第70話:愛人
戦いはギリギリの綱渡りながらも、バランスを崩さずに進んでいった。
そして、3回目の【悪夢の波動】もラキナは見事に読み切ったのだ。
4回目も5回目も。
ラキナの読みは完璧だった。
ところが、デーモンエレメントの体力が10パーセントを切ったとき、【悪夢の波動】代わりに、小型の【悪夢紡ぐ面相】が床から10匹もわいて襲ってきたのだ。
ボス系の魔物が体力変化により、今までしてこなかった攻撃をしてくることはよくあることだ。
しかし、綱渡りの戦いを乗り切ろうとしていた雌雄たちには、命取りになりかねない事態だった。
「リンスさん、わたくしと一緒に雑魚掃除を!」
ところが、彼らは綱渡り中の突風に大きく体勢を崩さなかったのだ。
雌雄を始め、今いるメンバーはβテスト時代からプレイしていた歴戦の強者揃いである。
雌雄の咄嗟の指示に、全員が迅速に反応し動きだす。
レアとシュガーレス、御影がボスをそのまま相手する。
そのサポートをラキナが行う。
雌雄とリンスは、わいた10匹を手分けして始末しはじめたのだ。
この手の戦いは、いかに早く雑魚を処理できるかにかかってくる。
長引かせれば、態勢が崩れることもある。
さらに3分後に、また10匹現れたり、【悪夢の波動】が来る可能性もある。
そうなっては、今度こそ全滅コースだ。
「た・お・れ・ろ……よぉ~っと!」
力の抜けた声ながら、リンスの剣さばきはすばやかった。
自分の身長ほどある大剣を軽々と振りまわし、時には数匹まとめて叩き斬る。
さらに【アレスティブ・オーラ】を使い、レアの元に集まろうとする雑魚のターゲットを自分に向けさせた。
嫌悪感を感じさせる小さな悪夢が、わさわさとリンスに向かって歩みだす。
「ぐふっ! 意外に痛いぞぉ、こいつらぁ!」
距離をつめられたリンスが、雑魚数匹から物理攻撃を食らう。
確かに予想よりもHPの減りが多かった。
それに1匹1匹のHPはさほどなさそうだが、かといって一撃で斃せるほどではなかった。
斃すには、リンスの攻撃力でも数発は必要になる。
これでは、リンスが耐えている間に斃す作戦では保ちそうにない。
幸いなのは、わいた10匹の雑魚がその場で留まらず、レアに向かって歩きだしたということだった。
それはすなわち、本体と違い「遠距離からの魔術攻撃がない」という可能性の高さを示していた。
「【アイス・フロア Lv.3】!」
だから、雌雄は床を凍らせることで雑魚を足止めさせる。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★―――――
【アイス・フロア Lv.3】/一般取得
必要SP:20/発動時間:3/使用間隔:300/効果時間:10
消費MP:30/属性:水/威力:10
説明:床部分を手で触れることで、その前方15メートルを扇状に凍らせ、その上にいる対象の足止めをすることができる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
床が凍って、氷の足枷が敵を捕らえる。
空中に浮いている敵、火属性の敵以外は、確実に足止めをすることができる優秀なスキルだ。
しかしながら、足止めする対象は味方にまで及んでしまう。
(捕らえられたのは……5匹だけですか)
それでも半分、捕らえられたのは御の字だ。
遠距離攻撃をされないなら、【アイス・フロア】で動きをとめた5匹は少なくとも10秒は死に体である。
ただし、【アイス・フロア Lv.3】で動きをとめられるのは、10秒間のみ。
この間に捕らえられなかった半分を斃さなければならない。
雌雄も腰にぶら下げていた、フェンシングで使われるような
難関クエをクリアした末に取得したレア4の報酬【サザンクロス】。
「【ダンシング・ブレード】!」
雌雄は体全体を動かし回転させるようにして、敵を切り刻む。
エペという剣は、普通ならば刺すだけしかできないが、【サザンクロス】はその名が示すようによく見ると十字型の刃を持っていた。
深く斬ることはできないが、不思議としなる刃で細かく裂くような攻撃を行えた。
1匹……2匹……。
そして。
「あと1匹……」
捕らえられなかった5匹は、4匹まで斃せていた。
しかし、そこで10秒を過ぎてしまう。
雌雄が凍らしていた床の氷が一瞬のうちに水となり、その水も蒸発するように消えてしまった。
捕らえていた5匹が解放されてしまう。
(まずい!)
