第75話:スキル・ドミネーター
「【グリィディ・ホール】!」
それは足下に大きく広がる、半径10メートルのブラックホールだ。
巨大な円は周囲に渦巻く模様を生みだし、すべてを深淵の闇へ連れ去る……とはならない。
床の上に生まれているが、床自体を吸いこむことも、そこに立つ柱を吸いこむこともない。
吸いこむのは、発生地点から高さ2メートルの範囲にあるプレイヤー、魔物、アイテムなどだ。
そして、吸いこまれた物は術者の足下にできたホワイトホールから吐きだされる。
吐きだされたとき、魔物だけではなくプレイヤーも一時的に行動不能のため、待ち伏せている術者の仲間に袋だたきになるわけだ。
もちろん今も術者の少女の横には、フォルチュナとラキナが手ぐすね引いて待っている。
もともとはゲーム中のスキルだから、術者のパーティメンバーは吸いこまないなど、かなり御都合主義もいいところのブラックホールである。
(しかし、ハズレとは言いませんが、かなり微妙なスキル……)
そう怪訝に思いながらも、雌雄は【フライ・ボディ Lv3】を使用して5メートルほど虚空に浮きあがる。
そして、スキルを持っていないシュガーレスに手を伸ばす。
シュガーレスがそれに応じて飛びあがり、手を握ってぶら下がる。
背後でも、御影が飛びあがり、リンスを引っ張り上げていた。
【グリィディ・ホール】は大仰なスキルではあるが、対策としてはこれだけでよい。
そう。実際のところ単体では、まず使いものにならない。
とにかく発動が遅いため、だいたいの場合は発動前に範囲外へ逃げたり、このように飛んで逃げることができてしまう。
逆に言えば、使用者はいかに気がつかないように発動させるか工夫したり、別の方法で足止めする必要性がある。
(なるほど。だから煙幕を……)
今回、術者であるデモニオン族の少女は、戦闘開始直後から幻想魔術スキル【ヴィジョン・スモーク】という、敵の視界だけ害する幻の煙幕を定期的に、自分たちの周りにばらまいていた。
後衛陣の防御策かと思っていたが、定期的に使うことで【グリィディ・ホール】を使うタイミングを計らせないようにしたのだろう。
(ですが、この程度では!)
雌雄は敵を俯瞰して探る。
次に敵が行うことは、空中に無防備に飛んでいる自分たちへ魔術スキルで攻撃することだろう。
ならば、こちらはシールドを張りながら、このまま空中から逆に強襲する。
(こうなれば、狙うのは後衛の3人。これを潰せばあとはロストさんとレアさんの2人……ん?)
そこで雌雄はまた違和感を感じる。
おかしい。
何かおかしい。
(後衛3人……いや、待て! 全員で6人のはず!)
雌雄はそこでやっと気がつく。
ロストたちは、フルパーティーで6人いるはずだ。
それなのにいつの間にか、意識から1人の存在がかき消されていたのだ。
たぶん、その1人が意識から抜けていたのは雌雄だけではないだろう。
他の【鳳凰の翼】メンバーも、みんな抜けているはずだ。
なぜ忘れていたのか、なぜ勘違いしていたのかと自分を責めながらも、慌てて雌雄は周囲を見わたす。
すると今まさに、透明化のスキルをきって、姿を現したアンジェン族の少女を見つける。
その場所は、宝箱の前。
(まずい! 宝箱を――)
隠れていた姿を見せたのは、宝箱を開けるためだろう。
隠れていたままでは、トラップを調べることはできても宝箱を開けることはできないからだ。
だが、まだ間にあう。
たとえ罠がわかっていたとしても、罠の解除スキルの使用には時間がかかる。
その隙をつけば……そう思っていた矢先だった。
アンジェン族の少女は、罠の解除も行わず宝箱を開け放ったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
神様≫ 宝箱の罠【バニッシュMP】が発動しちゃいました♥
神様≫ 雌雄のMPは、0になりました。
神様≫ シュガーレスのMPは、0になりました。
神様≫ 御影のMPは、0になりました。
神様≫ リンス・イン・リンスのMPは、0になりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
味方のMPが0になった事を通知するメッセージが流れる。
ただし、これは敵味方関係ない効果だ。
つまりメッセージは見えないが、ロストたちのMPも0になっているはずである。
敵の魔術攻撃を受けることはないが、こちらはシールドを張って特攻する手段は使えない。
(とにかくすぐに【
「なんだよ、これっ!?」
御影の焦った叫びが、雌雄の思考を割る。
何事かと振りむくと、御影の体の正面からいろいろなアイテムがポロポロと落ちていっていた。
「わしのもじゃ!」
雌雄の下にいたシュガーレスからも、驚愕の声が上がる。
空いた片手や足で捕らえようとするが、拾えなかったアイテムは全て落ちてしまう。
「なっ、なにがどうなって……」
それは雌雄も同じだった。
ふと気がつけば、彼の持っていた消費アイテムが次々と虚空に現れては落ちていく。
1人、また1人、順番にアイテム・ポーチの中身が空中に現れては落下して、闇の穴に呑まれていたのだ。
もちろん貴重な薬品類や魔石までも。
