その3
「トリック・オア・トリートぉ!!!」
「うお、びっくりしたぁ」
隣りで赤城が呟く。
朝より重たくなった気のするカボチャを抱えて教室を出た私の前に、今朝と同じ光景が広がっている。違うところは、三匹に増えていることだ。微妙に表情の違うそいつらは、お揃いのかごを同じような動作で突き出している。
通りがかるクラスメイト達は、わざわざ廊下の隅を歩き過ぎて行く。完全に通行の邪魔だった。
「お、お菓子をよこせー」
右のカボチャが棒読みで口火を切る。事前に打ち合わせてたっぽい登場の仕方だったが、細くて可愛らしい声は頼りなさげで、何だか初々しい。
「でないと目玉を抉り出すぞー」
左のカボチャは対照的にノリノリで続いた。
その予想外の異音に、その場を通りがかった全員が二度見する。ニュースとか深夜番組とかで聞くような機械的なダミ声。変声機でも仕込んでいるんだろうか。仮装どころか、正体不明の不審者がそこにいた。
「はっぴ~は~ろうぃ~ん!!!」
そんな二人を引き連れてトリを取るのは、真ん中のカボチャ。エクスクラメーションマークが余裕で三つは浮かんだ叫びが、大理石の廊下を震わせる。
「いや、アンハッピーなんですけど」
「わたしはハッピーだから、何の問題もないよ!」
無言で抱えたカボチャを置いてから、胸ポケットに忍ばせた飴玉を二つ摘み上げ、両サイドのかごに放ってやる。それは綺麗な弧を描いて宙を舞い、過たずかごの中に収まった。
「おお!」
「すごーい」
「…………」
かごを覗きこんだ二人が歓声を上げる。
真ん中のカボチャだけはそれに加わらず、存在を主張するようにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ねえねえ、わたしには?」
「みいには朝あげたじゃない。一人一日一個って決まってるの、知らない?」
「がーん」
嘘だけど。
大げさに頭を抱えて見せるみい。その様子を眺めているうちに、もうちょっと悪戯したい気持ちが湧いてきた。
「——へ?」
朝と同じように被っているカボチャを取り上げ、頭上で掲げ持つ。みいのきょとんとした顔が露わになった。
「ひ、ひどい! 届かないっ、よ!」
一生懸命伸び上がって取り返そうとする姿が、何かを連想させる。
あ、猫だ。蛍光灯からぶら下がった紐に戯れ付くウチの猫そっくりだ。
そんなみいに、赤城が近づいていく。
「はぁい、みっちゃん」
「赤城っち! 久しぶりだねー!」
ごく自然にハグをするみいと、それを余裕たっぷりに受け止める赤城。その光景は、身長差も相まって親子に見える。
「いちゃついてる場合だっけ? きょーちゃん?」
赤城が今日何度目かのにやにや顔を私に向けて聞いてくる。普段そんな呼び方しないくせに。
「ほらー、みっちゃんも。遠山さんにお話があるんじゃなかった?」
「そーだった。ちゃんと迎えにきたよ! さあ、みんなでパレードに行こー!」
みいの期待のこもった眼差しを受けて、お腹の底に隠れていた罪悪感が再びちくりと痛む。
「それなんだけどさ、みい——」
「あ、赤城っちもどう!?」
「あら、いいわねぇ。行こうかしら」
「は、はあぁ!?」
みいの誘いに赤城が即答する。おいおい、話が違うぞ赤城さん。
「でも、私たち仮装の用意してないの。何か貸してもらえない?」
「手芸部に行けば色々あるよー。ガッちゃん、コンちゃん。赤城っちの分もある?」
「うん」「あたぼーよぉ!」
左右のカボチャが口々に請け負った。
事態はトントン拍子にコロコロと、私が予期していない方向へと転がっていく。
「ちょっと、みい——」
「だいじょーぶ、きょーちゃんには——むぎゅっ」
カボチャを被せて、ひとまずみいを黙らせる。
「か、勝手に話を進めないで!」
「別にいいじゃない。言いたいことがあるんなら、着替えついでにみっちゃんと話しなさいな」
この流れを作った元凶である赤城が、こそっと耳打ちしてくる。
「断るなら断るでいいけど、杏子と関係なく私は参加する。こっちでお祭りなんて、今年で最後かもしれないもの」
赤城にとっては、確かにそうかもしれない。女子バスの強豪チームがある、他県の大学に進学することが決まっているのだ。地元に残る私としてはあまりピンとこない話だが、そう言われてしまうとぐうの音も出ない。まんまと赤城のペースに乗せられていた。
「……どうでもいいけど。これはどうするのよ」
大理石の冷たい床の上で笑っているカボチャを指差す。今朝、みいに押し付けられたやつだ。
「あげる! 被って!」
「は?」
気のせいかな。私もカボチャの一員になれと言われたような。
「まあまあ。せっかくパレードに出るんだから、仮装した方が楽しいでしょう?」
だから出るとは一言も言ってないんだって。
「ほれほれ、お三方!行きませうぞー」
廊下に響き渡るダミ声が私たちを呼ぶ。みい以外のカボチャ二人が先導して歩き出したので、とりあえずそれに続くことにする。赤城はすたすたと先に行ってしまう。
「さあ、行こうよ! きょーちゃん」
みいが差し出した手を、渋々取った。相変わらずちっちゃくてマシュマロみたいな、私よりも体温の高い手だった。
***続く***
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