しかも、最悪だったのは解放された中の1匹だけが、レアに向かってしまったことだった。
(リンスさんの【アレスティブ・オーラ】が外れていた!?)
レアはまさに【悪夢紡ぐ面相】とギリギリの戦いをしている。
そこに雑魚とは言え、横槍が入ればそのギリギリのバランスが崩れてしまうかもしれない。
「シュガーレスさん! 雑魚がそちらに!」
雌雄が叫ぶ。
シュガーレスが「おう!」と応じる。
しかし、それよりも早く動いているメンバーがいた。
「【スラスト・スタッフ】!」
ラキナだ。
彼女のもっていたスタッフの疾風のごとき鋭い突きが、レアに迫っていた雑魚を吹き飛ばす。
「ウヒィィィーッ!」
奇妙な声が響いて、小さな悪夢が弾け飛ぶ。
体躯を醜く歪めながら、床の上を勢いよくゴロンゴロンと転がる。
それにシュガーレスがとどめを刺しに行く。
「レア様は、ボクが守りますの!」
レアの背後で、白いローブをたなびかせ、両手杖を構えるラキナ。
その姿は、レアの守護者としての自負を感じさせる。
(回復役でヘイトカウントしながら、あの反応……。やはり彼女の実力は、
雌雄は彼女の気迫に押されていた。
彼女の戦闘は単に上手いというだけでは表現できない。
絶対に守るという強い意志を感じさせる。
「残り、5匹はシュガーレスさん、御影さんも当たってください!」
雌雄の指示で戦いは続き、雑魚を全て退治。
そしてついに、その時がやってくる。
「わしが唯一、覚えた格闘スキルじゃ。――【
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【無量阿僧祇劫波】/特殊取得
必要SP:100/発動時間:0/使用間隔:3600/効果時間:10
消費MP:0/属性:物理/威力:200
説明:敵に掌を当てることで発動。敵の防御力を20パーセントとして計算し、物理ダメージカット無効効果で、敵の内部に震動ダメージを10秒間与え続ける。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
隙を見たシュガーレスが、デーモンエレメントの背後に掌を当てて、【四聖門流・黒門】のスキルを放つ。
刹那、デーモンエレメントの巨体が痙攣したように震動し始める。
「終わりよ! ――【バースト・ブレード】!」
さらにレアが目玉の間に剣を突き刺し、スキルを発動する。
刃の周りが丸く弾け飛ぶ。
目玉の間に、風穴があく。
それがとどめ。
デーモンエレメント【悪夢紡ぐ面相】の断末魔が上がったのである。
§
敵をやっと倒し、気力が尽きてパーティメンバー全員が、その場に座りこんだり、寝ころんだりしていた。
雌雄も戦いが終わったあと、宝箱の確認もせず座りこんでしまった。
これだけ精神的にきつい戦いは初めてだ。
ゲーム時代の最難関クエでも、これほどの疲労感はなかった。
一方で、とてつもない達成感と満足感があった。
まさに命がけの戦いをチームワークでもぎ取った勝利。
普段、あまりはしゃぐこともない雌雄でも、胸の奥からわきあがる得体の知れない高揚感を叫びに変えたくなるぐらいだ。
それは、きっと他の者も同じだったのだろう。
騒ぎこそしないが、誰もが晴れやかな笑顔を見せている。
「……どういうことなんですか?」
否。
1人だけ違う表情を見せている者がいた。
彼は逆に陰鬱な顔をしてラキナの横に立って、まるで責めるようにそう尋ねてきたのだ。
戦闘終了後、開いた扉から入ってきたナオトである。
「どういうこと……とは、敵の特殊攻撃の話なの?」
「そ、そうです。今、見ていてもパターンが……」
ラキナも聞かれると思っていたのだろう。
一度だけ小さなため息をついてから、顔をあげてナオトを見つめた。
「あの特殊攻撃【悪夢の波動】は、ヘイトリストの2番目と3番目を順番に狙ってきていたの。しかも、攻撃が当たった者のヘイトはリセットされるの」
「2番目と3番目を順番で、しかもヘイトリセット……。そ、そんな複雑なタゲ確定方法を最初の戦いで見抜いたというんですか!?」