気がついた時には、もう遅かった。
いくつかは拾えたが、ほとんど失ってしまう。
そして闇の穴【グリィディ・ホール】に落ちたアイテムは、すべて敵の手元に送られてしまっている。
「これはいったい――」
愕然とする雌雄の上に大きな影が落ちる。
「雌雄!」
御影が文字通り飛びかかってきて、雌雄の体を横に弾きとばす。
「――なっ!?」
影を作っていたのは、逆さになったピラミッド。
その頂点が、雌雄の代わりに御影に突き刺さる。
「御影さん! リンスさん!」
それは土属性最強クラス魔術スキル【インバーテッド・マウンテン】。
その直撃は、2人のHPを削るのに十分だった。
2人の肉体は、その場で潰されて土に埋まってしまう。
(馬鹿な!? なぜ魔術スキルを――)
闇の穴が消えた地面へ、雌雄はシュガーレスとともに降り立った。
そして【インバーテッド・マウンテン】を使ったであろうラキナの方を見る。
するとその手では、見たこともない杖が光を放っている。
「【アース・バインド】!」
ラキナの呪文で、雌雄の足が床に喰われる。
そして首筋に、ロストの刃が当てられた。
「…………」
ロストの無表情な顔を睨みながら、雌雄は冷や汗を流す。
(【インバーテッド・マウンテン】の発動には30秒かかります。タイミング的に【バニッシュMP】でMPが0になる前から唱えていたことに。さらに【アース・バインド】までMP0状態で発動できたのは、あの杖の力というところですか……)
考察しながらも、雌雄はアイテム・ポーチの中身を確認する。
すると薬品や魔石の代わりにあったのは、多くの単なる【石ころ】だったのだ。
「いったい、なにをしたんです……」
「…………」
雌雄の問いに答える代わりに、ロストは刃を降ろしてスキルを提示する。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【センド・ランダムアイテム】/報酬取得
必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:0/効果時間:―
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:使用者のアイテム・ポーチ内にあるアイテムをランダムに1つ選び、対象者のアイテム・ポーチに入れる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「【センド・アイテム】ではなくランダム? なっ、なんですか、そのふざけたスキルは?」
雌雄が心底呆れて訊ねると、ロストが皮肉な笑みを見せながら答える。
「なんなんでしょうね。A.I.が作ったものですから、僕もこのスキルが作られた意図はわかりません。しかし、書いてあることは実行されます」
「……つまり、あなたは自分のアイテム・ポーチの中身をすべて石ころで埋めたと?」
「はい。石ころは99個までスタックできますから、そのセットをいくつか持って、他のアイテムは他の方に持っていただいていました。こうすることで【センド・ランダムアイテム】は、スタックされている石ころから1つだけ相手のアイテム・ポーチに転送してくれます」
「もし、受け取り側のアイテム・ポーチがいっぱいだったら?」
「書いてあることは、必ず実行されます。すなわち、受け取り側の古いアイテムを強制的に排出し、その代わりに石ころが入ります」
「石ころのような
「確かに、単なる取得でしたら自動スタックです。しかし、【センド・アイテム】の処理では自動スタックされないでしょう? 同じように【センド・ランダムアイテム】でも自動スタックされません。ですから、マクロで処理をループさせると、あっと言う間に相手のアイテム・ポーチを石ころだらけにできるのです」
「なんと、ふざけたスキル……」
雌雄はこめかみを片手で掴んで軽く頭をふる。
そして、ある事に気がつく。
「もしかして、戦う前に我々にポーションや魔石を生成させる余裕を与えたのは……」
「ええ。いくつもの素材を落とさせるよりも、まとめてくれた方が早く落とせたので」
「つまり、この決着があなたの目的だったと?」
「そんなところです。まったく戦わないで勝敗を決するのも納得はいかないでしょうが、今後のことも考えると、あまり消耗させるのも得策ではないので」
「よく言いますね。自分たちのレベルを隠し、私たちを先行させてさんざん消耗させたくせに。それにこの場の戦いも、最初からあなたは仕込んでいたわけですね」
雌雄は、宝箱の前に立っているアンジェン族の少女を一瞥する。
「そちらのお嬢さん……」
「デクスタさんです」
「……そのデクスタさんを戦闘開始時から、ずっと戦わせませんでしたね?」
考えてみれば、戦闘開始してすぐに、【ドミネート】の後衛は煙幕にまぎれていた。
たぶん、その間に【ステルス・ボディ】というスキルで、デクスタは身を隠したのだろう。
「煙幕を定期的に使用していたのは、デクスタさんの【ステルス・ボディ】の再使用をごまかすため。さらに人数の認識をあやふやにさせるため」
