第73話:オーバーラップ

 雌雄は、スキル使用直後に一気にロストとの距離をつめる。

 十字型の氷の刃【アイス・スラッシャー】が避けられることは、雌雄にとって計算済みだった。

 そして右利きのロストが、それを左に避けることも読んでいた。

 だから雌雄は、3


「――むっ!」


 低い唸り声を上げて、前世ならば絶対に辿りつけないような高度までロストが跳びあがる。

 その真下に、岩の矢が3本通りぬける。

 岩の矢――【アース・アロー Lv.3】――発生したのは、雌雄が元いた場所。

 つまり、今は誰もいない場所から現れたのだ。


(さすが……)


 普通の人間なら、このような予想外の攻撃をそうそう避けきれるものではない。

 少なくとも初めて戦うほとんどの者は、このコンボでダメージを与えることができていた。


 だが、今のロストのように、これをものともせずに避ける者がいる。

 いわゆる強者。

 強者は総じて勘が鋭い。


(しかし!)


 雌雄とて、ロストの力はすでに認めていた。

 彼は強者だ。

 だから、それに応じて5秒前にもうひとつ仕掛けてある。

 その仕掛けを成功させるために、もうひとつ必要な仕掛けもしなければならない。


「【ファイヤー・ボール Lv3】!」


 誘導性のある【ファイヤー・ボール】でロストを襲う。

 空中にいる彼が、3つ並んで迫る炎の玉を避ける方法は限られている。


(躱しながら盾で防ぐか、魔術で迎撃するか……どちらにしても、飛んだ時点であなたの詰みです!)


 ロストの頭上に紫電の固まりが生まれる。

 彼が正面から迫る炎の玉に対して、魔術スキルを使おうとも盾で避けようとも、ほぼ同時に頭上から迫る雷を避ける術はないだろう。


「――ばっ!?」


 だが、ロストの動きは不可解だった。

 彼は正面に迎撃として【ファイヤー・ボール Lv1】を放った……のだが、彼の体はその勢いに押されるように空中で背後に弾かれたのだ。

 その急激な移動で、残りの炎の玉も避けられてしまう。

 さらにロストの頭上に落ちるはずの迅雷もはずれ、そのまま地面へ轟音と共に突き刺さる。


(馬鹿な! ノックバックですと!? ――しかし、むしろ!)


 雌雄が仕掛けていた魔術スキルは、もうひとつある。

 それは10秒前に発動しておいた、とどめになる予定だった魔術スキル。

 ロストのいるであろう周辺に発動するようにしておいた、直径15メートルはある巨大な氷の塊。

 それが唐突に、ロストの頭上に現れる。

 ノックバック中なら避けることはできないはずだ。


「【スラスト・ブレード】!」


 ところが、その何重にも張り巡らせた攻撃さえもロストには届かない。

 雄々しい声と共に、黄金の光が巨大な氷を砕いてしまったのだ。

 空中を走ったの者が持つクリスタルの剣も、四散する氷片と共に金の光をまばゆく放つ。


「油断すんなって言ったでしょが!」


 ガシャと鎧をならして降り立ったのは、金色の鎧をまとうレアだった。

 彼女は続けて、刺々しく言い放つ。


「彼のスキルは厄介だから気をつけろって!」


「別に油断はしていませんよ。今のも避けられましたし」


「よく言うわね! だいたい――」


 刹那、レアの背後の中空にシュガーレスが突如、現れた。

 見慣れているはずの雌雄でさえ気がつかないほどの神速。

 そして現れたのとほぼ同時に、回し蹴りが打ちこまれる。


「――避けて!」


 だが、それはロストの盾に防がれた。

 彼の反応速度も、雌雄から見てかなりバケモノじみている。

 ロストはその蹴りを弾くと、すぐさま容赦なく剣を振るう。

 その剣を捌いて反撃するシューガーレス。

 激しい応戦が続いたあと、シュガーレスの拳が見えない壁に弾かれる。

 そこを狙ってロストの刃が、シュガーレスの腰を薙ぐ。

 が、シュガーレスはその刃を縦方向に蹴りあげて捌き、そしてそのまま転身して背後に距離をとった。


「レアさんこそ、油断しすぎじゃないですか?」


「油断なんてしてないわよ。老師……【無術武技ノースキル・アーツ】のシュガーレス相手にね」


「二つ名もちですか。かっこいいですね」


「特徴あるプレイヤーには、だいたいあるわよ。わたしだって、【金色こんじきの守護姫】とか【黄金聖騎士ゴールド・セント・ナイト】とか、【美しき美少女】とか呼ばれてるしね」


