第72話:ペテン師

「フッ……まいりましたね、これは。トロイの木馬と覚悟もしていましたが、木馬から兵士を出てこさせない自信はありました。が、実際にはわたくしに、それほどの力がなかったらしい」


 雌雄は、苦笑するしかなかった。

 ここまで見事に胸を張って言われては、レアを責める気にもなれなかった。

 自分の見誤りを認めるしかないのだ。


「いいでしょう。ここで決着をつけましょう」


「おいおい、雌雄。こっちは4人しかいねーんですよ! しかも、あっちは高レベルときてやがります!」


 慌てる御影が、雌雄の肩をつかんでくる。

 そしてパーティー会話ではなく、耳打ちを行う。


「とりあえず時間稼ぎして、ナオトたちに連絡を取って……」


「その答えは、ノーです。無駄ですよ」


 だが、彼の提案を雌雄は却下する。

 そう、無駄なのだ。

 御影はまだ、目の前のロストという男をわかっていない。

 たぶん、御影の後ろでどうしていいかわからずソワソワしているリンスもそうだろう。


「ロストさん。どうせ、あなたのことです。ダークアイさんやナオトさんにも何か仕掛けているのでしょう?」


「仕掛けるとは人聞き悪いですね」


「仕掛けていないと?」


「仕掛けなどはしていません。ただ僕は、レアさんからの話を聞いたので、後方にいた鳥頭の人に恋愛相談に乗ってあげてくださいとお願いしておいただけです。落ちつくまで、と助言だけしましたけどね」


「助言……ですか。ダークアイさんがナオトさんと会いたくなくなるよう仕向けて、ナオトさんは説得もできずに時間稼ぎされていると……。なるほど、他の2パーティーもすでにあなたのコントロール下にあるということですか」


「いえいえ、コントロールなどおこがましい。僕はなるべく皆さんと戦いたくはないのです。ですから、穏便に話し合いをさせていただいただけですよ」


 横で御影が「まじか」と声をもらす。

 そして少しひきつった声で、ロストに話しかける


「おい、ロストさんよ! おまえさん、他の2パーティーにも対策して……そこまであらかじめ企んでやがったんですか!?」


「いえいえ、運がよかっただけです」


(よく言いますね……)


 そんなわけがないと、雌雄はわかっている。

 ロストとの会話は、狸と狐の化かし合いでもしている気分だ。

 どちらが狸で、どちらが狐か知らないが、この勝負はロストが一枚も二枚も上手で進んでいることだけは確かだ。


 というより、始まる前から向こうが有利だったのだ。


(ダンジョンの性質、自分のレベルの可能性、そして他のパーティーの特性……それらをすべて考慮して用意する。有知無知三十里ゆうちむちさんじゅうり。これは、チバルスのような力押しとは、役者が違いますね)


 サウザリフ自由同盟の国主たる総代表【チバルス・ラカ・ナッツ】から、自分に不利な賭けを挑まれたとき、すでにロストはそれを逆手にとることを考えていたはずだ。

 そして自分が勝つためのシナリオを作りあげ、短い期間でも着実に準備をしていたのだろう。


「しかし、驚きましたよ。あなたのレベル上げの速度には。それに先ほどまで隠されていた、そちらの女性3人のレベルも、わたくしとかわらないではありませんか」


 たぶん、こちらへのプレッシャーのためだろう。

 今まで隠されていたドミネートのメンバー全員、レベルが開示されていた。


「わたくしが得た情報では、その3人のレベルはかなり低かったはず。わたくしも独自に調べて、その裏はとりました。だから、とてもこの短期間で60近くまで上げられるとは思えないのですが、どんなトリックを?」


「確かに、この3人のレベルはドミネートに入る前は30前後でした。それはまちがいありません。ドミネートにはいってから、急激に上げたのです」


「わたくしが得た情報も、それで50前後になったというものでした。それぐらいならばありえる話ですが、さすがに60近くは上がりすぎでは?」


「その信憑性のある、はサウザリフ自由同盟からの情報でしょう?」


「その答えは、イエスですが……それが?」


 今さら隠しても仕方がない。

 雌雄は素直に認めるが、途端に不安に襲われる。

 まさかという思いが、脳裏に生まれる。


「そのサウザリフ自由同盟に情報を流したのは、イストリア王国なんですが、そのイストリア王国に情報を流したのは、僕なんですよ」


「――っ!?」


「ちょっと、あの国にはツテがありまして。そこで、がんばって50ぐらいにあがったと流しておきました。ならば大したことはないだろう、そう思っていただくために、あえて真実を踏まえて情報をね」


「……なるほど。その3人の代わりに、いくらでもレベルの高いメンバーを雇い入れることができたのになぜ……と思っていました。てっきり、負け戦だからついてきてくれるメンバーが他にいなかったのかと考えましたが、わざわざ我々を油断させるための人選だとは」


