第77話:信頼と実力

「なるほど。それでチャシャ族の村にたどりつき、そのドミネーターになるクエストの先取りをしてしまったと……」


 雌雄はとても楽しそうに、ロストの話を聞いてうなずいていた。

 つい先ほどまで命を賭けて戦っていた相手と話しているとは思えない。


「しかし、その【ムーブ・ランダム】というのは常時発動なのでしょう? 今はどうやって?」


「ええ。実は【ディセーブル・スキル】というのがありまして……」


 ロストの方もわだかまりのひとつもないどころか、むしろ積極的に自分の情報を詳しく説明している。

 今はロストが転生した直後の話だった。


「ふむ。……なるほど。スキルの無効化。確かに【ムーブ・ランダム】が無効化されて……ん? これはキャストタイムやリキャストタイムまで止まっているのですか?」


「さすが、雌雄さんです。気がつきましたか」


「私はもうあなたの部下なのですから、雌雄と呼び捨てで結構です。しかしこれは、無効化というより一時停止……ということは……」


「ええ。こんなこともできます」


「こっ、これは震天動地の大技……面白い! ハズレだと馬鹿にしていた自分を恥じるばかりです」


 ロストが展開したフローティング・コンソールに惜しげもなく映される、彼の重要なステータスやスキル情報。

 それを雌雄も遠慮なくじっくりと見て、いろいろと語り合っていた。


 しかし、横でその様子をうかがっているフォルチュナは、正直なところ気が気ではない。

 雌雄は確かに味方になると言ったが、本当に信用できるのだろうか。

 あんなに手の内を見せてしまって、裏切られたらロストが不利になるのではないだろうか。


(でも……)


 ロストの様子を見る限りは、雌雄を完全に信用しているようだった。

 レアに先ほど少し相談したときにも、「雌雄さんはもう、ロストを信奉しているわよ」と安心するように言われていた。


(そうですね。雌雄さんが仲間になってくれるのは頼もしいことだし。それに、こんなに仲間が増えたんだから心配なんてすることないのかな)


 フォルチュナは、周りを見まわした。

 ダンジョンの大部屋だというのに、ここはピクニック会場のような雰囲気になっている。

 周囲には多くの敷物が敷かれ、そこでちょっとした食事をしながら雑談する面々。


 その数、24名。


 あとから来た【ダンジョン・サバイバー】、TKGのパーティーとも合流し、このダンジョンに入った全パーティーの全メンバーがこの場に揃っていた。


 今度はこの全員で、地上を目指すのだ。

 【ドミネート】を――ロストを勝利させるために。


 ちなみに【鳳凰の翼】は、このダンジョン攻略が終わった後、雌雄の【ドミネート】参入にともない解散となるが、希望者は【ドミネート】への参入を許可することになっていた。

 シュガーレスと御影は、雌雄についていくということで【ドミネート】に参入する。

 リンス・イン・リンス、ダークアイ、ナオト・ブルーは、参入に関して保留するが、このダンジョンを出るまでは協力するということで話がまとまった。

 その中でも、もっともめるかと思ったダークアイとナオト・ブルーに関してだが、多少のわだかまりは残っているようだが、話し合いの後に今は落ち着きを見せている。


 そして【ダンジョン・サバイバー】とTKGのパーティーメンバーたちは、土地をもらうこともあり、移住と共に【ドミネート】に参入することを決めていた。


(しかし、本当にすごいな、ロストさん……)


 フォルチュナは独りみんなと離れて、煉瓦でできたような壁に寄りかかり、全員の様子を静かに眺める。


(1人も残さず、みんな味方にしてしまうなんて)


 駆け引きと、取り引きと、最低限の戦闘で、敵を全て味方に転化させて、多くの人が敗北を予想していたハズレパーティーを勝利させようとしているロストの才覚。

 フォルチュナは、そんな彼に尊敬の念を抱かずにはいられない。


(だから、もっと力になりたい……)


 多くの才覚をもつ仲間が増える中、フォルチュナは自分の力不足を痛感していた。

 パワーレベリングで高レベルにはなれたが、やはり圧倒的に経験が足りない。

 それにロストやレアのような、天性の戦闘センスが自分にあるとも思えない。

 できることをやる、それしかないとわかっていても、やはりもどかしいし、周りの才能を見れば置き去りにされた気持ちになり、嫉妬をしてしまうというものだ。


(私も、前世でもっとやりこんでおけばよかったなぁ……)


 今さら後悔しても遅いことはわかっているが、それでも時間が戻ったらと思ってしまう。

 転生前に戻り、廃人プレイをしてでも強くなりたい。

 そして再び転生して、ロストの役に立ちたいと思う。


(元の世界で存在がなくなるのは、寂しいけど……)


 クリアと名のった神曰く、この世界に転生した者たちの前世は、存在ごとなかった事になっているらしい。

 つまりフォルチュナの前世の両親は、自分たちに娘などいなかったという歴史を歩んでいるというのだ。

 もちろん、【ワールド・オブ・スキルドミネーター】というゲームも存在していなかったことになっていた。


(お父さんとお母さん……元気にやっているかな。悲しませていないことはよかったけど)


