第10話お嬢様ロールの君

 そして、翌日の日曜日。

久しぶりの清々しい朝。

どうやら、昨晩はぐっすり眠れたみたいだ。

さて、今日はどう過ごそうかな?

と言っても、女学生に扮する私が、そうそう呑気に遊びに出かけるわけにもいかないだろう。

今の私にできそうなことといえば・・・

そうだ、掃除でもしようかな。

別に散らかってるわけじゃないけど、こういうのは習慣だ。それに雅子は綺麗好きだもんね。

帰ってきたときに部屋が綺麗なら、きっと嬉しいと思うし・・・

「よし決めた!今日はお掃除しよう!」

そして、しばらく部屋の中を掃除する。

「ふぅ・・・こんなものかな?」

床や机は拭き掃除でかなり綺麗になった。

本当はタンスの中も整理したいけど、指定された場所以外絶対に触るなって言われてるし、これ以上することないかな。

コンコンッ

ノックが聞こえた。

「はーい。誰ですか?開いてますよー」

ガチャっと扉が開く。

「あ、お掃除してたんだ。結構綺麗好きなのね。邪魔だった?」

みかさんが入ってきた。

「いえ、今終わったところですけど、何か用ですか?」

「え?いや、お菓子があるから一緒にどうかなって思って・・・」

「わあっ!お菓子ですか!?いいですね、私桜陵に来てから、そういうの食べてないんです!さ、早く食べましょうみかさん!」

「あ・・・でもずるいよね?来週から雅子は私か麗華さまを選ばなきゃいけないのに、私だけ抜け駆けするみたいで・・・」

「え」

「や、やっぱりやめましょう。私、帰るね!」

そう言ってみかさんは出て行った。

「ええっ!?ま、待ってください!そこまでしておいて酷いですよ!私にも食べさせてくださーい!」

そして、私がお菓子を食べることはできなかった。

ーー夜、みんなが自室で寛いでいる中、私はこっそり寮の共同風呂へ向かった。

個室にもシャワーはついてるけど、休日くらい湯船につかりたいよ。

みかさんに聞いたところ、この時間なら人もいないってことだから、今日はゆっくりと温まろう。

「だから、イヤだって言ってるでしょ。いい加減にして」

・・・あれ?こんな時間に誰かいる。

みかさんの声だよね?電話みたいだけど、誰と話してるんだろう。

「はい、それはわかってますけど、今さらです。お父様にもそう伝えて、それじゃあ・・・」

ガチャっとみかさんが受話器を置く。

「はあ、なんで今さら・・・」

「みかさん・・・」

とりあえず話しかけてみる。

「きゃっ!ま、雅子!?なに?」

「あ、驚かしてすみません。今の電話、妹からですか?」

「え?違うわよ。今のはうちの・・・あ、いや、その・・・」

「・・・?」

「そ、それよりこれからお風呂なの?私も入ったんだから、残り湯に顔つけたりしないでよね?」

「えええっ、それじゃあ顔も洗えないじゃないですか!?」

「あはは、冗談よ、冗談。それじゃあおやすみなさい。見つからないように気をつけてね」

「あ・・・」

なんだか誤魔化された気がするなぁ。電話の相手、誰だったんだろう?


 5月12日、早朝。

いつもより早く目覚めた私は、颯爽と着替えを済ますとすぐにラウンジに向かった。

本当はみかさんが来るまで待っていようと思ったけど、今日から園芸部か生徒会、どちらを手伝うか決めなきゃいけない。

そう考えると、いつまでもみかさんに頼ってたらダメだと思い、私は一人で寮を出ることにした。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう雅子さん」

ラウンジに着くと、早朝練習のある生徒がすでに数人食事を済ませており、私はその一人一人から挨拶を受けた。

「ご、ごきげんようみなさん」

私はそれに笑顔で挨拶を返しながら、ちょっと違和感を覚えた。

てっきり私、麗華さまの件でみんなに嫌われてると思ってたんだけど・・・意外と寮のみんなは気にしてないのかな?

