第84話:対抗と対策

 WSDでは、【高次元生体ハイ・ディメンダー】と呼ばれる存在が3種族存在する。


 最初が【エレメント】、つまり精霊族である。

 物理攻撃がほとんど通らないので、属性魔術スキルで戦うしかないのだが、5属性存在して各属性同士で相性があるため、戦うのが厄介な魔物である。


 次に【デーモン】、つまり悪魔族である。

 こちらは逆に属性魔術スキルに高い耐性があり、斃すならば物理攻撃になるのだが、多種に及ぶ属性魔術スキルを使いこなす上、物理攻撃力もバカにならない厄介な相手である。

 そして【デーモン】は、【エレメント】を弱体化させる力を持っていた。


 最後に【エンジェル】、つまり天使族である。

 光の神【スイーティア】の眷属ではあるが、彼らの一部では人間は下賤な存在で滅ぼしてしまった方がよいという過激な考え方を持っている。

 属性魔術は使えないが、神聖魔術スキルと幻想魔術スキルを使いこなす厄介さがある。

 また、【デーモン】を弱体化させる力をもっているが、【エレメント】には弱体化させられてしまう性質も併せもっていた。


 このように3つの【高次元生体ハイ・ディメンダー】は、ジャンケンのような相対関係があり、どれを相手にしても、「戦うと厄介」ということは共通している。

 また同時に、3種族とも「幻想魔術スキルで召喚できる」という共通した特徴もあった。


 しかし、WSDで実際に召喚が実装されていたのは【エレメント】だけであり、【デーモン】に関しては【レッサー・デーモン】という下級悪魔のみ敵として登場していた。

 上級悪魔である【グレーター・デーモン】や、天使族の【エンジェル】に関しては、設定やシナリオの話の中だけで、敵として姿を現したことさえない。


「それが、こちらの世界になってはじめて【グレーター・デーモン】が現れたことになります。しかも、さすがグレーターというだけあってレベル90です。というか魔族の王たる魔王と同レベルとは驚きましたが」


 念のために、ボス部屋からなるべく離れた場所で、ロストはアライランスメンバー全員に見てきたことを一通り説明していた。

 おかげで多くの者達が顔を青ざめさせている。

 それはあたりまえだろう。

 ディアイオロスを見た時は、ロストも自分の顔が蒼白になっていたと思う。


「これから語ることは推測ですが、たぶん確度の高い話だと思います。まず、これを企んだのは【影の魔王ベツバ】であろうと思われます」


「それはあれかいな。六大魔王の1人の……」


 TKGの認識はあっていると、ロストは首肯する。


「なんでそんなもんが突然……」


「説明します。理由1。ミミ・ナナさんからの連絡で、ベツバがシワン領主【リーフ・カシワン】と接触していたという情報が来ています」


「魔王と内通していたってことでやがりますか!」


 御影が苛立ちをぶつけるように、左手の平に右拳を叩きつける。

 バチンと景気のいい音が廊下に鳴り響く。


「はい。そして理由2。ベツバは、僕たちがあるクエストで手にいれた悪魔召喚に関する資料を盗んでいきました。あの悪魔ディアイオロスは、『マスターの命令』という言葉を発していましたが、たぶんベツバがその資料を使って悪魔召喚を実現したマスターではないかと考えています。今まで存在が確認されていなかった【グレーター・デーモン】が現れたのですから、なにかしらの新要素が原因であると考えるのが妥当でしょう」


「その新要素が、悪魔召喚の資料だと」


「たぶん。そして理由3。あの悪魔がどうやってボス部屋に辿りついたかですが、隙間があればどこにでも入ってこられる存在が1人だけいます。そう。魔王ベツバならば影となってゴール側からも侵入できるはずです。そして、ボス部屋の前まで行って、そこで悪魔召喚をおこなってしまえばよいわけです」


