第82話:憩いの廊下と不吉な扉
フィールドボス【キング・ゴーレム】を葬った後、目の前に脈絡もなく大扉が現れた。
何もない空間に、その扉だけがまるで建物そのもののように荒れ地で立ち尽くしている。
それはまちがいなく、このフィールドのゴールたる扉である。
つまりは単なるゴールタイプではなく、ボスを斃すというイベントタイプのフィールドだったことになる。
ロストたちは、敵を一掃したあとにその扉に向かって走っていった。
扉は、上部がアーチ型になった、高さが人の5~6倍はある観音開きだったが、1人がかるく触れるだけで、ギィーという音を立てながらもスムーズに開いていき、なんなく全員が中に入ることができた。
中はやはりまったくの別空間で、真っ直ぐな廊下が200メートルぐらいは伸びている。
そして突き当たりにも、大きな扉が見えていた。
今、ロストたちはその廊下に入ってすぐの場所で休息をとっている。
しかし肉体は休まっても、多くのメンバーの精神は興奮状態で休まらない。
「ってか、なんなのよ、あの巨大なドリルは!?」
甲冑に身を包んだダークアイが、鼻息荒く訊ねた。
しかし、訊ねられたナオト・ブルーも応えられない。
肩をすくめながら首を横にふる。
「知らないよ。プラチナ・ロングソードが、いっぱいくっついてドリルみたいになっていたけど……」
ナオトがそばにいた御影やリンス・イン・リンスに視線で尋ねるが、誰もが苦笑で応えるばかりだ。
それは当たり前だろう。
あらかじめ知っていたのは、ドミネートのメンバーだけだが、彼女たちも最初に見た時には驚いたものだった。
「あれは【コンバイン・ウェポン】というスキルで作った武器なのですわ」
その驚きを説明できるデクスタが口を挟んだ。
どのような手順で、どのようなスキルを使ったのか、少しだけ鼻息を荒くしながら一通り説明をこなす。
フォルチュナは、その様子を黙って横で聞いていた。
「つ、つまり、ロスト殿は5つものハズレスキルを組み合わせてやがったのかですよ!」
一通り説明を聞いた御影の驚愕に、味付けのりがウンウンとうなずきながら続ける。
「しかも、こいつわぁ~組み合わせタイミングがぁ、大いにシビアではありますなぁ~」
その会話に加わっていた者達が、みんなうなずきながら、すごいすごいと同意する。
気がつけば、その話の輪にはアライランスメンバーのほとんどが集まっていた。
誰もがロストの作ったプラチナに輝く巨大ドリルに、驚きと興味が隠せなかったし、その正体を知りたかったのだ。
フォルチュナは、そんな会話をしているメンバーを見ているのが誇らしく嬉しかった。
「【コンバイン・ウェポン】は知ってたし、それ使うて大きい武器を作った奴もおったけど、扱えやせえへんからほぼネタ武器でポイッされとったな。せやから、確かにハズレスキル扱いやったけど、上空から落とすだけなら使い道があるわけや。なるほどなるほど」
腕を組んだTKGが、妙に納得したかのように深くうなずいて見せた。
気のせいか、嘴の端が笑みを見せているように見える。
「しかしのぉ。だからと言って、レベル85を一撃で沈めるのは、やり過ぎではないかのぉ」
その輪には、シュガーレスも加わっていた。
彼女は顎に手を当てながら、眉を顰めている。
「いくらすごい一撃とて、HPとかどうなっておるのやら」
「ああ。そ、それは……せ、精霊とか悪魔とか……そんなタイプは核がある、から」
シニスタが答える。
「か、核があるタイプは……HPに、か、関係なく、核が壊れれば……た、斃せるので……」
「それはわかっておるが、核は普通、厚いガードが施されておるではないか。HPを全部削らなくとも、半分ぐらい削るぐらいのダメージ量がないと、核には届かんのではないか?」
「確かにそう……なんですけど、そ、そこはチート……的なところがあって……」
「そうなのですわ。それこそがさっき説明した、【スローイング・アースブレード】の効果なのですわ」
「ああ。説明に『地面に刺さる』って書いてあるさかい、必ず地面まで届く……つまり障害物は全て貫くってわけやな」
TKGの補足に、デクスタがうなずく。
WSDのスキル説明は、単なるフレーバーテキストではない。
