第79話:部隊と武器

「ただし、ここからは予想外のことが起きています。すでに中ボスが違っていたこと自体も予想外でしたが、この先のダンジョンにも異常がありました」


 ダンジョンには、大きく分けて5つのタイプがある。

 まずは【巣型ネストタイプ】ダンジョン。いかにも迷宮ダンジヨンというデザインで、廊下と部屋で構成されている。

 巣型ネストタイプには、広大な1階層タイプと、複数階層タイプがあるが、この【精霊の径庭】は後者の複数階層タイプだ。

 他にも広大な岩場や街まるまる1つがダンジョンとして登場する【戦場型バトルフィールドタイプ】、階層ごとにワンルームずつあり、それをクリアしていく【塔型タワータイプ】、そしてこれらの構造が組み合わさった構造をしている【複合型マルチタイプ】ダンジョンというのがある。


「異常とは、このダンジョンが単なる巣型ネストタイプではなかったということです。このダンジョンをよく知っている【ダンジョン・サバイバー】の面々に、斥候として少し先を見に行っていただきました。と言っても、この部屋から続く長い廊下の突き当たりにある、次の部屋の扉を開いただけなのですが」


「おお~よ。ずずずいっと見てきたってもんよのぉ~」


 ロストの目線を受けて、【ダンジョン・サバイバー】のリーダー【味付けのり】こと、通称ノリがそう説明する。


「その扉の向こうは、ななななんとなんとぉ~、広大な荒れ地にぃ~、石造りの建物の残骸があるマップときたもんだぁ~あれはぁ~どう見てもぉ~、【戦場型バトルフィールドタイプ】じゃのぉ~。つまりぃ、複合マルチ型に変えられていたわけだぁ~。まあまあ、確かにぃ~、最後のバージョンアップのお知らせでぇ~、一部のダンジョンに変更が入るとはあったがのぉ~」


 いちいち見得を切るような喋り方は聞き取りにくいが、それでも内容は全員に伝わった。

 だが、今度は混乱する者はいなかった。

 誰もがロストに注目し、次の言葉を待っている。

 ロストなら、何かしらをくれると信じ始めているのだ。


「まあ、タイプが変わってもクリアするだけです。ここは全員でアライアンスを組んで進むことにします」


 アライアンスとは、複合パーティーのことである。

 複数のパーティーを1つのチームとして見なし、一部のパーティー向けスキルがチーム全体に効果が出るようになったり、チーム内のHPやMPなどのステータスを確認できるようになったりする。

 これにより集団戦闘ができるようになるというものだった。


「むむむ~? アライアンスを組むと~? 慣れぬアライアンスよりぃ~、6人パーティー単位で行く方が安定せんかのぉ~」


「その答えは、ノーです」


 答えたのは、雌雄だった。


「確かに戦場型バトルフィールドタイプは、突入したパーティー人数により魔物のポップ数が変わります。そのため乱戦になりにくいよう、1パーティーで行くのが定石。もちろん、他のパーティーが侵入してくれば、乱戦になるわけですが」


「ならばぁ~……」


「しかし、今回は事情が違います。高レベルのドミネートの面々がいるために、敵が強い。ドミネート以外のパーティーには、かなりつらい戦いになるどころか、下手すれば全滅するでしょう。ならば相互にカバーしやすいアライアンスのがよいかと」


「むむむ~。なるほどのぉ~」


「そして主の望みである全員クリアを達成するには、全滅した場合に救出しに行かなければなりません。その場合、残りのパーティーで結局はアライアンスを組むことになるでしょう」


「おおぉ~。そうであったのぉ~。今回は普通はしない救出をしなければならぬのであったわいな~」


「でもさ、ノリさんの言うとおり、付け焼き刃のアライアンスで乗り切れるのか?」


 ダンジョン・サバイバーの1人が疑問をロストに投げた。


「その懸念は当然ありますが、みなさんはハイランカーの方々。状況判断能力は高いと思っています。各部隊をわけてリーダーを作ることで、さほど混乱はでないものと信じています」