「なるほど。しかし、その悪魔のレベルは90だったのでしょう。魔王ベツバとて90のはずです。あれほど意思がはっきりとある同レベルの悪魔が、従うものでしょうか」


 雌雄の質問には、ロストもはっきりとした答えをもっていなかった。

 だが、こういう時に頼れる仲間がいる。

 ロストは、フォルチュナの方に顔を向けた。


「フォルチュナさん、なにか悪魔族について知っていることはありませんか?」


「あ、はい。それでしたら少し」


 フォルチュナがロストの意図を汲んで口を開く。


「まず、ご存じかもしれませんが、召喚したエレメントに関してで言えば、召喚主のレベルまでは言うことを聞いてくれます。だよね、シニスタ」


「う、うん。しょ、召喚する……ときは、基準レベルをし、指定して召喚……する。召喚されるのは、き、基準レベルの前後2レベル内……。つ、つまり60の召喚主が、安全な範囲……で召喚するなら、き、基準レベルは……58になるけど、ハズレると56が呼ばれて、ざ、残念なこともある。もし、じ、自分より高い……レベルを召喚すると、1レベルごとに、20パーセントの確率で、し、指示を聞かなくなったりする……」


「ありがとう、シニスタ。だけど、それはエレメントの場合。WSDでデーモンの召喚はできなかったけど、設定的に精霊族と他の2種族では違いがあると、運営の話で出ていたことがありました」


「違いですか?」


「はい。一番の違いは、精霊族には明確な意思がないのですが、悪魔族や天使族には意思があります。そしてその意思をもって、悪魔族と天使族は召喚後に契約ができると」


「ああ、そんな話があったわね!」


 レアが何か思いだしたのか、手をポンと叩く。


「なんか契約することで、特定の悪魔や天使を従えるシステムを作りたいとか何とか」


「それです。まだ構想だったと思いますが、ソロプレイを支援するために、A.I.を使って戦闘を助けてくれるNPCみたいな感じですね。その話の中で、悪魔族の性質なども説明されていたんですけど」


「う~ん、それは覚えてないな。どんな?」


「悪魔族は、対価を求め、その対価によって契約期間が決まると。まあ、よくある設定だと思いますが、それが具体的に何かまでは決められていなかったのではないかと思います」


 フォルチュナが、少し首を傾げながら視線で話し終えたことを伝えてきた。

 それを受けて、ロストは「ありがとう」と伝えてから説明を続ける。


「今のフォルチュナさんの説明で余計確信しましたが、あの悪魔はWSDにあった設定から、神であるクリアが新規作成したキャラクターである事はまちがいないでしょう。WSDではアバウトな設定だけしかできていなかったので、個々の悪魔の設定までできてはいなかったでしょうしね。それにネーミングセンスも、今までとはかなり違います」


 それにたった今、その推測の裏をとることもできた。

 フレンド登録しておいた、元運営であるイストリア王国の女王シャルロットにもチャットで確認していたのだ。

 まあ、悪魔についてかるくしか説明しなかったせいで、シャルロットは大混乱していたが、それはここを無事に出られたらきちんと説明することにしよう。


「さて。ここまでの推察で何がわかったかと言えば、あの悪魔ディアイオロスの対策がまったくとれないということです」


 さすがにメンバー達にざわめきが走る。

 しかし、これは事実なので仕方がない。


「神が新たに生んだ悪魔という皮肉な存在ですが、意思もしっかりとあり、アイテム・ポーチを使ったりする知能もある。元になったのはWSDだとしても、【グレーター・デーモン】という新たな存在ですから、どんな属性魔術を使うのか、どのようなスキルをもっているのか、予想もできません。唯一、わかるのはHPですね。バーを見る限り、幸いにもレベル85と大きな差はないと思われます。確かに【レッサー・デーモン】もHPは少なめでしたしね」


「でも、それだけでは、どうしたらいいか……」


 全員が、ざわざわと話し始める。

 それぞれいろいろな案を出す。

 試しに誰かが特攻をかけて様子を見るとか。

 契約時間があるなら、ギリギリまで待ってみるとか。

 敵を倒すのではなく、出口の封印を破る方法を考えてみるとか。

 だが、どれも決定打に欠ける案だった。


 そして案が出尽くし、全員の口が重くなったのを見計らって、ロストは開口する。


と、さっき言いましたが、対抗する手段がないときにとる


 それは無茶な策だった。

 しかし、全員が藁にもすがる思いとなった今なら、躊躇しながらも手を藁に伸ばしてくれるはずである。


「それは、どんな手ですか?」


 不安を浮かべる他の者とは異なり、雌雄がどこか楽しげに問いかけてきた。

 だから、ロストもちょっと微笑して返事する。


「対抗する時間を奪うんですよ。一か八か……ですけどね」

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