 フォルチュナは、前世のことをいろいろと思いだしてしまう。

 希望の大学に入り、順調なキャンパスライフを過ごす毎日。

 わりと穏やかな日々を過ごして、それなりに楽しい人生だったと思う。


 対してこの世界は、命の危機もあるし、不便なこともたくさんある。

 しかし今、前世に戻してやると神に言われても、フォルチュナは前世に戻りたいなど言わないだろう。

 ロストがこの世界にいる限り。


(ああ、そうなんだ。私はロストさんがいるから――)


「どうしました、フォルチュナさん」


 考えに耽っていたところに背後から声をかけられ、フォルチュナは慌てて顔をあげる。


「――ロストさんっ!?」


 目の前にいたのは、ロストだった。

 つい先ほどまで少し離れた場所で雌雄と話していたはずなのに、いつの間に近くに来ていたのだろうか。

 彼は目尻を少し下げた心配そうな表情で、フォルチュナの顔をじっと見ていた。

 その心配げな視線と、彼を想っている最中だったのが重なり、フォルチュナは一瞬で顔に紅葉を散らす。


「こんな端っこで、体調でも悪いのですか?」


「そっ、そんなことは……」


 フォルチュナは、わかってしまった。

 自分のピンチを助けてくれた恩人で、居場所をくれた優しい人物。

 ハズレ好きという変わったところもあるけど、賢く強く尊敬できる、フォルチュナにとっての英雄。

 そんなロストを敬服して力になりたいと、恩を返したいとそう思っていたが、それだけではなかった。


(誰よりも、そばにいたい……)


 そんな欲望の方が、彼女の中で強くわいていたのだ。


「顔が赤いようですが、熱があるとかではないのですか?」


「だっ、大丈夫……大丈夫ですよ、うん!」


 強ばった口調ながらも、フォルチュナはなんとか答える。

 自分の気持ちを強く自覚してしまった為か、動揺を隠しきることはできない。

 だから、顔をうつむきかげんにして話してしまう。


「本当になんでもないです、はい……」


「そうですか。体調が悪いようなら言ってくださいね。あなたになにかあったら、非常に困るのですから」


「……え?」


 予想外の言葉に、思わずフォルチュナは顔をあげる。


「非常に……困るんですか?」


「当たり前ですよ!」


「――!」


 ロストから思いのほか強めの言葉を放たれ、フォルチュナは思わず目を丸くする。


「細かい情報の収集や整理、報告とか、どれだけ助かっていると思っているんですか」


「……わ、私、お役に立てているんですか?」


「立てているどころじゃないですよ。僕が留守のときも、いろいろと代わりに対応してくれましたし。フォルチュナさんがいなかったら、今回の作戦だって準備がまにあわず、うまくいかなかったかもしれない」


「そ、そんなこと……。だいたい、ロストさんなら私がいなくても……」


「え? いなくてもって、なにを……って、もしかして僕が頼りすぎたせいで、負担になっていましたか!? いなくなるって、補佐役をやめたいとか……」


 ロストが驚くほど狼狽を見せる。

 どんな戦いの最中でも、どんな状況でも、こんなに狼狽したロストを見たことはなかった。

 あまりに本気で慌てているので、フォルチュナまで慌ててしまう。


「ちっ、違います! む、むしろ逆です! こんなすごい人たちをまとめてしまう、超すごいロストさんの、なんというか、その……秘書みたいなことしていますけど、私なんかで役に立っているのかって……」


「ふぅ……。勘弁してください」


 ロストが大きなため息をついて、額を抑えながら顔を伏せてしまう。

 フォルチュナは、自分が呆れられてしまったのかと慌ててしまう。


「むしろ、逆ですから」


 しかし、それは杞憂だった。

 ロストが、笑顔を見せながらフォルチュナの片手をとり、両手で優しく包んだ。


(――!? 手、手……握っ、手っ!?)


「いつもありがとうございます、フォルチュナさん」


「手……って、えっ?」


「僕はね、あなたが予想を大きく上回る力になってくれて本当に救われているのです」


「わ、私が……そ、そんな……」


 気になる異性に、手をしっかりと握られた状態で褒められる。

 そんなこと、前世でも味わったことのない経験だ。

 フォルチュナは、高熱で破裂するのではないかという頭をなんとか冷やそうとする。

 しかし、無理だ。

 いたたまれない気持ちになり、この場から今すぐにでも逃げたくなってしまう。

 一方で、握られた手と微笑むロストの表情から、逃げたくないとも思ってしまう。


(手を放して……って言えばいいけど言いたくない! でも、このままだと死にますよ、これ! いっ、息が苦しい……窒息デバフかかっていませんか!? HP0に……いえ、むしろ手からなんか流れこんできて、HPが回復しすぎて破裂しそう! ああ、回復されて死んじゃうなんて、もしかして私、アンデッドだったの!? 幸せすぎて死んじゃうアンデッドなの!? ってか、思い残すことなさそうだから成仏してアンデッドになる必要ないよね!)