「嫌だわ雅子さん。あんな噂、みんな信じてると思ったの?麗華さまに関する噂話ならいつものことよ」

「そうそう、あんまり気にしない方がいいわ。どうせ天音さんが噂を広めてるんだから」

「それより、桜花祭、楽しみしてるわよ。準備、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

天音さんって、誰だろう?

そして、私は寮を出て、学園に向かう。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう、雅子さま」

校門に着くと、寮生の方たちが言ったとおり、金曜日に比べて反応が柔らかくなっていた。

それでもまだ一部から悪意のある噂話が聞こえてくるけど、前みたいに生活にストレスを感じるほどのものではない。

よかった。金曜日と同じことが続けば、さすがに苦しかった。みかさんにも申し訳なかったしね。

「・・・・・」

私の教室の前に・・・ゴージャスロールの女性が、両脇に取り巻きを従えて苛立たしそうに立っていた。

す、すごい。あれぞまさしく、ザ・お嬢様だ。

そのど派手な出で立ちは、お嬢様だらけの桜陵の中でもひと際異彩を放っている。

周りの生徒も苦笑いで敬遠してる程だ。どうも、誰かを待ってるらしい。

とはいえ、な、何者だろうあの人・・・どうしてうちのクラスに?

私はしばらく『お嬢様ロールの君』を見守ることにした。

お嬢様ロールの君ーー我ながら、美味しそうなロールケーキみたいなネーミングセンスだ。

どこかで売ってないかな?

「まったく、まだ来ませんの雅子さんは!」

「・・・・・え?」

し、しばらく様子を見ていようかな?

雅子じゃなくて餡子だったのかもしれない。

触らぬ神に祟りなし。この手の人は無視するのが一番だ。

そう決断した私は、気づかれないように、後ろを振り向いた・・・そのときだった。

「かぷっ」

「ひゃあ!だ、誰ですか!?」

突然耳たぶを噛まれ、私は慌てて振り返る。

「うふふ、ごきげんよう雅子さん。冷や汗かいてる雅子さんが可愛くて、ついかじっちゃいました」

「なんだ、麗子さんだったんですね・・・って、何で!?」

一瞬、胸を撫で下ろしそうになったが、よく考えると耳をかじる意味がまったくわからない。

「え・・・すみません。良かれと思ってやったんですが、驚かせてしまったみたいですね」

い、いや、驚かせたとか、そういう問題じゃ・・・

麗子さんって基本的には美人で素敵な人だけど、たまに何を考えてるのかわからなくなる。

天然・・・なんだろうな。

「そこにいましたのね、雅子さん!」

「わっ、しまった!」

麗子さんと騒ぎすぎたせいで、ゴージャスロールの人に見つかってしまった。

慌てて身を隠そうとするが、時すでに遅し。

私の行く手を美味しそうなゴージャスロールが、ぴよんぴよん跳ねながら阻んだ。

「ひいっ!あ、あなたは一体・・・」

「おーほっほっほ!はじめまして雅子さん。自己紹介の必要はありませんわよね。当然わたくしのことはご存知のはずですから」

「え?あの、そう言われましても、その・・・私の中では・・・ゴージャスロールの人、ですけど?」

「ち、違いますわよ!わたくしを馬鹿にしていますの!?」

しまった。お嬢様ロールの君よりロールケーキっぽくないから、怒らせずに済むと思ったのに。

「わたくしは、九条家に並ぶ日本で唯一の名家、二条院の一人娘でありーーこの学園で麗華さまと肩を並べることができる無二の存在、二条院天音ですわ!」

「ええっ!あなたが天音さん!?」

「ほほほほほ。そうですわ、ようやく気付きましたのね。鈍い人ですわ」

「は、はあ・・・どうもすみません」

「ところで雅子さん。わたくしが何をしに来たかおわかりでしょう?手を引きなさい」

「は?」

「ほんと、鈍いですわね!麗華さまをどうやって騙したか知らないですけど、あなたごとき凡民に麗華さまは不釣り合いですわ。即刻、麗華さまと別れなさい!今すぐに!」

「・・・・」

私が呆然としていると、麗子さんが口を開く。「雅子さん、廊下での長話は迷惑ですから、教室に入りましょうか」

「そ、そうですね」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!わたくしの話を聞いてましたの!?麗華さまと別れなさいと言いましたのよ!」