「レアさんから聞いていたのですよ。雌雄さんだけは、他のパーティーのようにいかないだろう……と。そこでいろいろと、対あなた用に手を打たせていただきました」


「光栄です……と言うべきでしょうかね。しかし、先ほどの答えはまだお聞きしていませんが?」


 ではないと油断させる仕掛けのために3人を採用した。

 それはわかったが、その3人が実はになっていた仕掛けがわからない。


「ああ。彼女たちには思いっきり、パワーレベリングを受けていただきました。【ハイ・エクスペリエナジー】を飲んでもらってね。本当は彼女たちのためにならないのですが、今回ばかりは仕方なく」


「ハイ・エクエナ……はっ! まさか!?」


 【ハイ・エクスペリエナジー】は、NPCの薬師に【エクスペリエナジー】を3つ渡すことで調合してもらえる特別な薬だ。

 リアルで3時間、取得できる経験値が2.5倍になるという消費アイテムである。

 飲むだけで経験値が得られる【エクスペリエナジー】自体もそれなりの値段がするし、調合代金も決して安くはない。

 いわゆる贅沢品だが、レベル上げ全盛期にはよく使われていたものだった。


「なるほど。この世界に来てからおきた、エクエナの買い占め。あれはあなたですか」


 雌雄の問いに、ロストは答えずに笑っている。

 むしろ、横で聞いていた御影の方が「こいつか!」と反応していた。


「しかし、彼女たち3人のレベル上げ、加えてあなたやレアさん、ラキナさんも使ったのでしょうが……それだけの【ハイ・エクスペリエナジー】の調合を頼むとなると、1日ぐらい薬師に貼りつかなければ……待ってくださいよ……」


 雌雄は黙考する。

 ロストが拠点にしているのは、イスタリア王国の王都オイコットの近くのはずだ。

 あの辺りにいる薬師NPCは、オイコットに4人だけ。

 そこに貼りつくようにして【ハイ・エクスペリエナジー】の依頼をしていれば悪目立ちするはずだ。


「そう言えば、オイコットの薬師のうち3人は王国が保護しましたが、1人が行方不明だと。まさか、その1人を誘拐したのですか!?」


「まさかまさかですよ。その薬師の親戚がうちのメンバーでして。薬師がよからぬ輩に狙われ始めたので、その親戚の依頼で王国が動く前にこちらで保護させていただいたのです。もちろん、その薬師さんは我らの国で元気に働いていらっしゃいますよ」


「…………」


 雌雄は、愕然とした。

 この世界に飛ばされた者たちの多くは、それぞれ安全な街の中で動揺し、道を失っていた。

 中には嘆き悲しむばかりで、呆然と立ち尽くしているだけのものもいたぐらいだ。

 やっと行動し始めても、その日の食事や住まいをどうするかで手一杯。

 ラノベやアニメにある、気楽な異世界転生などではけっしてなかった。


 そんな中、ロストは違ったのだろう。

 他の者が立ち止まっている間に、彼はレベルキャップのはずし方を見つけ、【エクスペリエナジー】を買い占め、薬師を確保し、家の確保どころか国を作り始めていたのだ。


(ああ、これは準備期間が違いすぎます……)


 言うなれば彼は、この戦いを挑まれる前どころか、この世界に飛ばされてから今まで、この戦いのために準備をしていたようなものではないか。


「転ばぬ先の杖にもほどがある。あなたは、そんな前からこの状況を読んでいたと?」


「それも、まさかです。偶然、よいがドロップして手に入っただけです。運がよかっただけ……いや、悪かったのかな?」


 なぜかため息まじりにロストは自嘲する。

 その自嘲の意味はわからないが、彼がハッタリだけの男ではないことはまちがいない。

 レアが認めた才覚、シュガーレスが認めた戦いのセンス。

 どんなにハズレ好きかは知らないが、少なくともこの人物は「ハズレ」ではない。


「フッ。わたくしにとって、あなたはハズレですかね」


 チバルスから、土地を与えるという提案があった。

 多額の報酬も約束されていた。

 このクエストをクリアすれば、ユニオンのメンバーに安住の地を与えられると考えた。

 それにロストは、暴徒と化した冒険者よりも始末が悪い、侵略者だとも聞いていた。

 ならば、遠慮はいらない。

 多勢に無勢で卑怯ではあるとは思ったが、この話を受けることにしたのだ。


(ところが、蓋を開けてみればわたくしたち【鳳凰の翼】が追い詰められる始末。だからと言って、武運拙く……とは終わらせられません)


 雌雄は、ゆっくりと腰から剣を抜く。

 スラリとした針のような刃が、壁から放たれる光を集約する。

 光は、まるで水滴のように刃を走り、その剣先で斬り裂かれたように弾ける。


「どのみち、わたくしたち【鳳凰の翼】に勝つ以外の道はありません」


 もうすでに、レアもラキナもパーティーから外れている。

 こちらは4人で、まだ回復も完全には終わっていない。

 それに手持ちの回復アイテムも、もうこの戦い分も足りやしない。

 こんな事ならば、疲れ果てていても宝箱を先に開けておけばよかったと後悔する。

 だが、まだチャンスはある。



雌雄≫ 前衛はわたくしと老師でいきます。2人は支援に徹してください。


御影≫ オレも前にでた方がよくねーですか?


