その2
カボチャは結局、教室の後ろのスペースに置かせてもらうことにした。
被るという選択肢は論外。机の上に置くわけにはいかないし、それができるサイズでもない。当然、ロッカーも無理だ。いっそのこと、みいが出払っているうちに返品してやることも考えたが、泣く泣く却下した。というのも、みいの机の上には、既に同じサイズのカボチャが鎮座していたからだ。いったいいくつ用意したんだ、あのお祭り女。
まあ、あるものはあるんだからしょうがない。どうせ放課後になったら突っ返しに行くのだ。とりあえず自分の席が窓際の最後列で良かったとこれほど実感できるのは、後にも先にも今回だけかもしれない。
暢気にそんな風に思っていた。
——風邪を引いた先生の代理でやって来た、初老のシスターの顔を見るまでは。運の悪いことに、その人は理不尽なくらい厳しいことで有名な浅木先生だった。
「遠山さん、それは何ですか?」
「ええと……。カボチャです」
隣りの席の赤城がくすくす忍び笑っているのが、視界の端に映る。あとで絶対泣かす。
「そんなことは見れば分かります。何でそんなものが、教室にあるかを聞いているのです」
それは私が聞きたい。
えーと、みいは何て言ってたっけ——。
「は、ハロウィンだからじゃないですかね……?」
口にした瞬間、言葉の選択を誤ったと悟る。
赤城がついに吹き出した。耳まで真っ赤にして。俯き気味に恐る恐る伺うと、浅木先生の顔も真っ赤に染まっている。
「貴女はしっかりしていると思っていたのに。受験前にもなって、そんなに浮ついた気持ちでどうするのですか!?」
「す、すみません……っ!」
雷が落ちた。その迫力は教室全体を震わせて、隣のクラスまで響いたという。その中心地点にいた私は反射的に頭を下げ——、下げすぎて机に頭をぶつけながら、平身低頭、平謝りする。
何で私が謝らなきゃいけないんだろう。
やっぱりハロウィンなんて嫌いだ。
後ろで素知らぬ顔をしているカボチャを、猛烈に蹴り飛ばしてやりたくなった。
「杏子もよくやるわぁ。まさに火に油だったね」
「好きでやったんじゃないよ、もう……」
まだずきずき痛むおでこに氷嚢を当てて、赤城を睨む。他人事だと思って。わざわざ部室から借りてきてくれた恩は感じるけど、さっき笑ってくれた恨みと相殺されて、お礼を言う気はちっとも起きない。
「みっちゃんは相変わらずって感じか。お姉ちゃんは大変ですねぇ」
「別にお姉ちゃんじゃないし」
とは言ったものの、私とみいは姉妹のように扱われることが多々あった。
みいは、基本的には明るく活発な普通の女の子だ。しかし、思い出したように突飛な行動をするせいで、クラスではちょっと浮いていた。
初めて会話らしい会話をしたのは、六年前の秋のこと。その日から何故か懐かれてしまった私は、みいのお守りをすることが多くなった。中等部を経て高等部、エスカレーター式に進級を重ねていく私とみいは、示し合わせたようにずっと同じクラスになった。
別にお互い、他の友達がいなかったわけじゃない。でも、みいがやんちゃする度に歯止め役はどうしても必要で、それだけは何故か私に回ってくるのだった。
災難は、特に祭りと名のつく日に多かった。
花祭り、七夕祭り、夏祭り、文化祭に体育祭に、ひな祭り——数え上げればきりがない『お祭り』の度に、無理やり引っ張り回されるのが常だった。しかも仮装好きときているから始末が悪い。ペア物はその最たる例で、みいが織姫をやれば私は彦星にさせられたし、女雛をやるときは決まって男雛にされるのだった。
そんな風に、私たちの腐れ縁みたいなものは続いてきた。
しかし、高等部も三年になって、ついにクラスが分かれた。クラスが変わると接点がなくなるなんて珍しい話じゃない。合同でやる授業はなかったし、みいは手芸部で、私はバスケ部。最寄り駅は一緒だけど、何も用事がないのに行き来するほど家も近くない。そうしてほとんど会うこともなくなった現在では、晴れてお役御免というわけだ。
「強がっちゃって。本当は寂しがってたくせに」
「まさか。肩の荷が下りた気分だったわよ。おかげさまで部活に集中できたもん」
「まぁ、部活のことはちょっと同意するけど。四月からの杏子の活躍っぷり、半端なかったよねぇ」
同じくバスケ部だった赤城は、感慨深そうに言う。私が六番、赤城が七番。大会では揃ってフル出場した仲だ。
まあ正直、赤城の方が私よりずっと上手いのだけど。引退しても変わらないショートの髪と、長身で程よく筋肉の付いた長い手足を持つ彼女は、女子校にあって固定ファンが付くほど人気がある。
「——で、あれは? そのまま置いとくの?」
「うん。帰りにあいつに持って行かせる」
無事、というべきかどうか。件のカボチャは、今も教室の後ろに鎮座している。
浅木先生もさすがにその場で何とかしろとは言わなかった。取り上げられそうになったときは焦ったけど。今日中に持ち帰ることを条件に何とか容認してもらったのだ。
何であんな必死にお願いしちゃったんだろう。別に私が困るわけじゃないのに。
自己嫌悪だかなんだか分からない、もやもやしたものを抱えつつ、腫れたおでこを撫でる。
赤城はカボチャの側に寄って、ぺたぺた触り始めた。
「しかしよく出来てるわぁ。本物みたい」
「器用なだけが取り柄だからね」
「またそんな言い方するんだから。みっちゃんかわいそー」
「ふーん。赤城はみいの味方するんだ」
「でも、結構手間かかってると思うのよねぇ、これ」
カボチャを撫でくり回す赤城。案外可愛いもの好きなのだ。
「それなのに、毎年誰かさんに振られて、一人でパレードに参加してると思うと——」
赤城は冗談めかして大げさに言う。
「は? 一人って……」
「知らなかった? 毎年行ってるのよ、みっちゃん」
パレードに誘われるのは今年で通算六回目、全て口実を付けて断ってきた。
みいのお祭りテンションに付き合えるのなんて、当時は私くらいだったから、てっきり諦めていたものと思っていた。なのに、まさか参加していたなんて。本人からは一度も聞いたことがない。
「一度くらいは行ってあげてもいいんじゃないの? 杏子の個人的事情ってやつは置いといて、卒業したらどうなるか分からないんだから」
卒業——。その単語がやけに現実的な重みを持って襲いかかってくる。
もし断ったら、みいは今年も一人で行くんだろうか。確かにそれは寂しそうだった。
——それとも、今年は別の誰かを誘うんだろうか。
仕方ない。行くかどうかは別にして、話くらいは聞いてやってもいいかもしれない。
でも、二人っきりになるのはなぁ。先ほどのやり取りの後だし、気まずい。
「ねえ、赤城。ちょっとお願いが……」
「んー? 何かしら、きょーちゃん?」
赤城の質の悪いにやにや笑いが目の前にあった。
「何よ、しゃーないじゃん!」
その視線に堪えられなくなって顔を背けた先には、無邪気なにやにやを浮かべたカボチャ。まるでつまみ食いの現場を見られた子どものような気分だった。
***続く***
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