「ヒントはいくつかあったの。最初は2番目を狙っているのかと考えたけど、それだとおかしいところがあったの。たとえば後半、2名しか生き残らなかったとき、3分経っても発動しなかったの。また、3名のとき……レア様と、雌雄さん、あなたのとき、雌雄さんは前回の特殊攻撃を食らっていたの。おかげでヘイトが下がり、あなたがヘイトリストの2番目となり、その次の特殊攻撃はあなたになった……と予想したらその通りになったの。そのことから推測しただけ」
「推測しただけ……って、戦闘中のヘイトをそこまできちんと計算していたっていうのですか!?」
「そうする必要があったから、しただけなの」
「必要があったからって……そんなこと……」
「ボク、きみのことは前から知っているの」
「……え? ボク……を?」
「きみ、雌雄さんのユニオン【鳳凰の翼】の
「そ、そんなことを今、言われても……」
ナオトが下唇を噛んで目をそらす。
彼の気持ちは、雌雄も察することができる。
今のナオトは、敗北感でいっぱいなのだ。
そんな状態で褒められても、慰められているようにしか思えないはずだ。
しかし、ラキナは決して慰めているわけではなかった。
「ボクにはああいうマネはきっとできないの。ボクは挑戦者や競技者ではなく、レア様についていくための冒険者だから」
「ど、どういう意味ですか……」
「ボクたちは言い方を変えれば、新規開拓者なの。知らないところ、わからないところにいの一番に行って、いかに早く知って、いかに早く解くかが勝負」
「それならタイムアタックとかわらないんじゃ……」
「RTAで重視しているのは、クリア時間。基本的にクリアできて当たり前から始まる話なの。でも、ボクたちが重視しているのは、クリアできるかどうか自体なの。それには被害を抑えて、短いチャレンジでどれだけ観察できるかが勝負になるの。ちょっとしたことでも見逃さずヒントにして、答えを考える観察力。そして、予想外のことに対する対応力。その部分の鍛え方が違うの」
「…………」
「あなたたちが研究に使っている攻略法の基本は、ボクたち新規開拓者がほとんど集めているの。それに対して再開拓者たるあなたたちは、その情報の濃度を上げて洗練しているの。似ているけど、使われる能力も仕事も違ってくるの」
「つまり、ぼくにはあなたのような能力がないと……。才能が違うといいたいのですか?」
「それは違うわよ、ナオト君」
今までラキナの横で黙っていたレアが開口した。
その表情は、どこか達観したように静かに微笑んでいる。
「ラキナもね、出会ったばかりの頃は使えない子だったのよ」
「えっ?」
ナオトが驚いて、思わずラキナの顔を見る。
するとラキナがどこか気まずそうな顔を見せて頭をかいて見せた。
「この子ね、ものすごくわたしのこと好きらしいのよ」
「レレレレレッ、レア様あぁぁぁ!?」
顔を真っ赤にするラキナを無視して、レアは話を続ける。
「それでわたしのそばに居たがるのだけど、わたしはこれでもハイランカーでしょ。わたしの冒険になんて、とてもついていけないわけよ」
雌雄は、ふと気がつく。
レアの口調が変わっている。
いつも聞いているすました感じではなく、どこか自然体。
たぶん、これが素の彼女なのだろう。
それはつまり、きっと彼女は本心から言葉を語っている。
「そうしたらね、この子。めちゃくちゃがんばって、努力して。なんとしても、わたしの力になるんだと、わたしと一緒に冒険するんだと、わたしのいないところでいろいろなパーティーに参加してがんばっていたのよ」
「そっ、それ……知っていたんですか!?」
ラキナまで口調が違う。
動揺しすぎて、RPSが外れてしまったのかもしれない。
「ええ、知っていたわよ。わたし、これでも顔が広いんだから話はいくらでも入ってくるわ」
「あわわわわ……」
ラキナがゆでだこになりながら、小さくうずくまる。
まるで床に転がった卵のようだ。
先ほどまで堂々と魔物と渡り合っていた人物と同じとはとても思えない。
「じゃ、じゃあ、ラキナさんが今、ここまですごいのは……レア様のために?」
そう尋ねたナオトに、レアが大きくうなずく。
「そうよ。愛の力よ!」
「あっ……愛っ!?」
ナオトが驚愕するが、雌雄も思わず目を丸くする。
いや。周りで聞いていた者たちも、一様にレアの意外な言葉に唖然とする。