書いてあることは、性能そのものであり事実となる事柄なのだ。
「ただし、破壊不能オブジェクトはさすがに貫けず、地面に刺さらないらしいですわ」
「つまり……」
ナオト・ブルーが上目遣いで天井の方を見ながら口を動かす。
「【スローイング・アースブレード】であれば、HP無視で地面まで届く。でも、それを有効にするには上から、核に向かって投げ落とさなければならない」
「そうね。そして――」
ダークアイが続ける。
「【エイム・ウィークポイント】で最初は核を狙えるけど、後から使った【スローイング・アースブレード】で効果が消されちゃうから、ぴったり当てるのは難しい。なら、武器を大きくして広範囲攻撃にしてしまえ……ってことね?」
「理にかなっているけど、本当に全てハズレスキルと言われているものだけで構成しなくても……。いわゆるアタリスキルを使えば、これを活かした戦法ももっと使いやすくなるし、強くなれるのに」
「それはさぁ~、ハズレスキルにこだわっている趣味のせいというわけだろぉ~」
宝石の宝飾品と、きらきらと光を返す銀鎧を着たリンス・イン・リンスが、相変わらずのんびりとした口調で口を挟む。
「こだわりって大事だと思うんだよねぇ~。ボクも見た目にはこだわっているからわかるけどぉ~」
「こ、こだわりって……その……派手な……み、見た目ですか?」
「違うよぉ~。ボクが大剣しか使わないことだねぇ~」
「そっちかよ!」
TKGがすかさずツッコミをいれた。
そしてフォルチュナも、ついついツッコミというか補足をいれてしまう。
「確かにこだわりもあると思いますけど、それと同じぐらいにハズレスキルには実用性もあるんだと思います」
ロストを語る会話を聞いているのも楽しいが、やはり自分も参加して語りたい。
「ハズレスキルの実用性……そうじゃなぁ。意表をつきやすいとは思うがのぉ」
「それもありますけど、アタリスキルを使うこととの一番大きな差は、SPじゃないかと思うんです」
SP(Sポイント)は、レベルが1上がるたびにもらえるボーナスポイントである。
このSPを使って、スキルを覚えたり、「STR(攻撃力)、DEF(防御力)、MGP(魔力)、MaxMP(最大魔力量)、MaxHP(最大体力量)」という5つの顕在ステータスを強化したりできる。
さらにスキルを覚えるのにも、スキルごとに設定されたSPを使用することになる。
「ハズレスキルは使用するSPが少なくなりますから、多くのハズレスキルを覚えることができます。そのために、いろいろな組み合わせを考えることができると思うんです」
「ああ、なるほど。SP値緩和機能もあるさかいな」
「SP値緩和機能?」
シニスタとデクスタが顔を見合わせて首を捻る。
たぶん、ハイランカーが占めるここにいるメンバーの中で、知らないのはこの2人だけだろう。
だから、フォルチュナは説明する。
「運営やA.I.GMが考えたスキルには、そのスキルを覚えるためのSP値が設定されているけど、ハズレスキルも普通はだいたい通常のスキルと同じような感覚のSP値が設定されていることが多いの。例外はあるけど」
「あらですわ。ハズレスキルは最初から全部少ないのかと思っていたのですわですわ!」
「違うのよね。ハズレスキルもそれなりのSPが最初は必要なの。でも、高いSP値が必要なのに使いものにならなければ、誰も使わないどころか、誰も覚えてさえいない、そんなスキル――ハズレスキルがでてくるわけ。そうするとA.I.GMは、それがハズレスキルとプレイヤーにみなされているかを判断して、必要SP値を減らしていく救済機能があるの。例えば初期必要SP値が20だったスキルが、最後には1になったりすることもあるわ」
「なるほどですわ。そんなハズレスキルばかりならSPの消費が抑えられると……」
「そういうこと。そして、その多くのスキルを研究して使いこなす、それがロストさんのすごさの秘密というわけね!」
フォルチュナは、思わず自分のことのように自慢してしまう。
やはり敬愛するロストが褒められることは、本当に嬉しい。
しかも、こんなに多くのハイランカーにまで認められる力の持主。
(やっぱりロストさんはすごい!)