「はい。人間は、物事を都合よく考えがちではないですか。例えば『戦力差はあまり大きくない』とか、無意識に願いを採用してしまう。特に他のことに意識が集中していれば……とはいえ、デクスタさんの存在をごまかせるかどうかは完全に賭けでしたが」
「それだけではないのでしょう。今考えれば、レアさんたちをパーティー間で移動させたり、ダークアイさんたちを離脱させたりと、【鳳凰の翼】や【ドミネート】のパーティー人数を変動させていたのも、6人という認識を狂わすため……ではないですか?」
さらに言えば、わざわざ前衛を4人ではなく2名に減らし、2対2の形にしたのも誤認識を促すためだったのかも知れない。
パーティー戦で人数を温存しているなど考えにくいことだ。
「万障繰り合わせて、よくもまあ
「【マナの
「マ、マナシリーズをたまたま? あははは。あなたはどうやら、神に愛されているようですね」
「さて、どうでしょうかね。あんな神に愛されたくはありませんし、それにこんなアイテムがなくてもどうにでもなったのですが。……ところで、そろそろ負けを認めていただきたいのですが?」
そう言うと、またロストがプラチナ・ロングソードの白銀の刃を雌雄へ向けた。
今さら、そんなものを向けられなくとも、雌雄の腹は決まっている。
もちろん、ロストの方もそのことは十分承知しているはずだ。
「仕方ありませんね。我々の負――」
だが、雌雄の宣言は最後まで告げられなかった。
風を切る音と共に、鈍い打撃音が彼の眼前で響く。
同時に、ロストの苦痛の呻きがあがる。
ロストがさっきまで構えていたプラチナ・ロングソードが床に転がる。
白銀の刃は、高い金属音を何度か鳴らして地面を跳ねた。
「ロスト坊、残心を忘れておるのぉ」
手を押さえるロストに、少し離れた場所にいたシュガーレスが不敵な笑みを見せる。
その左手には、たくさんの石ころが握られていた。
「わざわざこんなにたくさんの飛び道具を恵んでくれるとは……優しいのぉ、ロスト坊」
言いながら、シュガーレスの右親指がロストに向かって弾かれる。
咄嗟、ロストは左腕のグレート・ラウンドシールドでそれを弾く。
だが、その打撃音はまるで弾丸でも当たったかのように激しい。
「まさか指弾とか……本当に使う人がいるんですね」
「ふぉふぉふぉ。わしは周りにある物はなんでも武器になるように鍛錬しいたのでのぉ。MPがなかろうが、スキルが使えなかろうが、わしには関係ないわい」
「……本物は怖いですね」
「わしは負けたつもりはないからのぉ。ちゃんと決着がつくまでやろうではないか」
その言葉を聞いたフォルチュナが、我に返ったように背後から【ヒール・ライフ】をロストにかけた。
とたん、ロストの手の怪我が治癒していく。
「あなたは、本当に武人ですね……」
ロストは落とした剣を拾わず、視線をシュガーレスに向けたまま、予備の剣をその手に呼びだす。
そして改めて、シュガーレスに向かって構えた。
「致し方ありません。ならば――」
「待ってください!」
しかし、それは雌雄が制止する。
これを黙って見ているわけにはいかない。
戦わせるわけにはいかないのだ。
「老師、この戦いは我々の敗北です。大人しく、軍門に降りましょう」
雌雄はマントをひるがえして、シュガーレスを見すえた。
「確かにのぉ。パーティー戦としては負けたが、わしは負けた覚えがないぞ」
「この戦い、もし奇跡的に老師が彼ら全員を倒して勝っても、その先に未来は在りません」
「…………」
「この世界ではWSD時代と同じく、倒した者から物資を奪うことはできません。宝箱の補給物資も奪われ、ここで生き残っても、薬も魔石もない我々は、この先に進むことは不可能です」
ロストはその為に、こんな手を使ったのだろう。
【鳳凰の翼】だけでは、この先に進めないとあきらめさせるために。
「わたくしは、【鳳凰の翼】のリーダーとして、メンバーの安全を一番に考えています。もちろん、老師もその1人」
「ふむ。もう少し遊びたいのじゃがのぉ」
「これ以上、老師が彼らと戦い、彼らのリソースを奪うことは、我々全員の生存確率を減らすことになります。この先にはボス戦、そしてきっともっとも厄介な……そう、【裏ボス】とでもいうべき者とも戦わなければならないことは、老師もわかっているのでしょう。……老師、どうか
「……やれやれ。久々に楽しかったので、はしゃぎすぎてしまったかのぉ」
大きくため息を吐きながら、シュガーレスは手に持っていた石つぶてを床に捨てた。
そして好好爺風の笑みを見せて、ロストを横目で見る。
「ならば次の楽しみは、ロスト坊のところでメンバーを鍛えることにするかのぉ」
「お手柔らかに」
微笑するロストに、雌雄は手を伸ばす。
「認めますよ。ハズレスキルだろうとなんだろうと、あなたはわたくしが知る中で最強の【
「ありがとうございます。歓迎しますよ」
そう笑みを見せながら、ロストが雌雄の手をしっかりと握ってきたのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「Quest-007:精霊の径庭」クリア
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