 それ以上、ロストの案に疑問を投げる者はいなかった。

 それしかないということは、全員がわかっている。


「まず、タンクチーム。リーダーはレアさん。メンバーは、ダークアイさんが確定で、御影さんとリンスさん……できますか?」


「おお、できるぜですよ。本職ほどじゃねーですけど」


「ほいほい~。こちらも本職にはかなわないけど~短時間ならね~」


「大丈夫です。2人はサブ盾ということでお願いします。それから、TKGさんにも盾をお願いしたい」


「ふぇーっ!? わいが盾!?」


「あなたなら、受け流し盾になれるでしょ」


「いやいやいや! そりゃぁ物理攻撃ならやれるけど、魔術系はつらいし! そもそもわいの槍、そこまで強くないし!」


 TKGが、鳥の顔をブルブルと横に振る。


 受け流し盾というのは、攻撃でヘイトを稼ぎつつ、襲いかかる敵の攻撃を盾ではなく、武器でいなしていくスタイルのタンク役のことである。

 上手くいなせれば0ダメージでカウンターを入れられるのだが、攻防一体の高度なテクニックを要する。

 それに物理攻撃はまだしも、魔術攻撃をいなすにはこちらも魔術を使わなければならない。

 しかし、攻撃をいなすたびにMPを消費するのでは割にあわないため、魔術攻撃相手には受け流し盾は向いていないと言われていた。


「そうですね。ですので、これを使ってください」


 そう言うとロストは、右手を横に広げた。

 すると、その右手に1本の槍が現れる。

 その槍をおもむろに、TKGに投げ渡した。


「おっと! いきなり投げ……ちょっ!」


 受けとった槍を見たTKGは、目を見開く。


「ロストはん、これ【こうしょう】やないか!」


 かつてTKGが欲しくて欲しくてたまらなかったが、ロストの手に渡ってしまったレア武器の槍。

 それが今、自分の手の中にある事実に、TKGはしばらく固まってしまう。


「それならば、槍に発生する風魔術である程度の魔術攻撃も受け流せるでしょう」


「なっ!? ちょい待ち! 確かにこれなら受け流しも簡単やけど、こんなレア武器をそんな気楽に……」


「ああ。それはあなたがドミネートにいる限り、あなたの物としてお使いください」


「わいのもんってロストはん……これレンタル設定ではなく譲渡設定で渡しとるで!」


「レンタル設定は面倒なので。それがなにか?」


「なにかやない! わいがこのまま持ち逃げすることも、返せと言われても返さないこともできてしまうやないか!」


「そこは別に心配していないので」


「心配してないって……ロストはんなぁ……」


 TKGは、腹の底からすべての空気を吐きだすようなため息をつく。

 そして少し乾いた笑いを見せる。


「参ったな、こりゃ。……まあ、わいも期待には応えるで!」


 【哄笑】の石突きを地面に当てて甲高い音を響かせた。


「それから物理アタッカーのリーダー兼、副指揮官は、雌雄さんにお願いします。ボクに何かあれば、全体の指示は任せます」


「謹んで、拝命いたします」


 雌雄は、なんとも大仰に片膝をついて頭をさげる。

 その様子は、誰が見てもロストに心酔しているようだった。


「おっと。それから雌雄さんには、これを渡しておきましょう」


 そう言うとロストは、先ほどの槍と同じように1本の剣を右手に出現させた。

 金色のS字型をした鍔、白い革らしきものが巻いてある柄。

 さらに藤色をした、緩いカーブを描く細い円筒形の鞘は、打刀をイメージさせる。


「これも雌雄さんがドミネートにいる限り、あなたの物としてお使いください」


 ロストが片膝をついたままの雌雄に手渡した。

 雌雄は、その剣を受けとって一拍おくと、大きく息を呑む。


「……こっ、これは!?」


 雌雄は細い糸目を見開いて驚愕する。

 まるでこの世のものとは思えないものを見たかのようだった。


「なになになにっ!? どんなレア武器なのよ!」


 その様子に飛びついてきたのはレアだった。


「レア度が高いなら、わたしがもらってもいいのよ!」


