ロリ師匠に2週間弱で秘剣を教わって魔王を倒す勇者を目指します

兵藤晴佳

第1話

 土埃の舞う田舎道から、俺は古いレンガ造りの粗末な小屋に帰ってきた。

「師匠、今帰った」

「都はどうだった? フォリシャム」

 その都での一大決心を、俺は小柄な師匠を見下ろして告げた。

「俺は、修行の旅に出る」

 年齢不詳の師匠、ガメルメンドは呆然と立ち尽くしたが、すぐに微笑んだ。

「話を聞こう」

 俺は今まで溜め込んだ思いを、一気にまくし立てた。

「先の大戦おおいくさで孤児になった俺を育ててくれた恩は忘れない。しかも、俺に一子相伝の秘剣まで伝えてくれた。でも……」

「ああ、この間、私に挑戦してきた武者修行の男のことか? 気にせずともよい」

「気にする」

 師匠にぶちのめされた男は帰り際に、俺たちの剣を田舎剣法だと嘲ったのだ。

 言いたいことはまだあった。

「小さい頃は、姉さんが面倒見てくれているんだと思ってた。だから、もうちょっと大きくなって、両親は死んだって教えてくれたときも、納得できた」

 この王国は荒野を隔てて、魔王と呼ばれる者に率いられた種族の棲む高山地帯の真ん前にある。

 15年くらい前、そこから来た軍勢に多くの村人が殺されたのだった。

「でも、ガメルメンドは姉さんじゃなかった」

「それはこの間、正直に話したろう」 

 初めて食事の支度を言いつけられた時、俺は思い切って問い詰めたのだ。

 長く伸ばした髪とそう変わらない背の高さに薄い胸、幼い顔だち。どちらかというと妹だ。

「だから、ガメルメンド姉さんを、今は師匠と呼んでいる」

 言ったときにはレンガの壁がくるりと回って、師匠の姿はその向こうへと消えていた。

 都合が悪くなると、いつもこうだ。俺は苛立ちに任せて叫んだ。

「天下に知らしめたいんだ! その……スズメ叩きを!」

 口にするのも恥ずかしいが、それが秘剣の名前だった。

 壁の向こうから、返事はなかった。別に期待もしていなかったので、俺は黙って旅支度を始める。

「奥義を知らずして、それは叶うまいよ」

 どこの小娘かと思うような声が、背を向けた壁の辺りから聞こえた。


 その夕方から、俺はその秘剣「スズメ叩き」の奥義とやらを仕込まれた。

「それ! スズメは歩かん! 2本の足で跳ねる先を読むのじゃ!」

 師匠は、いささかムキになっていたようだった。

 それだけに、俺は少し悪いと思いはじめていた。

 本当は、武者修行なんかじゃない。

 この国の内外に、山脈の魔王軍が暗躍している。

 それを討伐する軍団に加える勇者を、国王が探しているというのだ。

 俺が見た触書は、あの武者修行の男が「悔しかったら選ばれてみろ」と、俺に渡したものだった。

「そこまで! そう、細かな動きで小さな急所を突く。それが奥義・舌切りスズメじゃ!」

 師匠の励ましも、俺の耳には虚ろに響く。

 あの後、都へは行ってみたが、そんな触書きはどこの道にも立っていなかった。

 それを探し歩いていると、小役人っぽい身なりの真面目そうな男が教えてくれたのだ。。

 秘密の触書だから、限られた者しか知らない。だが、選抜試験の時と場所は調べられる。

 ただし、口利き料を払えば、団長のニアリグに引き合わせてやる。

 大金を無駄にしないだけの腕を磨いてこい、と。

「だが、フォリシャムよ。それだけでは諸国の武人を打ち負かせんぞ」

「じゃあ、知る限りの技を教えてくれ。出し惜しみせずに」

 言い返すと、師匠もさすがにムッとしたみたいだった。

「もう日が暮れる。1日に1つずつ教えてやる。音を上げるなよ」

 言うなり、俺を夕食の支度に追いやった。

 そして、次の日から。

「目を正確に狙えば、龍でも怯む!」

「紙一重でかわせば、虎でも捕らえられん!」

 せこいせこい技の数々を、俺は日が沈むまで、休みなしに仕込まれた。

 何でも、この天下には、似たような流派が12もあるらしい。

 「龍殺し」「虎打ち」「鳳落とし」「熊突き」「馬斬り」「ハイタカ追い」「鷹払い」「燕返し」「猿飛び」「蛇使い」「亀割り」「鶏封じ」……「スズメ叩き」よりは遥かにマシな名前だった。