「あっ、あひぃ……って、レアッ、レア様あぁぁぁ!?」
「なによ、ラキナ。あなた、ゲーム時代からわたしのことかなり愛しているでしょ? 知ってんのよ」
「そっ、それは……その……もちろん……」
「しかしさ、レア嬢。いきなり『愛』とか口走られても驚いちまうですよ」
御影のひきつった笑顔に、レアが鼻で笑って返す。
「はぁん! 愛とか奇跡とか馬鹿にしちゃダメって、先生に習わなかった? 愛情みたいな、そういう損得とか考えない感情を礎にして、お金とかレアなお宝とかを手にいれるのが、一番効率いいのよ」
「……いい話じゃねーのかですよ」
「なに言ってんのよ、お得ないい話でしょ。金は裏切らないなんていうけどね、本当は裏切ろうとすれば簡単に裏切れるのよ。金や取り引きは割りきったもので、信用を捨てるなら未練なんてないんだから。むしろ愛情の方がなかなか裏切れないものなのよ」
レアの言葉に、御影が乾いた笑いだけを返す。
「まあ、もちろん愛と言っても、ゲーム時代のレアとわたしは別人だったけどね。だけど、ラキナというキャラクターと中の人が、レアというキャラクターを愛していたということはすぐにわかったわ。そういう意味では、中の人たるわたしもレアというキャラクターを愛していたけど」
レアはおもむろに立ちあがると、胸を張ってナオトに向かう。
「わたしがね、たくさんいる取り巻きの中で、特にラキナを連れて歩いていたのも、ロストのところに引っぱってきたのも、単にかわいいからとかじゃないの。この子はね、わたしのことが好きだから、期待に応えようとしてくれる、わたしを命がけで守ってくれようとする。わたしもそれを信じているからなの。この子の愛情に、わたしは信用で返しているの」
「……好きだから……」
「あなた、WSDというスキルで自由にキャラクターが作れる世界で、なぜ回復役のスキルを集めて回復役に徹するようになったの?」
「それは……香奈恵……ダークアイを癒して助けるために……」
「ラキナが命がけで高い技術を身につけて、わたしを癒して助けてくれるのは、愛してくれるから。言い方を変えれば、この子は愛情という熱意で、ハイランカーに並ぶ力を得たの。なら、あなたは?」
「そうだ……ぼくもダークアイのために……だから彼女が……彼女がいなければ!」
ナオトが雌雄の顔を見る。
強い決意が表れた双眸が、まっすぐと雌雄に向けられる。
「雌雄さん!」
そして深々とナオトは頭をさげた。
「今すぐにダークアイを迎えに行ってきます! 褒められたかった。認められたかった。でも、一番褒めて認めて欲しいのは彼女なんです!」
雌雄は大きなため息をついた。
すっかり、ラキナとレアの言葉にやられてしまっている。
ナオトの顔を見れば、止めるのが無理なことは明確だ。
ダークアイのもとに行かせず、このまま無理に連れて行っても役に立たないだろう。
「まあ……いいでしょう。ダークアイさんを連れ戻して来てください」
「ありがとうございます! 必ず!」
ナオトは1人元気に、ダークアイの去った道に向けて走って行った。
「よかったのかのぉ、雌雄坊」
シュガーレスに尋ねられ、雌雄は両掌を軽く天に向けた。
「仕方ないでしょう。ダークアイさんが出ていった時点で、こんな事も予想はしていましたし」
「しかし、このあとはどうするのじゃ? 2人が戻ってくるのがまにあうかどうかもわからんぞ」
「ここの構造上、あとは雑魚が少しとボスだけ。どうせボス戦でも6人まででしょうから、このメンバーで戦えばいいだけです。回復役をここで補給したとしても少数先鋭なのはかわりません」
「いやのぉ、わしが心配しているのは、ボス戦じゃないんじゃがのぉ。それよりも始末が悪そうな……あそこに隠れていた奴らのことじゃ」
そう言ってシュガーレスが指をさしたのは、ナオトが立ち去った廊下だった。
目をそちらにむけた雌雄は、そこに現れた4つの影を見て魂を冷やす。
「どうも【鳳凰の翼】のみなさん。そろそろあなた方を倒させていただきますよ」
不敵な宣戦布告は、ハズレ男の声だったのである。
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