その秘書という、彼に近い立場でいられることに、彼女は幸せさえ感じてしまう。
そしてできるなら、彼のことを一番知り、彼にとって一番の力となりたいと願ってしまう。
「確かにすごい……。すごいが、本当にすごいのはそこじゃないと思うぞ」
だが、シュガーレスが水を差すようにフォルチュナの言葉を否定する。
「鋭い観察眼をもち、それを元に研究と努力を怠らない熱心さ。その研究成果を実現できる反射神経と運動能力、戦闘の勘の良さ。そして力だけではなく、頭の回転の早さ。……どれもすごいもんだ。じゃがな、わしが一番すごいと感じたのは、そういうことじゃない」
「な、なんですか?」
「それは、胆力じゃな」
「胆力? 肝が据わっているってことですか?」
「ああ。簡単に言えば、そういうことだのぉ。例えば、さっきの大技。上空数千メートルから落下する間にいろいろとスキルを使う……言うは易く行うは難しじゃ。パラシュートもつけず、単に数千メートル落下するだけでも、とんでもない恐怖のはずだのぉ」
「あ。そう言えばロストさん、【ムーブ・スカイハイ】を覚えたばかりの頃は、着地方法がなくて地面に激突して死んでいたって……」
「マジかよ!?」
「へっ!?」
フォルチュナの情報に周りが仰天する中、シュガーレスが1人でニヤッと楽しそうに笑う。
「みなもわかっているだろうが、WSDはほぼリアルと同じ感覚じゃ。そんな中で、上空から地面に叩きつけられる目に遭えば、普通は恐怖するもんじゃ。二度と使いたくないと思うどころか、高所恐怖症になってもおかしくないトラウマ案件じゃ」
「た、確かにそうですね……」
フォルチュナは「ゲーム中のことだから」とかるく流していたが、確かにそれはかなり恐ろしい体験だったはずである。
フォルチュナも高い崖から落ちて死んだことがあったが、それからというもの崖の間際には行けなくなってしまったぐらいだ。
「なのにロスト坊は、その恐怖を繰りかえしてでも、自分の力にしてしまう。しかも、WSDではなくリアルとなったこの世界でも躊躇なく、敵の真上に現れて落ちついてスキルを使いこなす。……いったい、どんな肝っ玉してるのやら」
「でもまあ、何回もくりかえしていたから恐怖が麻痺してるとか……」
誰かが言った反論に、シュガーレスは首をふる。
「さっき雌雄坊に話していたのを横で聞いていたが、ロスト坊はこの世界に来ていきなり高レベルの場所に飛ばされ、そこで生き抜いた上に高レベルの悪魔まで相手にしたのだろう?」
フォルチュナはシュガーレスの視線を受けて、強くうなずいた。
「ここでは、死ねば蘇れないかもしれぬ。それなのに慣れぬこの世界で、ロスト坊は逃げることもできたのに、村人を守るためとはいえ、そんな敵と戦う道を選べる。まあ、そのロスト坊と一緒に戦った奴らも大概だがのぉ」
フォルチュナはプニャイド村で悪魔と戦う時、RPSをはずしたロストを思いだす。
普段と違う荒々しいロストの姿。
その時は驚いただけだったが、今は思いだすと心臓の鼓動が高鳴ってしまう。
「この国同士の戦いとてそうだろう。ロスト坊は逃げることもできたはずなのに、逃げんかった。殺されるかもしれないとわかっていて、危険な賭けに挑んだわけだ。しかも、無謀とか無茶ではなく、勝算を生みだして。それが己の権力を求めたせいなのか、仲間の居場所を守るためなのか、わからんがのぉ」
「ハズレ好きのロストさんが、権力を求めるとは思えません!」
それだけは、フォルチュナもはっきりと言える。
ロストにしてみれば、国王などという立場は邪魔でしかない。
彼の欲望は、他の人とはハズレたところにある。
「まあ、村人を助けた話を聞いてもそうなのであろうのぉ。ならば、ロスト坊……否。やはり、ロスト様と呼ぶべきだろう。彼は人の上に立てる器ということであろうなぁ」
そう言いながら、シュガーレスが少し離れたところにいるロストの方を見た。
釣られるように周りの者達も、ロストのいる方を向いてしまう。
(あれ? なんか……)
ロストは、レアと雌雄の3人で話していた。
しかも、かなり深刻な表情を全員がしている。
中でもロストは、かなり険しい顔つきをしていた。
「なんかあったようだのぉ……」
シュガーレスの訝しむ声に押されるように、フォルチュナはロストの元に駆けよった。
そして嫌な予感を胸に、ロストに尋ねる。
「ロストさん、どうかしたんですか?」
するとロストは今までしなかったような、眉をしかめた表情でフォルチュナを見た。
その顔は、確実に予想外の大きな問題が起きたことを物語っている。
「あの扉……ボス部屋の扉をよく見てください」
フォルチュナは言われたまま、200メートル近く先に在る大扉を見つめる。
それはこの廊下に入ってきた時の扉と似ていて、かなり大きい。
この距離から見ても威圧感を感じるほどだ。
「扉がどうかして……えっ!?」
しばらく見て、フォルチュナもその違和感に気がつく。
観音開きの中央、左右の扉が合わさる部分。
そこから光がわずかに漏れているのだ。
「ま、まさか……開いているんですか、あれ!?」
「そのようなのです……」
「つまり、ラスボスはもう斃されている……」
それはある意味で密室殺人ミステリーのような出来事だったのである。
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