その4


 部室棟にある一室の前に、手書きっぽい丸文字で『手芸部』と書かれたコルクボードが掛かっている。

 中の様子を一言で言うと、手芸の定義がよく分からなくなりそうな部屋だった。

 室内にあるのは、大きな作業机が四つとミシンやアイロン台がいくつか。窓側の作業机の上には、みいたちが被っているカボチャと同じ形の、白い紙粘土が置かれている。制作途中なんだろう、顔も彫られていない。というか、一体いくつ作るつもりなんだ。隅っこの一角に目を移すと、万力とか電動ノコギリとか、それ以外にも見たこともない工具類がたくさん転がっている。側には木の板や金属の棒が立て掛けられていて、もはや何でもござれと言わんばかりだ。さすが、演劇部から大道具のヘルプを頼まれるだけのことはある。


 みいは、廊下側の壁際に設置されたブラウンのクローゼットの前に歩いていくと、鏡開きの扉を開け放つ。

 道すがら運ばされ続けたカボチャを机の上に置いて、私もそっちを覗き込む。中には黒いマントが二着掛かっていた。


「カボチャもそうだけど、いったい何セットあるのよ?」


「五セットっすな」


「本当はもう一人参加するはずだったんだけど。その子、先週からインフルエンザにかかっちゃって……」


「つまり、私はその子の遺志を継いで参加するのね」


 赤城は神妙な面持ちで呟いた。そんな大げさなものじゃないと思うんだけど。カボチャ三人組が何故かうんうん頷いているので、あえて突っ込むまい。それよりも気になるのは。


「あれ、それなら四セットで良くない?」


「きょーちゃんの分は最初から数に入ってるもん」


 みいは、さも当然のことを今更という感じで言ってくる。


「まじかぁ……」


「今だ! 行け、みっちゃん。遠山さんに着せちゃれ」


「おおー!」


 ダミ声カボチャに唆されたみいカボチャが私の後ろに回り込み、ばさっとマントを肩にかける。それから肩越しに手を回して、胸元の飾りボタンを留めてくる。


「意外と着心地いいのね」


 マット地の厚い生地は滑らかで手触りが良かった。何より夜中でも暖かそうだ。この季節にはありがたい。ちょっと重いけど。

 丸く広がった立て襟には針金が入っている。さらに肩の辺りに裏地が縫い付けてあって、シルエットが崩れにくいよう工夫されていた。さっきまで後ろ姿はあまり見ていなかったけど、紫とオレンジのラメが光っていて、これも可愛い。


「じゃーん。そしてこのかごを持ってね」


 クローゼットの棚にあった、円筒形のランタンっぽい形状のかごを手渡される。これも三人が持っているのと同じだ。

 蓋を開けて覗き込んでみると、中は思いの外浅い。この下は何が入っているんだろう。そう思ってかごの下半分を見てみると、側面にスイッチが付いていた。好奇心で押してみると、スイッチの反対側の面が丸く発光する。

 おお、光った。橙色の温かみのある光は、何となくガス灯っぽい感じにも見える。


「何か本格的ね。楽しくなってきちゃった。みっちゃん、私のもあるかしら?」


「マントとかごはあるよー。でも、ごめん! カボチャが間に合わなかったんだぁ……」


 奥の作業机に置かれた作りかけの白いカボチャを見て、私の頭にふと名案が浮かぶ。


「なら、赤城がこれ被ればいいんじゃないの?」


 手前の机の上でにやにや笑いしている、完成品のカボチャを指す。


「だめ!」「却下ね」


 みいと赤城に同時にダメ出しされる。


「そこらへんは問題ないっすよ。隣の物置に色々あるんで」


 ダミ声カボチャはそう言いながら、物置に繋がっているらしい扉を指差す。


「そういえば、二人も手芸部なんだ?」


「うん。紹介したことなかったよね。二人は、ガッちゃんとコンちゃんってゆーの。同じクラスで手芸部で、この衣装もみんなで作ったんだよ」


「へぇ——」


「よろしくです」「ドウモー、コンチャンデス」


 ガッちゃんとコンちゃんが揃って『ないすとぅーみーちゅー』を唱える。素顔も本名も明かされていない。そんな身も蓋もない自己紹介は、ちょっと奇妙な感じがして可笑しい。


「こっちはきょーちゃんと赤城っち! あれ、きょーちゃん笑ってる?」


「笑ってない。そんなことより、ちゃんと名前で紹介しなさいよ。——元バスケ部の遠山です」


「同じく赤城よ。よろしく」


 今朝みいを呼んでいたのも、この二人だったのかな。カボチャ姿しか見ていないから、何とも判断が付かない。一人に至っては声まで変えてるし。

 何にせよ、こんな遊びに付き合ってくれる友達ができたなんて知らなかった。昔からお祭り好きなみいの相手をしていたのは私だけだったから。それは、幸せなことかもしれない。


「マントは裁縫が得意なガッちゃんが作ってくれて、このかごはコンちゃんの手編み!」


「みいは?」


「カボチャ!」


「だよね。赤城もよくできてるって褒めてた」


「きょーちゃんは褒めてくれないの?」


「そうねー。可愛いと思うよ。被るのはちょっと恥ずかしいけど」


「わぉ、ひねくれもの」


 茶化してくる赤城。うるさい。


「素直じゃないのが、きょーちゃんらしくていいんだよ」


「ノロケか、このぉこのぉ」


 みいはこの上なく失礼なことを臆面もなく言い放つ。そんなみいカボチャをぽこぽこ叩いて、コンちゃんが突っ込みを入れる。

 しまったなぁ。ここまで流されてきてしまったことに対して、後悔が湧き上がってきた。

 みいを中心に流れる緩やかな雰囲気。それはグラタンの中に入ったカボチャみたいなものだ。熱くてすぐには食べられないくせに、口の中に入れるとあっという間に溶けてしまう。甘すぎてちょっと食べたらお腹いっぱいになって、それでもまた食べたくなる。そうしてカボチャばかり食べて穴ぼこだらけになったお皿の中は、意地汚い自分を見せられているようで落ち着かなくなる。


「よっしゃ、ちょっくら物置に行きませう。ほれガッツも。あの帽子なんて赤城っちに似合うんでね?」


「そうだねー。みっちゃん、遠山さん。少しだけ待っててくださいね」


「せっかくだから、私にも見せてほしいな。特殊メイクっぽいのとかあったりしない?」


「絵の具なら。演劇部から借りたのがあるかも」


 赤城たちは、連れ立って隣の部屋に入っていく。木製の引き戸は、三人が部屋に入るとパタンと閉じた。

 図らずも二人っきりで残されてしまう。みいはこちらにカボチャの笑顔を向けて聞いてくる。


「どう?」


 何に対しての『どう?』なのか。複雑な意味がこもっている気もするし、考えなしの質問かもしれない。仕方ないので、適当に衣装を眺めながら答える。


「凝ってるね。さすが手芸部」


「あ、欲しかったら本当にあげるよ」


「——いらない」


「がーん」


 さて、残すはコイツだけ。なんだかんだで朝からずっと行動を共にしているカボチャと睨めっこする。

 これを被ったら引き返せない。根拠はないけどそんな気がした。何となく、自分の中での決意表明になってしまいそうなのだ。

 だからその前に——。


「そのままじゃ被りにくいよね。結んであげるー」


 勧められた椅子に腰を下ろすと、みいが背後に立つ気配がする。ごとっと、カボチャを脱いで机の上に置いたらしい音。偶然にも丁度良いタイミングが訪れた。


「みい、ちょっと話しようか」




   ***続く***

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