第78話:情報と先読み
胸につけたヒヨコの形をした飾り物が、ピヨピヨと鳴いた。
《……去ったな》
しかし、英雄【ミミ・ナナ】には、その相棒の言葉がしっかりと心に届いていた。
音ではないが、その声は大人の女性のようなイメージで伝わってくる。
《どうするんだい、嬢ちゃん。追って始末する……ってのは難しそうだけど》
(それは無理)
ミミも心の声で相手に伝える。
(あれも最強クラスの魔王。ミミだけでは斃せない)
《だよな。それに見届け役として、ここを離れるわけにはいかねぇし》
ピヨピヨと鳴くヒヨコの飾りに、ミミは黙ってうなずいた。
もし周りに人がいて、その様子を見られていたら、きっと異様なものを見る視線を向けられたことだろう。
しかしながら、彼女専用として用意された天幕の中にはミミしかいない。
だから、気にせず話すことができる。
(女王の命令は絶対)
用意された椅子に腰かけて、目の前のテーブルにある飲み物と果物を口にしていた。
最初は毒でも盛ってあるかと思ったが、その様子はなかったのでしっかりといただいている。
《でもよ、あのドミネーターには、また教えてやるんだろ?》
(うん)
《見届け役なのによぉ。それ、贔屓じゃねぇか?》
(これは賭け試合とは関係ない、場外試合の話。それに魔王と通ずる悪い子を放置はできない。そのために、あのドミネーターを利用する)
《ま、そうだな。それが一番いい。……しかしよぉ、あの魔王もオレっちを舐めてくれるぜ。こっちが気がついていないと思っているんだからよ》
(うん。ピヨ子のことあなどっている)
《まあよ。ピヨ子なんて名前を知られたら、もっとあなどられてしまう気がするけどさ》
(ピヨ子という名前はかわいいと何度言えばわかるの)
《へいへい。わかったわかった。ともかく早く、あのドミネーターに報告してやんなよ》
(うん。そうする。でも、あのドミネーター……)
《なんだよ?》
(もしかしたら……こうなることがわかっていたのかもしれない)
《あん? そんなわけないだろうが。なんでそう思ったんだよ?》
(勘だけど……)
《勘ね……ミミの勘はバカにできないけどさ。でももし本当にさ、あのドミネーターがこの状況をすべて読んでいたとしたら……》
(したら?)
《……バケモノ……だな》
§
「みなさんには、僕に従っていただきます」
4パーティーが勢揃いした広間で、ロストは力強い宣言をした。
彼の言葉使いは丁寧だが、不思議と人を従わせる力がある。
それは裏付けとなる実力があるためかもしれない。
「思うところがある人もいるかもしれませんが、ダンジョンをクリアしてホームポジションに戻るまでは協力してください。そうしないと、僕たちは全員始末されます」
そんなロストが放つ不穏な言葉は、やはり大きな影響をおよぼす。
小さなざわめきが、ところどころ上がる。
「なあ、ロストはん。協力はもちろんさせてもらうわ。というか、もう仲間になると決めているさかい、異論はあらへん」
そこで声をあげたのは、TKGだった。
嘴の上の目をムニュっと歪めながら、怪訝な顔を見せた。
「せやけど、全員始末ってどういうことや? わいらが仲間になったことは、外にバレていないはずや。それともすでにバレている……つまり、この中にスパイがいるとでもいいたいんかい?」
TKGの言葉で、さらにざわめきが大きくなる。
だが、ロストはすぐさまに「いいえ」と答える。
「そうではありません。僕たちが手を組んでいるかどうかなど関係なく、外にいる方々は、ここにいる全員を始末するつもりなのです」
さらにざわめきが上がる。
「どういうことやねん!」
「先ほど、外にいる立会人の【ミミ・ナナ】さんから連絡がありました。外に2000人ほどの兵士が集められて周囲を取り囲んでいると」
「2000人っ!?」
「いくら一騎当千と言われる冒険者でも、個別撃破ならばまだしも、まとめて1人で1000人も本当に斃せるわけではありません。HPやMPも無限ではありませんからね。ですから、レベル50台の1パーティーになら、500人もいれば確実に斃すことができるでしょう」
「そうですね。つまり4パーティー分なら2000人ぐらいということですか」
雌雄がなぜか少し楽しそうに補足した。
「おいおい! やつら、わいらもまとめて始末して、報酬をちょろまかすつもりなんか!」
「その答えは、イエスでしょう。しかし、こちらには
「あ、主……ロスト様って……あんはん、掌返し早いな! さっきまで殺し合いしとったくせに!」
TKGのツッコミに、雌雄は鼻で笑って返す。
