第9話『雅子』の気持ち
翌朝。今日からせっかくの休日なのに、なんだか頭が重くてぼーっとする。
昨日は早く寝たんだけどな。
これも美鈴さまや学園長先生の言葉が頭に残ってるせいだ。
「はぁ・・・」
私はため息をつきながら、ラウンジで少し早めの朝食をとる。
休日の早朝は人気がなく、私は一人で食後の紅茶を飲みながら、窓の外を眺めていた。
私、どうすればいいのかなぁ・・・
私に期待して、生徒会長に推薦してくれた麗華さま。
私が生徒会長にならないと、勘当されてしまう麗華さま。
私は斎藤雅子として、絶対園芸部を手伝わなきゃいけない立場にある。
だけど、そうすることによって麗華さまが大変な目に遭ってしまうと思うと、簡単に決めることなんて出来ないよ・・・
「ごきげんよう、雅子。早いわね、やっぱり昨日は眠れなかったの?」
「み、みかさん!?きゃっ!」
突然現れたみかさんに驚いて、私は思わず座っていた椅子からずり落ちそうになり、あわててみかさんが支える。
「ちょっと、何やってるのよ!別に驚かしたわけじゃないのに、鈍いわね」
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて・・・」
「考え事って、麗華さまのこと?驚いたわよね。九条家が厳しいとは聞いてたけど、まさか勘当までされるなんてね」
「あれってやっぱり本当なのかな?」
「かもしれないわね。九条家はそのくらい厳しいから、みんな優秀なんだって聞くし、麗華さまを見てると信じちゃうわよね」
「・・・・」
私は黙り込む。
「同情してるの?でも生徒会を手伝うってことは、雅子を会長にするってことよ?それでもいいの?」
「それは分かってます!だけど私が麗華さまに関わらなければ、勝負なんて話にもならなかったわけで・・・。そのせいで勘当なんて。親子の縁を切るって意味でしょ?なのに私、本当に何もしなくて・・・」
「そんなの、今さらどうしようもないじゃない。逆にいえはあなたがいなければ、麗華さまも後継者を見つけられなかったんだし、結果的には同じことになってたわよ」
「そうかもしれないけど、だからってこのままでいいの?今の私は本物の雅子じゃないけど、それでも雅子は雅子だから・・・。知らない振りをするのが、雅子として正しい行動なのかな?」
「そう・・・じゃあそんなに悩んでるなら、本物の雅子に相談してみたら?」
「え?」
「結局この問題はあの子に関わってくることでしょ?報告がてらに連絡してみたらどう?」
「そ、そうですね。今日は休みだし、報告しなきゃいけないこともいっぱいありますし」
「私、席外すわね。電話中もラウンジに人がくるんだから、簡単に男言葉に戻っちゃだめよ」
「はい。ありがとうみかさん」
そして、みかさんは部屋に戻っていった。
「・・・うん、そうだよね」
みかさんの言うとおり、いつまでも一人で悩んでてもしょうがない。雅子に相談しよう!
私は一度周りに人がいないことを確認すると、素早く受話器を持ち上げて電話をかけた。
2度、3度コール音を聞いたあと、受付の人が電話に出たので、私は自分の名前を告げた。
ふぅ、やっぱりちょっと緊張するなぁ。
相談だけじゃなく、桜花祭のことや次期会長のことも話さなきゃいけないし・・・
・・・やっぱり、怒られちゃうかな?
『もしもし、兄さんですか?こんな朝早くどうしたんです?』
「雅子!」
久しぶりの雅子の声に、自分の居場所に帰ったような安心感を覚えた。
これから話すことはあんまり気楽な内容じゃないけど、少しだけ気分が軽くなった。
「ひ、久しぶりね。実は今日、雅子に話しておきたいことがあって電話したんだけど・・・」
『話しておきたいこと?それって次期会長のことですか?それとも、桜花祭の勝負のことですか?』
「うん。それもあるんだけど・・・えっ?」
次期生徒会長?桜花祭の・・・勝負?