リンス≫ そうさなぁ~。むしろ全員で攻めた方が勝機があるんではないかなぁ~。


雌雄≫ そうかもしれません。しかし、向こうもロストさんとレアさんの2人だけを前にだすつもりのようです。


御影≫ うおっ。確かに中衛のラキナちゃんも下がってやがりますな。


リンス≫ 情報ではあのフォルチュナというのもぉ~、中衛だと聞きましたなぁ~。4人も後衛は不自然だなぁ~。


シュガーレス≫ 前に出せないんじゃよ。


御影≫ どういうことでやがりますか、老師。


シュガーレス≫ さっきロスト坊が言ってたではないか。じゃと。レベルが高いから、攻撃力や防御力は高いじゃろうがのぉ、ラキナ嬢ちゃんはまだしも、他の3人の実戦経験は我らよりはるかに下じゃろうって。


御影≫ ああっ! だから、正面からオレたちとぶつかれやしないってことでやがりますか!


シュガーレス≫ 支援ぐらいならできるじゃろうから、向こうもタイマン勝負ということじゃろうのぉ。


リンス≫ ん~? ならばやはり、こちらは全員で攻めて、後衛役を引っかき回した方がよいのではないかぁ~?


雌雄≫ そうしたいところですが、さすがにわたくしも老師も支援なしのタイマンで勝つのは難しいでしょう。それに、あなたたちには機会をうかがって欲しいのです。


リンス≫ なんのだぁ~?


雌雄≫ 隙を見て、宝箱を開けてください。さっき鑑定してみましたが、罠はほぼまちがいなく【バニッシュMP】です。解除して補給物資を取得してください。


御影≫ なるほど! 確かにその方がいいじゃんかですよ。薬の手持ちもヤベェですからね!



 トラップを見破る【ディテクト・トラップ】、トラップを解除する【リムーブ・トラップ】は、使用してから結果が出るまでに間がある。

 その間、無防備になってしまうどころか、普通の攻撃がクリティカル判定になってしまうという弱点もあった。

 そのため敵の攻撃が来ないときに行わなければならない。


(宝箱の補給物資を手にいれ、消費アイテムを必要最小限に抑えて勝利できれば、この先に希望もあります。勝利すれば、レアさんも再びこちらになびくでしょうし。……しかし、言うは易く行うは難しですね)


 あとは今、どのタイミングで回復アイテムを使うかである。

 できたら、摂取に時間がかかるポーションから使っていきたいが、それを相手が許すことはないだろう。


(1人ずつ戦闘をシフトしながら、ポーションを呑んでいくしかないですかね……)


 そう雌雄が判断し、今まさに戦闘に入ろうとした瞬間だった。


「ああ、そうそう。言うのを忘れていました」


 機先を制するかのように、ロストが口を開く。


「戦闘前に回復アイテムを使用していいですよ」


「なっ、なんですって!?」


 そんなバカな、聞きまちがえだと、雌雄はロストを詰問する。


「なにを考えているんですか!? あなたはわざわざ、わたくしたちが弱っているところを――」


「そうなんですけどね。もともと僕は、あなた方が6人揃っている想定でしたから。4人なら別に、弱っているところを狙わなくとも……」


「意味がわかりません! わたくしたちが4人だろうと、回復を待つ必要などないではありませんか! そもそもあなた、気がつかないフリをしながらも、わたくしたちが回復アイテムを調合する猶予まで与えていましたよね!? どういうつもりです!?」


 めずらしく雌雄は熱くなる。

 どう考えても、ロストに小馬鹿にされているようにしか思えない。


「あなた方をあなどってのことではありません。理由はちゃんとあります。それも2つも。ひとつは、あなたとシュガーレスさんに、全力を出して納得して負けてもらいたい」


「なっ、なんですと……」


「それからもうひとつは……後でわかりますよ」


「こっ、これほど馬鹿にされたのは、初めてですよ」


 いつも冷静な雌雄の頭に血が上る。

 だが、怒りにまかせることだけはしない。


 雌雄は遠慮なく、ポーションをアイテム・ポーチから取りだして飲み干した。

 さらにMPポーションも取りだして、一瓶を空にする。

 そして空になった瓶を投げ捨てて粉々にする。

 と言っても、ゴミになるわけではない。

 粉々になった瓶は、光となって消えた。


 他のメンバーもそれに従う。

 これでパーティー全員、HPもMPも満タンになった。


「なにを考えているのかわかりませんが、あなたは必ず後悔することになるでしょう!」


「いいえ。その予想は、ハズレますよ」


「――当てます!」


 雌雄は宣言と共に、掌からロストに向けて氷の刃を放つのだった。

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