「掌返しとは人聞き悪いですね。全てにおいてわたくしに優る、彼のような
「か、かいだい? はおう? なんやねん、それ! あんはんは、相も変わらずよくわからんことを言うやっちゃな!」
「やれやれ。無知とは会話が難しい」
「なんやて! ケンカ売ってくるとはいい度胸や! ちょっと表に出ろや!」
「出られるなら、とっくに出ていますよ」
「そらそうやな!」
TKGのボケで、ざわめきではなく笑い声が周囲からあがる。
狙ってなのか天然なのかわからないが、周囲の空気が軽くなる。
「しかし、わからんのぉ」
笑いが一段落してから、シュガーレスが顎を撫でながら開口する。
「なぜ、見届け人に過ぎぬ『ナミナミ』とかいうのが、ロスト坊……いや、ロスト様に知らせてきたんじゃ」
「ナミナミではなく、ミミ・ナナです。あと、僕のことは様付けしないでいいですよ」
「そうか。では、そのミミとか言うのは、なぜ知らせて……ああ、そうか。あの娘っ子、なかなか律儀なんじゃのぉ」
「そういう
「ん? それ、どいうことや?」
TKGの疑問に、雌雄が答える。
「外でわたしたちを囲んでいる愚かな奴らは、わたくしたち共々、英雄【ミミ・ナナ】まで始末しようと考えているのでしょう」
「えっ、英雄やで!? 元NPCが自分たちを守る英雄を手にかけるつもりなんか!?」
「その答えは、イエスです。今の彼らはNPCではなく欲望まみれの人間なんですよ。ミミを斃せば、イストリア王国の力を割くことにもなりますしね」
「そんな……。しかし、ミミはんもそれに気がついたなら逃げれば……」
「じゃから、あの娘っ子は律儀じゃと言っておろうが。いや、使命に忠実なのかもしれんのぉ」
「おお! わかったぜですよ! 女王様からの命令である見届け役を放りだすわけにはいかねーってわけですな。感心な小娘じゃねーかですよ」
御影が雌雄の横で、ポンッと手を叩き、何度かウンウンとうなずく。
「でもさ――」
今度はそのさらに横に立っていたダークアイが口を挟む。
「――英雄までやるとなったら、2000人でも足らない計算じゃないの?」
少し挑戦的に、その疑問はロストに投げかけられた。
だが、ロストはそれを静かにうなずいて受けとめる。
「ええ。そうですね。それに兵力2000人をまるまる消費するつもりもないでしょう。だから、なにかこちらを無力化する罠を他にも張っているものと思われます」
「罠……ってどんなよ?」
「もしかして……」
答えたのは、フォルチュナだった。
「【イナクティブ・マジック】とか?」
フォルチュナの回答に、その場にいたみんなが反応する。
だが――
「イナクティブ……なんだっけそれ?」
「あれ? なんか聞いたことあるけど……」
――誰もがピンと来ないらしい。
だから、フォルチュナは説明することにする。
「皆さんは、もうずいぶん前にクリアしている方々だから忘れているのかもしれません。ストーリーで最強魔王【ガリック】を斃すときに、英雄たちがガリックの力を抑えこむのに使ったスキルの元になったスキルです」
「元になったスキル?」
「ああ、なんかそんなのがあったような……」
「どんなのだっけ?」
誰もまだピンとこないとわかり、フォルチュナはわざとらしく咳払いをする。
そして、また開口。
「ストーリー的には、最終章手前の準備的なクエストで、ガリックが強すぎるから、なんとかガリックの力を弱める方法を探さなければならないという話です。唯一、スキルエッグの改造法を知っているというスキル研究家のNPCから、敵のレベルを一定期間下げる、【イナクティブ・レベル】という失われたスキルがあるが、普通の人間では使えないと教わります。その後、話を進めて勇者魔王【ソルト】と戦って勝つことで、英雄たちなら【イナクティブ・レベル】を使えるだろうと教えられるのですが、そのスキルエッグを作るには、魔術スキルの発動を阻害する【イナクティブ・マジック】のスキルエッグが必要だから8つ集めてほしい……というクエストです」
立て板に水を流すようにスラスラと、しかもどこか楽しそうに、少し興奮気味にフォルチュナが説明を終えた。
その様子に圧倒されつつも、そこにいた者たちがそろって「ああ」と腹に落ちた様子を見せる。
「確か8人で囲んで詠唱すると、そのエリアの中にいる者たちは、魔術スキルの詠唱を阻害されてしまうスキルだったかな」
ナオト・ブルーが記憶を探るように呟いた。
ロストは、その通りとうなずく。
「はい。8人で使わなくてはならず、詠唱にそれなりに時間がかかり、覚えるPPもわりと大きいから、本当にイベント用ですね」