 思考が熱で侵されて、むしろ混乱デバフでもかかっているかのようだ。

 なんとか気を反らして、デバフを解除しなければならない。


「それに最近では、バトルでも非常に力を伸ばしていますし、頼りにしているんですから」


 と、そこで頭を冷やすワードがロストの口から語られた。


「バトル……って、そんなわけないです!」


 確かに日常的なロストの仕事は、できるかぎり手伝っている。

 それに関しては、ある程度の自信があった。

 しかし、やはりバトルに関してはロストの足下にも及ばない。

 そんな自分が多少、強くなったところで助けになるとは思えない。


「私の強さなんて、レアさんやラキナさん、雌雄さんみたいなすごい人たちから見たら……」


「…………」


 ふと頭が冷えてきて、さりげなく握られていた手を引っこめる。

 なにをいい気になっていたのだろうと悔やんでしまう。


 この世界は、常に戦いが側にある。

 冒険者たる自分たちには、それが当たり前となるだろう。

 ましてや国王となったロストにとって、人生そのものが戦いになったと言っても過言ではないだろう。

 ならば日常生活だけではなく、バトルでも彼の力になれないとダメなのだ。


 弱者のままで寄り添っていられるわけがない。

 少なくとも、寄りかかるような人間ではいたくない。


「フォルチュナさん、WSDのアクティブプレイ人数って覚えています?」


「アクティブ……ですか」


 ロストはたまにこういった唐突な話題を振ってくる。

 しかし、唐突だけど脈絡がないわけでなく、その裏では繋がっていること彼は言う。

 そのことをわかってきたフォルチュナは、疑問を投げずに回答する。


「約50万人ですよね。ですから、転生させられたのも、そのぐらいの人数で」


「そうです。その50万人の中で――」


 ロストはダンジョンの大広間で、ピクニック気分を味わっている者たちを見る。


「――あそこにいる彼らは、ベスト100に入れるほどの実力者がたちがほとんどです。中でもTKGさんはVSDEバーサード8位、雌雄さんは5位、レアさんは3位という、超強者たち」


「…………」


 知ってはいたが、改めて言われるとそのすさまじさに体が強ばってしまう。

 50万分の10しかいないトッププレイヤー、言い換えれば人類最強クラスのうち、3人が今ここに揃っているのだ。

 もし普通にゲームとしてプレイしていたら、フォルチュナが関わることなどなかったかもしれない、雲の上のような存在の人たちである。


VSDEバーサードに出ていませんが、ラキナさんもシュガーレスさんも鬼のように強い。他の【鳳凰の翼】のメンバー、味付け海苔さんたち【ダンジョン・サバイバー】とて、当然ながら並ではありません」


「そう……ですよね……」


 そこまで言われてフォルチュナは、ロストが何を言いたいのか察した。

 とたん、そのことが恥ずかしくて情けなくて、さらにロストから指摘されたことに悲しくなる。


「す、すいませんでした! そんなすごい人たちと比べるなんて、身の程をわきまえないにもほどがありました……」


「違います。あなたは、その人たちと対等にやりあってきたということを自覚した方がよいといっているのです」


「……え?」


「大変失礼な物言いですが、あなたもデクスタさんもシニスタさんも、正直なところここまでやれるとは思いませんでした」


「…………」


「しかし、3人とも立派にあのすごい人たちと渡り合ってきたのです」


「そ、それは、ロストさんたちがいたからであって――」


「それだけではありませんよ。3人とも、ラキナさんに後衛としての動きを、レアさんには前衛としての動きを習っていたでしょう」


「はい。なかなかハードにしごいてもらいましたが……」


「ラキナさんが3人とも筋がよいと言っていました」


「それは確かに言われましたけど、たぶん褒めて伸ばすというやつで……」


「しかし、あのレアさんも褒めていましたよ。技の選択や活かし方が非常に上手だと」


「で、でも、レアさんは練習中に『まあまあね』としか……」


「ランキング3位に『まあまあ』と言わしたんですよ。あの人、並程度の人に『まあまあ』なんて言いませんからね。それにこうも言っていました。『いい子をゲットしたわね。ラキナに張れるぐらい強くなりそう』と」


「ラ、ラキナさんと!?」


「さらに先ほど、雌雄さんにも言われました。あなたと戦ったとき、状況判断が速く機転が効く、中衛として才能を感じたと」


「雌雄さんが……ですか……」


「そうです。五強の2人に認められたのですよ。それにフォルチュナさんは、勉強熱心で知識も増やしていますし、僕も非常に期待しているのです」


「期待……う、嬉しいです……」


 ロストの言葉で思わずあふれそうになる涙をフォルチュナはうつむいて抑えこむ。

 こんな端で2人で話しているのに、いきなり泣いたりしたら周りからロストが変な目で見られてしまうかもしれない。

 どんな些細なことでも、ロストに迷惑はかけたくない。


「……というわけで、さっそくですが期待に応えていただこうかと思います」


「へっ?」


「みなさん!」


 ロストが全員の方を向いて、大きな声で呼びかけた。

 その声に、全員がそろってロストの方に振りむく。

 一気に注目が集まる。


「そろそろ休憩は終わりにして……作戦タイムです!」

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