「え、ええ、聞いてましたよ。聞いてましたけど・・・麗華さまと別れるも何も、私はそれ以前に付き合ってませんが」

「嘘おっしゃい!では何故あなたが次期会長に推薦されたの!?絶対に卑怯な手を使って麗華さまに取り入ったに決まってます!どんな手を使ったの?その秘密を教えなさい!」

「え、そんなこと言われても秘密なんて・・・」

「いいから早く教えなさい!早く!」

「だ、だから秘密なんてありませんってば!そんなに近づかないでください!」

私がいくら反論しようと、天音さんは興奮状態で話を聞いてくれなかった。

ああ、何なのこの人。急に現れたと思ったら、無茶なことばかり言って・・・

もう嫌だ。誰か助けてよ!

「そこの2人!何を騒いでいるの?」

「あっ!?」

振り向くとそこにはーー

「れ、麗華さま!?どうしてここに?」

ここは2年生の階なのに、どうして3年の麗華さまがいるの?

「ごきげんよう雅子、それに天音も。朝から騒いでいる生徒がいると聞いてきたのだけど、それがまさかあなた達だったなんてね」

「あ、いえ、これは・・・」

「何をしてるの、雅子。先週学園長先生にお叱りを受けたばかりなのに、あなたは反省しなかったの?」

「ち、違います麗華さま!私は巻き込まれてーー」

ていうか、その時も私は麗華さま達に巻き込まれただけです!

「それに天音も。普段真面目なあなたが騒ぐなんて、一体何があったというの?」

え!?普段真面目な天音さん!?

「お、おほほほほ!いやですわ麗華さま。わたくし達、別に騒いでおりませんわよ?」

「えっ?」

「実は少々、雅子さんと今後の桜陵の発展について、大事なお話をしておりましたの。そ、そのうちに少し議論が熱くなってしまって。それを見た方達が、騒ぎと勘違いしたようですわね」

「あら、そうだったの?」

「ええ!全く困った話ですわ!わたくし達が騒ぎを起こすはずありませんわ。ね、ねえ、雅子さん?」

天音さんはそう言いながら私を見る。

「えっ!?え、ええ、そうです・・・ね」

「そういうことだったのね。私の勘違いだったわ。ごめんなさい」

「そ、そんな!麗華さまが謝る必要はありませんわ!勘違いした生徒が悪いんですもの!わ、わたくしすぐに注意してきますわ!それではごきげんよう麗華さま。い、いきますわよ、みなさん!」

「あ、お待ちください天音さま!」

「どちらへ行かれるんですかーっ!」

そして天音さんと取り巻き達は去っていった。

す、凄い変わり身の速さだ。

麗華さまの前だと、ずいぶん態度が変わりますこと。

「はあぁ・・・疲れた・・・」

「終わったようね。それじゃあ行くわ」

「え!もう行かれるんですか?」

「ええ、用事はないのでしょう?今日は朝から忙しいのよ。悪いけどおしゃべりはまた今度ね」

「そ、そうですか・・・」

なんだろう?いつもならもっと話しかけてくれるからかな。何だかちょっと寂しい気がする。

「なあに雅子?もっと私と一緒にいたかった?だったら今からでも生徒会の仕事を手伝ってくれてもいいのよ?歓迎するわ」

「え!?あ、でもそういうわけには・・・」

「ふふふ、冗談よ。放課後、あなたを待っているわ。ごきげんよう」

「ごきげんよう、麗華さま・・・」

そして麗華さまが去っていった。

「相変わらず素敵ですね、麗華さま」

麗子さんがつぶやく。

「ええ、そうですね・・・」

でも・・・だからこそ簡単に決められないのよね・・・

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