「いや。最後のはどう考えてもおかしいでしょう」


「それに雌雄さんも、あののおかげで、【多重操オーバーラップ】とか呼ばれているわよ」


「同時発動できるスキル……ですか。確かに厄介ですね」


 雌雄はロストの言葉に不敵に笑って見せる。

 それは彼の思惑通り。


「わたくしは、この同時攻撃の戦闘方法を【流は万流りゅうはまんりゅう】と呼んでいますがね。ここまで完全に避けられたのは老師ぐらいですよ」


「そうですか。……しかし、同時発動にしては、【アース・アロー】の発動が納得いきませんね。なぜその場にいないところで発動したのか説明つきません」


 ロストが訝しげな視線を向けてくる。

 しかし、雌雄は動揺を見せずにほほえむ。

 今までも疑問をもった者はいた。

 レアもその1人だったが、その理屈は説明して納得させていた。

 なにしろ直接、相手に作用しないスキルは使用者以外に知ることはできないのだ。


「それは簡単よ。【アース・アロー Lv3】だから発動まで3秒あるでしょ。詠唱完了後、発動までに移動すればいいのよ」


 雌雄の代わりとばかりにレアが説明してくれる。

 それは雌雄が教えた巧偽こうぎの情報。

 だが、ロストは首を横にふる。


「いいえ、それは変です。発動場所は発動者の前になるはずです」


「そこが同時発動の【流は万流りゅうはまんりゅう】の極意です」


 雌雄はここぞとばかりに補足する。


「同時発動スキルを使い、詠唱完了直後に次の魔術スキルを使用すると、処理が次の魔術スキルに移るため、前に発動した魔術スキルはその場で発動してしまうのです」


「なるほど。筋は通る気がしますが、わざわざ極意を説明してくれるなんて驚きですね」


「……サービスですよ」


「うーん。それは、あなたらしくない気がしますね。それにやはりおかしいのですよ」


「なにがです?」


「同時発動スキルなんてないんです。僕は見たことがない」


「は? 何を根拠にそのようなことを。あなたが見たことないからといって……」


「WSDでは、あるルールがあるんです。陰陽論と言われていますが」


「知っていますよ。光あれば影あり、必ず対象となる存在が作られるというものでしょう」


「はい。そのとおりです。そのルールはスキルでも当てはまって、アタリスキルがあると、それに対応するハズレスキルも存在するんですよ」


「…………」


「もし、同時発動スキルなんてものがあるなら、それに対応したハズレスキルがあるはずなんです。そしてハズレスキルは、誰も欲しがらないからハズレスキル。市場に必ず出回ります。しかし、ハズレスキルコレクターの僕でさえ見たことないし、話を聞いたこともない」


「たまたま……では?」


「かもしれませんが、僕の勘がそのスキルは違うと言っている。そもそも『同時』っていくつのことなんでしょうね。そんなにいくつも重ねられるなら、もっと凄いこともできそうじゃないですか」


「じゃあ、なんだって言うのよ!?」


 レアが横から身を乗りだす。

 シュガーレスさえも戦いを止めて、こちらの話を興味深そうに聞いている。

 仕方ないだろう。【流は万流りゅうはまんりゅう】の真実は誰にも教えていないのだ。

 仲間にさえも。


「【多重操オーバーラップ】の雌雄……たぶん、その所以たる彼の得意としているスキルは、レイト系スキルです」


 表情はポーカーフェイスのまま、内心の動揺を雌雄はかみ殺す。

 反対にレアは鳩が豆鉄砲を食ったように目をぱっちりと開けて驚いた。


「レ、レイト系!? 遅延スキルだっていうの!?」


「ええ。レア度【★4】スキルの中でも出現数がかなり稀少なスキルです。それだけにあまり知られていませんが」


「レイト系ってあれよね。1秒後とか、5秒後とかに発動できる……でも、ありえないわ! さっきの戦いだって、あんたの動きに対応するように魔術スキルを放っていたじゃない」


「だから、僕がどう動くか予想して逆算してあらかじめ発動していたんでしょう。しかも、いくつものレイト系スキルを重ねて使って」


「はい~っ!? 会話しながら時間を計算して調整して攻撃の準備をしていたってこと? なにそれ……どれだけ変態的な練習をすれば……って、そう言えばここにも変態的な練習を喜んでする奴がいたわよね」


 そう言って、レアがロストをジトッとした目で見つめる。


「失礼ですね。……まあ、それはともかく。いかがですかね、雌雄さん」


「…………」


 雌雄は、思わず全身の力が抜けてしまうかと思った。

 今まで誰にも暴かれたことがないのに、ほんの少し戦っただけでまさか見破られるとは思いもしなかったのだ。


「あなた、レイト系スキルを持っているのですか?」


「ええ、たくさん。持っている最短で1時間後、最大で7日後とかもっていますよ」


「あはは。それは確かにハズレですね。わたくしでもさすがに計算できませんよ」


「まあ、正体がわかったとはいえ、厄介なことには変わりないですけどね。ただ、同時発動スキルではなくレイト系ということならば、あなたの予想をはずせばいい」


「そう簡単にはずさせませんよ」


「いえいえ。僕はハズレが得意ですから」


 剣先を向けた雌雄に応じるように、ロストも剣を構える。

 だが、そこに割ってはいったのは、シュガーレスだった。


「ロスト坊、最初にやりあった時は、やはり手を抜いていたようじゃのぉ」


「手を抜いていたのではなく、力を抑えていたのです。あの時点ではまだレベルを知られるわけにはいきませんでしたので」


「ならば、ここからは本気じゃな? 悪いが雌雄坊、ロスト坊の相手は譲ってもらうぞ!」


 雌雄の返事を待たず、シュガーレスはロストに向かって一気に踏みこんだ。

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