「でもぉ~、ハズレスキル好き的にはさぁ~、やっぱちゃっかり覚えてたりするのかなぁ~?」
宝石がちりばめられた鎧を着たリンス・イン・リンスが、少し面白がっているのか口角をあげながら質問してきた。
それにロストは、首を横にふる。
「いえ。あれはハズレというよりイベント用で、PP消費が高く、8人いないと使えませんからね。さすがに一度覚えてから忘れました。それに欲しくなれば、何度でも取得できますから。なので念のため、スキルエッグとしては1つ保管していますが」
確かに北の雪原エリアにある、とある洞窟の中でスキルエッグは何回でもとれる。
ただし、同時に1つしか持てないため、取得したあとにスキルエッグを使うか、捨てるか、誰かに譲渡しなければならない。
ただ、取得自体の難易度は簡単で、ゲーム時代にも頼まれて仲間の分を取得しに行く人もいたぐらいだ。
「実は僕もフォルチュナさんと同じ考えで、たぶん【イナクティブ・マジック】だと思います。このスキル自体は、英雄でなくても普通に使えます。そして自分たちより高レベルの冒険者を弱くするという意味では、非常に有効な手段と言えます。フォルチュナさん、さすがです」
「――!!」
フォルチュナは、ロストの言葉に思わず口元を緩め、目を輝かす。
想定がロストの読みと合わさったこと、そしてロストに褒められたことに高揚する。
しまいには、ついつい「えへへ」と笑ってしまう。
「フォルチュナさん、褒められて喜んでいる場合ではないのですわ……」
「す、すっかり……い、色ボケ娘……」
「ちょっ、ちょっと2人とも!」
デクスタとシニスタに、フォルチュナは慌てて言い返すが、確かに2人の言うとおり喜んでいる場合ではなかった。
このスキルの予想が当たっていた場合、どうなるかなどフォルチュナとてよくわかっている。
「そうなったら多勢に無勢じゃんかですよ! まちがいなく全滅するぜですよ!」
御影がその結論を告げた。
そのせいで先ほどまでとは比べものにならないほど、全員の中で騒ぎが広がる。
少しずつもたらされた不安の材料が、ここに来て一気に恐怖へと変わっていった感じだ。
中には、自分たちの報酬はいらないから助けてもらえないかと、今から外と直接交渉しようと言う者たちもいた。
フォルチュナは、自分の推測を言うべきではなかったかと慌ててしまう。
こんなに混乱するとは思わなかったし、
しかし、あっという間に声が届かないほど騒がしくなってしまう。
――ガンッ!
突如、地響きと共に大きな音が広間内で反響した。
その音はすさまじく、ある者は身を強ばらせ、ある者は身を震わせ、ある者は耳を塞いで目を瞑る。
「あなたたち、それでもハイランカーなのかしら?」
音源は、レアが地面に叩きつけた大盾だった。
彼女は、胸を張って仁王立ちになり、周りを睨めつける。
「まったく。びっくりするほど動揺して。みんなロストの顔を見なさい。慌てるどころか、むかつく顔をしているから!」
そう。フォルチュナもわかっていた。
ロストは慌てていないし、そもそもロストはフォルチュナと同じスキルを予想していたのだ。
ならば、何を心配する必要があるというのか。
「はい。大丈夫です。ここまでは想定範囲内ですので、うまくいくかどうかわかりませんが対策もしてあります」
にこやかに言うロストに、ほとんどの者が呆気にとられる。
フォルチュナは慣れてきたが、慣れていない者にとってロストの言葉は信じがたいものだろう。
ここまで読んでいるなど、驚くべきことのはずだ。
「さすがです、我が主」
だが、慣れていないはずの雌雄が、まったく驚いた様子がなかった。
彼は背中のマントを翻しながら、全員に向けて話しかける。
「そもそも、わたくしたち敵対パーティーになるべく被害を出さず、それでいて自ら進んで尽力させるように手をまわし、戦力としてまとめたのもこのための布石だったのでしょう。主は最初から、全員を救うために動いていた……と」
「みんなを救うためなどという大儀はりませんよ。ただ、自分たちが助かるためには、皆さんの力が必要だというだけのことです。それに我々だけ助かっては、あとあと他の冒険者から敵視されかねませんからね。だから、みんな無事にクリアを目指します! ……いいですね?」
そのロストの声に、まるで全員が息を合わせたように「おおっ!」と応じた。
先ほどまで味わった不安や恐怖は、彼に従えば打ちはらってくれるとみんなが感じたのだろう。
ロストがまさに希望となった。
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