「え、えええーっ?ど、どうして雅子がそのこと知ってるの!?私まだ何も話してないのに!?」
『ん!?わ、ワタシぃ!?』
「あ、いやほら!今は寮のラウンジだから、まだ女口調じゃないと・・・」
『あ・・・ああ!そうでしたね。ビックリした。兄さんがそっちの趣味に目覚めたのかと思いましたよ。兄さん、環境に染まりやすい性格だから』
「ギクッ!そ、そんなことより、どうして雅子がそのこと知ってるの?私、まだ何も話してないんだけど」
『あれ、聞いてないんですか?私、最近みかさんと電話でお話してるから、学園のことには詳しいですよ』
「みかさんと!?そんな、私、全然聞いてないんだけど・・・」
さっき話した時、言ってくれればよかったのに・・・
『それより兄さん!たった1週間でなんてことしてくれたんですか!これじゃあ私が復帰しても、まともに桜陵で過ごせないじゃないですか!暴れすぎです!』
「あう!そ、それはその・・・別に私が何かやったわけじゃないんだけど、その・・・ご、ごめんなさい!」
雅子の怒りはごもっともだったので、私は素直に謝った。
そうか、まだ桜陵にきて1週間しか経ってないんだ。それなのにあれだけ事件を起こして・・・
本当に私、何をしに行ってたんだろう・・・うぅ、情けない・・・
『まったく、兄さんが私の為に何かするといつもこうですよね。前も崖の上に咲いてる花が綺麗だって言っただけなのに、勝手にとりに行って大怪我しちゃうし。病気の治る水なんて胡散臭いものを汲みに行った時も、確かーー』
「わあああっ!そ、その時の話はいいから!そろそろ学園の話をしましょうよ!」
『ああ、そうでしたね。私に相談というのは、麗華さまのことですか?』
「う、うん。そのことなんだけど・・・」
私は冷や汗をぬぐいながら、受話器越しに今までの経緯と、麗華さまに迷惑をかけてしまっていることを話した。
学園長先生のお話、麗華さまが勘当されるという状況。
そして私の素直な思い・・・
雅子は最後まで黙って話を聞いてくれた後、ゆっくりと話し始めた。
『兄さん・・・兄さんはどうしたいんですか?やっぱり麗華さまを助けたいですか?』
「うん。雅子を会長にはしたくないけど、麗華さまは悪い人じゃないと思う。出来れば生徒会のことも助けたい」
『そうですか。麗華さま、巻き込んじゃいましたもんね』
「・・・・」
『兄さん、そういうことなら私、生徒会長をやってもいいですよ』
「え、本当!?」
意外な返事に、思わず聞き返してしまう。
確かに雅子が会長になってくれるなら問題は全て解決する。桜花祭で勝負する必要もなくなるわけだけど。
『だけど兄さんが生徒会を手伝ったら、みかさんはどうなるんですか?』
「え、みかさん?」
『はい。みかさん、昨日電話で言ってくれました。私は雅子と園芸部を続けたいから、兄さんが生徒会を手伝っても、麗華さまと勝負するって。勝負に勝って、生徒会長になるのを阻止して、また雅子と一緒に園芸をするんだって、そう言ってくれました』
「嘘・・・みかさんが、そんなこと・・・」
『私、凄く嬉しかったです。みかさんは私を待っててくれてるんだって、私を大事に思ってくれてるんだって。私も、そんなみかさんとまた一緒に園芸をしたいと思いました。だから兄さんには、みかさんの味方をして欲しいです』
「それは・・・」
『でも、それも含めて、全部兄さんが決めてください。1週間、時間があるんですよね?』
「え、私が決めていいの?でも今の私は雅子だから、雅子の意見を尊重した方がーー」
『ダメです。それは逃げてるだけですよ!』
「え?」
『こうなったのも全部、兄さんが勝手に桜陵に行っちゃったからですよ?責任持って、答えは兄さんが出すべきです。そのための学園長先生からいただいた1週間ですよね?1週間、いっぱい悩んで苦しんで、答えを出してください。それが嘘をついてしまったみなさんに対する、私達の唯一の償いだと思いますから・・・』
「雅子・・・」
そっか・・・そうだよな・・・
こんなことになったのは全部私が余計なことをした結果なんだから、その責任は自分で取らなきゃいけないんだ。
「わかった、選ぶよ。オレが選ぶ」
『はい。私は兄さんの妹として、その結果を受け止めます。だから、私のためとか、変な遠慮しちゃダメですよ?』
「わかってる。ごめんな雅子。オレが余計なことをしたばっかりに、お前にも苦労かけちゃって」
『ふふふ、いいんですよ。入院中の退屈しのぎにもなりますし。でも、兄さんは真剣にやってくださいね。それでは、長電話は怒られるから、また。ごきげんよう、兄さん』
「ごきげんよう、雅子・・・」
ガチャっと受話器を置いた。
「電話終わった?最後の方、男言葉に戻ってたわよ」
振り返るとみかさんがいた。
「わあっ!みかさん、ずっと見てたんですか!?」
「え?いや、ずっとってわけじゃないけど、心配になって・・・」
「ご、ごめんなさい、みかさん!私、麗華さまのことで頭がいっぱいで、みかさんの気持ちを考えてなかった」
「え?」
「私、酷いよね。今回のことでみかさんにはいっぱい迷惑かけてたのに、それなのに麗華さまに同情して、みかさんを見捨てるような真似をして・・・」
「い、いいわよ別に。麗華さまのことは私も気になってたし、それに私が頑張るのはあなたの為じゃなくて、雅子の・・・ああ・・ややこしいわね。本物の雅子の為なんだから!」
「でもーー」
「あなたは雅子に言われた通り、自分で考えて行動すればいいの!私もそれが一番公平だと思うし・・・それに悩むこともあなたの償いでしょ?」
「みかさん・・・」
「だから謝ったりしないで。謝るくらいなら園芸部を選んで欲しいわ」
「くす、それはまだダメですよ。1週間考えるって約束しましたから」
「ふふふっ、それじゃあこの件はこれで終わりね。また明日から頑張りましょう、雅子」
「はい!」
雅子の言った通り、みかさんは本当に素敵な人だ。
みかさんの気持ちも、麗華さまの気持ちも裏切らないように、来週は今まで以上に真剣に行動しなくちゃ!
・・・私の肩には、少々、荷が重い気もするけど。
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