましいなぁ」


 カボチャ二人に続いて物置から出てきた赤城は、天辺が中ほどから折れた三角錐の黒い帽子を被っていた。丸い大きな鍔が目元に影を落としている。手作り感溢れる竹の箒まで携えて、さながら下僕を引き連れた魔女といった感じだ。

 その魔女様は、みいと私の側にある机の椅子に腰掛けると、手早くメイク道具を広げ出す。


「ガッツじゃ宝の持ち腐れっしょ。運動音痴ここに極まれりだかんねー」


「ひっどーい、コンちゃんだって人のこと言えないのに」


「二人とも、メイク手伝って。おねがーい」


「へい、アネゴ」


 きびきび仕切る赤城に、コンちゃんがぱっぱと応えていく。ガッちゃんはわたわたとしながら、でもコンちゃんの手がいっぱいなときを適切に察して手伝っている。息の合った二人だなぁとちょっと感心していると、既にカボチャを被っていたみいが、そっちにとてとて走っていく。


「おかえりー」


「よう、ただいまだぜー。みっちゃんも手伝って、右の頬っぺた。ヨロ!」


 よかった、たぶん見られてない。まあ別に見られてどうこうなるとは思わないけど。仮にも去年までは親友なんてやっていたわけだし。それに、みいが甘え症なのは周知の事実である。

 それでもあの瞬間は誰にも見られたくない。そう思うのは、私にやましい気持ちがあるからだ。穴ぼこだらけのグラタン皿が、目の前にいくつも並んでいる。そんな光景が浮かんだ。


「さて、これからきょーちゃんがカボチャを被りまーす。ぱちぱち」


「は、はぁ……!?」


 突然話を振られて付いていけなくなる。


「ついに腹を決めたか、我が親友よ」


 右頬にラメ入りの赤い星を輝かせた、我が親友こと赤城が椅子から立ち上がる。メイクは完成したらしい。コンちゃんに当てられてか、若干口調がおかしかった。目の周りを深く彩る黒いアイシャドウが、視点の高さと相まって凄みを放つ。黒いリップクリームを塗った口許はご機嫌そうに歪められている。どうせまた、にやにやしているに違いない。


 背中にまだ熱が残っている気がする。


 ——ずっと待ってるんだよ。


 そんな面倒くさい一言まで添えてくれて。

 まあ、当初の思惑通り二人きりというのは回避できたわけだし。赤城の思い通りになるのは癪だけど。

 決意表明のときだ。机の上のカボチャを抱え上げる。


「あ、最初のうちはバランス取りにくいかも。気をつけてくださいね」


「そうなの? その割に、三人とも余裕そうだこと」


「まー、あたしらはカボチャ慣れしてんすよ」


 カボチャ慣れって。

 言葉選びが独特なコンちゃんの台詞を、ガッちゃんが丁寧に補足してくれる。


「去年もこの格好でパレードに出てるんです。だからコツを掴んでるんですよー」


「ふーん、なるほど」


 ——ん?


 不意に胃のあたりがむずっとする感じがした。違和感。例えるなら、ボタンを掛け違えたことに気付いた瞬間のような。

 みいは三人で分担してセットを作ったと言っていた。カボチャ頭が自分の作品だとも。それが去年からあったものだとしたら——。

 おいおい赤城、ちょっと情報が違うじゃないか。などと、赤城を責めても意味がない。三人揃って同じ格好をしてるんだから、そりゃそうだ。気付かない方がどうかしてたのだ。


「ごめん、悪いけどやっぱりパス。四人で行ってきなよ」


「えー!?」


「いやー、仮装恥ずかしいじゃん。私には荷が重いって言うか……」


「大丈夫だよー!みんなで同じ格好すれば怖くないって」


 さっきから『みんな』を強調してくるみいが、煩わしいと思った。いつもなら「はいはい」と聞き流せる無邪気な高音が、感情を逆撫でしてくる。


「はぁ……、毎年我慢してあげてたのに。ちゃんと言わなきゃ分かんない?」


「きょーちゃん——?」


「もういい加減にして。私は、ハロウィンなんて大嫌いなんだから」




   ***続く***

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