 その全てと戦う方法を教わり続けて迎えた、12日目の夜。

「発つのは明日の朝じゃろう。ゆっくり休め」

 師匠はそう言ったが、壁の向こうへと消えはしなかった。

 俺を追い込んだベッドに潜り込むと、可愛い顔で寝息を立てはじめたのだった。

 おかげでろくに眠れなかったが、夜明け頃に気が付いてみると、師匠はいなかった。

 ただ、テーブルの上には、朝食が久しぶりに作ってあった。

 それを慌てて平らげて、俺は都へと急いだ。


 都で俺に声をかけてきた小役人風の男は、スモグといった。

 礼儀正しい男で、契約書を見つめる俺を穏やかな声で気遣うのだった。

「フォリシャムさん、どうなさいました? 何かご不満でも?」

「いや……」

 いざペンを手にしてみると、どうしてもサインができない。

 スモグはもっともらしく頷いた。

「命よりも名誉を取る若者は他にもいます」

 俺は契約書を手に取った。

 2年間は、帰れない。討伐行が長引けば、もっとかかる。

「では、サインと共に口利き料を」

「待ってください、お願いがあります」

 一晩中眺める羽目になった、ガメルメンドの寝顔が目に浮かぶ。

 契約書へのサインだけ済ませたいと頼むと、スモグは支払いを選抜試験まで待ってくれた。

 口利き料は半端な額ではなかったが、近所から借りて回る肚でいた。

 俺は、師匠の前から何も言わずに消えるつもりだったのだ。

 そして実際、金を集めるのはそれほど難しくなかった。

 ガメルメンドといえば、それなりに師匠としての名が通っていたからだ。

「うちの旦那も死んだけど、あのひどい戦で苦労したわね、フォリシャムさんも」

「ご両親がいなくなった道端で訳も分からずに笑ってたのよ、あなた」

「育ててくださったお師匠さんと、本当に姉弟みたいだったわね」

 思い出話を聞けば聞くほど、俺は借金がしづらくなっていった。

 集めた金を返すと、俺は師匠のもとへと戻った。

「許してくれ、ガメルメンド……じゃない、師匠、本当は、俺……」

 無人の部屋で謝ったが、レンガの壁がくるりと回ることはなかった。

 ただ、テーブルの上に俺あての手紙が一通、置いてあるばかりだった。

 慌てて手に取ると、封が切ってある。

 中には、スモグからの口利き料の請求書が入っていた。

「師匠、これを見て……」

 もう言い訳は利かない。俺はすぐに都へ向かった。


 都に着くと、すぐスモグが俺を見つけて選抜試験に連れていった。

「早い話が、試合に勝てばいいんです」

 大きな宮殿のようなところに通されると、中庭には木剣や棒を手にした何人もの若者がたむろしていた。

 師匠を……ガメルメンドを裏切った以上、俺に帰るところはない。

 できることは、こいつらを一人残らず叩き伏せることだ。

 スモグが俺に耳打ちする。

「手加減してくださいね、殺さないように」

 下手をすると、やってしまうかもしれなかった。

 自分でも信じられないくらい、「スズメ叩き」はすさまじい威力を発揮した。

 襲いかかるハイタカをかわして追い落とす高速の剣。

 獰猛で頑丈な熊を一撃で突き殺す剛力の剣。

 互いに絡み合う発情期の蛇のように相手の剣を封じる神業……。

 いつの間にか、俺は全ての志願者を打ち負かしていた。

「たいした腕だな、小僧……剣を抜け」

 俺よりもはるかに背が高く、逞しい中年の男が長柄の斧を手に現れた。

「団長のニアリグだ。この素人共とはわけが違うぞ」

 そう名乗ると、いきなり斧を打ち下ろしてきた。

 師匠に習った抜き打ちで受け止めたが、手強かった。

 竜の目を突き、虎の隙を狙い、猿のように飛び回っては鶏のように逃げ回る……。

 そんな戦い方をしても、俺は中庭の端にある壁に追い詰められた。

「残念だったな。死ね、小僧!」

 斧が脳天へと降ってくる。

 だが、俺の目の前ではやはり、師匠……いや、ガメルメンドが微笑んでいた。

 死んでたまるか!

 跳ね上げた俺の剣が斜めに一閃して、斧を弾き返した。

 騎士を馬ごと斬ってくる剣を、正面から吹き飛ばす技だ。

「合格!」

 武器を失ったニアリグは、驚いたふうもなく言い切った。


 俺がその場を立ち去ろうとすると、スモグが駆け寄ってきた。

「では、お約束の……」 

「払わない。入団しないから」

 ただ証明したかったのだ。ガメルメンドが教えてくれた剣が最強だと。

 スモグが顔を曇らせた。

「話が違うんじゃありませんか?」

 いつの間にか、さっきの若者たちが武器を手に、俺を取り囲んでいた。

「どけ!」

 ガメルメンドの剣があれば、怖いものなどない。

 次々に襲い来る木剣や棒を片っ端から叩き斬り、俺はその場から逃げ去った。

 だが、誰も追っては来なかった。


 結局、俺は誰もいないレンガの小屋に帰ってきた。

「お帰り……」

 懐かしい声と共に壁がくるっと回って、ガメルメンドの小柄な影が現れる。

 俺は即座に謝った。

「修行の旅は……やめた」

「バカモノ!」

 甲高い声で叱り飛ばされたかと思うと、胸のへんに涙で濡れた顔が押し付けられた。

「悪い……心配かけて」

「そうじゃ! 明日からどうやって2人で暮らす!」

 俺は言葉を失った。

「……え?」

「お前を今までどうやって養っていたと思う?」

 考えたこともなかった。

「200年かけてこつこつ蓄えた金じゃぞ!」

 何歳だよ、ガメルメンド……いや、師匠……。

「お前が行くというなら、口利き料に全部使っても惜しくなかったのに!」

 

 1年もしないうちに、国王の選んだ勇者が魔王を暗殺したという噂が聞こえてきた。

 あの武者修行と、スモグとニアリグの3人、あの若者たちはグルだった。

 何でも詐欺と、売りに出ていた屋敷への不法侵入で捕まったらしい。

 たかが2週間弱の特訓で、あんなに強くなるわけがなかったのだ。

 金さえ巻き上げれば、勇者を目指す青二才に用はない。同じ目に遭った田舎の若者が何人かいたそうだ。

 俺は今、ガメルメンドの下でスズメ叩きの修行をやり直している。

 生活のために、通いの弟子も取ることにした。

 心配なのは、師匠への妙な気を起こされないかということだ。

 一応、俺の妹ということにしてあるが……。

 200年も生きた相手だと、かえって年の差なんかどうでもいい気がしてくるのだった。

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ロリ師匠に2週間弱で秘剣を教わって魔王を倒す勇者を目指します 兵藤晴佳 @hyoudo

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