 この武器を取得したとき、ちょうどレアはパーティーから外れていた。

 だから、彼女はこの武器がなんなのか知らない。


「【機先剣ファストック】……【天界十英傑の剣】の……」


「「「「「――十剣っ!?」」」」」 


 正体を知っていたドミネート以外の者たちが目の色を変えた。

 まさに伝説級スーパーレアの武器シリーズで、多くの者が期待に胸を焦がし、実装されたら手にいれたいと夢見た剣が、いきなり目の前に現れたのである。


「ちょっ、ロスト! あんたいつのまにこんなのを……」


「実はレアさんとラキナさんがいないときに、暇つぶしがてら宝箱を開けたら出てきました。十剣の続きが実装されていたなんてビックリですよね。しかも、こんななんでもないダンジョンで」


「ビックリどころじゃないわよ! 本当にあんたはどういうアタリ運しているのよ! わたしにちょうだいよ!」


「なんでですか。だいたい、すでに【光断ち】をもっているでしょ。十剣は複数所持できないじゃないですか」


「うぐっ……」


 レアが苦虫を噛み潰したような表情を見せてから、がっくりと頭を垂れてあきらめを見せる。

 一方で雌雄は、【機先剣ファストック】を持つ手を震わせながら、ロストを見上げた。


「ロスト様、いくらなんでもこのような貴重な品を……」


「どうせ私は使いませんから、それならドミネートのためになる使い方として、売って資金作りにするか、仲間に渡すのが一番よいでしょう。正直、使い方が今ひとつわからず、勘でしかないのですが、たぶんあなたの戦い方に一番適しているような気がしています」


「わたくしの……ですか?」


「ええ。次の戦いで一度、試してみてください。活躍を期待しています」


「か……必ずや、必ずや主のご期待にそいましょう!」


 感極まった表情でロストを見つめてから、雌雄は深々と頭を垂れた。

 だが、ロストの方は「そんな畏まらなくてよいですよ」と笑いながら、何事もなかったように次の話をすすめていく。


 物理アタッカーメンバーは、ダンジョン・サバイバーから4人、TKGパーティーのアタッカー役2人。

 後衛は、リーダーをラキナとしてダンジョン・サバイバーから1人、TKGから1人、そしてナオト・ブルーとシニスタ、デクスタ。


「そして中衛は、リーダーをフォルチュナさんとして、ダンジョン・サバイバーから1人、TKGさんのところから2人の4人でお願いします」


「――わっ、私がリーダーなんですか!?」


「はい。よろしくお願いいたします」


 驚愕するフォルチュナに対して、やはりロストは涼しい顔だ。

 事もなしに大役を押しつけられ、フォルチュナは狼狽してしまう。


「むっ、無理ですよ!」


「そんなことはありませんよ。僕はフォルチュナさんを信じています」


「うっ……。また、ロストさんはすぐそんなこと言って! それに私のような経験の浅い者の言うことを聞いてくださるとは――」


「いやいや。フォルチュナさんのようなかわいい方の言葉を無碍にする者などいませんよ」


「かわっ――!!」


「ねえ、みなさん?」


 照れているフォルチュナをよそに、ダンジョン・サバイバーの面々と、TKGのパーティーメンバーたちが、そろいもそろって「うんうん」と激しくうなずいて見せた。


「それにあなたは、勉強熱心でいろいろな知識をもち、記憶力も高く、状況判断も速い。視野を広くもてる方です」


「ほっ、褒めすぎです!」


「いえ、これは本心ですよ。あなたは強くなります」


「なんか……ロストさんにうまいことたぶらかされている気分です」


「誑かすなんて失礼な。あなたが強くなると言ったのも、かわいいと言ったのも本心ですよ」


「もっ、もうそれはいいです! わかりました! やります! 一生懸命やりますけど、どうなっても知りませんからね!」


「大丈夫。あなたならやり遂げられると信じていますから」


「うううっ……もうっ!」

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