その5


「なぁに?」


 みいの指がさらさらと私の髪を抜けていく。その心地良いくすぐったさに身を任せたくなる。しかし、言うべきことはきちんと言わなきゃいけないので、気合いを入れ直す。


「前に私のママたちのこと、話したよね」


「うん」


「だったら分かると思うけど、私は正直あんまりパレード行きたくない。赤城のせいでこんなとこまで来ちゃったけど、本当はさっき断るつもりだったんだから」


「赤城っちとだったら行くんだぁ?」


「違うわよ。真面目に聞いて」


 話の腰を折って茶化してくるみい。珍しい。言葉の端にちっちゃい棘を感じたのは、気のせいということにしておいた。


「きょーちゃんが行かないなら、わたしも行かない」


「はぁ? こんなに準備しといて、もったいないんじゃない?」


「きょーちゃんと一緒に行くことに意味があるんだもん」


「でも、私はみいと同じようにハロウィンを楽しめない。一緒に行ってもはしゃげないし、空気読めない感じになっちゃうと思う」


 毎年、この日の断り文句だけは慎重に選ぶ。

 私はハロウィンが嫌いだ。ストレートにそう言えばいいのかもしれない。しかし、みいにとって、とても大事な『お祭り』の日だということも知っている。だから面倒だけど、十月三十一日をネガティブな言葉で飾りたくはないと思う。


「いいよ。きょーちゃんが付いてきてくれるだけで、わたしは嬉しいんだ」


 花もリボンも何の飾り気もない、率直なみいの言葉。嬉しいとか楽しいとか、そういうポジティブな気持ちをそのままぶつけてくる。それに比べてあれこれ考えがちで、感情を上手く表現できない私は、時々たじろいでしまう。『きょーちゃんはどうなの?』そう問われている気がして。


「はぁ……。いつも自分勝手よね、みいは」


「きょーちゃんだけにはね」


「それは迷惑だこと」


「はい、可愛い三つ編みのできあがりぃ!」


「ありがと」


 腰のポケットから出した手鏡を覗き込む。そこに口元を引き結んだむっつり顔が映る。見慣れた自分の顔。暗めの茶色にカラーリングされた三つ編みの先端が左肩にかかっている。

 みいの言葉は本心か、私を連れていくための口実か。

 ——毎年行ってるのよ、みっちゃん。赤城の話をふと思い出す。


「みい、去年はどうしてたの? 私が断った後——」


 そのとき——。

 ぎゅっと。


「バスケやってる割に細いよね。きょーちゃんって」


 みいの両腕が私の肩を通って、胸元で交差されている。

 髪を纏めたせいで遮るものがない首筋に、みいの声を直に感じる。


「それは胸の脂肪的な意味でしょうか?」


「うーん……。確かに少ないかも」


「この、コイツめ! 今すぐ離せっ」


「あはは、怒らないでよー。大丈夫、知ってるから。柔らかくて気持ちいいんだよね」


「いや、それはちょっとひく……」


「がーん、褒めたのに」


 二人っきりでいると、みいは甘えん坊になる。他の人がいる場所でも、姉妹扱いが定着するくらいには甘えてくる。でもそれは、懐くとか頼るとかそういった種類のものであって、今感じている雰囲気とはちょっと違う。物理的な繋がりというか、触れるということに意味を求めるような、そんな甘え方になるのだ。

 お互い一人っ子なので、他人には覗くことのできない、兄弟姉妹同士の時間の過ごし方を知らないせいかもしれない。


「行こうよ、きょーちゃん。わたしずっと待ってるんだよ」


 みいの指が私の頬を撫でる。背中から伝わる熱は、確実に私の心拍に影響を及ぼしていた。

 これは、よくない。


「みい、ちょっと——」


 離して。

 そう口にしようとした瞬間、赤城たちが入った部屋の引き戸がキィと音を立てて開く。




   ***続く***

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